【3-4】本の山
話もそこそこに、夜も深まった事で、俺達はそれぞれ用意された部屋に移動した。
奥の部屋に続く廊下に入れば、外から見た家以上に広い室内に違和感を感じる。
「一体、どういう造りをしているんだ? この家は」
思わず呟けば、隣にいたフェンリルが説明した。
「魔術で拡張しているんだよ。トトさんはそういう魔術が得意だったから」
「へえ……」
何でもありだなと思っていると、廊下を突き当たった部屋から光が漏れているのが見える。同時にガサガサと何か物音も聞こえた。恐らくはエレインが何かしているのだろう。
寝る為に用意された部屋を通り過ぎて、フェンリルと二人してその部屋を覗き込めば、沢山の本や物に溢れた狭い部屋の奥でエレインが一つずつ箱を開けているのが見えた。
気配を察知したのか、エレインは手を止めるなりこちらを見ると、「どうした」と訊ねてくる。
「もう遅いだろう? 早く寝なさい」
「そう言うエレインさんこそ、明日麓の村に戻るんだろう? 早く寝ないと」
「ああ……まあな」
フェンリルに言われ、エレインは苦笑する。
……と、軋む音が部屋に響き、フェンリルと揃ってその音の発する方を見れば、雪の様に積み重なった本がエレインの方へ傾き始めていた。
それを見るや否や、フェンリルは「エレインさん上!」と声を上げつつ駆け寄ると、エレインが上を向いた瞬間、その本は音を立てて棚もろとも崩れ落ちる。
埃が舞い上がり廊下に顔を背けた後、腕で口元を覆いつつ二人の身を案じれば、本の山からエレインの声が聞こえてきた。
「あいたた……まさか本が崩れ落ちてくるとは」
「長らく整理してなかったからな……」
そうエレインの上に覆い被さっていたのか、フェンリルが開いた本を頭に乗せつつ身を起こす。
ただえさえごちゃごちゃしていた部屋が、本が崩れた事で更に散らかってしまい、足の踏み場も無い。エレインが一体何を探していたのかは知らないが、これでは目当ての物も見つからないだろう。
溜息をつきつつも、とりあえず足元にあった本を手にすれば、騒ぎを聞きつけたのかタルタとシルヴィアがやってくる。
「何かすごい音がしたけど、大丈夫かい? 」
「ああ。本の山が崩れただけだからな」
心配するタルタに返しつつ、俺は本を拾っていく。
そこにシルヴィアも「手伝います」と言ってしゃがんで本を手にすれば、フェンリルがエレインの腕を引きつつ「悪いな」と言って苦笑した。
「って、シルヴィア。半獣人だったんだな。さっきまでフード被っていて気付かなかった」
「あっ、はい……」
小さく頷くシルヴィア。言われて俺も彼女を見れば、確かに三角の耳が頭上に生えていた。
シルヴィアはその耳を何度か撫でていると、フェンリルはフッと笑って言った。
「髪もだけど、海みたいな青色で綺麗だよな」
「……よく、言われます」
そう少し照れた様子でシルヴィアは呟く。それにフェンリルはより笑みを強めれば、「だろ?」と言って、片付けの作業に移る。
俺はそんな二人の様子を横目に見つつ、いくつかの本を抱えれば、突然エレインが寄ってくるなり耳打ちしてくる。
「なんかいい雰囲気じゃない? 二人」
「さ、どうだろうな」
人の恋路に興味などはないが、言われてみればそう見えなくもない。
軽く返しつつ本を積み重ねて廊下に置くと、ニヤニヤするエレインの背を軽く叩きつつ「片付けろ」と言って、部屋に入る。
それに彼女は「えー」と不満気に声を漏らせば、タルタも苦笑いして、エレイン共々部屋に入って本を片付け始めた。
人数が増えたとはいえ、全てを片付けるには時間が掛かるだろう。若干眠気を感じつつも、手当たり次第に本を拾い上げていれば、魔鏡文字に混じって聖園文字で書かれた本が目に入る。
(聖園の本もあるんだな)
魔術の本場といえば魔鏡の印象があるだけに、意外にも思っていれば、タルタが俺の持つ本に気付き、声を掛けてくる。
「これは、灰狼医書だね」
「灰狼医書?医書という事は、医術か何かか?」
「そうそう。にしても、まさかこれがあるなんてね」
珍しそうにタルタが呟く。俺はその本の表紙を眺めると、中心にある桔梗の花の様な紋が目に入った。
「灰狼というのは、聖園の生まれなのか?」
「んーどうだろうね。書かれている文字は確かに聖園文字のそれなんだけど、出生はあまり語られる事のない人だから」
唯一分かっているのは、神と狼の半神である事。
タルタの説明に、「半神か……」と、目の前にいるフェンリルを見れば、フェンリルは顔を上げ首を傾げる。
「どうした?」
「流石にお前じゃないよな?」
「ん? ……ああ、それか。灰狼は俺じゃないぞ。というかそれトトさんにも言われたな」
確かに狼で半神なのは一緒だけどな。とフェンリルは困った様に笑うと、タルタもまた笑って「半神自体そういないからね」と言った。
これにフェンリルは頷くと、本を抱えたシルヴィアがフェンリルの背後から覗き込む。
「あ……もしかして灰狼医書ですか?」
「お、シルヴィアも知っているのか?」
「はい。エレインさんちに沢山あったので」
シルヴィアの言葉に、エレインが反応してこちらを見る。して、医書を見るなり「ああこれか」と納得する様に頷き呟いた。
それに対して、タルタは不思議そうにエレインに訊ねた。
「エレインもだけど、芸術的魔術の道へ進んだ割には、医書とかも沢山持っているよね。もしや医術師の道も考えていたの?」
「いや、ただ単にお爺様がそういう本を趣味で集めていたってだけさ」
その中でも灰狼医書は分かりやすく面白いらしい。
四人から本について話を聞く内に、俺も気になって少しだけ捲ってみれば、身体のしくみや傷などの治療方法など様々な事が図などを用いて詳細に書かれていた。
危うく読み耽ってしまいそうになり、四人の視線もあって慌てて本を閉じると、咳払いしつつ返す。
「……さっさと片付けねえとな」
そう言って立ち上がれば、エレインが笑顔で言った。
「終わったら貸してあげるからさ。その時に沢山読みな」
「ああ、そうさせてもらう」
エレインのご厚意に甘えて素直に頷く。……尚片付けは日が明けるまで掛かった。
※※※
眠りについたのが遅く、目を覚ました時には既に昼頃になっていた。
寝室部屋には誰も居らず、欠伸をしながら寝台から起き上がると、部屋を出てすぐ廊下でマコトと会う。
「あ、おはよう。いや、おそようか?」
「……途中からお前も手伝ったのに起きるの早いな。眠くないのか?」
「正直な所眠い」
眉を下げてマコトは笑う。それに「だろうな」と言って、彼女の目の下に出来たクマを見る。ただえさえ朝には弱いだろうに。
無理をしているであろうマコトに、「昼寝しろよ」と言えば、マコトは「そうする」と言って通り過ぎる。
して、隣の部屋の扉に手を掛けた時、マコトは思い出したかの様に声を上げると、俺を見るなり言った。
「エレインさんも流石に今日は村に戻るのを諦めたみたいだぞ」
「そうか」
ま、そうなるよなと思いつつ、今度こそマコトと別れる。そして昨晩語り合った台所のある部屋に向かえば、暖炉前の椅子に座っていたフェンリルが声を掛けてきた。
「眠れたか?」
「一応は。けどまだ若干眠い」
「はは……ま、無理はするなよ」
どうせ今日一日は皆何も出来やしないだろうから。とフェンリルが言う。
俺は彼の傍らにある長椅子の上にて、伏せたままくたばっているフィルを見つつ、「そうだな」と返した。眠たいなら部屋で寝れば良いだろうに。
なんて思いながらも再び欠伸をしつつ、食卓台の上に置かれたグラスを手に取り水を飲むと、フェンリルはこちらを見るなり「腹減っていないか」と言う。
「と言っても今朝焼いたパンしかないんだが」
「大丈夫だ。……悪いな。気を遣わせて」
申し訳なく思いつつ返せば、フェンリルは微笑して「別にいいぜ」と言う。して立ち上がり台所に迎えば、籠にかけられた布を捲りつつ、話を続けた。
「昨日の手を貸す話。断った理由話したの、覚えているか?」
「……確か、恩人の仇を見つけたいからだろ」
食卓台の傍の椅子を引き、それに座りながら返せば、フェンリルは頷く。
拳大の大きなパンを、フェンリルによってナイフで横半分に切られていくのを眺めながら、「目星はないのか」と訊ねれば、フェンリルはナイフを下ろして顔を上げる。
「全くないという訳じゃない。ただ、確証が持てないんだ」
それに足取りが掴めない。そう彼は言うと、パンの入っていた籠とは別の籠から、ハムを取り出して薄く切り始めた。




