【3-15】蛙鳴く夜に(チハルside)
外が完全に暗くなった頃。僕は仮眠を済ませ身支度する。
とはいえ、体調は万全ではなく。熱があるが故に未だに頭が重く感じるが、タルタに無理を言って傷だけでも良くしてもらったので、日中よりは随分と動きやすい。
障子を開け廊下に出ると、そこには複雑そうな表情を浮かべるタルタと雪知がいた。
「お身体の方は大丈夫ですか、チハル様」
「ああ。昼よりはだいぶマシだよ」
「そうですか」
雪知は眉を下げながらも渋々返す。タルタは腕を胸の前で組むと「本当は」と言って僕に忠告した。
「絶対安静って言いたい所なんだけどね」
「……ですよね」
分かってる。分かっていますとも。
そう言いながらも目を合わせない僕に、タルタは息を吐くと人差し指を立てて言った。
「辛くなったら必ず僕にいう事。もし無理をして危うく感じたら、何が何でも止めるからね」
「……ハイ」
若干片言になりつつ返す。
そんな返事をするものだから、タルタはまた溜息を漏らすと、雪知を見た。
雪知はタルタの視線もあり気まずそうにしつつも、先程僕が頼んでいたセンリュウとの話し合いの場の用意について話し始めた。
「一先ず執務室にて、ご用意は出来ました。本来であれば離れが良いのですが、チハル様の御身を考えるとそちらの方が宜しいかと」
その分私が見張るのでと雪知は伝える。それに対して僕は頷き「十分だよ」と返すと、その執務室に向けて歩を進める。
以前と変わりなければ、執務室は僕がいた部屋からそう遠くはないはず。
そう思いつつ、蛙の鳴き声が響く夜の外廊下を歩いていると、ある一室から光が漏れ出ているのが見えた。
僕はその部屋の障子に手を掛け小さく開ければ、黒い板間の敷かれた広い部屋の奥に、正座する白髪の男の姿が目に入る。
以前よりも年老い、顎には長い髭を蓄えたその男は、顔を上げると僕を見るなり深々と会釈をした。
「目が覚められた様で何よりです。チハル様」
「ああ。心配掛けたねセンリュウ」
「……いえ」
表情を崩さずセンリュウは返す。して、僕達もセンリュウの正面に腰掛けると、しばらくの間の後にセンリュウが訊ねた。
「話があるとお伺いしましたが」
「ああ。僕が居ない間の朝霧「」の様子と、十年前の事件についてね」
まあある程度は雪知に聞いたけども。
そう言うと、センリュウは僅かに眉を寄せて言った。
「話すのは構いません。ですが、それを聞いてどうするのですか」
「……そうだね。僕はただ、この家を正常化させるだけだよ。先代の頃の様にね」
「先代……センテン様の頃の世にですか」
僕の話にセンリュウは顎髭を摩りつつ、深く息を漏らす。表情が先程よりも険しいのは、僕のやる事に異議があるからだろう。
以前父の傍で共に働いていたとはいえ、立場を考えればそう簡単に認めてくれるとも思っていなかったが、彼の表情を見て僕は口を閉ざすと、センリュウが言った。
「お言葉ですがチハル様。貴方の出る幕はもうここにはないのです。貴方が居なくなって十年。その上センテン様がお亡くなりになり、朝霧をまとめるのはハレ様しかいなかったのです」
それを今更戻ってきた所で。
センリュウがそう口にすると、隣にいた雪知が動いた。
「センリュウ様、チハル様は好きで居なくなった訳では……!」
「分かっている。だがこちらの言い分も理解していただきたい。こちらも大変だったのは雪知お前も知っているだろう」
「それは……そうですが……!」
悔しげに口篭る雪知。僕はそんな彼の肩を軽く叩くと、センリュウへ視線を戻して言った。
「長い間、朝霧を空けて申し訳なかった。そしてこれまで朝霧家を守ってくれてありがとう」
「ち、チハル様……」
どうしてと雪知はこちらを見つめる。一方でセンリュウは一瞬目を大きく開くも、すぐに元の無表情に変わると目を伏せる。
すると、ここまで黙っていたタルタが手を小さく挙げつつ言った。
「あの、部外者である僕から一ついいだろうか」
「? 貴様は……確か、マコト様の」
「はい。上層から来た医術師のタルタです」
「医術師……」
センリュウはタルタを見るなり不審げに呟く。雪知も眉を寄せるが「なんだ」と言うと、彼は挙げた手を下ろして言った。
「彼……えっとチハル様が居なくなった時、貴方達は彼を探したんですか」
「「……」」
黙り込むセンリュウと雪知。雪知に至ってはバツが悪そうに目を逸らした。
その様子にタルタは苦い表情を浮かべると、僕に視線を向ける。僕は苦笑しつつ呟いた。
「その……流石に長い時は掛けられないもんね」
「チハル様……」
「……」
表情が変わらない二人。それから沈黙が長く続くと、耐えきれなくなったのか雪知が口を開けた。
「チハル様……俺は」
「雪知」
「センリュウ様」
言いかけた雪知を遮って、センリュウが言葉を発する。これに雪知が反発する様に彼の名を呼ぶと、センリュウは突然畳に額をぶつけんばかりに深く頭を下げた。
僕達はセンリュウの行動に驚いていると、低くだがどこか震えた声で、センリュウは言った。
「探すなと命じたのです。この、私が」
「⁉︎」
「せ、センリュウ様……」
「故に、罰は私が受けます。腹を切る覚悟も出来ています……!」
さあと言って、センリュウは懐から小刀を取り出す。
僕に判断を委ねる様な言い方をしていたが、答える前にこのまま腹を切りそうな位に勢いがあった。
雪知は慌てタルタも唖然とする中、僕は立ち上がると、即座にセンリュウから小刀を奪い取る。して、それを畳に叩きつけた後、刃を握った事で血が滲む右手を強く握ってセンリュウの左頬を殴った。
センリュウは殴られた事で畳に倒れ込み、間を置いて顔を上げると、僕は肩で息をしながら見下ろして言った。
「そこまでして、隠そうとするのは何の為なんだ。僕に対する罪悪感か? それとも……」
「……チハル様に対する罪悪感でございます」
「であれば、尚更の事、話してくれないか。どうして隠そうとする」
「そ、それは……」
センリュウに戸惑いが滲む。すると、その騒ぎを聞き付けてか、外から足音がした。
それに雪知は舌打ちして、「ちょっと見てきます」と言って部屋を出れば、僕は深く息を漏らして座り込む。
急に動いた事で傷に障ったのだろう。痛みでうずくまると、タルタが傍に寄ってくる。
「大丈夫かい」
「……大丈夫」
力無く笑むと、タルタは眉間に皺を作りつつ僕の肩に手を置く。センリュウは切れた口元を手の甲で拭うと、座り直して言った。
「チハル様、少し時間をください」
「?……ああ」
分かったと返すと、センリュウは再び頭を下げる。そして頭を上げて立ち上がった。
このまま去っていくのかと思いきや、障子に手を掛けた所でセンリュウが訊ねてくる。
「チハル様。貴方はセンテン様になりたいのですか」
「……そうだね」
父上の様になりたいかと言えばそうとも言える。が、それ以上に思うのは、父上が守ってきた朝霧を守りたいという気持ちだ。
僕からして祖父にあたる先先代は早くして亡くなったという。その後を父上は齢十五歳にして継いでここまでやってきた。それは父上の力だけでなく、センリュウの力あってこそだろう。
僕はセンリュウを見ると、静かに言った。
「折角父上が守ってきた家だ。その家を外部の奴らに荒らされたくないんだよ」
「⁉︎ まさか、そこまで知っておられて。……あ、いや。ごほん」
驚くも即座に隠すセンリュウ。しかしかえって怪しさが増す。タルタも「あー……」と察した様な声を漏らせば、僕は小さく息を吐いた。
センリュウは障子に掛けていた手を離すと、振り向きこちらを見る。して頭を抱えてしゃがみ込めば弱々しく呟いた。
「私とした事が……はあ、これでは白状した様なものではないか」
「センリュウは昔から嘘をつくのが下手だからね。しかし先程の様な行為はもう二度としないでくれ」
父上も悲しむだろうと言うと、センリュウは眉を下げつつ頷く。
そこにようやく雪知が戻ってくると、僕とセンリュウの様子を見て瞬きした。
「チハル様、何かありましたか」
「いや、何でもないよ。それで、センリュウ。今度こそ話してくれないか。今ここで起きている事を」
「仕方ありませんな」
やれやれと息を吐きつつも、センリュウは昔の様に笑んで言う。
一変して話す気になったセンリュウに、雪知はこれまたびっくりして「センリュウ様⁉︎」と叫ぶと、何度か僕とセンリュウの顔を交互に見た後、「何があったんだ」と呟いた。




