コージー・デイズ(5)(第二章 終)
- Characters -
ミミ:世紀末レイヤーその1。基本はバニーにフライトジャケット。運動得意ネキ。
タマ:世紀末レイヤーその2。基本はセーラー眼鏡に白衣。プログラミング得意ネキ。
ポチ:二人に拾われ着せ替え玩具にされた記憶喪失の少年。投擲精度が異常に高い。
- Previously -
世紀末の交易者の仕事を教えてやろう、とポチを連れまわすタマとミミ。
危険組織へのお使いを奇抜な着ぐるみ作戦で友好的に終えたかに見えた彼女らだったが、
その帰路に野盗とおぼしき武装集団が追走をしかけてきていた。
「追っ手?!ブラットデアですか?何故?」
まずい。
何がまずいって、僕は二輪運転の練習中なのだ。
初心者が獣たち相手に、逃げ切れる訳がない。
「違うよ、よく見てごらん。ブラットデアのカラーは黒」
後部座席のミミ姉が、落ち着いた声で返答する。
バックミラーをよく見る余裕はないが…言われてみると、車体がすこし赤っぽいような。
「あそこは大きいチームだから、ライバルも多いんだよ」
「…そういうことですか…っ!」
出入りの業者を襲う。彼らへの物資搬入を停められる。罪と悪名を高めて孤立させられる。
これは『彼らから』でなく、『彼らへの』攻撃なのだ。
「じゃあ、もし捕まったら…」
「ブラットデアからブレイクピースへの『メッセージ』に偽装加工されて、配達されるね〜」
全身が、総毛立つ。
逃げないと。可能か不可能かではない。
失敗すれば、ミミ姉ごと死ぬ。
荒野の運転コースが、突然の緊張に、不意に歪んだように見えた。
「ん〜?どした、タマちゃん?」
見る。タマ姉の操る軽量トラックが、すぐ近く。
「今のうちに!これを渡しておくから!」
運転席で何か怒鳴っている。
「受け取れ!」
ぽい、と何かボールのようなものが、僕の後ろに乗るミミ姉の手に投げ渡された。
「ヤバくなったら使え!ただし、限界ギリギリで!」
「ば、爆弾ですか?!」
「…違う……上に……」
遠ざかってしまって、高速運転中では声がもう届かない。
砂煙の向こう、ジェスチャーを見る。
前方の、上方に、投げろ。
「はい」
「僕が!?」
「この格好だと腕まわんないからさぁ。投げるの得意だったよね?」
まあ、そうだった…ような気もする。
でも非武装にキグルミはあまりに無防備だ。仕事の性質上、仕方ないのかもしれないけれど…
――僕が、備えなければならなかったのか。
瞬時の後悔が、二輪を運転する僕の脳裏を過った。
「ヒャッハー!!」
「待てや〜!ブチ殺してやる〜!」
忌まわしい死神たちの声が。
すぐ後ろに、聞こえる。
「コケやがれ!」
衝撃。何かが、頭に命中した。
「…くっ!」
ステア捌きは誤れない。
僕が粘らなくては、次も続きもありはしない。
僕らを乗せた二輪は、操縦可能な限界速度で荒野を爆走する。
…まだだ。まだいける。
「大丈夫!?」
「大丈夫です!!しっかり掴まってて!!」
血が右目に入る。構わない。
片目さえ視えれば。
見えた。荒野に聳え立つ、二本の廃ビル。
だがその距離は、絶望的に遠い。
タマ姉のトラックは左右の丘に挟まれた、やや狭い道へ。
拙い運転で、必死にその後を追う。
しかしその前に、赤黒い敵の二輪が追い越し割り込み。
真横にスライドしながら、狭道を塞ぎ停車した。
…力づくで、停める気か。
一瞬、眼を閉じる。
視界が消える。
同時に、全ての音が遠くなる。
視える。
…運転速度を計算に入れた、右のアンダースロー。それでいい。
ゆっくりと眼を開く。
片手に持っていた硬質の砲丸で。
目的の線を、ただなぞるように。
投げた。
全てが、スローモーションのように進みゆく。
打ち出した硬球は、男の頭部を捉える。
男はそのまま、バイクごと背後へ転倒。
同時に謎の玉は狙い通り、跳ね上がり遥か宙空へ――
「うわッ!」
「うひょッ!」
「ぐひゃっ!」
偶然に小石で小さく跳ねたバイクで、倒れた男を踏みつけるように通りすぎたのち。
空の閃光、二つ目の太陽が、大地に強烈な影を残した。
「すごーい!大命中!すごいすごーい!」
「…閃光弾だったんですね!」
ミラーを見る。後続のバイクは一瞬視界を失ったまま、隘路に殺到していた。
コケた哀れな男は味方に次々と踏み潰されては転倒され、二重三重の大事故の様相である。
よかった、これで――
「この野郎!!!」
「ブッッ殺す!!」
左右の丘を乗り越えて。
大きなジャンプに殺気を込めて、後続が迫る。
人数に、運転技術に、差がありすぎる。
もう、打つ手がない。ごめんなさい、ミミ姉――!
「ポチ!あれ!」
絶望に意識を失いかけた僕の眼に、飛び込んできたのは。
僕らを正面から挟み撃ちにするかのような、遠い砂煙。…そして、異変。
タマ姉のトラックが、唐突に、逃走するスピードを落としていた。
エンジントラブル…?
すぐに並んで、運転席を覗き込む。と。
彼女は…珍しく眼をキラキラさせて、親指を立てて返した。
そのまま、ゆっくりと並んで。
荒野のド真ん中へ、停車した。
…正面の砂塵は…?
と、顔を上げたとき。それは来た。
フルフェイスの、統率のとれたバイク軍団が、それぞれにエンジン音を力強く響かせつつ。
氾濫する大河のように、前方から押し寄せ囲み、しかし僕らを無視して後方へと流れゆく。
振り向くと背後に追ってきていた暴力集団が、算を乱して逃走に入り、今度は追われる側となっていた。
助かった…のか?
呆然とそれを眺める僕の横に、一台の大型の二輪が止まり、ヘルメットを脱いだ。
「何か光ったと思ったら…お前らか」
見覚えのある、傷跡の顔。ブレイクピースの…見廻組の。隊長の。
「アマダさん!…あ、ありがとうございます!」
僕はようやく、すべてを悟った。
交換所警備の自警団が、逃げ込こもうとする僕たちに、すんでのところで気づいてくれたのだ。
首の皮一枚。…生き延びた。
「礼はいらん。交易者を護るのは、交換所の方針だ」
怪我したのか、大丈夫か、と額を見てくれる。
「…浅いな。額の傷は血が出やすい。戻ってシーロに手当てを手配してもらえ」
男前になったじゃないか、と隊長が微笑む。
「はい…」
「助かったのに、浮かない顔だな。痛むのか?」
「いえ……ただ僕は結局、だれかに助けられてばかりだなと…」
ぽん、と肩に手が置かれる。
「気にするな。少しずつ強くなればいいんだ」
僕はその感触に、これ以上ない安堵感を覚えて。
そこで急に震え始めた自分の手を握り、すばやく背後に隠したのだった。
…さすがに、死ぬかと思ったな。
※※※
「死ぬかと思いましたあ〜」
数刻後、『右曲がり』店内。
僕らはなんとか依頼を完遂し、受領した二輪もブレイクピースに納め終わり。
いつもの格好――白衣にセーラー服に眼鏡――へと着替えたタマ姉が、カウンターのアサヒさんに危険手当を強請っていた。
「駄ァ目。危険の見積は最初の交渉のうちだろ」
「でもさああぁ」
「予想できないトラブルでもないじゃないか。見積全体ではいい額になったから、我慢しろ」
「ぶうぅぅぅ…」
…タマ姉が、交渉ごとであしらわれるとは。
上には上がいるんだな。
僕は二人が着替えているうちに、医務室のようなところで綺麗な包帯を目立たぬように巻いてもらっていた。痛みも、もうそれほどではない。
帽子がセットの水兵服で、良かった。きちんと隠せる。
「ところで、そうだ。ミミ」
「え?わたし?」
「そう。ちょっとおいで」
バニースーツを緑ジャケットに包んだミミ姉がカウンターの席を移り、近くにくる。
「ウチのメカニックが、こんなのを作ったんだ」
そう言いながら店主がカウンターに出したのは。
…純白の、薄手の手袋。三セットほどある。
「んん?てぶくろ?」
「武器だよ。アンタ、道具を使うのは苦手だろ」
刃物とか鈍器とかさ、というアサヒさんに、ミミ姉はこくりと頷く。
「こいつは旧文明のエネルギーのひとつ、『電気』を掌から流せる特別な手袋だよ。最大出力ならレギオンでも止められるそうな」
「え?え?え?すっごい良さそう!!つけていい?」
「いいけどここで使わないでね」
へへへ、ぴったり、と言いながら指を広げる。
綺麗な指によく似合う、いい手袋だ。
「遣い方は…」
「ふむふむ…」
嬉しそうなミミ姉を、タマ姉も嬉しそうに眺めつつ、声をかける。
「お代は?」
「今回のお届けの報酬代わり、でどうだい」
「危険手当にお釣りが来るじゃない。了承!」
「はい、成立。もうアンタのもんだ」
ありがとー!と満面の笑顔を振りまくミミ姉。
少しずつ強くなればいい…か。
心持ちだけの話ではないな。当然だけど。
…僕も、強くなり方を考えないと。
「そうだ、忘れてた。手紙。預かってます」
「手紙?誰から?誰に?」
「ブラットデアのクロから。アサヒさんに、と」
タマ姉が、懐から封筒を差し出す。
はあ?という顔で首を傾げる。雑な動作のはずなのに、格好良さと色気が全く損なわれない。
「まあ見てみるか…。どれ……ふむふむ」
レターナイフで、スムーズに開封し中身に目を通す。
その表情からは、内容は伺い知れない。
「それなに?ナイフ?」
「ペーパーナイフだよ。手紙開封専用なんだ」
なかなか出番がないがね、と笑う。
そりゃそうだろう。紙など誰も生産していない。
「ラブレターだった?」
「ばか。ビジネスメールだよ」
タマ姉とミミ姉が、つまらなそうに口を尖らせる。
「はいはい、終わり終わり。互いに渡すモンは渡し終わったね。アンタらこそ、もう巣に帰ってイチャコラしなさいな。流石にいい仕事だった、また頼むよ」
「毎度ご贔屓に。…そうだね、そろそろ行くか。ミミ、ポチ」
「はい」
「オッケー!」
僕たちは並んで止木を降り、「右曲がり」店内を後にしたのだった。
ふと振り返ると、いたずらっぽい顔で、店主がひらひらと手を振ってくれていた。
…中身のすべて傾いた、愉快な酒瓶たちを背に。
※※※
「とまあ、こんな感じの楽しい毎日なワケさ。分かったかい、ポチ」
「はあ…とんでもないですね…」
三人きりの、下りのエレベーター内。
タマ姉の言に、どっと疲労が押し寄せてきた。
「そんでもないよ〜。毎日、命懸けで戦ってるような人たちに比べたらさ」
「好きに漁って好きに売って、たまに仕事をもらってこなすだけだからな。とはいえ今日は、まーまー疲れた」
帰って風呂入ってイチャコラしようぜ、と白衣のタマ姉が眼鏡の奥でにやりと笑う。
僕も力なく笑いを返す。
また、メイド服ひざ枕で耳掃除がご希望なのだろう。きっと。
…まあ。今日という日のお礼が、その程度の疲労回復行動で済むのなら、お安い御用ではある。
なんなら肩と背中のマッサージもつけてもいい位だ。
「あ、双子の話をアサヒに聞くの忘れた!」
「まあいつでもチャンスあるよ〜。それより、ポチは探索にも連れてってあげないとね」
「そうだな。お宝がいろいろあって楽しいぞ」
「お宝はもう、貰いましたよ。十分です」
ポケットから、木彫りの小さな鳥の彫像を取り出す。
タマ姉に、露店で交換してもらったものだ。目を細め、眺める。
「そか。満足してくれたンなら、こっちも嬉しいぜよ」
「よかったねぇ、気に入ったんだ」
「ええ。…僕はきっと記憶を無くす前も、鳥が好きだったのかもしれませんね」
広い空を自由に舞う、その姿を夢想する。
いつまで眺めていても、飽きることがない。
それに。
それに、過去の記憶のない僕にとっては。
今日のさまざまの冒険の思い出は、まず何よりの宝物だ。
眼を閉じ、大切な彫像を胸元でぎゅっと握る。
…今度こそ、ずっと、忘れることのないように。
「今日はどっちのベッドで寝るの〜?」
「今日も赤い車で寝ますよ。後部席で」
出会った日からの定位置だよね、とミミ姉が笑う。
「…ん。タマちゃんはどしたの?難しい顔して」
「今日の交換報酬、物資じゃなく物資交換用の割符だったじゃん?コレ」
「うん。上で渡すのは無駄だから下で貰えって。新しい仕組みだそうだけど、合理的でいいじゃない?すぐ交換できるし、エレベーターで運ばなくて済むしさ。分量も数字で書いてあるしね」
「……これってさ」
カネ、じゃね?
呟いたタマ姉の顔を、ミミ姉が目を丸くして見る。
「そうだろ?交換手段、価値尺度、価値貯蔵、巨大組織の『信用』つきだ」
「……世界、変わった?」
「変わったかもしれないねぇ」
「あはは。『ワルいこと思いついた』イイ顔してるね、タマ。やっちゃいなよ。乗るよ〜!」
「さすがの以心伝心。愛してるぜ、ミミ」
「知ってるよ!」
ぎゅっと金属製の割符を握りしめるタマ姉。
新しい白手袋を嵌め直すミミ姉。
「こいつを、更なる『利益』に変えてやる。今日から私たちは、新世界マネー・ゲームの先行プレイヤーだ」
「え?え?――え?」
僕は困惑したまま、二人を交互に見た。
――その思いつきが将来的に、大きな災厄と、大きすぎる利益とを産み出すきっかけになるなんて。
僕たち三人はそのときは、本当に、露ほども、
思いもしなかったのだった。
(FIN.)
キリがいいので第三群の第二章は終了とします。次回は一週休んで久々に第一群へ。
お読みいただきありがとうございました。第三群はまた数か月後に更新の予定です。




