【3-11】死神
「な……⁉︎」
目の前で腹部を貫かれる少年。真っ赤に染まった刀が少年の腰から伸びていて、その刃先は自分に向けられている。
少年に庇われた事で俺が傷つく事はなかったが、俺達は気配もなく傍まで来ていたそいつに恐怖し、そして少年が深手を負った事で絶句すれば、誰よりも早くライオネルが俺の名を叫んだ事で、俺はマコトの腕を掴みその場から離れた。
「ぐぅっ……!」
「流石神だな。後少しでやれると思ったんだが」
「はっ……ずっと、そばに居ましたからね……!」
「!」
少年は血反吐交じりに笑うと、その人物の手ごと刀を掴む。
白い外套に身を包んだ男は、少年の行動に驚いていた様だが、すぐに刀ごと少年を地面に叩きつけた事で、少年の手が離れ、腰に提げられていたもう一振りの刀を鞘から引き抜きこちらに来る。
近づく男に、俺はマコトを庇いつつ短刀をそいつに向けるが、ふと刀を見た時、俺の脳裏に昔の記憶が思い浮かぶ。
『頭領の刀って変わってるね』
『ああ、これか?』
にかりと笑う頭領の顔。その手には目の前の刀と同じ物があった。
黒い魔石で打たれたそれは二対あり、一方は鍔が小さめで長めの刀。してもう一方は鍔が大きく、刀身が短い代わりに幅がとても広い変わった形をした刀だった。
頭領はそれを愛用しており、名前を付けていたのを覚えている。確かその名は……
「二刀・烏……」
「俺の愛刀の名を知っているってこたぁ、やっぱりお前チハルか。大きくなったなぁ」
懐かしむ様に呟く男。信じたくはなかったが、その男の声色もまた頭領とそっくりであった。
愕然として男を凝視していれば、外套でよく見えなかった男の顔も見えてくる。左目を潰すように頬にかけて、大きく引っ掻かれた様な傷跡。その傷は恐らくあの日受けた傷だろう。
近づく度に、鮮明になってくる頭領の最後の姿が頭に浮かべば、俺は呼吸を早めながら、「違う」と否定した。
「頭領は、あの日死んだ、はずだ。あんな、致命傷を負っていて、助かるはずがないんだ」
「……まあ、確かに普通はそうだよな。俺だって死んだと思っていた。けど、今こうして立っているのも現実って訳さ」
そう言って男は外套を外す。茶色の瞳に短く切られた白髪交じりの黒髪。髭も多少生えている。
服装もあの時と変わらず白い着物で、腰には橙色の腰巻きがある。傷以外に唯一違う所といえば、証であった赤い羽織を着ていない事だろう。
俺は、自分が着ているその赤い羽織を無意識に左手で握り締めると、ガタガタと短刀を握る手を震わせながら、口を開いた。
「どうして」
「あ?」
「生きて、いるならば、どうして会いに来なかったんだ」
「あー……そりゃあ、お前。会っちまったら殺さなきゃいけなくなるからだよ」
「⁉︎」
男の姿が一瞬にして消える。してレンの悲鳴交じりの叫び声が聞こえて振り向けば、ライオネルが背後から男に刺されていた。
ライオネルは穿たれた刀ごと腹部を押さえていると、男は嬉しそうに言った。
「ようやっと仇を討てたぜ。なあ、ヴェルダの魔術師さんよ」
「っ……」
男の言葉に、ライオネルはより顔を歪める。して刀が抜かれた後、地面に倒れたライオネルに向けてとどめを刺そうと男が刀を振り上げた。
するとそこにライオネルを守ろうと、レンが刀を抜いて間に入る。
「レン‼︎」
「レンさん‼︎」
マコトとシアスの声が響く。男は間に入ったレンでさえも、容赦なく刀を振るった。
激しい音と共に、レンの手から刀が弾き出されると、そのまま男はレンの身を切り裂く。左肩から大きく斜めに斬られたレンは声を上げることもなく、ライオネルの上に倒れた。
それにライオネルは目を見開くと、傷など構わずに起き上がり、「レン」と声を上げた。
「レン! だめだ! 目を開けて!」
「……」
言葉を発さないレン。最悪の状況が頭に頭に浮かぶ。
レンが重傷を負った事で愕然とする中、男が再び刀を振り上げた事で、今度はシアスが飛び出す。
だが、緑の勇者を相手にしても、男は変わらず余裕ある表情で攻撃した。
細い剣を振り上げつつ飛び掛かるシアスに対し、男は振り上げた刀を少しだけ降ろした後、そのまま横に薙る。
シアスはシアスで男に対し剣を振るうが、その後着地した途端、ぐらりと傾く。よく見れば、鎧で守られている筈の左脇腹に切れ目が出来ており、そこから大量に出血をしていた。
倒れそうになるのを、剣で身を支えながら、シアスは苦々しく呟いた。
「やりますね……流石、死神と呼ばれただけあります……」
「そういう嬢ちゃんも、俺の身に一撃を与えやがった。緑の英雄と言われるだけあるな」
「……」
シアスは男を睨みつけた後、力尽きたのか剣ごと地面に倒れる。
レンはともかく、神であるライオネルや少年、それに神に近しいであろうシアスでさえも、悉くやられてしまった。
男はまだ意識のあるライオネルを殺めようと、再び彼に向けて武器を振るおうとすれば、俺は手にしていた短刀を投げる。
その短刀を男は刀で打ち払うと、ゆっくりとこちらを向いて言った。
「何だ。チハル。まさか、俺の仇討ちを邪魔しようって訳じゃないよな?」
「っ……やめてくれ」
「チハル」
「頭領……」
何も言えない。何せ、頭領の家族はライオネルによってやられている。本来であれば仇を討つのを止める理由なんてない。
……だが、かと言ってライオネルを死なせる訳にはいかない。
葛藤と恐怖で頭の中がごちゃつく中、それでもじっと男を見つめていれば、男は深く息をついた後こちらに歩み寄る。
男の瞳には感情はなく。こちらを見つめながら、一歩ずつ近づけば、ある距離まで近づいた所で、頭領の姿がまたもや消える。
(どこだ。どこに行った)
早く探さねば。そう思い、気配を察知しようと必死になっていれば、不意に背後から押されて地面に倒れ込む。
(っ……マコト!)
背後にいた彼女が俺を押したのはすぐに分かった。恐らく咄嗟に男から俺を守ろうとしたのだろう。だからこそ、俺は焦った。
(マコトを傷つける訳にはいかない)
すぐさま身体を起こすと、薙刀を構える彼女の手を引く。まさか手を引かれると思っていなかったのか、マコトの驚いた表情が目に入ると、俺はそれを他所にマコトの上に覆い被さる。して、背中に痛みが走った。
呻きながらも身を起こすと、すぐに次の攻撃が来る。それは先程よりも重く、パタタと血が地面に飛び散るのが見えた。
「き、キサラギ!」
「静かにしていろ……!」
「け、けど!」
自分の身の下で、涙を浮かべ首を横に振る彼女が目に入る。このままでは良くない事は俺が一番よく分かっている。
痛みに声を漏らしつつも、マコトの手にあった薙刀を掴めば、三撃目が来る前にその薙刀を男に向けて突く。
それに対して男は攻撃する前に飛び退けると、俺はマコトの上から離れ、薙刀を構えた。
「慣れない武器で戦う気か? やめとけやめとけ。死ぬだけだぞ」
「うるせえ……!」
短刀を手放した今、近くにあったのはその薙刀だけである。傷による出血で冷や汗と眩暈を起こす中、男と睨み合う。と、男の両足に突然氷が地面から絡みついた。
互いに驚いた後、男の背後を見れば、シルヴィアに支えられながらも傷だらけのフェンリルがこちらに向けて手を伸ばしていた。
「チッ、あの半神。まだ動けるのか」
男が舌打ち混じりに呟く。だが、これで多少なりとも男を留めることが出来た。
俺はマコトの腕を掴み短刀のある場所まで離れると、薙刀を彼女に返し、短刀を握り直す。
その間に少しだけ回復したのか、少年が男に向けて刀を振るうと、男の右腕に傷ができる。シアスから受けた右肩の傷も含め、男にも疲労が見え始めると、俺は男に向かった。
「⁉︎」
一気に迫った事で、男の目が見開かれる。右腕に短刀を突き刺した後、続いて右肩口に狙いを定め刃を埋めれば、出血と共に男の手から刀が滑り落ちる。
落ちた刀を後方に向けて踏んで滑らせた後、俺は男の胸元に寄りかかる様に頭を置いていった。
「ライオネルに対してはまだ理解できる。……けど、レン達は関係ないだろうが」
絞り出す様に言うと、男は小さく「そうだな」と答える。その表情はぼんやりとしていて、放心している様に見えた。
少し時間を置いて、俺は男から短刀諸共身を離し、数歩後ろに下がる。男は短刀による肩口の怪我に触れると、フッと笑んで言った。
「武器を飛ばした上、右腕を使えなくしたのは良い考えだ。けどな、例外があるって事も考えろよ」
「何?」
不審げに声を漏らすと、男の足元からバキリと砕ける音が響く。その音にフェンリルが驚愕すると、男の姿が消えた事で辺りに緊張が走る。
人の限界を超えたまさに神速とも言うべき素早さは、姿どころか、音や気配すらも察する事が出来ない。
故に俺は行動する事も出来ず。正気に戻った時には、右から胸元にかけて大きく切り裂かれていた。
声を出す事もなく、地面に叩きつけられた後、転がると、静まっていた空気を破る様にマコトの声が響いた。
「キサラギ!」
「っ……」
やってくるマコト。来るなと言いたかったが、それすらも出せないくらいに傷が深かった。
(くそ、こんな形で、やられるなんて……)
それもよりにもよって頭領に。
掠れた息と共に口からも血を流しながら、上身を僅かに上げて見上げれば、男の左腕からは長い刃が生えていた。
男は目を細めた後、「これで終わりか」と訊ねてきた。
「っ……うる、せえ」
澄まし顔でいいやがって。
悲しみと怒りで、どうにかして身体を起こす。それにマコトが「動くな」と泣いてしがみ付くが、俺は黙って立ち上がる。
足元には既に血溜まりが出来ていて、今にも意識を失いそうであったが、不思議と痛みは無かった。
男は目を丸くすると、口角を上げて言った。
「ほお? 動くか。だが、もう立っているだけでやっとじゃねえか」
「うる、せえよ」
ゼエゼエと肩で息をしながらも、短刀を向ける。して、数歩歩き出すが、ここでフッと身体から力が抜け、その場に倒れ込む。
最後にマコトの声が耳に入る中、俺はマコトの名を呟くと、深い闇の中に引き摺り込まれていった。




