【3-6】気が合う者同士
ふと、気がつくと。フェンリルは俺の目の前に皿を置いていた。
トトと言う魔術師の出会いから、その最期まで聞かされ、俺はしばし黙り込んだ後、皿に乗ったサンドイッチを見つめつつ言った。
「俺も仇を追って旅していた。ま、その相手がライオネルだったがな」
「そういやそんな事話していたな」
詳細は聞いていないが。そうフェンリルは言って、正面の席に座る。
俺はサンドイッチを手にし口にすれば、フェンリルがその様子を見つめながら訊ねた。
「どうして、ライオネルに手を貸す? 仇だったんだろう?」
「……」
二口口にして咀嚼し飲み込んだ後、俺は「そうだな」と静かに返す。
その問いは今まで幾度も自問自答した事だが、少なくとも今あいつに対して思っているのは、恨みよりも信頼だった。
「あいつの人の良さは本物だ。世話焼きで不器用で。そしてこっちが心配になる位に自己犠牲心が強い奴だ。だから、それに賭けてる」
「!」
「……と言っても、半ば周りの奴らに言われたのもあるけどな。まあ、それ位にあいつは信頼があるんだよ」
後はまあ、ライオネルを見つけるまでに時間が掛かりすぎて、無意識の内に気持ちの余裕が出来たのもあるだろう。時間が解決する事もあるというし、良くも悪くも長い旅をしてきて正解だった。
サンドイッチにかぶり付きながらも、フェンリルにそう話せば、フェンリルは苦笑いして「確かにな」と話す。
「全く昨晩もだが。あいつの話になると気が合うよな俺達」
「だな」
口元を拭いつつ、フェンリルの言葉に頷く。して、サンドイッチの礼を伝えれば、彼は「お粗末様でした」と返して皿を回収する。
と、そこに唸りながらもエレインがやってくる。頭が痛い様で頭を抱えつつ歩いてくれば、フェンリルが「頭痛か」と返す。
「薬ならそこの籠にあるぞ」
「ああ……うん」
フラフラしながら籠に向かうエレインに、フェンリルは水を用意する。相変わらず、半神とは思えない位に気遣いがとても良い彼である。
(ライオネルに負けずこいつも中々に世話好きだよな)
人の生活圏で共に過ごしている神は皆そうなるのだろうか。なんて事を考えていると、エレインが薬瓶を持って椅子に座る。
再びフェンリルも椅子に座れば、服薬するエレインを見つつ言った。
「で、何で昨日トトさんの部屋を漁っていたんだ?」
「んー? いやね、ちょっとうちの家に伝わる物を探していて。以前トトが持っていったんじゃないかと思ったんだけど、ここには残念ながら無かったんだよね。……でもその代わりに」
そう言いかけ、胸元から折り畳まれた一枚の紙を取り出す。して、これを台の真ん中に開いて見せびらかすが、そこには何も文字はなく、俺は疑問を漏らした。
「何も書かれていないが……」
「と、見せかけて。実は特殊なインクで書かれているのさ」
エレインが得意げに言った後、薬を飲んで残った水をその紙に掛ける。
一瞬にして重く皺の付いた紙は、しばらくして徐々に文字が浮かんできた。それは魔鏡文字だったが、フェンリルは色違いの双眸を見開くと、椅子から立ち上がり紙を凝視した。
「『魔鏡神殿にて待つ』……? エレインさんこれは一体」
「文字からして死の直前トトが書いたのは間違いないけど……そこに行ってみないと分からないね」
にしても一体何をしようとしていたのか。姉であるエレインですらも、トトの残した文に首を傾げると、フェンリルは顎に手をやりつつ険しい表情を浮かべて言った。
「魔鏡神殿……まさか、あいつか?」
「あいつ? 誰だ?」
「魔鏡守神……俺の父親だ。あんな奴、父親だと認めたくはないけどな」
苦々しく呟くと、フェンリルは手を強く握る。それを聞いて俺は何となく彼が人間の生活に馴染んでいる理由が分かった気がした。
まあそれはさておき。彼らの行くべき先が分かった所で、俺は目を伏せて呟いた。
「じゃあ、今度こそ。明日、麓の村で一旦お別れだな。俺達は一旦聖園に戻らなきゃならねえし」
「あ、そうか。寂しくなるね」
エレインがハッとした後、眉を下げつつも笑んで言った。とはいえ、これで永遠の別れとはならないだろう。
フェンリルもこちらを見ると、表情を僅かに緩ませて「悪いな」と言った。
「けど、何か分かったら。……これで仇討ちに繋がる様な物が見つかったら、俺はお前達の元に行く」
「ああ、分かった」
そう言ってくれるだけでもありがたいと思いつつ、フェンリルと握手を交わす。
エレインはエレインで、昨晩部屋を探している際に見つけたあの灰狼医書を寝室から持ってくれば、「持っていきな」と言って渡してくる。
「もしかしたら後々役に立つかもしれないし」
「いいのか? 貴重な物だろう?」
「いいよ。実家にもあるからね」
フェンリルも良いだろう? とエレインが訊ねると、フェンリルは首を縦に振り、「いいぞ」と呟く。
それを聞いて受け取ると、表紙の桔梗紋を撫でた後、笑んで礼を言った。
※※※
次の日。俺達は神獣山を下山した。
魔鏡神殿に行くフェンリルもだが、ルディも麓の村に用があるらしく。来た時よりも大人数で村を目指すと、先頭を歩いていたフィルが「あれ」と声を漏らした。
その声に俺もだが、タルタとフェンリルも反応すると、フィルに声をかけようとして、前方に見える異変に次々と気が付いた。
方向からして、麓の村がある方向。そこにいくつか黒煙が見える。晴天で尚且つ火の気がない場所だからこそ、余計にそれが異様に見えて、俺達は足を止めた。
「何だ。 何かが燃えているのか?」
タルタの呟きに、フェンリルはじっとその煙を睨む。俺も前に出ると、その黒煙の発生源を目で探った。
(ああ)
やはりと、納得と同時に焦りも出てくる。発生源は間違いなく麓の村。それにあの燃え方からして複数軒。燃え移ったというよりは、人の手によって燃やされた様にも思える。
先程まで楽しく談話していたマコト達も、状況を知ってや否や、表情を曇らせたり驚きを隠せないでいると、フィルが声を上げた。
「と、とにかく急いで行った方が良いよね⁉︎ 師匠⁉︎」
「ああそれはそうだけど」
タルタはちらりとフェンリルを見る。
フェンリルは今にも飛び出しそうな位に上身を前に傾けていたが、俺が肩を掴んだ事でこちらを向けば、俺は正面を向いたままフェンリルに言った。
「恐らくヴェルダかクリアスタルのどちらかが、村に攻めているんだろうが……もし俺達で危うかったらライオネルを呼ぶ」
「! ……分かった」
瞬きした後、フェンリルは強く頷く。
俺は、ライオネルから渡された魔道具を着物の上から押さえつつ短刀に手をやれば、今度はフェンリルが声を掛けた。
「キサラギ、俺について来られるか?」
「ああ。一応足には自信がある」
「お。じゃあ、心配ないな」
フッとフェンリルが笑った後、振り向きタルタ達に先に行く事を伝える。俺もマコトを見れば、任せろといわんばかりに余裕の笑みを見せた事で、安心して背を向ける。
エレイン達も了承すれば、俺とフェンリルは地面を踏み出し、先に村へ向かった。
駆け出してすぐに、フェンリルは並走する俺を見て、「やるな」と呟くと、辺りに冷気を漂わせて更に前に出る。
俺も負けじとついて行くと、徐々に近づく村を見て、眉を顰めた。
「フェンリル、あの旗」
「ああ。間違いない。ヴェルダだな」
紫の旗には向かい獅子とその中央にある月の紋章。俺は初めて見たが、フェンリルがすぐに答えを出したのを見るに、あれがヴェルダの国章なのだろう。
近づいた所で、数人の兵士が建物から出てくると、俺達を見るなり弓を構えた。
「! ……ま、そりゃ警戒するよな」
やれやれと言わんばかりに、フェンリルは引き攣った笑みを浮かべた後、右腕を後ろに振り上げる。
して、地面を滑りながら足を止めれば、そのまま振り上げた拳を兵士のいる前面目掛けて突き出す。瞬間とんでもない風圧と共に氷柱が道を作る様に地面から生えていくと、最後に兵士達を突き上げ空に飛ばす。
ライオネルとはまた違う、物理と魔力に似た力を掛け合わせた派手な戦い方。それを見せられ、相手の兵士と同じ様に俺も傍らで唖然とすると、フェンリルは手を払いつつ「こんなもんだろ」と呟いた。
「キサラギ、行くぞ」
「あ、ああ……」
フェンリルに声を掛けられ、俺は小さく肩を跳ねた後頷き返すと、未だに茫然とする兵士達の傍を通り過ぎる。
すると、誰よりも早く気を取り戻した隊長らしき男が、「逃すな」と声を上げると、再び弓矢を構えた。
だがそれを尻目に、俺達は塀や建物の傍に生えた木々を使い家の屋根に登ると、家を挟んで反対側に飛び降り、このまま村の中心へと向かった。




