【3-14】十年越し(チハルside)
しばらくして、雪知に連れられてやってきたのはマコトとフェンリル。そして暗い面持ちのキュウ様だった。
マコトとフェンリルは僕を見るなり心配した面持ちで傍にやってくれば、それぞれ気遣いの言葉を掛けてきた。
「キサラギ……」
「傷の方は大丈夫か?」
「痛みはあるけど、とりあえずは」
「「……」」
彼とは違う僕の返しに二人は違和感を覚えたのか、口を閉ざしこちらを凝視する。それに僕は微苦笑しつつ言った。
「やっぱり、気づくよね」
「き、キサラギ……?」
「えーと。……うん。久しぶりサク。ああ、でも。今はマコトだっけ」
「!」
マコトは目を更に大きく開く。一方で僕らの事情を知らないフェンリルは戸惑いを隠せずにいたが、先に事情を把握しているタルタに説明を受けると、半信半疑といった形相でこちらを見つめた。
間を置いた後、マコトは僕の右肩に手を置いて恐る恐る尋ねた。
「チハル、なのか?」
「うん」
「っ……そうか」
頷くと、彼女は眉を下げて笑う。
それは嬉しいというよりは、寂しさを混じらせた様な笑みで。これを見て彼女のキサラギに対する思いが嫌でも分かってしまうと、僕はつい口を滑らせてしまった。
「キサラギじゃなくてがっかりした?」
「あっ、いや。そういう訳じゃない。……そういう訳じゃないの。でも」
「……うん。知ってる。ごめん。君を責める気はなかったんだけど」
今更だというのは分かっている。しかし致し方ないから受け入れろと言われても難しい自分がいた。
そんな自分を押し殺しつつ代わりに謝罪の言葉を口にすると、マコトはより慌てて返す。
「こ、こちらこそ。ごめんね。チハルこそ大変だったのに」
「いやマコトは悪くないよ」
「でも」
互いに謝罪を交えながら言い合っていると、それが堂々巡りになるのを感じたのか、キュウ様が話に入って来た。
「お二人ともすみません。元はといえば僕が……」
「キュウ様……」
「……キュウ様はキュウ様で僕を助けようとしてくれたでしょう?」
だから悪くないといえば、キュウ様は僅かに顔を上げる。だが、その表情は変わらず暗いままだった。
そんな何を言っても謝ってしまう僕らに、今度はタルタが言葉を発した。
「三人とも。とりあえず謝るのはここまでにして、今の状況を整理しようか。君も何か話があるんじゃないのかい?」
「……そうですね」
危うく目的を忘れかけていたが、タルタの言葉で思い出すと、目の前にいるマコトとフェンリルを見る。
二人は目が合った途端瞬きすれば、フェンリルが真剣な表情を浮かべて訊ねてきた。
「その、お前はキサラギ……とは別人格なんだよな」
「うん。彼は後から生まれた人格で、少なくとも僕とは別人だね」
「……じゃあ、何故今になって戻ったんだ?」
怪我の影響か? フェンリルの質問に、僕は再び頷いた後説明する。正確には怪我というよりも彼の心理的理由からなのだが。
というのも、彼にとってのあの戦いは、彼の存在理由であった「頭領の仇討ち」というものが根本から覆されたものであった。頭領を親の様に慕う記憶があり、尚且つあの襲撃で頭領は命を落としたと本人は思っていた。それが、良い形での再会であれば良かっただろうに、あろうことか頭領は敵として現れたのである。それによって彼は心身ともに大きな傷を負っていた。更に言えば彼は心を先にやっていた。
「だから咄嗟に僕が出た。正直人に向けて刀を振るうのは初めてだったけど……何とかなって良かったよ」
「まあ、それはそうだが。……キサラギはその、大丈夫なのか」
「大丈夫……とはいえないかな。でも、必ず彼は帰ってくる」
帰って来させる。そうはっきりというと、マコトとフェンリルはまた目を大きくする。
二人の後ろにいたキュウ様もこちらを凝視すれば、僕は小さく首を左に傾けながら言った。
「これからの戦いに彼は必要だから」
「で、でも、チハルは? 折角戻ってこれたのに」
「僕は……いいんだ。ここで」
笑みを作って言えば、マコトは酷く傷付いた顔を浮かべると項垂れる。
そこに話を聞いていた雪知も「どういう事ですか」と信じられないと言いたげにこちらを見れば、僕は雪知を見た後、マコトに視線を移して彼女の両肩を掴んで言った。
「君がキサラギを望むように、僕もまた彼に望みを託しているんだよ。……だから、短い間ではあるけど、彼の為にも力を貸してほしい」
「っ、それは、本心なの? 無理に納得しようとしていない?」
「無理はしていないよ。本心さ」
そう無意識に早口で言う。けど、言った事は嘘じゃない。
僕の言葉にマコトは顔を上げると、目元に浮かべた涙を零しながら目を伏せる。そして「そっか」と半ば諦めた様に呟けば、目元を拭った後笑顔を作って返した。
「分かった。貴方がそう、望むのであれば」
「!……ありがとう。マコト」
了承してくれたマコトに礼を言う。すると、傍で話を聞いていたフェンリルも仕方がないと言わんばかりに苦笑すれば、僕の頭に手を置いて言った。
「どうせ、しばらくは上層に帰れそうにもないしな。お前のやりたい事、俺も手伝うよ」
「フェンリル……」
「と、いうか。なんで俺とタルタさんまで下層に連れてこられたんだ? 」
「そういやまだそこら辺聞いてないね」
恐らくは傍にいたからだろうけど。とタルタは言う。それはフェンリルも考えていたようで、タルタの言葉に首を縦に振ると、二人してキュウ様の方を見る。
キュウ様は目をぱちくりすると、「言ってませんでしたっけ」と呟く。
「言ってないね」
「それどころかしばらく部屋の隅で膝抱えてただろ。聞こうにも聞けなかったんだが」
「ああ……それはその、ごめんなさい」
フェンリルに言われ、キュウ様はぎくりとした後視線を逸らす。どうやら随分と落ち込んでいたらしい。
そのやり取りにマコトも苦笑いを浮かべると、キュウ様に向けて話しかけた。
「心配していたんですよね。キサ……チハルを」
「ま、まあ……そうですね」
ゴニョゴニョと最後になるにつれ、口ごもるキュウ様。
隠そうとする所が見た目相応だなと思いつつ、彼の気遣いに微笑み交じりに礼を言えば、キュウ様はびくりと肩を跳ねた後、無言で何度も頷き返した。
その後で、キュウ様はフェンリルとタルタに向けて先程の疑問に対して答えた。
「お二人が来てしまったのは、聖切の影響ですね。多分チハルが元の器に戻ったから力が発揮されたのかと。それにお二人が巻き込まれてしまったんだと思います」
「やっぱりか。で、俺達はどうしたら元に戻れるんだ?」
「スターチスか聖園守神の力で帰れるかと。下層はスターチスの神域ですし、ここはその中にある聖園守神の領域ですから」
「成程」
で、そのスターチスはいつ来るのか。そうフェンリルが訊ねれば、キュウ様は天井を見上げる。これに釣られる様に僕達も見上げると、天井の裏からガタンと音が聞こえた。
その音で雪知は大層驚くと、腰に提げていた刀に手をやりながら「曲者!」と騒いだ。
「誰が曲者だ。誰が。ここの世界は全部俺の家みたいな物なんだけど?」
やれやれと言いたげに、スターチスが天井板をずらしつつ顔を出す。桜宮でもだが、どうしてこの神は忍者の様な出方をするのか。
唖然とする雪知を他所に軽々と降り立つスターチスを見て、フェンリルも「何やってんだよ」と呆れると、スターチスは腰に手を当てて苦労を滲ませて言った。
「何って、急いで来たんだよ。全く。空気を読んで待っていてやったのに」
「だからって、天井から出てくるなよ」
「えー、普通に出てくると面白くないじゃん」
不満げにスターチスが返す。そんな所に面白さを求められても。
そう思いつつフェンリルと二人して冷めた目で見ていれば、スターチスは構わずどかりと音を立てて胡座をかいて座れば、「んで」とキュウ様を見て話しかける。
「二人を帰したいなら帰してもいいけど……実際の所どうなの?」
「実際とは?」
「言葉通りだよ。一応そこの次期当主様は記憶を取り戻した様だけど……難しいんでしょ?」
「……」
黙り込むキュウ様。一方でスターチスはニヤニヤと頬杖を突きつつキュウ様を見ていた。
恐らくキュウ様もまた、僕と同じく朝霧家の問題や周囲の国の事を考えているのだろう。同時にそれを解決するには僕やマコトだけでは力不足だというのも分かっていて。だから、一人でも多く仲間が欲しい。
ふとフェンリルを見れば、フェンリルもこちらを見て小さく首を傾げる。僕は口元に笑みを浮かべた後言葉を発した。
「確かに。今からやろうとしている事は、僕達だけじゃ限度がある。だからフェンリルやタルタにも手を貸して欲しい。……ですよね。キュウ様」
「! ……ま、まあ、そうですね」
照れるキュウ様。これにフェンリルは小さく息を吐きつつも笑って言った。
「何だ。そういう事か。別にいいぜ。もうその気だったしな」
「僕も大丈夫だよ」
「お二人とも……」
二人の返しにキュウ様は安堵する。
スターチスも二人の言葉を聞いて「じゃあ決まり」と言うと、両膝に手を置いてから話を進めた。
「でも、上層も大変だからね。あまり時間は掛けられないよ」
「分かっています。こちらとしても早期解決を目指したいので」
「……そう」
キュウ様の問いの返事を聞いた後、スターチスの顔から笑みが消える。して小さな声で「色々聞きたい事はあるけど」と呟けば、キュウ様も真っ直ぐとスターチスを見つめた。
静まる空気。緊張はあるが、かと言って険悪な状況ではない。
間が空いた後、先に声を発したのはスターチスだった。
「俺も手を貸すよ。下層の管理者としての責任もあるしね」
「……恩にきます」
キュウ様に笑みが戻る。
こうしてフェンリルやタルタに続き、スターチスの協力を得る事になった僕達は、今だに状況を掴めていない雪知を半ば無理やり巻き込みつつ、早速計画を組んだのだった。




