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千神の世  作者: チカガミ
3章 神獣山と龍神
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【3-19】冷めた怒り

「……っ‼︎」

「……」


 鼻息を荒くし大股でオボロはやってくる。

 家臣達は引き腰のまま立ち上がり様子を伺っていたが、オボロが刀を振り上げた事で息を呑んだ。

 俺はというと振り上げた刀を静かに見つめていたが、流石に危ういと思ったのか、センリュウと雪知(ゆきち)が前に回る。


「チハル様‼︎」

「っ⁉︎」


 センリュウに押し倒され、雪知が刀で防ぐ。ギチギチと刀がぶつかり合う中、俺の上に覆い被さったセンリュウが小声で叱ってきた。


「何をしておいでか‼︎ 無闇に挑発されるとどうなるか分かりませぬぞ‼︎」

「そう言ってこのまま言いなりになるのか?」

「それは……ですが……」


 俺の言葉にセンリュウは目を逸らす。して絞り出す様に「まだその時ではない」と言った。


(まだその時ではない……な)


 しかしいつまで待てば良いのか。待つ内に樹月のいい様にされて、抗う力を失ったらそれこそ終わりだ。

 センリュウを退けると、懐から短刀を手にし、押され始めている雪知の肩を掴む。掴まれた雪知はこちらを見て目を大きく開けば、「お下がりください」と言って俺を下がらせようとした。だが。


「退け‼︎」

「ッ⁉︎」


 オボロに強く押され横に倒れ込む。俺は雪知を目で追い助けようとしたが、オボロが刀を振るってきた事で短刀で制する。

 最初は抑え切ったが、次第に体重を掛けられ押されていけば、オボロはニイと笑って言った。


「先程の余裕はどうした⁉︎ 圧されていっているではないか‼︎」

「ッ……」


 こちらも力を込めて押すが、ずきりと傷が傷んだ事で顔を顰める。その表情にオボロはより笑みを濃くして指摘する。


「ほう、もしや手負いか? それは良い。このまま介錯してやろう。……腹を切れ、小童‼︎ さすれば朝霧(あさぎり)家は守ってやろう!」

「っ、誰が切るかよ……!」

「であれば、そのまま死ねぇっ‼︎」


 叫び刀の刃が滑る。それにより短刀が手から離れると、オボロは高々と刀を振り上げて下ろす。

 傍らで雪知が叫ぶが、間に合わないのは誰もが見て分かる。俺は舌打ちしながらもその刃を見つめていると、遠くで鐘の音が聞こえてきた。

 その音に笑みを浮かべれば、オボロは目を見張る。刃は既に俺の頭上まで迫っていた。その太刀の切先が俺の身に触れそうになった時、冷気を感じると続いて部屋の中に激しい音が響いた。


「なっ⁉︎」


 オボロの驚く声。刃は俺の身を引き裂く事なく、寸前の所でオボロの腕や身ごと凍りついていた。

 突然凍った事でオボロは退くと、俺は息を吐いた後視線を障子に向ける。そこにいたのはフェンリル達だった。

 フェンリルもまた息を吐くと、「危なかった」と言って部屋に入ってくる。一方で何も知らないオボロはさっきとは打って変わって怖気付いていた。


「な、な、何だお前は……⁉︎ 物の怪か⁉︎」

「物の怪扱いかよ」

「こっちじゃ半神は珍しいらしいからな」


 仕方がないと言うと、オボロに物の怪扱いされたフェンリルは肩をすくめる。オボロは半神という言葉に反応して、声を震わせる。


「な、何を馬鹿なことを⁉︎ 半神だと⁉︎ この地が聖園守神(みそののまもりかみ)の聖域だと分かった上で他の神を呼んだというのか⁉︎」

「別に、ここが聖園守神だけしか入れないという掟はない筈だが。なあ、雪知」

「はい。その筈です」


 雪知に話を振れば、雪知はオボロを睨みながら立ち上がる。右手には未だに刀が握られたままだった。

 すると騒ぎを聞き付けてか、昨晩会ったタツハルが駆け付ける。彼はオボロと俺達の様子を見て、驚き憤慨すれば、声を上げて刀を抜いた。


「お前……! 昨晩の失言では足りず、父上にまで逆らうか‼︎」

「先に刃を抜いたのはそちらの方だ。刃を防いだとはいえ、俺はまだ何もしていない」


 そう言うとタツハルは歯軋りする。だが、何かを見て目を開くと、突然笑みを作った。

 表情の変化に俺は眉を顰めれば、タツハルは懐から鉄扇を取り出し、開きながら口を開いた。


「そういやお前。小刀祢(ことね)の姫とは幼馴染だったな」

「?」


 マコトの事を持ち出したタツハルに、俺は障子のそばに居た彼女を見る。マコトは何かに怯える様に表情を歪めると首を横に振った。

 その様子に、タツハルはくつりと笑って話を続ける。


「お前がいなくなった後、小刀祢はどうなったと思う? 朝霧家当主という後ろ盾がなくなって。樹月(きづき)に攻められて……」

「やめろ!」


 マコトが叫ぶ。が、タツハルは遠慮なく話を続けた。


「最終的に家を守る為に人質となり、毎晩兄上や父上達の相手をさせられていた。最早もう純潔ではなく、他の男の味を知っているんだ。……絶望したか? チハル殿」

「……」


 静まる室内。タツハルがマコトの事を言い出した時点で、恐らくはそういった話だろうと思っていた。それで彼女がオボロに怯えていたのも。

 傍らにいるフェンリルや雪知がタツハルに対して非難する中、俺は酷く冷静になると「それで」と冷めた声で言った。タツハルは未だに笑っていた。


「何だ? 怒ったのか? それはそうだろうなぁ。しかし、もう諦めろ。あの女は樹月の側室として子を産んでもらう話になっている。お前こそ使用済みの女は好かないだろ」

「てっめぇ……!」

「いい、フェンリル」

「キサラギ⁉︎ お前、いいのかよ⁉︎」


 俺の怒りを露わにするフェンリルに、俺は手で制した後返答なく前に出る。ここで初めてフェンリルは俺の心情に気付いたのか、口を閉ざすと一歩退いた。

 俺はマコトを見た後タツハルを見直すと、ふざけた表情のまま煽り続けるタツハルに向かって歩む。


「殴るか?」


 そう間近まで迫った俺にタツハルは言った。俺は息を吐いた後、タツハルの胸倉を掴むと引き寄せて言った。


「そうだな。殴ってやってもいいが、テメェの言われるがままに殴るのは胸糞悪いからな」

「じゃあ、斬るか? ハハッ、出来るものならやってみろ。どうせ出来ないだろうがな」

「……」


 タツハルを突き放す。よろけつつも、ヘラヘラと笑うタツハルに、俺は背を向けた。

 何もしない俺にタツハルは背後で嘲笑っていたが、俺は舌打ちして数歩進むと、小さく「馬鹿が」と言った。そんな俺にフェンリルが話しかけてくる。


「キサラギ……」

「……」


 大丈夫かとフェンリルは訊ねると、俺は頷いた後もう一度タツハルを見る。

 ……正直言って自らの手で葬ってやりたかったが、生憎自分にはお節介焼きの神が何柱もいる。彼らは知らないだろうが、俺を罵った時点で彼らの運は尽きた様なものだった。

 まず初めに異変を感じたのはフェンリルだった。突然何かに驚きタツハルの真上の天井を見ると、ガコンと天井の板が外れる。続いてオボロが苦悶の表情を浮かべた。


「ッガ……ァッ⁉︎」

「父上⁉︎」


 もがき苦しみ始めたオボロに、タツハルも気が付き声を上げると、やがて白目をむいてオボロは泡を吐く。

 急変したオボロに家臣が恐怖に満ち、部屋の隅へ寄ると、オボロを抱えながらタツハルがその家臣達に向けて叫ぶ。


「何をしている⁉︎ 早く医者を呼べ‼︎」

「は、はいぃ……!」


 一人の家臣が部屋を飛び出す。しかし、オボロの状態は悪くなるばかりであった。

 すると今度はタツハルにも異変が起きる。首元を押さえ息を詰まらせた声を出すとその場に倒れ込む。

 フェンリルはフェンリルで青ざめ、天井を見つめていれば、俺はその方向に向けて声を発した。


「おい。やりすぎだ。本当に死ぬぞ」


 俺の言葉の後、段々と二人を苦しめる姿が現れてくる。僅かに青く光る黒い鱗。長く伸びたその身体でそれぞれ首に巻きつき締め付ける龍は、こちらを見ると唸り声混じりに言葉を発した。


『この者を生かせというのですか』

「一旦だがな」

『……分かりました」


 仕方がないといった様子で渋々龍は拘束を弛める。それによって二人は解放されると咳き込みながら息を吸った。悪運が強いのか首の骨も問題はなさそうである。

 二人から離れた龍はこちらにやってくると、姿を変える。正体は言うまでもなくキュウだった。

 少年の姿になってもキュウは二人をジロリと睨んでいると、タツハルはキュウに恐れ慄きながらも声を発した。


「お、おまえ……っ、半神だけでなく、神そのものまで……!」

「狡いか?」

「っ……狡いも何も……っ、そこまで、して、何を望む……! 朝霧家か? それともこの戦國(せんごく)領域の土地全てか⁉︎」


 肩で息をしながらタツハルは叫ぶ。少々誤解されている様だが、今の所そういった野望はない。

 腰に手をやりつつタツハルを見つめると、無の感情のまま答えた。


「言っただろ。領域守(りょういきのかみ)の家の嫡男として仕事をしに戻ってきたって。要するにお前達が調子に乗らず、このままこの土地を出て行ってくれれば何もしねえよ」

「っ……ここまで朝霧家を生かしたのは樹月だ! 何もしてないお前に取られてたまるか‼︎」

「生かした? 乗っ取ろうとしたの間違いだろ」


 そう返しタツハルに歩む。膝をつくタツハルは不満げながらも怯えてこちらを見上げていた。

 俺は小さく息を漏らすと、タツハルの着物の襟を掴み、無理矢理立たせた後、耳元で囁いた。


「後、これからマコトに一歩でも近付いたら、テメェらの家を潰すからな」

「ッ……」


 びくりと震えるタツハル。俺は襟を手放すと、タツハルは畳に尻餅をつき放心する。

 しばらくしてオボロに呼ばれたタツハルは、ふらつくオボロを支えつつそそくさと部屋を後にした。

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