【3-17】もう一人の主
揺れる視界。熱があるのか頭や全身が怠く傷が痛い。
だがそれよりも周囲で騒ぐ声が気になり、呻きながらも身を起こすと、雪知と呼ばれていた男が膝をついて心配そうにこちらを見つめていた。
タルタも険しい表情を浮かべると、「部屋に戻ろう」と言って俺の腕を掴む。どうやら三人はあいつ……チハルが具合を悪くして意識を失ったと思っているらしい。
(外から見りゃあそう見えるよな……)
それに、本調子でないことは身体の神経などを通じて分かる。タルタの治療があったにせよ、よくもまあこの体調で話し合いができたものである。
怠さも含め息を吐いた後、「おい」とタルタに話しかける。口調が変わった事でタルタは瞬きし、雪知は目を見開けば、俺は眉を寄せつつタルタに言った。
「短刀はどこだ」
「……え?」
「短刀。早いとこ片付けるぞ」
じゃないと上層に戻れない。そう思ってタルタに言えば、タルタはポカンとした後ハッとなって訊ねてきた。
「もしかして……キサラギかい?」
「ああ」
「えっ。その、悩んでいるからしばらく出てこないって聞いたけど⁉︎」
「まあ……少しばかりは考えたが、籠っていたって何も解決できねえだろ……。それだったらまだ気晴らしに身体を動かした方がマシだ」
そう言って再度短刀の居場所を聞く。すると、先程まで絶句していた雪知が声を震わせながら言った。
「ち、チハル様……その口調は一体。まるで野郎じゃないですか」
「あ゙? 何言ってんだ。元から野郎だろうが」
「多分、荒いって意味で言ったんじゃないかな」
雪知に対してそう言い返せば、タルタが苦笑い交じりに説明する。確かにチハルに比べたら荒々しいかもしれないが。
反射的に睨んだ事で雪知を怯えさせていると、遠くで立ち尽くしていたセンリュウが恐る恐る訊ねてくる。
「あ、貴方は一体……チハル様ではないのですか?」
「……あいつ、まだ説明していないのか」
てっきり皆にした筈だと思っていれば、若干の頭痛と共に「まだしていないよ」とチハルの声が頭に響く。そして今から俺がやろうとしていた事に反論し始めた。
『まさかと思うけど、分家撫で切りしようとか考えていないよね? 確かに急がないといけないし強硬的手段も考えざるを得ないけど、まだ動いたら……』
「あーあー分かってる。一旦静かにしろ。気を抜いたら吐きそうなくらい具合悪いんだからよ……」
そうぐらぐらする頭を抱えつつ返せば、チハルは黙り込む。
一方でセンリュウは困惑した表情でこちらを見れば、俺は目を泳がせつつも「なんでもない」と言って、中断していた問いの答えの続きを口にする。
「俺は、こいつの身体に生まれたもう一人の人格だ。十年前色々あってな。しばらくは俺がこの身体の主人だった」
「な……⁉︎」
唖然とするセンリュウ。というか、雪知には話していた筈だが、こいつ説明していなかったのか。
再び雪知を睨むと、雪知は目を逸らす。凛々しい眉が八の字に下がっていた。
「その……あまりにも信じられない話だったもので。とりあえずセンリュウ様には必要最低限の話しか」
「まあそれは分からなくもねえが……一々説明するのも面倒だからな」
特に今本調子じゃないだけに、繰り返す事はしたくない。
そう思っていると、俺の腕を抱えて支えていたタルタが「とにかく」と言って雪知とセンリュウを見る。
「今日はもう休まないと」
「そう、だな」
「確かにその方が良いでしょうな。雪知、また明日にでも」
センリュウがそう言うと、雪知はこくりと頷く。してタルタとは別に、俺の片側を抱えて立ち上がらせると、「行きましょう」と言って部屋を後にする。
廊下に出てセンリュウと別れた後三人で寝室に向かっていれば、雪知が訊ねてきた。
「その……えっと、キサラギ、殿?」
「何だ」
「チハル様は大丈夫なのですか?」
「大丈夫とは?」
「……その、まるで居なくなる様な言い方をしていらっしゃったので」
その言葉に俺達は足を止める。そういや日中、チハルはマコト達も含めてそんな会話をしていた気がする。
タルタを見れば、タルタは眉を寄せて目を逸らすと、「多分」と言って話を続けた。
「彼は消える気なんじゃないかな。キサラギに全てを託して」
「⁉︎ ど、どうして」
「それは……」
タルタに視線を送られる。それに俺は息を吐くと、意識の底で見聞きした彼が企てている計画を話した。
「あいつは……もう既に疲れていたんだよ。だから、本当はあの日を機に俺に任せたってよかった。……けど、約束があったんだろ」
「約束?」
「……親父との約束」
「!」
雪知は目を丸くする。
俺は目を伏せると、小さく苦々しく呟いた。
「一応あれでも次期当主としての自覚はあったんだ。どんなに遠く離れていようが、記憶を失っていようが。あいつにはあった」
「であれば、今後も残れば良いのでは」
「残った所で、あいつには苦しいのさ」
そう言うと雪知は顔を歪める。俺の腕を抱える手とは別の手が、彼の袴を強く握り締める。
先程もああして上に立つ者らしく振る舞っていたが、実際はもう精一杯だったのは知っている。
きっと今も早く消えたい。親に会いたいとどこかで泣いているのだろう。騒がしかった頭の中は今はやけに静かだった。
俺はゆっくりと目を開くと、「ひでぇよな」と言って正面を見る。暗くも月日に照らされた廊下は障害物一つなく白く輝いていた。
「お前みたいな良い家臣もいたのによ。もしかしたら、この先もっとやっていけたかもしれないのにな。……それをあいつは諦めて俺に託すって言う」
こっちだってそんなお堅い肩書は無用だと言うのに、何も聞かずに勝手に決めていく。お節介のつもりかもしれないが、こちらからしたらとんだ面倒事を押し付けられた様なものだ。
……だが、かと言って俺も消える訳にはいかなかった。
此度の頭領の事で俺はかなり衝撃を受けた。正直言って村が襲われた時よりも引きずりそうな位に悲しかったし落ち込んだ。
身体を手放したのもそれが原因だったが、あいつに託して意識の底へ沈んだ所で待っていたのは、ただ何もない暗闇だった。
辛うじてチハルを通じて外からの情報は伝わるが、外部からは自分という存在を認識されないし、言葉も通じない。
チハルとは共存という道もあったかもしれない。ただ何もない場所で受け身にならざるを得ない状況で果たして長く共にいられるだろうか。
そう思いつつ、俺は雪知を見る。雪知は硬い表情でこちらを見ていた。
「チハルは、あの日の時で時が止まっている。だからまだ子どもだ。だから、返してやらないか。親の元に」
「キサラギ殿……」
「……」
あの日生き別れてしまった両親の元に。それがあいつにとって幸せならば。
そこまで言うと、雪知はきつく目を閉じた後俯く。して幾度か鼻を啜る音が聞こえると、急に顔を上げた。
「私は……俺は、まだ。事情が全て理解した訳ではありまんが……でもこれだけは言えます。キサラギ殿、貴方はチハル様とよく似ていらっしゃる」
「? ……まあ、外観は同じだからな」
思わず返してしまうと、タルタが「それはそうだけど」と苦笑交じりに呟く。雪知も困り笑いをすれば、気を取り直して言葉を続けた。
「チハル様がここまで守りたいと思った方です。俺は貴方の言葉を信じようと思います。……そして、チハル様の為にも改めて」
そう俺の腕を肩から外した後、正面に周り膝をつく。それはまるで従者が誓いを立てるような、そんな雰囲気だった。
俺はつい放心してしまうが、タルタが答えを求める様に身をゆすった事で、渋々頭を掻きながら訊ねた。
「別にあいつの為だろうが何だろうが、お前の勝手だが。……けど、お前これが終わったらどうするんだよ」
「終わったら、とは?」
「チハルが消えた後だ。俺はまだ上層でやるべき事があるからな。どちらにせよ国を継ぐのはないと思うが」
そうなると引き続き、チハルの弟が跡を継ぐのか?
なんて考えていれば雪知は考えた後、「そうですね」と言って答えた。
「俺はキサラギ殿に仕えようかと」
「……俺に仕えるだと? 聞いていたかさっきの話」
「ええ、聞いていました。聞いた上での答えです」
貴方以外には考えられない。そう雪知は言って立ち上がる。そうは言っても人を雇う程の立場ではない訳で、再び眩暈と共に頭痛を感じると、一先ず「保留にする」と言って返した。
第一俺はまだ初対面である。そんな簡単に決めて良いものだろうか。半ば適当に考えていないだろうか。
保留と告げられた雪知は少し残念そうにしつつも、すぐに俺の腕を肩に回す。心なしか表情がだいぶ柔らかくなった気がする。
(全く)
こんな律儀で良い家臣を置いていくとは。後々後悔しても知らねえぞとチハルに言い聞かせながら、俺達は寝室に向けてもう一度歩を進めた。




