【3-12】悪夢(ライオネルside)
キサラギが倒れた後、俺は魔術で出血を止めたレンをシアス様に預け、短剣片手に飛び出す。
しかし、男はあっという間にキサラギの側にいたマコトちゃんを引き寄せると、彼女の首元に刃を押し付ける。
その行動に俺や、背後から飛び掛かろうとしたフェンリルでさえも足を止めると、男は口角を上げて言った。
「そうだ。これ以上刃向かえば、この嬢ちゃんの命はないぞ。……ま、そうは言っても」
「っ」
マコトちゃんの首に傷が付く。白い肌につうと赤い線が出来る中、男はそれを楽しむ様に刃を動かしながら言った。
「遅かれ早かれ死ぬ事にはなるんだけどな」
「ッ……」
近づけない。それに動く事も出来ない。あまりにも男は命を奪う事に慣れていて躊躇がない。
(どうする)
最早、こちらも本気で命を狙いにいかなければ、自分達が助からない事は分かっている。となれば、魔弾で頭を撃ち抜く他ない。
しかし、あの素早さでうまく狙えるのだろうか。
焦りと恐怖で、無意識に呼吸が速まる中、俺は男を見つめる。
たった数秒の沈黙が、長く感じる中。最初に動いたのは、男……ではなかった。
激しい音を立てて男の左腕から出た刃が真っ二つに砕ける。と、続いてキンと甲高い音が響いた後、男の左腕も複雑に切れて壊れた。
突然の事に俺達は勿論、流石の男も驚きの声を上げれば、足がもつれながらもマコトちゃんは男から離れる。
膝をついた彼女に駆け寄ると、身体を震わせながらも振り向いて口を開いた。
「キサラギが……」
「……⁉︎」
マコトちゃんの視線を辿れば、先程まで倒れていたキサラギの姿がない。どこにいったと辺りを探れば、男の頭上高々に飛び上がる彼の姿を見つけた。手には龍神の少年が扱っていた刀が握られている。
男は即座に己の武器を拾い迎え撃とうとするが、間近まで迫ったキサラギの姿が一瞬にして消えると、今度は男の背に大きな刀傷が出来る。
徐々に押され始める男。すると、そこにヴェルダとは別の旗が見えると、男は顔を歪ませ、キサラギから離れた。
「くそ、思ったよりも早えな」
そう言って男は姿を消す。少しして、その旗を持った兵士達がやってきた。
(あれは……)
赤い旗。そこにはケルベロスと火山を模した国章があった。
それはここ麓の村含め、広範囲の土地を治めるラピスラのもので、兵士達の中からケルベロスの剣士と呼ばれる、暗赤色の黒いフードが付いた制服を身に付けた者達が出てくる。
そこから少し遅れて出てきたのがタルタ達だった。
「ライオネルさん!」
「タルタ……」
慌てて走ってくるタルタに、俺は茫然としつつ呼び返せば、ふとキサラギの事が気になりそちらを向く。
キサラギは刀を持ったまま立ち尽くしていたが、ゆっくりとこちらを向けば、力無く笑っていった。
「ああ、良かった。無事で」
「っ」
優しい声色。それに違和感を感じつつも、マコトちゃんが俺の傍から飛び出して彼を抱くと、キサラギは意識を失って彼女に寄りかかる。
出血量といい、かなりの重傷である事は明らかで、タルタと共に向かうと、マコトちゃんの言葉で更に焦りが増す。
「っ、やだ、キサラギ……息が……っ」
「っ……!」
タルタが向かい、二人して地べたに寝かす。して、ぐったりとしている彼の胸元にタルタが耳を当てるが、どうやら動いていない様で、すぐにキサラギの手を握って魔術を使う。
普段あまり魔術に頼らない彼が、ここまで全力で使っているのを見るのは初めてで、俺は立ち尽くしてその様子を見ていれば、いつの間にか傍にいたフェンリルに呼ばれている事に気付き顔を上げる。
「……大丈夫か?」
「え? ……あ、…………いや」
大丈夫じゃないかも。ふとそう漏らすと、俺はその場に膝をつく。
受けた傷は治りかけていたものの、それ以上にショックが大き過ぎて、まるで悪夢を見ている様な感覚だった。
(俺が傍にいながら……)
守れなかった。仲間になってくれようとした。信じてくれようとした彼を守れなかった。そして、自分の主人であるレンでさえも……
涙すら出ず、俯いていると、不意に背後から腕や胸倉を掴まれ無理やり立たされる。
最初はフェンリルにされているのかと思ったが、その後すぐに「しっかりしなさい」とシアス様に強く言われ、左頬を強く叩かれる。
その衝撃と音に、近くにいたフェンリルやシルヴィアちゃん、そして少し離れた場所でキサラギを見守っていたマコトちゃんも目を見開きこちらを見れば、俺は唖然としてシアスを見た。
彼女はキッとこちらを睨む様に見つめると、胸倉を掴んだまま言った。
「貴方は三大魔術師! そして、今は桜宮の魔術師でしょう⁉︎ 落ち込んでいる暇なんて無いはずよ! 先ずは主人を救う事を考えなさい‼︎」
「っ⁉︎ ……あ、ああ」
言われて確かにそうだと反省すれば、俺は足に力を入れて自立する。
それを見てシアス様は胸倉から手を離すと、背後で彼女のマントを掛けられて眠るレンを見つつ静かに言った。
「見た感じ、傷はそこまで深くないわ。だから、そこは安心して」
「……うん。ありがとう」
頷き礼を言うと、シアス様は小さく頷き返す。
忘れかけていた自分の立場を思い出し、眠るレンの傍に向かうと、レンは僅かに瞼を開いた。
「ライ、兄様?」
「ごめん……庇わせちゃって。従者、失格だね」
本当に、こんな痛い傷を負わせてしまって。
桃色の着物に目立つ傷と血痕に顔を歪ませ、彼女の手を握れば、レンは弱々しく笑って言った。
「気付いたら、前に、出ちゃって、た。ライ兄様を、失いたくなかったから……」
「……うん」
深く息を吐く。視界が徐々に歪む中、俺はよりレンの手を強く握れば、レンは目を伏せる。閉じた目元から涙が伝うと、最後に「キサラギを助けて」と言って意識を失った。
自分も辛いだろうに、出てくる言葉が全て他人を気遣うものばかりで。俺は唇を噛みながらも、そっとレンの手を置くと、キサラギの方を見る。
キサラギはタルタによって治療を受けていたが、中々良くならない様で、見守っていたフェンリル達の顔も曇り始める。
と、そこに、先程までその様子を見つめていた龍神の少年が、キサラギの短刀を手にしつつ近寄る。
何をする気なのかと思っていると、少年はマコトちゃんの傍に行き、短刀を地面に置いて、彼女の手ごとキサラギの左手を上から包む様に握る。すると、タルタの表情が変わる。
「! ……脈が」
何となくキサラギの顔色も良くなり、タルタは安堵する。
だが、そこに傍らにあったキサラギの短刀が突如光を帯び始めた事で俺達は騒めく。
その光は強く大きく輝き、初めにキサラギと少年を包み込むと、傍にいたマコトちゃんやタルタ。して、フェンリルにシルヴィアちゃんをも取り込もうとする。
フェンリルは咄嗟に、シルヴィアちゃんを少し離れていたシアス様やルディさん達に向けて押し出すと、シルヴィアちゃんは彼女達に受け止められた後、消えゆくフェンリルに手を伸ばした。
「フェンリルさん‼︎」
「ッ……!」
フェンリルは光に目を顰めながらも、小さくシルヴィアちゃんの名を呼んで、キサラギやマコトちゃん共々姿を消す。
姿が消えた事で、俺達は絶句したまま、彼らのいた場所を見つめていれば、背後でその一部始終を見ていたラピスラの兵士が話しかけてきた。




