【3-18】厄介なお訪ね者
次の日。だいぶ日が昇った頃に目を覚ました俺は、タルタの診察を受けた後、マコトとフェンリルに再会した。
マコトは最初俺をチハルだと思った様だが、俺だと分かった途端泣きながら抱きついてきた。
「良かった、本当に良かったぁ‼︎」
「おい。俺が無事だという事は知っていたんじゃないのか?」
「知ってはいたんですが……その時はチハル様だったので」
傍にいる雪知に言えば、彼はマコトの様子に驚きつつも俺に説明する。一方でフェンリルは変わらず「大丈夫か」と俺に調子を訊ねてきた。
「昨晩よりはな。本調子とまではいかないが」
「そりゃあな。あの傷だからしばらくは響くんじゃないか」
「だろうな」
溜息交じりに着物の上から自分の胸元を触れる。タルタの治癒魔術によって背中の傷などは癒えていたが、唯一胸元の傷だけがまだ深く残っていた。話を聞くと、骨に留まらず一部は肺にまで傷が達していたらしい。
そのせいで未だに息のしずらさが残っており、たまに咳き込むと、タルタか雪知が背中を摩っていた。
「骨まで斬るとは……その人物中々の手練ですね」
「ああ。何せ聖園守神の暗殺集団の頭だったんだ。過去に国一つ潰した位だからな」
「な、何と……⁉︎」
頭領の話をすれば雪知は唖然とする。して、震えた口調で「よくぞ生きていらっしゃいましたね」と呟いた。本当俺もそう思う。
ちらりとフェンリルを見れば、フェンリルも頭領との戦いを思い出した様で、青ざめた表情で「死ぬかと思った」と言葉を漏らした。半神でもこの感想なのだから頭領は相当なものだと思う。
すると、それを聞いていたマコトは顔を曇らせると、上層に残してきたレン達を案じた。
「レンも大きな傷を負っていたが……大丈夫だろうか」
「……ライオネルが傍にいるから大丈夫だとは思うが、桜宮がどうなっているかは気になるな」
ライオネルは神ゆえに傷を負ったとはいえ、すぐに治癒し戦う事は出来る。しかしウォレスは前の戦いで、そして今回レンが重傷を負った。アユがいるとはいえ、二人で国を守るのはとてもじゃないが厳しいだろう。
(元々力不足な所に、俺やフェンリルを加えようとしていた所だったからな)
俺も無事ではないとはいえ、フェンリルやタルタがこちらにいるのは桜宮にとっても痛手であろう。
四人して悩む様に息を吐くと、雪知は同情する様に苦笑いをした。
「まあ、こうして悩んでいる暇なんてないんだけどな。……それでフェンリル」
「? ……ああ、スターチスの伝言な」
はい。と言って渡されたのは厚みのある文。広げて見れば、そこには朝霧周辺……特に隣国樹月のここ数ヶ月の動きが書かれていた。
雪知も覗き込むと、想像以上の情報に「は⁉︎」と驚き声を失うと、マコトが引き攣った笑みを浮かべて言った。
「何というか……神様の力を借りると早いな」
「急ぎだからな。……何なら武力行使でやればもっと早いんだが」
そう拳を作りながら言うと、頭の中でチハルが「やめなさい」と優しくも低い声で言った。
マコトも「それはちょっと」と言えば、フェンリルは腕を組んだまま呟いた。
「とはいえ。状況によっては戦闘になるんだろ」
「なるだろうな。分家にとっちゃ俺達は邪魔者以外の何者でもない訳だし。何ならあっちから手を出して来る可能性だってある」
今だって隙を狙おうと躍起になっているに違いない。なんて思いながら、スターチスからの情報を読んでいると、樹月の動きに気になる部分があった。
(夜中に屋敷で人の動きが多数……か)
わざわざ書いているという事は警備の兵だけではないという事か。
そう思っていると、外がやけに騒がしい事に気付き皆して廊下を見る。人影が右往左往。耳を澄ませれば「聞いていない」だの「突然何用か」だの誰かが訪問してきた様な会話だ。
これにフェンリルが「まさかな」と俺が手にする文を見つめれば、雪知は立ち上がり廊下に出て、女中を呼び止めた。
「何があったんだ」
「ゆ、雪知様。それが……樹月のオボロ様が突然いらっしゃいまして」
そう女中は告げると、雪知はこちらを振り向く。この様子だと誰もが来るとは知らなかった様である。
「書いてあったのか」
とフェンリルが俺に言うと、俺は頷き返す。正確にはその予兆なのだが。
そしてオボロという名にも覚えがある。チハルの記憶によれば、彼が今の樹月の当主らしい。
尚、昨晩チハルが会っていたあのタツハルって奴は、このオボロの三男であり、樹月にいた時はノゾムという名を名乗っていた様だ。
(そいつが樹月に情報を送ったんだろうな)
チハルが朝霧に戻って来たという事は、樹月にとって懸念材料だろう。しかし態々主自らくるとは。中々に肝が据わっている様にも見える。
そう障子越しに外を見つつ思っていれば、雪知が接待の為に一旦抜けると言って、部屋から離れていった。
「それで。どうするキサラギ」
フェンリルに訊ねられ、俺は手にしていた文を閉じると、「様子見だな」と返した。
「分家の方も気になるが、それを操っているのが樹月だと分かっている以上、出来れば樹月の情報も引き出したいだろ?」
「まあな」
フェンリルは頷きつつ、頭上の三角の耳を動かして辺りの音を探る。
一方でマコトは不安げな表情を浮かべると、俺の手を握ってくる。その行為に俺は視線を彼女に向けて言った。
「どうした?」
「……いや、緊張するというか。何というか。あのオボロ様がいるとなると何だか怖くて」
そうマコトは言って俺に身を寄せる。その身が微かに震えているのを感じると、俺はそんなマコトを安心させる為に肩に手を回し引き寄せる。
これまで魔獣やドラゴン相手にさえ、調子を殆ど崩さなかった彼女がここまで怯えている。一体オボロという奴はどんな者なのか。
マコトの肩を何度か摩りつつ、しばし外の様子を見ていれば、何かに気付いたのかフェンリルの耳が動き、こちらを見た。
少しして足音が耳に入れば、雪知らしき人の影が障子に写る。
雪知かと皆して安堵する中雪知が障子を開ければ、無表情のまま俺を見て言った。
「キサラギ様。ちょっとよろしいですか」
「何だ」
返事すれば、雪知はチラチラと遠くにある大広間のある方向を見つつ、気まずそうに耳打ちして来た。どうやらオボロが俺をお呼びらしい。
「いかがいたしましょう」
「行く」
「キサラギ」
マコトが声を掛けるが、俺は「大丈夫だ」と言ってマコトから離れる。
皆に視線で追われる中、雪知と共に部屋を出れば背を向けたまま言った。
「もうすぐしたら近所の寺の鐘が鳴る。その鐘の音が聞こえても戻ってこなかったら大広間に来い」
「わ、分かった」
「キサラギ……気をつけて」
「ああ」
心配そうにしつつも部屋から顔を出して見送るマコトに、俺は軽く右手を振って応えた後、雪知の後を追って大広間に向かう。
万が一の事も考えて、昨晩雪知から返してもらった短刀を懐に隠しつつ。肩に掛けていた赤い羽織に腕を通してから、大広間のある母屋に入った所で、怒号に近い男の声が聞こえてきた。
『どうして今まで隠していた⁉︎ 嫡男は十年前に死んだとそう申していたであろう‼︎』
『そ、その筈だったのですが……実は入れ替わっていたと申しますか』
『入れ替わっていただとぉ? その様な戯言、通じると思うてか』
そう誰かが言った後、乾いた音が聞こえる。その音に雪知が深く息を吐くと俺を見た。
「あの癇癪ジジイに言いなりになるとは……情けない」
「そんなに怖いのかよ。オボロって奴は」
「現在この領域内で一番力を持っていますから。刃向かえば最悪攻め滅ぼされます」
「攻め滅ぼされる……ね」
いくら力があれど、周りの国の目もあるのだから難しいのでは?
雪知の言葉に首を傾げつつも、依然騒がしい襖の向こうを見つめれば、雪知が咳払いした後中の人に向けて声を発した。
「センリュウ様。チハル様をお連れしました」
「! ……入れ」
センリュウは間を空けて返す。それに雪知は頷き襖を開けつつ、俺に入る様手を横に引いて示せば、俺は大広間に足を踏み入れる。
中には何となく見覚えのある様な家臣達と、センリュウ。して、入り口から遠く離れた場所で胡座をかく黒髪の中年の男がいた。多分そいつがオボロなのだろう。
その男は金の刺繍が施された黒い羽織を肩に掛け、頬杖を突きながらこちらをじろりと見つめると、もう片手で鉄扇を扱いながら「ほお」と低い声で呟いた。
「随分とまあ、人相が悪くなったものよ」
「……」
「まあいい。こちらに腰掛けよ」
鉄扇でオボロの面前を指され、俺はそこに腰掛ける。楽な体勢になろうと思ったが、頭の中でチハルが「正座」と言ってきたので仕方なく正座する。
ふと視線を辺りに巡らせると、何も知らない家臣が驚き見つめたり、怪訝な表情を浮かべたりと様々な反応を見せていた。そこで、オボロが鉄扇を強く畳に叩きつけた事で、騒めきが止むと、俺は視線を戻し静かに見つめる。
オボロは苛立ちのままに鉄扇を畳に叩きつけていたが、少しして整った髭を摩りながら言った。
「十年も朝霧を空けていた様だが、今までどこに行っていた。して、何故今になって戻ってきたのだ」
「……」
俺は目を細める。それから何も発さない俺に、オボロの眉がぴくぴくと動き始める。
『キサラギ? もしかして、何て返せば良いのか困ってる?』
大丈夫? とチハルも焦り出す。
そんなチハルに俺は「そうじゃない」と頭の中で呟いて返した後、意識的に笑みを作ると口を開いた。
「領域守の家の嫡男として、仕事をしに戻ってきた。それだけです」
「⁉︎⁉︎」
騒めく家臣達。チハルも頭の中で「えぇ⁉︎ しかも敬語⁉︎」と家臣達とは違う部分で驚いていた。
一方オボロはというと、目を見開き額に青筋を浮かべ震えていた。今にも吠え出しそうだったが、何とか怒りを堪えると低い声で訊ねた。
「領域守の家の嫡男……だと? 貴様、このワシの面前で領域守を名乗るのか⁉︎」
「はい。事実なので」
だろ?と、背後に腰掛けるセンリュウに訊ねる。
まさか振られるとは思っていなかったのか、青ざめ大量の汗を流しながら己に指差して俺とオボロを交互に見れば、しばし口籠った後俺から目を逸らす。
(こいつ、逃げやがったな)
そう思って睨んでいれば、代わりに雪知が声を発した。
「ええ。間違いございません。領域守は朝霧家のままでございます」
「ゆ、雪知‼︎」
「貴様、今の状況分かっておるのか⁉︎」
断言する雪知に家臣達が必死になって撤回しようとするが、雪知は正座をしたまま口を閉ざしこちらを見つめる。
俺はそんな雪知に小さく笑むと正面を向く。オボロは鉄扇を両手で握り折らんばかりに力を込めれば、顔を真っ赤にしてついに声を荒らげた。
「こんの小童がぁ‼︎ 立場の自覚もせぬ阿呆が‼︎ これ以上ふざけた事を申すなら今すぐここで断ち切ってやるわ‼︎」
「どうぞ。できるものなら」
「っ‼︎」
オボロは鉄扇を投げる。その鉄扇を顔を逸らして避ければ、続いて家臣から刀を受け取ったオボロが抜刀する。
ここまでになると、流石の家臣達も臨戦体勢になるが、その表情はあまりにも弱々しく怯んでいた。




