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千神の世  作者: チカガミ
3章 神獣山と龍神
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【3-20】雨の中で

 タツハルとオボロが居なくなった後、騒然とする家臣達を他所に俺も部屋を出る。

 センリュウは去った二人を追いかけて行ってしまったが、家臣達の対応をしていた雪知が俺に声を掛ければ、代わりにフェンリルが返した。


「大丈夫だ。さっきの龍神がついて行ったから」

「それならば良いが……」


 そんな会話が聞こえる中、俺は一人マコトの姿を探す。もしかしたら俺の自室に戻っているかもしれないと思ったが、部屋にはマコトの姿はなく。どの部屋を見ても彼女はいなかった。

 歩き回る内に傷が疼き足を止めれば、そこでキュウが姿を現し、ある方向を指差した。


「マコトさんはそちらに」

「……外に出たのか」


 胸を押さえ深く息を吐いた後、縁側から地べたに降りれば、キュウが指差した方向へ歩いていく。

 昼も過ぎ日が傾き始めていたが、纏わり付く様な蒸し暑さと共に厚い雲が広がり遠雷の音も耳に入る中、屋敷の周りに生えた草を掻き分け敷地から出れば、近くの小川の縁でうずくまる彼女の姿があった。

 その小川に歩いていくと、生暖かい風が吹く。もうすぐ嵐が来るのだと体感するが、それでもマコトの元へ歩いていけば、傍まで来た所で初めて彼女は振り向く。


「キサラギ……」


 夏の暑さのせいかそれとも泣いていたのか、顔は赤く目元が濡れていた。

 俺の姿を見るなり、マコトは立ち上がると顔を歪めて退く。その距離を詰めていくと、「来るな」とマコトは叫んだ。


「来ないでくれ……」

「マコト」

「……私、は」


 青い瞳からボロボロと涙が溢れる。自分の身を抱くと、背後に退がりながらマコトは言った。


「わ、私は……っ綺麗な、姫じゃないから」

「……」

「もう、この身は、樹月(きづき)のもので……私は」


 マコトの呼吸が早くなる。彼女の髪が風に吹かれ表情が隠されると、ぐらりと大きく身体が傾くのが見えた。背後には小川。

 深くは無さそうだが、たまらず俺は土を踏んで飛び出すと、マコト共々小川に落ちた。

 水飛沫が上がり多少着物を濡らした後。マコトの身を抱えた状態で膝を突くと、マコトは俺を見上げる。俺はそんなマコトに呟いた。


「……言いたい事はそれだけか」

「……え?」

「例え、お前が樹月のものだとして。諦める気は更々無いからな」

「!」


 目を丸くするマコト。だがすぐに眉を下げると、目を逸らして首を横に振る。抵抗はしなかったが、受け入れる事もなくマコトは手を握りしめた後、小さな声で言った。


「どうして……?」

「?」

「私、もう、手出されているんだぞ。汚れているんだぞ? そんな姫なんて、この国に相応しくない」

「……」


 この国に相応しくない。な。

 胸が何故か騒つくと、俺はマコトの耳に顔を寄せる。拒絶する理由が俺ではなく国だと言われ、何故か胸が騒ついた。


「俺じゃなくて、嫡男が良いのか?」

「キサラギ……?」

「俺は姫だからお前を助けたい訳じゃない。離れ難い存在だから助けたいんだよ。国に相応しいかなんて知らねえ」


 強くマコトを抱きしめる。

 思えばここまで連れてきてくれたのは、彼女のおかげだった。一人だときっとライオネルに出会うきっかけもなかっただろうし、和解する事もなかった。

 まあ、流石に自分の出自に関しては想定外な話も多かったが。それでも、不安じゃなかったのはきっと……


(どこかでマコトと共にいる事に安堵したからだろうな)


 彼女の背中に腕を回しより強く抱きしめると、ここでようやっとマコトが口を開いた。


「……嫌じゃないのか?」

「何が」

「だって……」


 言葉を詰まらせるマコトに、俺は息を吐く。朝霧に相応しくないなどと言っていたが、恐らく本心では国よりも俺に対して思っていたのだろう。

 正直なところ、マコトが既に他の男に手を出されていたのは許せないが、今更過去を気にして彼女を手放す気にもなれない。

 そう思いつつ俺は抱擁を弛め、マコトの顔を見つめる。

 空からは大粒の雨が降り出していた。

 互いに見つめ合った後マコトの手を握ると、小さく「帰るぞ」と言って立ち上がる。マコトは茫然としていたが、僅かに笑むと遅れて立ち、口を開いた。


「後悔、するかもしれないのに」

「する訳ないだろ。それとも何だ。いっその事全てを捨てて上層へ行くか?」

「……それも良いかもしれないな」


 上層に行って、マシロの住む森に家でも建てて。

 そんな事を話しながら小川から出た所で、マコトの足が止まる。彼女の手を引いていた俺は、少しよろけた後振り向くと、マコトの表情を見て何か言おうとした口を閉ざした。

 嗚咽混じりに泣く彼女を静かに見た後、再び向き合い背中に腕を回す。すると、益々マコトは声を上げて泣くものだから、俺は何も言えずに背中を摩る事しかできなかった。

 そうしている内に天気も悪くなり、雨で視界が霞み、黒い雲の合間からは紫の光があちこちで輝いていた。

 着物は雨水を吸って随分と重く濡れてしまったが、そこにふと陰が差し込んだ事で顔を上げると、そこには傘をさすフェンリルがいた。


「大丈夫か?」

「ああ……悪いな」


 謝ると、フェンリルは微笑して「気にすんな」と言う。マコトも落ち着いたのか、そっと頭を上げるとフェンリルを見て驚き慌てる。


「あっ、フェンリル……」

「良い所に邪魔したな」

「えっ⁉︎ あ、いや、その……っ」


 顔を真っ赤にして狼狽えるマコトに、フェンリルはくすりと笑って「冗談だよ」と言う。して改めて俺達を見て苦笑混じりに呟いた。


「しかし随分と雨に打たれたな。早く戻って着替えた方が良いぜ」

「ああ……そうだな」


 心なしか怠さも強く感じる。深く息を吐き、フェンリルから傘を受け取る。とはいえ傘は一つで、このままではフェンリルが濡れてしまう。

 傘もなくさっさと言ってしまうフェンリルに声を掛ければ、彼はこちらを向いて言った。


「俺はそう簡単に風邪引かねえから安心しろよ」


 真っ白な尾を揺らしつつ言えば、軽く手を振り屋敷へ向かっていく。その後ろ姿を見送った後、俺達も屋敷へと向かった。


※※※


 屋敷に戻った途端、外は嵐になった。雷は鳴り響き、強風が雨戸を揺さぶっている。

 濡れていた着物からとりあえず着替えたものの。怠さは引くどころか段々と強まった事で、タルタに診てもらう事になった。


「……熱あるね」

「やっぱりか」


 頭痛に眉間を寄せつつ息を漏らせば、タルタもまた呆れた様に息を吐く。

 

「全く、まだ傷も治っていない所で雨に打たれるなんて。これじゃ治るものも治らないよ」

「……」


 正論過ぎて何も言い返せない。だが、今回は致し方なかったのだが。

 布団に横になり寝返りを打って背を向けた後不貞腐れていれば、タルタはもう一度息を漏らし立ち上がる。


「雪知(ゆきち)にも伝えておくからね」

「……ああ」


 パタンと障子が閉じる。

 しばし外の音だけが耳に入る中、仰向けになって天井を見上げれば、チハルの声が聞こえてきた。


『大丈夫?』

「……大丈夫とはいえないな」


 主に体調の方だが。付け加えるとチハルは吹き出した様に笑った。


『僕も無茶したからね。君程ではないけど』

「うるせえ」

『……でも、助かったよ。強く言ってくれて』


 僕にはそこまで言えないから。と、チハルは呟く。それに対して俺は両腕を後頭部に回しつつ返した。

 

「言うだけ言って後は周りがやってくれたけどな」


 俺の言葉に対し、雪知が賛同してくれたのも大きい。それに乱暴ではあるが、キュウが脅してくれたのも良かったと思う。後はそれを見ていた朝霧(あさぎり)の家臣がどうするかだが。

 発破を掛けたは良いが、そう簡単に人というものは動かないだろう。それにまだ樹月に対する恐れも残っている筈だ。


「一日程度じゃそう変わんねえよ。多分」

『そうだね。……でも変わるよきっと』


 そう言った後チハルの声は聞こえなくなった。俺も熱のせいか、意識を保つのも辛くなってきて目を伏せる。

 慣れない事はするもんじゃないと思ったが、ちょっとだけやり切った様な。そんな気分にはなった。


 その後。俺は数日熱で寝込んだが、三日目の朝には熱も下がり、傷も良くなっていた。

 タルタからの許可も降り、屋敷の中庭で久々に短刀を握り身体を動かしていると、そこにフェンリルがやってきて軽く相手をしてもらった。


「数日寝込んでいた割に、しっかり動けているな」

「そうか?」


 だいぶキレが悪いがとぼやきながら、短刀を振るう。それをフェンリルは軽々避けたり、氷の小手で流す様に弾く。

 あくまでも稽古みたいなものなので、力は抜いているが、それでもやはり以前よりは体力や動きが悪い。

 ある程度振るった後、「休憩」とフェンリルに言われ、肩で息をしながら縁側に向かえば、いつの間にかマコトがそこに座っていた。


「お疲れ様。暑いだろうに」

「暑い? ……ああ、そういや今夏か」


 通りでいつもより疲れやすい筈である。マコトから手拭いを受け取り汗を拭いつつ呟けば、フェンリルが脱力して「今気付いたのかよ」と返す。

 耳を澄ませば五月蝿いくらいにクマゼミが鳴いていた。


「気を付けないと熱中症になるぞ。はい、お茶」

「悪いな。……って、冷たい?」


 まるで先程まで氷に突っ込んだ様な冷たさである。この暑さの中ではとてもありがたい。

 冷えた緑茶を飲みつつフェンリルを見れば、フェンリルはこちらの視線に気が付いた後、自分の腰に手をやりながら言った。


「ここに来てから、一宿一飯の恩で氷作ってやってるんだよ。夏場に氷は貴重だろ?」

「そうだな……というか、優しいなお前」


 半神なのに、一宿一飯の恩とか言ってわざわざ氷作ってやるとは。

 改めて彼の優しさを知ると、彼はキョトンとして「そうか」と言った。

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