コージー・デイズ(4)
- Characters -
ミミ:世紀末レイヤーその1。基本はバニーにフライトジャケット。運動得意ネキ。
タマ:世紀末レイヤーその2。基本はセーラー眼鏡に白衣。プログラミング得意ネキ。
ポチ:二人に拾われ着せ替え玩具にされた記憶喪失の少年。投擲精度が異常に高い。
- Previously -
有力者の依頼を断れず、武装集団「ブラットデア」との取引に使われることとなった三人。
身の安全のため、趣味を活かして友好的な服装を選択した、と主張するタマとミミ、
そしてそれにどうしても納得がいかないポチは、三人で交易所を後にするのであった。
心の中で、ちょっと想像をしてみる。
廃墟の荒野を爆走する、一台の小型トラック。
運転席と助手席には、視線も定かでない不気味な怪物――『キグルミ』が二体座っていて。
それが一直線に、こちらへと向かってくる。
…それはもはや、悲鳴が切り裂く悪夢の世界ではないのか。
僕は頭を軽く振って、怖い想像を終了した。
現実の僕は、背後に小さく遠く離れゆくブレイクピースに意外な寂しさと心細さを覚えながら、ふたたびトラックの荷台に揺れている。
今回は自分のほかにも荷物が積まれている。
僕はキグルミを免除されているが、代わりに黒子の帽子を渡されていた。
見えない『お約束』になるらしい。…なんだそれは。
「廃工場跡にいるんでしたっけ?」
絶えず前垂れを撫でゆく風が何か落ち着かず、荷台から運転席に話しかける。
「そう。基本バイオレンスで稼いでる、本来ならあまりお近付きになりたくない集団さ。略奪や暴行の常習者たちだ」
なるほど…。良くいる、良くない人たちだ。
乾いた青空に似つかわしくない、ツンとした腐敗と鉄のにおいが、鼻腔の奥に蘇る。
「で、『表面上の』仕事はこの食料コンテナを渡して、支払いを貰うこと」
「まだ誰もおカネを再発明してくれない以上、取引は基本的に物々交換しかないけどねー」
運転席の――大きすぎる頭パーツの中から響く、二人のくぐもった声。
そう、進撃のキグルミは、悪夢ではない。現実だ。
「表面上の?」
「それを何度も続けることで、発注元は組織の『変質』を狙っているのだろうね」
「人から食料を奪うチームに、食料が足りるとどうなるか、だね。ポチも少し考えてみるといいよ」
「はあ。はい」
僕の師たちは、引き受けた仕事の遂行における姿勢は、それはそれは真摯なものだ。
…とてもそうは思えない格好ではあるが。
「『ブラットデア』ボスのローチと二番手のチャバには会ったことがある。それぞれタイプが違うがヤバい。でもアサヒによるといま彼らは留守で、今日の取引相手は三番手の男らしい」
「三番手の『クロ』、ボクらはどんな人か知らないんだよねぇ。不安なような、楽しみなような?」
「見えてきた。まずは降りて近付くぞ、ミミ、ポチ」
「あ、はい…」
不気味に聳え立つ、工場の廃墟が遠目に見える。
打ち捨てられた鉄の巨人の内臓のようなそれは、あらゆる者を呪いつつ拒絶するような、攻性の不吉さに満ちていて。
自分の身体は、本能的にその地への侵入を拒絶している。
――しかし、仕事だ。腹を括らないと。
「警戒させない笑顔、笑顔〜」
「交易の基本だね〜」
いや見えないでしょう…。
不気味なキグルミのふたつの顔は、笑っても泣いても変わりはしない。怖いままだ。
二体の怪物は車輌から降りると両手をあげてゆっくり歩き、僕は中央背後から隠れるように続く。
何やら謎のスロープが斜めについた、無機質な工場鉄塔の上。
見張り番とおぼしき筋肉質な男の姿があり、こちらにすでに気付いていた。
「侵入……者…?…なんだあれは…?」
隠れもしない正面突撃だから、当然なのだが。
「ハローハロー!こちらは友好的な交易者!」
「愛と食料の使者だよ〜!」
未知との遭遇に対し、恐れるように動き回り始めた廃工場の戦闘員たちが見え隠れする。
それに(おそらくは笑顔で)語りかける二人。
「マッドンだよー」
「マックンです〜」
変な名前…。
「人間…?じゃない…レギオン…?いや、新手のクリーチャー…?!」
「おい武器と人数こっち集めろ!カチコミだ!」
…これはひどい。
思っていた百倍効いている。明後日の方向に。
まあ、無理もないとも思う。
僕だってあの立場なら、腕利きの殺し屋モンスターコンビが来たと思っちゃうだろう。
『こんなとこ5秒で片付きますね先輩』とか、そういう台詞のほうが遥かに似合う格好なのだ。
「早く早く!武器持ってこい!」
「やべぇ!まっすぐ来るぞ!に、逃げろ!」
近付くにつれ、徐々にパニックの様相を呈する廃工場の組織。
二、三人が逃げ出そうとして、外階段から転げ落ちるのが見えた。
「すんごい騒いでるねぇー?」
「おなかが空いてたのかな?」
のんびりと語る二人の後ろで、僕は黒子の頭を抱えた。
…もう大失敗だろ、これは。
※※※
人、人、人。
こんな廃墟に肩寄せあって、よくもまあこんなに暮らしているものだ。
僕ら三人は僅かな時間で、廃工場から湧き出した剣呑な人数に囲まれていた。
三十人か四十人かわからないが、いずれ凶悪な武装と人相の屈強な漢たち。
――だが。
「イェーイ!マッドン最高ー!」
「はいピース!サンキューマックン!」
…なんか、仲良くなってしまっていた。
本当に勝算あったのか。ウソだろ。
「なに、食料を持ってきてくれたのか?」
「革ジャンや肩パットもあるよ!」
「金属製のトゲトゲもいっぱい!」
「ヒャッハー!そいつは気が利いてる!」
「オシャレに改造仕放題だぁ!」
…これまで、野盗の装備は個人的に謎だった。
別に一生懸命廃墟を漁ったりしないだろうし。
こんな無鉄砲な交易人の提供だった可能性は、正直、考えたことがなかったワケで…。
「ちょっとちょっと。…何を騒いでるん」
そのとき。
落ち着いた、それでいて迫力を秘めた声が、背後から響いた。
漢たちはバツが悪そうに振り返り、場が一斉に静まる。
「あっ…」
「クロさん…」
…クロ。彼が。
この野盗集団『ブラットデア』の、三番頭。
「勝手に持ち場を離れたらあかんよ」
全体に黒い、きちんとした服装。
年齢は分かりにくいが、二十代後半位だろうか。
すらりとした立ち姿に撫でつけた髪というスタイルは、格闘タイプには見えない。
それでいて、この場に揃った屈強なマッチョたちに埋もれない、独特の迫力を纏ってる。
糸のように細い目、独特の口調。
そう――漢たちが抜き身の鈍器だとすると、鞘に収まった鋭いナイフのような、そんな印象だ。
数秒間、見つめられる。
「……」
「……」
「……?」
――さすがに、状況を把握しきれないらしい。
「…そこの怪物さん方――とりあえずちょっと、事務所まで来てもらえます?」
むろん僕らには、嫌も応もなく。
彼らの本拠地へと、並んで連行されたのだった。
※※※
「で。なんだってそんな格好できましたのん?」
「チッうっせーなー」
「反省してまーすー」
信じ難いくらい投げやりな、姉二人の対応。
僕にはもう分かる。マンガで見た。
これは、職員室で怒られるヤンキーの真似だ。
この状況でも場に飲み込まれないのは、流石ではある…のか…?
工場奥の一室。
木製の四角いテーブルを挟んで、クロ氏と差向いで僕ら三人は並んで座らされていた。
窓の外にはすぐ隣の建物の、ひび割れた壁だ。
ドア前はチンピラがひとり立っていて、そこからの逃亡は難しいだろう。
姉二人はキグルミのまま、頭だけ外している。
身体側が大きいまま並んで椅子に腰掛けた姿は、珍妙極まりない。
そしてすっごい汗ダラダラである。やはり中は、相当暑いらしい。
…よくこの格好で、砂漠みたいな荒野を…。
「あまりナメられると、こっちも相応の『お返し』しとかないと、上に怒られますねん」
クロ氏の細い眼が、鈍く光る。
暴力組織の若頭に相応しい、身体への侵害を躊躇しない空気。思わず息が詰まり、背筋が延びる。
「ナメてなどいない。そんな恐い連中の元に行かねばというから、知恵と勇気を絞った結果」
「でなけりゃこんな二人して汗びしょびしょになったりしないよ〜。どう見ても重労働しょ」
鋭い視線が、二人を射貫く。
「――そりゃまあ、たしかに」
え。納得するんだ。
「ビビッた結果で奇行に出たというのなら、こちらも上に言い訳が立ちますわ。…こっちもコワモテで売ってる以上、御用の方には必要以上に緊張させてまうからね」
「奇行て…」
あ、口に出しちゃった。
クロ氏は僕を見て、
「あんたらオモロいね。気に入った」
にやりと、口許を歪めて嗤ったのだった。
「そんじゃ改めまして。アサヒさんの使いやそうやね。クロです。以後よろしく」
差し出された手は、マッドンのモフモフの手に吸い込まれるように収まった。
クロ氏が一瞬だけなんとも言えない表情になったのを、僕は見逃さなかった。
※※※
「ハイ納品確認完了ー。ブツは申請の通りやね。お疲れさんでした」
数分後。
僕らは事務所にいたままで、クロ氏の簡単な指示により、外では速やかにトラックから物品の輸送と移譲が完了したようだった。
…やれやれ、なんとか五体満足で帰れそうな雰囲気が…。
「なかなかの大盤振る舞いやね。交換所さんも」
「最近は実入りも悪くないようですので」
タマ姉がビジネス口調になっている。…本当に、この人の切り替え方はよくわからない…。
ミミ姉もあまり喋らないが、いざという時にすぐ動ける目配りと体構えに切り替えている。
「最近は『収穫』も減ってきとるから、食料どっさりは正直助かるわ。ウチも交易場所の経営に転職しよかな?」
冗談めかしたその発言に、タマ姉の眼が光る。
「人数と武装を活かすなら、回収業がお勧めですよ。…廃墟はいくらでもあり、値打ち物も眠っている。役立つモノなら市場に回し、プラスの相乗効果に加わることができる」
クロ氏の細い眼が、更に細まる。
「そやね。…それが、アサヒさん…交換所さんの狙いなんやろね」
「雇われ使者の我々からは、そこはなんとも」
…他者から奪い続ける生活に限界があるのは、想像に難くない。
抵抗にあえば犠牲も出るし、逃げられる、避けられる、戦えなくとも奪われない術はある。
仮にうまく捕まえたとして、望んだ収穫がそこにあるとも限らない。
違う遣り方で稼いだ食料を流すことは、彼らの心を挫き、違う生き方を促すことでもあるのだ。
僕はそう結論づけていたが、どうやら大きくは外してはいないようだった。
沈黙。二人の視線は、探るように絡み合う。
「…ま、ウチはボスがアレやからね。健在なうちは、賊徒から足を洗うことはありえへんね」
「クロさんはどうお考えなんです?」
タマ姉は躊躇なく突っ込む。
それは…大丈夫なのか。
もしも…もしも、ボスと違う考えなのだとしたら…。
それは、大きな裏切りの吐露になってしまうんじゃないのか?
「…いいセン突くわ。そして、いい度胸やね」
「お褒めと受け取りました」
ふたたびの睨み合い。
細い糸目が、微かに笑う。
「さすが、変な格好で来るだけあって腹が座ってるなぁ。…ますます気に入ったわ」
これなら、託してもよさそうやね。
言いながら立ち上がったクロ氏は、背後の戸棚から何かを取り出し、テーブルに投げ置いた。
…封筒。紙の手紙か。なんて貴重な。
「アサヒさんにラブレターや。誰にも秘密でな」
『ラ……!?』
その言葉を聴いた瞬間。
タマ姉とミミ姉が、一瞬仕事を忘れてテンションぶち上がったのが分かった。
この数日間、一緒にいて分かったこととして。
この二人、「学校」という過去の教育システムに、とてつもない憧れがあるのである。
ラブレター、下駄箱、校舎裏…そんな単語がドーパミンと共に脳裏を駆け巡ったに違いない。
「実はボクは大昔、アサヒ姐さんに救けられたことがあるんや。…もっとも、向こうは覚えとらんやろけど」
こっちにとっては一生モンでも、向こうにとっちゃ日常やったやろからね。
言いながら、これも恐ろしく貴重であろう煙草の一本に火をつけ、クロ氏はつづける。
「地方訛りの抜けない、細いガキとその弟なんて、記憶の片隅にもないやろ。でもな…殺られる寸前、いかついレギオンをブッ飛ばしてくれた『同じ顔した二人の姐さん』は、いまでもこの眼に焼き付いとる。そりゃあ格好良かった…」
……へぇ?
「双子…ですか?」
「せやで。アサヒとユウヒの姉と妹。ウチらの代ではそこそこ有名やったんやが。まあ亡くなったんか別れたか知らんし、事情もあるやろからあまり聞く気もないけどね」
ソファにもたれかかり煙を吐きつつ、長い脚を組み直す。
「まあそんな訳で、これはボク個人からアサヒさんへのお手紙なんや。…中身見んといてな?」
『おまかせください!!!!』
再び、二人の声がハモった。
タマ姉とミミ姉の瞳と心が燃えている。降って湧いた『学校ぽい』イベントに。
…こっちも中身は、魂の双子みたいなもんなのかもしれないな。
クロ氏の貼り付いたような微笑は、その瞬間だけ――何だか、とても親しげなものに見えた。
※※※
「なるほど、支払いは何かと思ったら…」
その後に事務所の外、彼らのガレージに案内されたそこにあったのは。
一台の、立派な単車だった。
エンジン音と振動も、慣れてしまえば心地よい。
「野盗から食料や水を貰ったとしても、口をつけるのは何か怖いでしょ?」
まあそりゃそうかも。
「でもああいう人たちも、足回りには気を使うの。襲うのも逃げるのも、乗り物がないと始まらないからね」
だから品質も整備も良いものを用意できると。
ミミ姉の説明してくれる内容には、納得しかない。
「だからああいう組織と何かを交換するときは、たいてい二輪か四輪を求めるのが基本だよ」
「勉強になります……うわっと!」
見落とした路面のうねりに、ハンドルを取られそうになる。
ミミ姉は巧みなバランス感覚で後部座席を乗りこなし、からからと笑っている。
「ポチは単車運転ももっと勉強しないとだね〜」
「はぁ…」
タマ姉は往路で用いたトラックを、すこし前方で砂煙を上げながら運転している。
復路は『ブラットデア』との交易で増えた単車一台を、僕が訓練がてらと運転する話になってしまったのだった。
後ろに臨時コーチとして、キグルミ体のままのミミ姉を載せて。
「ミミ姉さんが運転してくれればいいのに」
「コレ着たままじゃ危ないからねぇ」
「脱いでくださいよ…」
トラックの荷台はカラなのだから、キグルミの抜け殻くらいいくらでも乗せられるはず。
いまその荷台には、外した頭部ふたつが不気味に並んでいるだけだ。
「え〜脱げだなんてポチのエッチぃ〜」
「……まさか、暑いからって裸で入ってるとかじゃないですよね…」
「あはは、さすがにじゃないけどさ。薄い下着に汗びっちょりだから、たぶんヌレヌレのスケスケ」
「っ!?」
ふたたびハンドルが滑った。
てか、そんな格好で後ろに跨って、僕に抱きついてたのか…?
「事務所で脱げって言われなくて良かった〜」
風がきもちー、などと呑気な声。
危ない。いろんな意味で、危なすぎる。
「あの、ミミ姉さん…僕はもうたぶん一人で大丈夫なので、タマ姉さんのクルマに」
「あれ?何だろ〜。うしろに…」
ミミ姉の声に、僕は慣れないバックミラーに必死に目をやる。
はるか背後に舞っているのは……。
…あれは、砂煙?
と、正面にいたタマ姉のトラックが急に横に寄せてきた。
「おぉい!街まで急ぐぞ!」
風に乗って、叫んだ声が響く。
次の言葉に、僕は耳を疑った。
「追手だ!何か知らんが武装した車輌とチンピラが、山ほど来てやがる!」
(続)
先週も 50回 以上ものプレビューをいただき、ありがとうございました。
前回は飛んでしまいましたが、次回も来週以降日曜日のどこかで続きを追加の予定です。




