コージー・デイズ(3)
- Characters -
ミミ:世紀末レイヤーその1。基本はバニーにフライトジャケット。運動得意ネキ。
タマ:世紀末レイヤーその2。基本はセーラー眼鏡に白衣。プログラミング得意ネキ。
ポチ:二人に拾われ着せ替え玩具にされた記憶喪失の少年。投擲精度が異常に高い。
- Previously -
廃墟のツインタワーに有力者が作った自由交換市場、ブレイクピース。
世紀末の廃品回収業の心得の実地研修を兼ねて、その市場を回る三人。
トラブルへの対応などで絆を深めつつ、彼らはその中枢へと近づいてゆく。
エレベーターの扉が自動的に開いた上階は、小さな無人のホールスペースだった。
無機質な基調の床と壁に観葉植物、縦長のガラス窓(珍しく割れてない)から昼近くの陽の光が入っている。
ぱっと見は落ち着く空間ながら――その先にあるのは、木製の両開き扉。
何か、非常に時代掛かった感じの「酒場の入り口」である。入るものに、ある種の期待と、それ以上の覚悟を強いるような。
ミミ姉が先頭で、無言のままその扉を押し開いた。
中にいた何人かが、一斉にこちらを見る。
「…邪魔するよ」
ミミ姉が周囲を牽制するように立ち止まった後ろから、タマ姉が静かに、しかし、はっきりと声を響かせ、ずかずかと入り込んでゆく。
ボディーガードとボス、という趣だ。
格好いい。
ジャケットも白衣も、急に貫禄を増したみたいだった。
――ここからもう、舐められないための心理戦は始まっているのかもしれない。
謙れば、甘く見られる。甘く見られれば、買い叩かれる。
昨日、タマ姉が言っていたことだ。
僕もせいぜい胸を張って、口をへの字に縛り、なるべく大股でタマ姉ミミ姉の後に続いた。
いくつか設置された木製の丸テーブルには、様々な客の姿があった。
強面ということはないが立派な服装で、長い黒髪を背後に撫でつけた男が。
品よく座りつつも、値踏みするような視線を向けてくる。
何か宝石のようなものを卓上に無造作に拡げ、摘みあげて眺めている派手な格好の女が。
背後に二人の男を立たせた、貫禄のある老人と向かい合っている。
と思いきや壁際には崩した格好で座り、テーブルに肘をつき、指輪だらけの手でグラスを口へ運びながら睨みつけてくる若い男――派手に立てた髪型に露出の高い戦闘服は、まるで野盗だ――がいる。
タマ姉とその男は、互いに一瞬の一瞥を呉れた。
が、特に声はかけずに通り過ぎる。
観葉植物、昼なお暗い室内に映える間接照明。
現代ではあまりにも貴重な木製材質の壁と床。
ぜいたくに飾られた絵画や花瓶、酒瓶の数々。
室内の調度品は、旧世界のさまざまな物品を惜しみなく集め、品よく彩られていた。
ミミ姉タマ姉の隠れ家を見たときと同じ種類の衝撃が、胸を打つ。
有力者の作った会員制クラブ、その前情報に納得せざるを得ない落ち着いた豪華さ、秀麗さだ。
視界に入るものに内心で次々と驚きながら、テーブルの間を進む。
進んだ先のカウンターには、すらりと立った女性の姿。
背後の壁棚には、高価そうな酒瓶が並んでいる。
僕はそこであることに気づき、思わず吹き出しそうになった。
「ようこそ『右曲がり』へ。――久しぶりだね、タマ、ミミ」
カウンターの奥、この空間の主と思われる人物。
きちんとした服装に、上品に後ろで縛ったロングヘアの妙齢の女性が、声をかけてくる。
その背後の酒瓶は一糸の乱れなく並んでいる、ようでいて。
――その中身はみな一様に、同じ角度に傾いているのが、微妙にツボをついてきていた。
そうだった。
ここは、右曲がりに少しだけ傾いた、あのビル内なのだ。
※※※
「来ていることは、アマダから聞いてたよ」
カウンターの女性は、愛想よくタマ姉に話しかけている。
アマダ――僕は街の入り口で出会った、警備の格好いい女性の姿を思い出す。
「まあ座んなよ。…また遠征に出ていたんだってね。成果はどうだった」
「上々だよ。見て驚くがいいさ」
「そっちのコは?」
「新たな弟分です!わたしたちは三人組になりました!」
ミミ姉の紹介にあずかり、立ち上がって挨拶する。
「ポチ…です。実は昔の記憶をすべて失っていて、お二人のお世話になりながらいろいろ教えて貰っています…」
…こんなところだろう。いまだ何者でもない。
どうぞよろしくお願いします、と最後に頭を下げる。
記憶がない、そりゃ大変だねぇ、とその人は目を丸くして労ってくれる。
「ああ、アサヒだ。ここでしがないバーの店長をやってるオバサンだよ。いつも良い品を持ってくる二人には世話になってる。よろしくね」
美しい仕草で白手袋を外し、握手を求めてくれる。
あわてて応える。細く、ひやりとした美しい手。
おばさん…という年齢には全く見えないけど。
このくらいの女性の年齢は分からない。
「あの…この方が、この街のボス…なんですか?」
隣のミミ姉にこっそりと聞く。が、この距離でのこっそりに意味はなかった。
「ふははは。アタシがボスに見えるかね。違うよ。この街で一番偉いのは、もうひとつの楼にいる男だ」
もうひとつの楼。…ツインタワーの、傾いていないほうか。
「アタシはただ、あいつと古い馴染みだというだけで、ここと、裏の店を任されているだけ。アマダやシーロ、他の面々も似たようなもんさ」
腐れ縁の古馴染み共が五、六人でこの街を回してるんだ、とアサヒさんは気さくに笑って教えてくれた。
――ただ。その笑みにはどこか、一抹の寂しさがある気がした。
「この街のボスの名は『セイノ』。あのコも最近引きこもりが激しいからさ、たまには会いに行ってやってよ、タマ」
「いやあ…わたしたちのような木っ端の交易人が、簡単に会えるお人じゃないでしょ…」
タマ姉が応える。僕にはそれが、肌感で理解できていた。
全体として、いつもより口数が少ない。
ボスの名に、微かに緊張しているのだ。
この、恐れるものなど何もないような二人が。
支配する者の威――僕はその力の一端を、垣間見た気がした。
「そうだ。わかってんじゃねぇか、タマ」
「…カイラード」
振り返ると背後に、先ほどの野盗風の男がいた。
タマ姉の瞳が、わずかに細まる。
※※※
「お前らのような泥棒ネコ野郎と発情ウサギ風情が、ボスに会えるワケがねぇ。お膝元の地べた市場で、おとなしく物々交換をさせてもらっとけよ」
大仰な身ぶりつきの挑発。
ふ、とタマ姉が微かに笑う。
「あ?何がおかしい」
「飼い犬風情がご主人様に尻尾を振って、自分が偉いと勘違い。誰が見たって可笑しいだろ」
タマ姉の平静で辛辣な言葉に、男の表情が変わる。
「……てめぇ。分かってんのか?そりゃアサヒや他の幹部連中もバカにしてんだぞ?生きてここから出れねぇぜ?」
アタマ割られんぞ、と言いながら至近距離で睨み合う。
細身だが発達した筋肉の、格好からして強面の男が凄んでいるのだが、タマ姉は薄笑いのまま一歩も引く気配がない。
「お前ら」
「ば〜っかじゃねぇの!?」
タマ姉が機先を奪い取るように大きな声で遮り、嗤った。
男は思わず、やや怯む。
「アサヒたちはボスの『仲間』。あんたはボスの『手下』。それすらわかってないから、可愛いワンコだねぇと言ってるんだろうが?」
タマ姉が押し返す。もはや前髪が触れる距離だ。
「それとも何か?僕はセイノさまとお友達ですぅ〜って言えんのか?言ってみろよ。あぁ?」
…僕は知っている。こんなとき、自分に絶対の信を置いた眼鏡の奥の視線は、どこまでも鋭い。
一瞬目を細め、はぁ、と男がため息をついて離れる。
「軽々しくボスの名を出すなよ、アサヒ。こういうバカはこうやってすぐ調子に乗るんだからよ」
「いつからアタシに文句を言えるようになったんだ、カイ?お前こそ調子に乗りすぎだ」
店主の鋭い視線と言葉に、カイと呼ばれた男がふたたび怯む。
「う、うるせーや!そもそもこいつらは交易人というよりも探索人、それなら俺らがいるから付き合う必要ねーだろが!」
「今日の分の酒は終わりだよ。水でも飲んで頭冷やしな」
言いながら店主は男のグラスを奪い取り、素早く真水を継いでその手に返す。
チッ、と盛大な舌打ちを残して、男は去った。
「済まないね、躾がなってなくってさ」
「いやいや」
可哀想にと思うだけかな、とタマ姉は返した。
うんうん、とミミ姉も頷いていた。
※※※
「さて。ポチくんもいるから改めてご説明しようか。ここはこの交換所の中でも特殊な店、一般に価値あるとは思われない物品や情報を、適価で買い取らせてもらう場所だよ」
専門書、論文、設計図、特殊な機器、そういったものだね。アサヒさんは続ける。
「特にうちのボスはかつての『医療』、中でも『機械化医療』の分野に大変注目している。それらの情報や器具を持ってきてくれれば、十分な水や食料や燃料槽、あるいは望みのモノで応えよう」
だからそういうのは他所ではなくうちに持ってきてね、と片目を閉じて笑う。
落ち着いた雰囲気からの茶目っ気のギャップに、一瞬胸がどきっとする。
「市井の商人がたまたま持っていることもあるだろう。そういう人たちとも交渉して集めてきてくれると嬉しい。ここに入れる人たちは、みんなそれくらいのことはできる交易人だと思ってるよ」
静かな瞳で、二人を見る。二人は無言で頷く。
「…ま、ホントはこっちは饗応と情報交換の店で、裏側の店が査定用なんだけどね。そっちは倉庫に座ってるみたいでアタシがつまんないから、こっちで両方やっちゃってるんだよ」
とアサヒさんは気さくに言った。
なるほど、このカウンターはビルの中央なのか。
「裏側の店名、わかるかな?」
「…………まさか、『左曲がり』ですか?」
「正解!ごほうびに、三人に果実酒をあげよう」
ケタケタと笑いながら、グラスに綺麗な色の飲料を注いでくれた。
グラスの中身が、三つすべて同様に傾いている。
笑いを堪えてそれを眺めていると、幾分か空気が和らいできた。
「最近の食料の集まりはどうなの?」
「季節もいいし、野盗もおとなしいし上々だよ。むしろ物品や資材のほうが人気でね…」
二人がアサヒさんと、雑談を始める。
「漫画とか小説も買い取ってよ」
「あいにくと文化資本は扱ってないよ。ウチの資源も無限ではないし、価値がそもそも分からないからね」
その資源があったら、下の食堂をもっと安くしてやる方に回すよ、とアサヒさんは言った。
なるほど、断るところは期待もさせず断る。
良い悪いではなく、それが商売なのだ。
欲しがるところに持っていきなよ、それが『自由な』交易人の特権だろ、とアサヒさんは笑って答えた。
背後から、また舌打ちの音が聴こえた。
※※※
「…で、これがその一番奥の部屋で見つけたマニュアルと論文集。ブレインポッド関連みたい」
「ジステンドの施設か?」
「いや、グラフト系列だったよね?」
タマ姉ミミ姉が何を言ってるのか、ほとんど分からない。…しっかり勉強しなきゃ駄目だな。
僕は信じられないほどおいしい果実酒をちびちびと味わいながら、真剣に聞くだけは聞いていた。
「ふむ。遠征先のはここまでか?これは?」
「帰り途中に見っけた所で、土地では『蛇神の祠』と呼ばれる廃墟があってね」
え。あそこも漁ってたのか。いつの間に。
「メンタル系の病棟のようだったから、ここで欲しがってるモノとは少しズレるかもだけど」
「いや。細かい査定は後だが…戦地薬物による脳の定性負荷の情報は貴重だよ。軍事系のメンタルヘルス施設なぞ珍しい。よく見つけたな」
「見つけたのはポチだよ〜」
ミミ姉がぽんぽんと僕の頭に手をあてる。
…アレを見つけたと言っていいのかどうか。
しかし本当、転んでもタダでは起きないというか…。
あんな巻き込まれ型の事件でも利益に変えてしまう手腕は、たくましいというより他にない。
「ふむ、良くわかった。…相変わらず凄まじい腕だね、未踏破のルートをこうも探し当てるとは。カギ開けの技術が高いのか…」
「へへ…まあ、ミミが手際よく集めて来てくれるからね。現場じゃあたしが足手まといさ」
「いやあ、へへへ…」
照れた様子で頭をかく二人。
いいチームだ、昔を思い出すよ、と目を細める店主。
しかし、僕は――タマ姉が、話を濁したことに気づいていた。
わたしに開けられない電子錠はないんだ、と。
そう嘯いた彼女の言葉が記憶に蘇る。
凄まじいまでのハッキング能力、しかしあれは業務上の秘密なのかもしれない。
「…けっ。黙って聞いてりゃ気持ちの悪い。外の人間だからってよ、そこまで煽てて調子に乗せるこたぁ…」
「男の嫉妬は見苦しいぞ、カイラード」
品物から目を離さず、ぴしゃりと辛辣な言葉を打ち返す店主。
「なっ…!誰が嫉妬だコラァ!」
「アンタだって組織所属とはいえ探索者なら、これらの価値が分からないことはないはずだ。侵入までの調査、踏破する勇気、無傷で帰る技術、選別のセンスもね」
「っ……!」
黙った。確かにちょっと可哀想というか…。
「よし、わたしの責任ですべて受領した。見事な宝の山だよ、相変わらず卓越した手腕だ。査定に数時間ほどいただきたいが…」
「…が?」
「ここで待つのもヒマでしょ。その間に、ひとつ簡単な仕事を頼めないかな。どうだろ?」
くだけた口調のそのお願いに、姉貴分二人は、軽く顔を見合わせた。
「内容と報酬は?」
「簡単な届け物だよ。近くの組織にブツを運んで、お返しを受け取ってくるだけ」
「調整は要るの?」
「ハナシは全部通ってるから、交渉ごとはナシのお使いだけ。報酬はこんなとこかな」
カウンターに置いたGKP上に、数字を叩いてタマ姉にみせる。僕の位置からは見えない。
「ずいぶんいいね。組織ってどこ?」
「ブラットデア」
げー!とタマ姉が目に見えて嫌がる。
ミミ姉もちょっと眉を潜めている。
「典型的な『生鮮交渉』だよ。あなたたちなら目を瞑ってもできるでしょ?」
「相手が悪い…クローチの機嫌次第では貞操と生命の危機だよ。殺られてヤられて砂漠にポイ✕3だ。乙女に頼む仕事かよぉ」
「ふむ、チャバとは話まとめてあるんだけどな。まあじゃあこんだけオマケで」
「えー…安い貞操の危機だなぁ…このくらいは」
「んー…まあいいでしょう。じゃあよろしく!細かくは下でシーロに聞いて頂戴」
ニコニコ顔のアサヒさん――と、対照的に。
マンガのごとく青ざめたタマ姉とミミ姉は、ゆらりと席を立った。
僕も急いで立ち上がり、アサヒさんに素早くお辞儀をすると、『右曲がり』を出てゆく二人の後を追った。
※※※
「断ることはできないんですか?」
「中枢に近付くにつれて、実入りは跳ね上がるが、危険度も上がる。交渉相手は偉くなり、断ることは難しくなっていく。そういうもんなんだよ…」
同じビル内の、やや階下。
タマ姉はここにも、自分たちの物資を蓄積する小さなスペースを間借りしているらしかった。
僕はドアの外、殺風景な廊下で、室内の二人を待っている。
「いくら褒められたって立場は一番下だ。カイラードの言った通りだよ。あいつのほうがずっと安定はしている」
まああれはあれで探索ノルマに追われてるんでしょ、とミミ姉の声が、微かな衣擦れの音と共に聴こえる。
「ああいう手下の人を使えばいいのに?」
「相手組織を刺激したくないんだろう。思うに、強硬ではなく懐柔策の途中なんだろうな」
貧乏くじも商売のうちだけどさ、とタマ姉の声に溜め息が続く。
「力も関係も弱い人間を使者に使うことで、敵意のないことを示す。仮に何かの間違いで殺られても、『被害』は最小限で済む。ひどい話だろ。でもな」
声が、張りを取り戻す。
「そこでワシらの趣味が活きる!警戒心を解く愛らしさ、それでいて情欲を刺激しない適切な『服装』になることで、今回のような仕事の成功率を段違いに上げることができるのだッ!」
「旧文明のビジネス用語で言うところの、『着衣認知』による『ハロー効果』だよ〜」
――なるほど。説得力は、あるかもしれない。
他の仕事人には出来ない、彼女たちの武器だ。
「もう着替え、終わりましたか?」
「おう。見るがいい、これが今回の――」
ガチャリと、ドアが開く。出てきた二人の姿は。
「――最適解だ」
「ひぃっ!?」
全身が危機感に総毛立ち、情けない声が漏れた。
そこにいたのは、二体の異形だった。
首から下は服装という印象とは懸け離れた、全身を覆うモフモフのなにか。
何やら動物を模したらしい、すっぽりとかぶった巨大な頭部。
オレンジとパーブルの異様なカラフルさ、焦点の合わない眼。
すべてが恐ろしく、おぞましい。
「な…な……?!」
「旧世界の大人気施設、『ディストピーランド』の廃墟で拾ってきたやつだ!」
「『着ぐるみ』っていうんだよ〜」
「はあ…」
こっちがミミ姉か。まるでわからん。
がぼがぼでだぼだぼな外装。
ずるずるのしのしと蠢くその姿は。
「………」
「………」
怖い。無言で近寄られると、デカさが怖い。
「この愛らしさをもって近づけば、敵意のないことは丸わかりだろう!しかも露出ゼロの安心設計!」
「コスプレして仕事が出来るなんて嬉しいねぇ」
くぐもった声。コスプレなのかコレ??
「だ…大丈夫なんですか…?」
「心配ない。アイルビーバック。トラストミー」
「アスタラビスタベイビー」
…この格好で、危険な組織に、単身交渉に赴くのか。
僕は信頼すべき姉貴たちの判断に、一抹の――いや、特大の不安を覚えていた。
(続)
先週も 50回 以上ものプレビューをいただき、ありがとうございました。
次回も来週日曜日のどこかで続きを追加の予定です。




