【3-2】神獣山
食事を済ませ店を後にした後、同じくフェンリルに用があるという事で、エレイン達と共に神獣山に向かう。
神獣山までの道には草原が広がっていたが、山の近くまで来た所で一面を覆う様に氷空花が咲いていた。
「エメラルにも咲いていたが、ここはすごいな……!」
「神獣山付近の土壌は、氷属性の魔力が他の所よりも多いから今の時期は沢山咲くんですよ」
「へえ……!」
氷空花を見るなりマコトは感嘆する。それにシルヴィアが説明して返せば、マコトはまた声を漏らした。
出会ってから、二人は仲が良くなった様で、村から出てからもずっと話し声が後ろから聞こえていた。
(年齢も近そうだしな)
にしても流石というべきか、マコトは特に同年代の同性と親しくなるのが早い気がする。
俺は真っ先に警戒が来てしまうので、早期で中々ここまで親しくはなれないのだが。
(ま、それはそれとして騙されそうな気がして心配になるが)
良くも悪くも純粋で鈍感だからこそ、いい様に使われそうなのが、個人的には心配だった。
そんなお節介じみた事を考えていれば、先頭を歩いていたエレインが振り向く。
「所でキサラギ。どうしてフェンリルに会おうと思ったんだい?」
「ん、それは」
夢の中にいた青年が会いに行けと言ったから。……なんて言える筈はなく、桜宮の時同様に迷ってしまう。
すると、返答を待っていたエレインが口角を上げて言った。
「ははぁ。もしや、氷狼伝説が気になった感じかな?」
「氷狼伝説? いや、そういう訳じゃないが」
「何だ違うのかい。……であれば、例えば夢に出てきた女神様のお告げだったり?」
「っ」
半分当たりである。つい目を見開いてしまうと、エレインはより笑みを濃くして「当たりだな!」と指を指しつつ言った。
それにタルタやフィルがそれぞれ驚きの声を上げ、更にはマコトが喰い気味に「本当か⁉︎」と叫べば、俺は引き気味に小さく頷いた。
「ただ女神ではないけどな」
「であれば、男神とか?」
「いや多分違う……と思う」
タルタの問いに俺は否定した後、仕方なく夢で会った青年の事を話した。
自分と瓜二つの容姿ながら性格は全く違う事。その人物が恐らくマコトの知っている幼馴染である事。そして、彼がフェンリルに会う様に話した事等等……
ここまで話した所で、エレインは真面目な表情を浮かべると、「成る程ね」と話した。
「つまり、君は本来の人格ではないのか」
「ああ。少なくとも俺は後に生まれた存在だ。だから、いつかは消える存在になると思う」
「それはそうかもしれないが……怖くはないのかい?」
そうエレインに聞かれ、俺は目を伏せる。怖くないと言ったら嘘になる。……しかし、自分はこの身体の主ではない。いつかはあの青年に返さなきゃいけない時が来るだろう。
俺はふとエレインの背後にある、目の前の神獣山を見つめれば、髪を風で揺らしながら呟いた。
「俺は復讐さえ出来ればそれで良いが……道半ばで終わってしまっても、その時はその時で仕方ないと諦めるさ」
「……そうか。それは、息が詰まる位に真っ直ぐだね」
エレインは苦笑いを浮かべる。
一方で、マコトは動揺したままこちらを見つめると、俺が振り向いた途端、気まずそうに視線を逸らす。
そんなマコトに、シルヴィアが気が付き心配そうな表情を浮かべるが、励ますべきである俺は何も言わず、代わりに小さく息を吐いて正面を向き直した。
※※※
無言のまましばし歩き続ける事数時間。空を見れば日が傾き、薄らと黄ばむ中、俺達は神獣山の中腹まで登り着いていた。
それまでに何頭か魔獣と遭遇したが、幸いにも戦闘にはならずに来ている。
「魔獣とは別に魔物が居るんだよな?」
エレインに訊ねれば、彼女は強く頷き説明した。
「ああそうさ。でも魔物というものは基本的に暗所を好む。だから、夜までにログハウスに辿り着けさえすりゃ大丈夫だ」
「そうか」
ならいいが。そう安堵しつつ先を見る。
辺りには背丈の高いブナの木。して地面には、しだの葉がそこだけ剥ぎ取られた様に、水気を含んだ土が道としてあった。
一応は行き来しやすい様に滑り止めや階段として、細い丸太が地面に埋め込まれていたが、それでも時折足を取られつつ坂になっている道を上がっていく。
と、ブナの木の森を抜けた所で、視界に入ったのはある程度平地に整えられた道だった。
徐々に空気も乾燥していく中、その道をずっと辿れば、開けた場所に一軒の家が見えてくる。
「見えて来たね」
「相変わらず、ここまで来るのは骨が折れるなぁ……」
エレインの言葉に、フィルが疲労を滲ませながら呟く。
確かにここまでの道は決して良い訳ではなく。生活する上で麓と行き来するには酷な道ではある。
息を吐きつつ、丸太を積まれた様な家に近づいていけば、その家に着く前に扉が開かれる。家から出て来たのは、犬の半獣人らしき黒髪の少女だった。
エレイン達を見るなり、赤い瞳が瞬きをした後、誰よりも早くフィルが両腕を広げながら飛び出して来た。
「ルディちゃーん‼︎‼︎‼︎」
「なっ、フィル‼︎ いきなり抱き着こうとしてくるな‼︎」
ルディと呼ばれた少女は声を荒らげつつ、フィルの抱擁を避ける。そのまま直進して行ったフィルは家の扉に直撃すれば、ルディはそれを気にも留めず、エレインやタルタを見て笑む。
「エレインにタルタ、久々だね。フェンリルに用?」
「私は墓参り。タルタはお客さん連れて来たんだよ」
「お客さん? ……って、後ろの?」
ルディと目が合うと俺達はお辞儀する。と、シルヴィアが前に出て「お久しぶりです」と声をかければ、ルディは目を丸くして彼女の名を口にした。
「シルヴィア⁉︎ もう体調は大丈夫なの⁉︎」
「はい……各地を回れる位には」
「そっか……良かった」
笑みを強めるルディ。やりとりからして、二人は知り合いの様だ。
二人が再会に喜んだ後、改めてルディはこちらを見て近づいてくれば、「フェンリルの知り合いか?」と訊ねてくる。
「いや。一度も会った事はない。けど、知り合いから会えと言われてな」
「ふーん……よく分からないけど、まあタルタの紹介だし、悪い奴じゃなさそうだ」
覗き込む様に見た後、「良いよ。おいで」とルディは招く。俺は少しばかり肩の力を抜いて、彼女の後を追った。
家に入ると、生活感のある台所に食卓らしき台と複数の椅子、して奥には暖炉と薪、更には内扉の向こうに廊下らしきものも見える。見た目以上に中は広くなっているらしい。
「フェンリルは裏の森にいるけど……多分そろそろ戻ってくると思う」
「そうか」
頷きつつ家の中を歩いていると、ルディは何かに気付いたかのように、扉の方を見る。
「そう言っていたら、戻ってきたな」
「おっ、分かるんだ。流石ルディちゃん」
いつの間にか椅子に腰掛けていたフィルが尾を振りつつ呟く。それに照れつつもルディが睨めば、扉が開く。
「何だ? 来客……か……」
「おかえりフェンリル! そして久しぶりだねぇ‼︎」
「お邪魔してまーす」
「え、何、どうしたこんなに沢山」
戸惑いを隠しきれない長い銀髪をした狼の半獣人の男。
目立つ黄金色の左目とは別に、前髪で隠された空色の右目が声を掛けたエレインとタルタを見た後、流れる様に俺とマコトを見て僅かに目を開く。
「……二人はタルタさん達の知り合いか?」
「うん。どうやら君に用があるらしくて」
「用?」
俺に?
怪訝そうに己を指差しながらフェンリルは訊ねる。俺は頷くと、何かを言おうとしてやめた。
(……今更だが、会って何を話せば良いんだ?)
ゆくゆくは仲間になって欲しいとも思っているが、見ず知らずの人間に勧誘された所で断られるのが目に見えている。……とはいえ、一体何を話すべきか。
視線を逸らしつつ焦っていれば、ここまで黙っていたマコトが口を開いた。
「私達、桜宮にてライオネルさんの話を聞きまして。それで、貴方の話を聞いたものだから……一度会いたいなと」
「ライオネルが? ってか、お前らあいつの知り合いなのか」
「ま、まあ……」
フェンリルの驚きに俺は頷く。して、マコトを見れば、マコトは微笑した後、フェンリルに向き直す。
マコトの機転に助けられつつ、俺はライオネルで聞いた話を交えつつ、ヴェルダやクリアスタルに対して手を貸して欲しい事を伝えれば、フェンリルは眉を寄せつつ黙り込む。
「……手を貸して欲しい、か」
「その……お前を封印したあいつの仲間になれってのは難しい話かもしれないが」
「いや、それは今はそこまで怒っていない。あいつにはあいつなりに事情があったんだろうし。悩んでいるのは、それとは別の事だ」
「別の事?」
俺の言葉にフェンリルは頷く。して、椅子を引き腰掛けると、より眉に皺を寄せて俯きながら彼は言った。
「俺は今、恩人の仇を探している。せめて仇が誰か分かるまでは、手を貸す事は難しい」
「仇……か」
「すまないな。折角聖園から来てくれたというのに」
申し訳なさそうにフェンリルが言えば、俺は眉を下げつつ笑んで「突然だったからな」と返す。とはいえ、仇……か。
(ウォレスといい、仇を探している奴が多いな)
かくいう自分もかつては仇討ちの為にライオネルを追っていたが。
流石にこれを中断させてまで手を貸せとは言えず、彼の気持ちを尊重して諦めると、フェンリルが立ち上がり俺の肩に手を置く。
「まあでも折角ここに来たんだ。色々と話をしないか?」
「話か……そうだな」
時期によっては各地を回っている彼の事だ。まだ知らない事を聞けるかもしれない。
フェンリルの提案に「是非」と答えれば、フェンリルは「よし」と言って笑顔になった。




