【小さな当主の話】(ハレside)
数日前から見知らぬ者達の声が聞こえる。センリュウ曰くお客さんが来ているらしいが、その割には変な感じだし、全然会わせてくれなかった。
(どうしてオレだけ)
オレがこの家の当主なのに。いつも皆オレを除け者にする。きっとオレがまだ子どもだからそんな事をするんだ。
そう一人広い部屋でいじけていると、センリュウがやってくる。そしてオレを見るなり息をついた。
「ハレ様。日課はもう終わりましたか?」
「……後でやる」
「そう言って昨日もしなかったでしょう。秋葉から聞いていますよ」
「秋葉のヤツ……」
チクりやがってと舌打ちすれば、「ハレ様」とセンリュウは怒る。いつにも増してうるさいセンリュウにイライラすれば、そこに雪知がやってきた。
雪知はセンリュウにコソコソと呟くと、オレはそれを聞く為に近づく。それにセンリュウが手で制すれば、オレは腹を立てた。
「何でだよ! オレ当主なのに!」
「ハレ様には後程お伝えします。だからしばらく静かにしてください」
「いつまで⁉︎ かれこれ一週間屋敷も出てないよ‼︎」
そうセンリュウの袖を引っ張りながら言えば、センリュウは怖い顔を浮かべる。して、オレの肩を掴みその場に座らせると、「ハレ様」と怒った声で言った。
「このままいい子にしなければ、ハレ様は当主を降ろされますぞ」
「!」
いい子にしなければ、当主を降ろされる? 何で? オレ、センリュウの言う事いっぱい聞いているのに。いっぱい我慢しているのに。
ぐっと奥歯を噛んで泣きそうになるのを堪えたけど、目からはどんどん涙が溢れてきて。それで悔しくなったオレはセンリュウを力強く押した後、部屋から飛び出す。
「ハレ様!」
「センリュウなんか大っ嫌い‼︎ クソジジイ‼︎」
そう心にも無い事を言って庭に降りる。
裸足で出るといつも怒られていたけど、今はもうそんなの知らなかった。怒った所で聞いてなんかやらない。
泣きながら屋敷を飛び出すと、兵士の言葉も聞かずに駆け出した。
(オレずっと頑張ったのに!)
いつも褒めてくれないし、怒ってばかり。オレと同じ年の子は皆遊んでいるのに。皆ずるい。羨ましい。
……ああ、何で。オレはこんな家なんかに生まれてきちゃったんだろう。
(母様……)
どうして、母様はオレを庇って逝ったんだろう。この家の為? 父様なんかオレが生まれる前に死んじゃったし。
……もう、こんな家なんて、無くなっちゃえば良いのに。
そう思った時、正面に人がいることに気付かずぶつかる。走っていたから、それなりに強く当たっちゃって、後ろに倒れ込むと、オレは恐る恐る顔を上げる。
そこにいたのは茶髪の男。白い着流しに赤い羽織を着ていて帯には短刀が差してあった。
(どうしよう)
こんな時はなんだっけ。謝れば良いんだっけ。でも上手く言葉が出てこなくて口籠ると、男がしゃがみ込む。
「大丈夫か?」
「……大丈夫」
頷けば、青い瞳が少しだけ優しくなる。そして大きな手で頭を撫でられると、オレの手を引いて立ち上がらせてくれた。
「怪我は……ないみたいだな」
「うん……その、ごめんなさい。ぶつかっちゃって」
「……何かあったのか?」
訊かれてオレは俯く。
だけどセンリュウから自分の事は詳しく言っちゃダメって言われてるから、最初は話すのを躊躇った。
(でも……)
何故かこの人には話しても良い気がした。どうしてだろう。つい首を傾げてしまうと、あの青い瞳がオレから後ろに向けられる。
オレは振り向くと、そこには追いかけてきたのか雪知がいた。
「雪知……」
「ハレ様」
気まずくなってオレは男の背中に隠れる。男はオレを見つめると小さく息を吐いて雪知に声を掛けた。
「もしかしてこいつが例の弟とやらか?」
「……はい」
雪知は目を泳がせつつ頷く。例の弟? オレが? 誰の?
黙ったまま見つめ合う二人に、オレは男の袖を掴み引くと男はオレを見た。そこで初めてオレは男が同じ目の色をしている事に気付いた。
(母様が前に言ってた。オレが生まれる前に兄様が居たって)
兄様は父様が死んじゃった日に居なくなったって。でもどこかで生きているんじゃないかとも話していた。じゃあ何で帰って来ないのと聞いた事もあったけど、決まって母様は「帰ってくる」と。そうずっと言い続けていた。
オレは掴んだ男の袖を握りしめると、身体を震わせながら言った。
「お前が……チハル兄様、なの?」
「……」
男は言葉を発さない。けど、その困った表情で遅れて頷いた事で、男がオレの兄様なのだと分かった。
さっきまで鳴いていた蝉の声が聞こえなくなる。空から降り注ぐ夏の太陽の熱さも。眩しい砂利の道も。何もかも分からなくなって。全部が真っ白に見えて。
……気が付けば、オレは男から離れていた。そして沢山意地悪な事を言った。
何ですぐに帰ってこなかったのかと。母さんを捨ててどこに行ったんだと。
きっと兄様は好きでいなくなった訳じゃない。けど、オレだって辛かったんだ。母様が死んで一人になって。ずっと周りの大人の言いなりになって。そうしないとこの家から追い出されるんじゃないかって思ったから。
だからいっぱい頑張った。頑張って兄様になろうとした。なのに、何で。
「なんで、帰ってきたんだよぉ……! ふざけんなぁっ!」
「っ、ハレ様!」
雪知が怒る。兄様の顔は見えない。
何も言い返さない兄様に、オレは手を握りしめて身体を叩く。すると、雪知に強く腕を引かれた。
「っ⁉︎」
振り向いた瞬間、パンと左頬を叩かれる。それでまたオレは涙が溢れ出すと声を上げて泣いた。
「っ、うわぁぁ……皆、大嫌いっ、皆意地悪ばっかりするぅっ」
「ハレ様……!」
雪知に肩を掴まれ揺さぶられる。違う。そうじゃない。そう言うけれど、雪知の声なんて聞きたくもなかった。
すると、どさりと背後から音がした。その音にオレは涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を向けると、兄様が膝をついていた。
「キサラギ様⁉︎ だ、大丈夫ですか⁉︎ もしやお身体が……!」
雪知が慌てる。もしかして兄様、体調が悪かったの?
(もしかして、オレのせいで)
そんなつもりはなかったのに。オレのせいで。
そう思ったオレはまた小さい子の様に泣いた。どうしようって。雪知はそんなオレを今度は優しく頭を撫でながら兄様に呼びかける。
兄様は気を失っているみたいだったけど、すぐに目を覚ますと、さっきとは違って優しく笑ってオレに手を伸ばす。
「っ」
雪知の腕から兄様の腕の中に移れば、兄様はトントンとオレの背を摩って叩きながら強く抱きしめた。羽織からはふわりと何だか懐かしい香りがした。
「ごめんね。ずっと君を一人にして」
「えっ……」
「僕が居ない間ずっと朝霧を守ってくれたんだよね。偉いね。よく頑張ったね」
「……っ」
目が熱くなる。オレは唇を噛み締めると、兄様の大きな背に手を回した。
正直言ってずるいと思った。泣いたり怒ったりすれば良いのに、兄様は怒りもしなかったから。ただ青い瞳は湖の様に水を溜めると、泣きそうになるのを我慢しながらオレにずっと話しかける。
本当は早く帰りたかったと。オレに寂しい思いをさせてしまって申し訳ないと。そして、傍にいて母様を守ってやれなくて悪かったと。
(兄様だって大変だったはずだ。これは全部オレのわがままなのに)
悔しくて、イラついて。まだまだ言いたい事は沢山あったけど、強く奥歯を噛んだ後オレは兄様の胸に顔を押し付けると、しゃくりながら言った。
「さびし、かった」
母様が居なくなって。家族と呼べる人が居なくなって。センリュウは父様みたいにやってくれていたと思うけど、父様と呼ぶには何か違う様な気がして。
だから、はっきりと寂しいとは言えなかった。……だって、母様が亡くなった時、センリュウは泣いていたから。そしてオレを抱きしめながら「守る」と言ってくれたから。
けど……けど……
ごちゃごちゃとした気持ちが、口から止まらない。
酷い事言っちゃったけど、本当は分かっている。分かっているけど、オレの気持ちにも気付いて欲しかった。
それを兄様は見てくれて嬉しかった。嬉しかったし、長年会わなかったのに、すぐに見られてちょっぴり悔しかった。
兄様は何も言わずずっと話を聞いてくれた。
こうしてずっと泣いていると、いつの間にかセンリュウ達もいて。オレがセンリュウを見れば、センリュウは眉を下げて笑った後、やってくる。
「すみません。ハレ様。いっぱい我慢させてしまいましたね」
「センリュウ……」
「……帰りましょう。帰って、ちゃんと話をしましょう」
センリュウに言われ、オレは兄様の腕の中で頭を縦に振った。




