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千神の世  作者: チカガミ
3章 神獣山と龍神
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【3-16】分家の養子(チハルside)

 こうして観念したセンリュウによって、分家を含む朝霧(あさぎり)家の現状を知る事が出来た。

 やはりというか、襲撃がある少し前から分家の方に外部からの介入があったらしく、それはセンリュウも当初から知っていた様である。


「その外部というのは、樹月(きづき)かな」

「ええ。樹月からです。樹月にとって我ら朝霧家は長年の宿敵ですから」


 樹月は朝霧と長い間歪みあっている隣国の事だ。

 記憶に新しいのは、父・センテンが存命の頃、朝霧が治める地の端にある村にて一揆が起きた時である。

 当初は年貢による不満かと思っていたのだが、それを率いていたのが実は樹月の者であった事があった。最終的にそれは大きな戦いとなり、沢山の村人が命を落とす事になったと聞く。

 後に起きたあの襲撃とも時期は近く、きっかけとなるとしたらやはりこれであろう。……しかし、それはそれとして何故樹月は朝霧の村で一揆を起こさせたのか。


(朝霧の評判を落とす為か……? 以前から領域守(りょういきのかみ)としての位を狙っていたと聞くし)


 この領域が出来て以降、殆どの時期で領域守という最高位を持っていたのは朝霧家当主だった。

 とはいえ、一時期は樹月がその地位に付いていた時がある。それは二百年前位に起きた【霧の一族分裂騒動】により、朝霧家が混乱した際の事であった。

 当時の朝霧家当主が原因という事もあり、他国からの反発もあって、位から降ろされた朝霧家の代わりに樹月が就いたのだが。それから数年も経たずして、再び領域守は朝霧に変わっている。理由は知らないが、恐らくは朝霧と揉めたか何かあったのだろう。

 そういうのもあり、樹月は朝霧に対して複雑な感情を抱いている。いくら二百年前とはいえど、恨みつらみは中々消えないものなのだろう。


(断言は出来ないが、これまでも嫌がらせみたいな事はあったし、あの一揆もその延長線だったのだろう)


 だがそれが思ったよりも事が大きくなってしまったが。

 そう思っていると、センリュウが眉を下げつつ言った。


「センテン様の元に仕えるものとして、本来であれば見逃してはならぬ事でしたが……その、私では力不足で」

「分かっている。分家のあれこれは父上の代から聞いていたからね。少なくともセンリュウ一人に全てを押し付ける気はないよ」


 とはいえだ。父上の時にはギリギリ踏みとどまっていた彼も、先程までは分家側として動いていた訳で。仮に彼の意思でこちら側に戻ったとしても分家が何をするか分からない。

 何て思いながら、笑みを作ってセンリュウと対話していると、障子の側にいた雪知(ゆきち)が外を見る。

 それを見て僕達も障子を見ると、雪知が立ち上がり険しい表情で言った。


「何で今晩に限って……」

「もしかして、分家の奴らか?」

「ええ。どこで情報が漏れたのか知りませんが」


 と呟きつつ、雪知は一瞬センリュウを見る。センリュウは雪知を見つめ返すと、眉を寄せながらも立って廊下の方へ歩く。

 して、センリュウが障子を開けた途端、そこに立っていたのは随分と良い着物に、鹿の毛皮の外套を纏った若男だった。


「こんな時間に何をしているのです? じじ様」

「……そういうお前こそ、この時間の割に随分と粧し込んでいるではないか。タツハル」


 ニヤリと笑うタツハルに対し、低い声でセンリュウは返す。センリュウをじじ様とはいうが、彼の元に自分と年が同じ男がいただろうか。

 疑問に感じつつやり取りを眺めていれば、そのタツハルは僕を見るなり目を細める。して、センリュウを押し退けつつ入ってくれば、「いやはや」と言って僕の前に腰掛ける。

 間近で見れば、その顔つきはセンリュウにも似ていない。それどころか、その瞳は僅かに橙色が混じっている。


(ああ、なるほどな)


 彼の正体を即座に理解すると、僕は笑みを消してタツハルと睨み合う。

 タツハルは依然笑みを浮かべていたが、僕を品定めする様にじろじろと見た後、スッと同じく笑みを消して言った。


「十年振りに戻ってきたと聞きましたが……ハレ殿にて何とも覇気がない。これでは朝霧家の将来が不安ですな」

「……確かに。君達に比べたら積極性とやらは欠けているかもね」


 淡々と言い返すと、タツハルは手にしていた鉄扇で口元を隠しつつ鼻で笑う。して、低い声で言った。


「今更どう足掻いた所で、お前には何も出来ない。領域守も、朝霧家の当主も、全て我らのものとなるのだからな」

「……」

「……何も言い返せないか。ハハ、まあそうだろうな」


 タツハルは鉄扇を閉じると、それで僕の顎をぐいと持ち上げる。

 僕はただ静かに見つめ返していたが、流石のセンリュウも声を荒らげ、雪知に至っては今にも抜刀しそうな勢いで刀に手を掛けていた。

 殺生事を起こされては面倒だから、片手で雪知を抑えつつ、僕はタツハルに向けて挑発とも取れる言葉を発した。


「朝霧はともかく、変な宗教の力を頼らなければならない樹月に、果たして領域守は務まるのかな」

「⁉︎」


 タツハルの顔が変わる。笑みから怒りの形相へと変わると、唸る様に言い返した。


「家臣を置いて消えやがった癖して、偉そうな事言うな」

「っ、貴様‼︎」


 雪知が声を上げる。して刀が完全に抜かれる音がしたが、センリュウとタルタがそれぞれ飛び出して押さえる。僕の為に怒ってくれるのはいいが、やり過ぎたら元も子もない。

 僕は溜息を吐くと、顎を持ち上げるその扇を手にして退かせば、雪知に驚きつつも顔を歪めるタツハルに向けて再度言った。


「僕の事はどう言ったって構わない。……けど、戦國領域の国として。そして、聖園守神(みそののまもりかみ)の血を継ぐ家の一つとして。そのやり方を変えないと、領域守にはなれないよ」

「っ……‼︎」


 タツハルの顔が赤くなる。と、閉じた鉄扇を僕の手から無理やり引き離し畳に叩きつければ、わざと踵を大きく踏み鳴らしながら廊下に飛び出た。

 そして廊下に出た後、タツハルはこちらを指差しながら言った。


「樹月に対してのその発言、後々後悔させてやる……‼︎」

「……」


 タツハルの言葉に僕は無言で見つめ返せば、彼は舌打ちした後ドンドンと廊下を踏み鳴らしながら行ってしまった。

 嵐が去った後、雪知は刀を納めつつ「無礼者が」と尚も怒りを滲ませる中、センリュウは慌てて僕の正面に回ってくると頭を下げた。


「も、申し訳ございません……! 数々の無礼を!」

「いや。別にいい。いいと言うか、最早彼はセンリュウの手に負えない存在なのだろう?」


 分家の養子とは言うが、明らかに樹月だと分かる言動ばかり。せめて多少なりとも隠したりすれば良いものを。

 そう怒りを通り越して呆れていれば、タルタも苦笑い混じりに「酷かったなぁ」と言う。


「けど、堂々とそれが言える位にこの家は傾いているって事だよね……」

「ええ。由々しき問題ですね」


 大丈夫なのかい? とタルタが訊ねてくれば、僕は「んー」と呟き、センリュウを見る。

 センリュウは目を逸らしていたが、代わりに雪知が言った。


「道は険しいですが、やれる所までやりましょう。最悪、手荒い事もしつつ」

「んー……出来れば平和的解決をしたいんだけどなぁ」


 お互いにあまり血を流して欲しくないのだが……現実的ではない気がしてくる。しかも時間が無いから尚更である。

 傷の痛みもあり怠く感じてくれば、ふと頭の奥で声が聞こえてきた。


『おい』

(?)

『少しだけ変われ』

(は?)


 突如聞こえてくるキサラギの声。

 てっきりしばらくは出てこないと思っていたのだが、想定より早いお目覚めに僕は口をポカンと開ける。

 何も知らない三人からしたら、何を呆けた顔をと思っているかも知れないが、彼との対話を声に出さないだけ褒めてほしい。

 そう思いながら開いた口を押さえつつ、脳内で語りかけるキサラギに問う。


(その、まだやる事終わって無いし、というか大丈夫なのかい。色々と)

『大丈夫って、何がだ。もしかして頭領の事で落ち込んでいるとでも?』

(まあ、うん)


 それこそ人格が入れ替わる直前、彼はかなり落ち込んでいた。無理もないと思いつつ、立ち直るまでには相当の時間が掛かるだろうと思って考えていたのに。

 まだそこまで時間も経たない内に復活した彼に、心配すれば、キサラギは少しの間の後こう言った。


『そうは言っても、落ち込んでいる暇ないだろ。それよりも早く変われ』

「わ、分かったよ。変わるから」


 遂に声に出てしまうと、三人の視線が痛い位に伝わる。僕は再び溜息を吐くと、目を伏せて意識を手放した。

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