第十話「聖なる檻」3
第三章 灰色の婚礼
スラムの雑踏を抜け、瓦礫の山を越えた先に、その建物はあった。崩れかけた石造りの礼拝堂。 屋根の半分は抜け落ち、壁には無数の弾痕が刻まれている。だが、その敷地内だけは、奇妙なほど穏やかな空気が流れていた。
庭には、痩せた花々が植えられ、ボロボロの服を着た子供たちが遊んでいる。 人間、獣人、そして身体の一部が機械化された孤児たち。 彼らは皆、怯えることなく笑い合っていた。
「祈ちゃんの居場所を知りたきゃ、あそこに行きな」
チャーリー・Sの言葉に従い、久遠灯たちは門を叩いた。 出迎えたのは、一人の修道女だった。
黒い修道服を纏い、両目は白い包帯で覆われている。盲目のシスター。 だが、彼女の立ち振る舞いには一点の迷いもなく、まるで全てを見通しているかのような静謐さがあった。
「……お待ちしておりました」
シスターは、灯の前に立ち、穏やかに微笑んだ。
「東の魔女様。……そして、愛しきあの子の『家族』の皆様」
「あんたが、ノアか」
灯が問う。 シスター・ノア。かつてはH.L.O.H.(聖槍異端監察庁)に所属し、「聖女」と呼ばれたほどの異能の持ち主。 だが、組織の腐敗と非道なやり方に絶望し、自らの光(視力)を代償に離反した。今は、この廃墟で戦災孤児や異端者たちを匿い、「中立地帯」を守り続けている。
「どうぞ、中へ。……お話ししなければならないことがあります」
ノアは灯たちを礼拝堂の奥へと招き入れた。 色褪せたステンドグラスから、夕日が差し込んでいる。 祭壇の前で、ノアは振り返った。
「天羽 祈さんのことですね」
「ああ。……あいつは今、どこにいる」
「『上層』の最深部。……大聖堂の地下牢です」
ノアの声が、微かに沈んだ。
「彼女は……運命の『鍵』として、祭壇に捧げられようとしています」
「……祈の両親を知っているのか?」
灯が核心を突く。ノアは、懐かしむように、そして悲しげに頷いた。
「ええ。……お二人の最期を看取ったのは、私ですから」
ノアは語り始めた。かつて、このアストエルの地で起きた、悲劇と奇跡の物語を。
20年前。 天使と悪魔の冷戦状態が続いていたこの地で、二人の戦士が出会った。天使の戦士シエルと、悪魔の女戦士カーミラ。 本来なら殺し合うはずの二人は、戦場の中で互いの孤独に触れ、禁断の恋に落ちた。
「彼らは争いを止めようとしました。……憎しみ合うのではなく、愛し合うことで、この不毛な戦争を終わらせようとしたのです」
二人は両陣営の目を盗み、この廃墟となった修道院で、密かに結婚式を挙げた。 立会人は、当時まだ若きシスターだったノアただ一人。
『灰色の婚礼』。
光と闇が混ざり合い、新たな色が生まれた日。 だが、その幸福は長くは続かなかった。
「密告により……式は暴かれました」
ノアの声が震える。
「H.L.O.H.の異端審問官と、黙示録団の処刑部隊が、同時にここを襲撃したのです。……二人は、生まれたばかりの赤ん坊を守るために戦い、そして……」
シエルは槍に貫かれ、カーミラは炎に焼かれた。二人の血が混じり合い、祭壇を染めた。 その血溜まりの中で、奇跡的に無傷で泣いていたのが、祈だった。
「私は……燃え盛る教会の中から、あの子だけを救い出し、東の国へと逃がしました。……それしか、できなかった」
ノアは、祭壇の下に隠されていた小箱を取り出した。中に入っていたのは、血と煤で汚れた、一枚のレースの布。 カーミラが身につけていた、ウェディングヴェール。
「あの子は……祈は、不義の子ではありません」
ノアは、ヴェールを灯に差し出した。
「愛の結晶であり……この戦争を終わらせるための『希望』なのです。……どうか、あの子に伝えてください。貴女は、誰よりも愛されて生まれてきたのだと」
灯は、ヴェールを受け取った。 古びた布からは、微かに鉄錆の臭いと、そして優しい花の香りがした。 それは、祈が時折見せる、あの儚くも強い笑顔の源泉だった。
「……ああ。必ず伝える」
灯は、ヴェールを丁寧に懐にしまった。
その時だった。
パァァァァァァン……!!
天から、ファンファーレが鳴り響いた。 それは楽器の音ではない。 大気そのものが震え、世界に「始まり」を告げる、絶対的な音色。
「な、何だ!?」
辰巳響が空を見上げる。夕闇が迫る空に、巨大なホログラムが投影されていた。
映し出されたのは、白亜の大聖堂のバルコニー。そこに立つ、一人の男。 聖槍異端監察庁長官、ヴァレリオ・アストリア。
『親愛なる信徒よ。……時は来た』
ヴァレリオの声が、アストエル全域に響き渡る。 厳かで、狂気を孕んだ声。
『長きにわたる闇の時代は終わる。……我々は神の御手により、不浄なるものを一掃し、真の楽園を手に入れるのだ』
カメラが引く。 ヴァレリオの背後には、十字架に磔にされた少女の姿があった。
天羽 祈。
彼女は、純白の聖衣を着せられていた。だが、その瞳は虚ろで、光がない。 頭部には茨の冠のような装置が装着され、強力な術式によって意識を封じられている。
『見よ! これぞ、天界の門を開く「聖なる鍵」!』
ヴァレリオが、祈を指差す。
『この不浄な娘の血をもって、我々は「第七封印」を解く。……天軍を招き入れ、地上の悪魔どもを根絶やしにするのだ!』
「……ッ!」
灯の全身から、殺気が噴き出した。ふざけるな。私の家族を。愛の結晶として生まれたあいつを。「不浄」と呼び、使い捨ての道具にするだと?
『来たるべきハルマゲドンにおいて、我らに神の加護があらんことを!』
群衆の歓声。それは、祈を「生贄」として捧げ、天使軍を召喚する儀式の開始宣言だった。
「ふざけやがって……!」
灯が、M500を握り潰さんばかりに力を込める。 その怒りは、1000年前、自らの運命を弄ばれた時のものと重なっていた。神だの、運命だの、大義だの。 そんなもののために、個人の尊厳が踏みにじられるのは、もうたくさんだ。
「灯!」
白雪美流愛が、ナイフを抜いた。 その瞳は、凍てつくように冷たい。
「行きましょう。……あのステージ、私がめちゃくちゃにしてやるわ」
「アタシもだ。……あんな胸糞悪い放送、ぶっ壊してやる」
響が拳を鳴らす。鉄鏡花が、装甲車のエンジンを遠隔始動させた。双子のアリアとカルアも、殺る気満々だ。
「……正面から行けば、蜂の巣だぜ?」
チャーリーが、酒瓶を片手にニヤリと笑った。 彼はいつの間にか、入り口の柱に寄りかかっていた。
「上層は鉄壁の要塞だ。……アリ一匹、這い出る隙間もねぇ」
「関係ねえよ」
灯は、チャーリーを一瞥もしなかった。 彼女は、ノアから受け取ったヴェールの感触を胸に刻み込み、歩き出した。
「壁があるなら壊す。扉があるなら蹴破る。……私の家族を、神様のオモチャになんかさせない」
その背中には、もはや迷いはない。あるのは、地獄の底まで突き進む覚悟だけ。
「行くぞ、野郎ども。……神殺しの時間だ」
灯の号令と共に、6人の魔女たちが動き出す。夕闇が迫る聖地アストエル。彼女たちを乗せた『鉄の馬車』が、轟音を上げて難攻不落の城壁へ向けてアクセルを踏み込んだ。
その背後。 地下深くにある都市、ヴァルハドキアの通気口から、どす黒い瘴気が噴き出し始めていた。悪魔軍もまた、開戦の狼煙を上げたのだ。聖と魔、そして魔女たちが入り乱れる、混沌の宴が始まろうとしていた。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




