第十二話「地下都市の晩餐」1
第一章 毒を以て毒を制す
激闘の余韻は、鉄と油の焼ける臭いとなって荒野に漂っていた。聖地アストエルの城壁前。 かつて虹海から大陸を横断し、彼女たちの足となり盾となってきた『鉄の馬車・マークII』は、無惨な姿を晒していた。四騎士の一撃によって両断され、呪いによって赤錆び、自重に耐えきれずに崩れ落ちた鉄の塊。それは、夢半ばで倒れた巨大な獣の死骸のようにも見えた。
鉄鏡花は、砂塵にまみれた膝をつき、ボロボロになったハンドルを拾い上げた。彼女の義眼が、修復不可能なダメージを冷徹に弾き出す。 だが、彼女はその鉄屑を捨てることなく、静かに手を合わせた。
「……よく保った。お前の走行データは、私のメモリに保存する」
移動手段は失われた。 戦力も、物資も、そして何より心の支えであった仲間の一人も。 久遠灯たちは、満身創痍の体を引きずり、シスター・ノアの待つ廃墟の孤児院へと一時撤退するしかなかった。
孤児院の礼拝堂。ステンドグラスは砕け、夕日が床に血のような影を落としている。重苦しい沈黙が支配していた。天羽祈は囚われ、頼みの綱だった装甲車も失った。 H.L.O.H.の城壁はあまりに高く、結界はあまりに強固だ。 正面突破は不可能。それは、これまでの戦闘で嫌というほど思い知らされた事実だった。
シスター・ノアが、祭壇の前で祈りを捧げながら、静かに告げた。
「……今のH.L.O.H.の防衛体制は完璧です。城壁には『対魔術障壁』が展開され、地下水路さえも聖水で満たされていると聞きます」
その両目は包帯で覆われているが、彼女には灯たちの絶望が見えているようだった。
「蟻の這い出る隙間もありません。……少数の潜入など、不可能です」
「……クソッ、手詰まりかよ」
灯は、壁に寄りかかりながら短く吐き捨てた。手にはいつもの「わかば」。だが、火をつける気力さえ湧かないのか、ただ指で弄んでいるだけだ。
「正面は鉄壁。裏道も封鎖。……空から降ろうにも、対空砲火の餌食だ」
「……詰み、かよ」
辰巳響が、苛立ちを隠せずに近くの椅子を蹴り飛ばした。 八方塞がりだ。祈を救う手立てが、何一つ浮かばない。
その時。礼拝堂の扉が、軋んだ音を立てて開いた。 乾いた風と共に、場違いなほど軽い足音が響く。
「よう、お嬢ちゃんたち。……随分と派手にやったみたいだねぇ」
その声に、全員が振り返った。逆光の中に立っていたのは、派手なアロハシャツを着た東洋人の青年、チャーリー・Sだった。 彼はサングラスをずらし、灯たちのボロボロの姿を見て、芝居がかった動作で口笛を吹く。
「……アンタ」
灯が目を細める。 この場所を教えた張本人だ。現れるのは不思議ではないが、タイミングが良すぎる。
「見舞いに来てやったんだぜ? ……と言いたいところだが、どうやら葬式ムードだな」
彼は、祭壇の前の椅子に腰掛け、持参した安酒の瓶を開けた。
「あの『四騎士』相手じゃ、生きてるだけマシか。……だが、このままじゃジリ貧だぞ?」
「わかってるよ。……何か、手があるのか?」
灯がドスを効かせる。チャーリーはニヤリと笑い、懐から一枚のカードを取り出した。 それを指で弾き、灯の方へ飛ばす。
灯が空中でキャッチする。 それは、漆黒のカードだった。 表面には、銀の箔押しで紋章が刻まれている。逆さ十字に絡みつく蛇。 魔術結社『黄昏の黙示録団』のエンブレム。
「……これは?」
「招待状さ」
チャーリーは言った。
「正面突破が無理なら、扉を内側から開けさせるしかない。……あるいは、門番が対応しきれないほどの『大軍勢』で押し潰すかだ」
「大軍勢……?」
白雪美流愛が眉をひそめる。
「私たちにそんな戦力はないわ」
「ああ、あんたらにはな。……だが、この近くに、喉から手が出るほどH.L.O.H.を潰したがっている連中がいるだろ?」
チャーリーは、床を指差した。
「地下都市ヴァルハドキア。……この荒野の地下深くに広がる、悪魔の巣窟だ」
「悪魔……『黙示録団』か」
灯がカードを握りしめる。
「奴らと手を組めって言うのか? 敵の敵は味方って理屈で?」
「ご名答。……俺が口を利いてやるよ。ここのボス、ルーファス・アザリエルにな」
チャーリーの提案は、危険な賭けだった。悪魔軍と一時的に同盟を結び、彼らがアストエルに総攻撃を仕掛ける。 その混乱に乗じて、灯たちが手薄になった城壁を突破し、祈を救出するという作戦。
「奴らが攻め込めば、H.L.O.H.の戦力は迎撃に集中する。……その隙に、あんたらは本丸(大聖堂)を目指せばいい」
「……毒を以て毒を制す、か」
鏡花が眼鏡の位置を直した。
「論理的ではある。……リスクは高いが、成功確率はゼロではない」
「どうする? 乗るか、反るか。……決めるのはあんたらだ」
チャーリーは立ち上がり、出口へと向かった。灯は、手の中の黒いカードを見つめた。逆さ十字。神への反逆の証。今の自分たちにふさわしい招待状だ。
「……いいだろう。乗ってやる」
灯は決断した。 他に手はない。祈を取り戻すためなら、悪魔の手を借りてでも、地獄の底を這いずり回ってやる。
「案内しろ、チャーリー。……その『悪魔』に、挨拶しに行ってやる」
「決まりだな」
チャーリーは指を鳴らした。
孤児院の外には、チャーリーが用意した派手なオープンカー――ヴィンテージ仕様のキャデラックが待っていた。 荒野には似つかわしくない、原色の塗装。 だが、そのエンジン音は怪物のように力強い。
「全員、乗れ! ……地獄へのドライブだ!」
灯たちが乗り込むと、チャーリーはアクセルを踏み込んだ。 タイヤが砂を巻き上げ、車は荒野を疾走する。
目指すは、アストエルから数キロ離れた場所にある、巨大な峡谷地帯。
車窓を流れる景色が、次第に異様なものへと変わっていく。大地が裂け、赤茶けた岩肌が牙のように迫り出してくる。 奇岩群。 風雨に削られ、キノコや塔のような形になった岩々が、墓標のように林立している。
「……すごい場所」
美流愛が息を呑む。そこは、この世の果てのような荒涼とした風景だった。
車は、峡谷の底へと続く急な坂道を下っていく。太陽の光が届かなくなり、周囲が薄暗くなる。 気温が下がり、硫黄の臭いが鼻をつく。
「見えてきたぜ。……あれが入り口だ」
チャーリーが指差す先。 巨大な一枚岩の壁面に、ぽっかりと口を開けた暗黒の空洞があった。 それは、自然の洞窟ではない。 人工的にくり抜かれた、巨大な門。 入り口の両脇には、悪魔を模した巨大な石像が立ち並び、侵入者を威圧している。
「ここが……地獄の入り口」
響が呟く。 穴の奥からは、妖しい紫色の光が漏れ出し、不気味な重低音が響いてくる。 機械の稼働音か、それとも魔獣の唸り声か。
地下都市ヴァルハドキア。
そこは、地上を追われた黒魔術師や、異形の合成獣たちが蠢く、カオスと退廃の都。 H.L.O.H.の光が届かない、影の世界の首都。
「歓迎されてるみたいだぜ?」
チャーリーが笑う。 入り口の前には、黒いローブを纏った魔術師たちが整列し、松明を掲げて待っていた。 敵意はない。だが、その目は値踏みするような、粘着質な光を帯びている。
灯は、M500を懐に隠し、車のドアを開けた。冷たい空気が肌を刺す。だが、彼女の瞳に恐れはない。 地獄ならば、慣れっこだ。
「行くぞ、野郎ども」
灯が先頭に立つ。 その後ろに、美流愛、響、鏡花、双子が続く。 彼女たちは、魔都の深淵へと足を踏み入れた。
毒を以て毒を制す。 悪魔の力を利用して、神の喉元に噛み付くために。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




