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千神の世  作者: チカガミ
3章 神獣山と龍神
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【3-1】麓の村にて

 魔鏡(まきょう)領域の北西にある標高三〇〇〇m相当の高山・神獣山(しんじゅうざん)。上に行く程道が険しくなり、そこそこ大きな魔物も彷徨いているという。

 早朝、竜化したタルタの背に乗り、桜宮(おうみや)を出発した俺達は、神獣山の麓にある村を訪れていた。

 上部が弓の様に丸く曲がった門を潜れば、舗装された道に沿う様に転々と魔鏡式の家が見える。小川もあり、その川沿いの家の中には水車が取り付けられている所もあった。


「ここに来るのは久々だねー」


 長閑な村を見るなり、そうタルタが言えば、何故か付いてきたフィルも同調する様に「だね」と言葉を発する。

 一方で俺とマコトは訪れた事のない地という事もあり、辺りを見回しながら二人の後を付いて歩いていた。


「梅雨入り前とはいえ、まだここ等は肌寒いな……」

「朝だしな。……それに」


 上を向けば、聖園(みその)では見た事のない大きな山が目に入る。あれこそがかの有名な神獣山なのだろうが、それにしたってでかい。美しさもうありながらその迫力に多少なりとも恐怖を感じた。

 山頂付近を見ればまだ雪が残っており、時折吹く風は冷たい。昼になるにつれ暖かくなるだろうが、晩の事を考えて防寒着でも持ってくるべきだったか。

 そう早速後悔していれば、タルタが振り向き言った。


「こちら側は寒いけど反対側は海があるんだ。だから、梅雨が明けると一気に暑くなるよ」

「極端な気候だな……」

「はは、だね……」


 俺の呟きにタルタが苦笑いしつつ返す。

 ちなみにタルタ曰く、先程彼が話した様にこちら側と海側で山の風景が違う事。そして、気候が極端な所から『【神】の様に人々を助ける事もあれば、【獣】の様に傷つける事もある』という事で、この山は神獣山と呼ばれる様になったのだとか。


「あくまで一説だけどね。後は神獣が降り立った山だからだとか」

「降り立ったというのはよくありそうな話だ」


 マコトが納得しながら言う。

 するとそこに先に前を進んでいたフィルが、先の方から声を掛けた。


「師匠ー! お店寄ろー! 俺お腹空いちゃった!」

「そうだね。良い時間だしね」


 はしゃぐフィルに、タルタは微笑して返す。とはいえ、この村に食べれる様な店があるのだろうか。

 そう思いつつ、フィルについて行く形で道を歩んでいれば、丘の方に大きな建物が見えた。


「あれは……宿屋か?」

「ん? ……ああ、そうだよ。ここ以外にも後二件あるけど、あれがこの村で一番大きい宿屋かな」


 今から向かうのはその宿屋にある店らしい。魔鏡領域だしエメラルの様な料理が出てくるのだろうか。

 ちょっぴり楽しみに思っていれば、店に入るなり鼻腔に入ってきたのは芳ばしい香りだった。


「わあ、良い香り」


 マコトが思わず呟く。その匂いの元を目で辿れば、厨房に繋がる形で大きな煉瓦造りの窯が見えた。

 と、この店の店主らしき犬の半獣人の男が「いらっしゃい」とにこやかに挨拶すると、鎌の中から鉄板に乗せられたパンを取り出す。そのパンはこれまた大きく、綺麗に焼き目のついた表面から湯気が漂う。

 それを見るだけでも腹が空いてくるが、一先ず店内の端にある席に座ると店主がやってくる。


「いつもので良いかい?」

「ああ。二人は?」

「俺もそれで良い」

「私も!」

「分かった。じゃあ、四人分頼むよ」


 タルタの注文に店主は頷くと、厨房に戻る。そう時間も掛からず運ばれてきたのは、先程焼いていたあのパンに、豆の入ったスープ、そして二枚切りの厚いハムに目玉焼きだった。

 そこに追加で店主が持ってきたのはジャムや蜂蜜などが入った色とりどりの小瓶だった。


「お好きなものをどうぞ」

「わーい! 待ってましたー!」


 置かれるなり、フィルは蜂蜜を手にして半分に割ったパンに垂らす。まだ熱を持ったパンに蜂蜜が染み込んでいくと、それをフィルは大きく口を開けて食らいつく。


「んー! やっぱりこれだよね!」

「もしかして、それが食べたいが為についてきたの?」

「それもある!」

「あるのかよ」


 まあ、そんな気はしていたが。

 呆れつつも、小さく千切ったパンを口にすると、隣にいたマコトの方から驚きの声が聞こえる。その声に釣られ横を向けば、マコトは木苺等で作られたジャムに感動している様だった。


「キサラギ……! これ、美味しいぞ!」

「そうか。良かったな。後口元ついてるぞ」

「ん? どこだ?」


 両手にパンを持ったままキョトンとするマコト。そんな彼女に俺は溜息を吐きつつ、ジャムのついた口元を指で拭う。

 にしても数日前に推測ではあるが、自分の正体を明かして以降、マコトの俺に対する気の許しっぷりが以前にも増して酷くなった気がする。

 いくら昔馴染みだったであれ、俺は男である。異性に対してこの隙の多さは結構気になっていた。


(後々他の男に食われないと良いが)


 そう思いつつ、拭ったそれを口にすれば、正面にいた二人が唖然として俺達を見ていた。


「え、何? 俺達に対して見せつけてんの?」

「は? 何がだ」

「おやまさかの無自覚ですか」


 これはこれはとタルタが何故か満面の笑みでこちらを見る。一方でフィルはフィルで不機嫌になれば、腕を組みつつそっぽを向いて言った。


「良いもん! 俺にはルディちゃんがいるし‼︎」

「だから何の話だ。何でそんな反応してんだよ」

「何って。隣のマコトちゃん見てみなよ」

「マコト……?」


 言われた通りそちらを見れば、こっちを見つめたまま固まるマコト。心なしか顔が赤い気がした。

 俺はパンを千切り口にしながら「どうしたんだよ」と訊ねれば、マコトはジャムパンを抱えたまま身体の向きを変える。そこまでされて俺はようやっと理解した。どうやら俺がマコトに付いていたジャムを舐めた事で、ようやっとマコトが俺を異性として意識したという事に。

 ハッとなった俺は、咄嗟に言い返した。


「そこで意識するなよ⁉︎」

「だ、だって! ま、まさか、な、舐めるなんて思いもしなくて……! ってか、何で舐めたんだ⁉︎」

「も、勿体ねえからだよ‼︎ 」


 二人して顔を熱くさせつつ言い合う。とはいえ無意識のうちにそうした自分もアレなのだが、ここまで来ると恥ずかしさも相まって引くに引けなかった。

 それはマコトも同じな様で、最早涙目になりながら狼狽えていると、その騒ぎに対してかどこからか金髪の女がやってくる。


「何だい。随分と楽しそうだねぇ」

「ああ⁉︎ すみません騒ぎ過ぎました!」

「って、あれ。この声」


 マコトが謝った後、タルタが瞬きしつつ女を見る。女は紅玉の様な瞳を細めると、「久々だね」とタルタに声を掛けた。


「店に入ってきた時からもしやとは思ったんだが、やっぱりタルタだったね」

「久しぶりだねエレイン。まさか君に会えるなんてな」


 どうやら知り合いだったらしい二人。

 エレインと呼ばれた女は、長く横にまとめている髪を軽く払い除けた後、ニカリとして返した。


「それはこちらのセリフさ。流浪の旅団は今聖園だろう? 何かあったのかい?」

「まあね。……あ、二人にも紹介するよ。彼女はエレイン。三大魔術師の一人トト・オールポートのお姉さんで、僕の姉弟子だ」

「よろしく二人とも」


 紹介され、エレインは手を軽く挙げる。俺達も小さく会釈した後、彼女と同じタルタによってエレインに紹介される。

 ついでに事情も話した所で、エレインは腕を組みつつ「なるほどね」と返せば、口角を上げて言った。


「フェンリルと会いたい? であれば丁度良かったね。実は私達もこれからフェンリルの元に行く所だったのさ」


 案内するよとエレインが言えば、マコトが「本当ですか!」と驚き、して深々と頭を下げて礼を言う。

 それに対してエレインは頷けば、思い出したかの様に声を漏らし、店の扉の方を向く。


「そうそう。タルタ。こちらにも紹介したい子がいたんだよ。……シルヴィア、おいで」


 そう扉の傍に居た外套を被った少女に話しかける。シルヴィアと呼ばれた少女は、僅かに顔を上げると、恐る恐ると言った様子で近づいてきた。

 被っている事であまりよく見えないが、青い前髪とは対照的に赤く大きな瞳が俺達を見ると、小さな声で言った。


「は、初めまして。シルヴィア……です」

「シルヴィアか。よろしく。僕はタルタ。して彼が僕の弟子のフィル」

「よろしくー!」


 フィルが元気よく挨拶すれば、シルヴィアはびくりと身体を跳ねた後、ぎこちなく何度も頭を下げた。


(人見知りか?)


 接するのが苦手そうな彼女に対して思っていれば、エレインは困り笑いをしながら、シルヴィアの背に手を添える。


「すまないな。シルヴィア、人見知りで」

「大丈夫だよ。……それにしても、エレイン。彼女とは一体どこで」

「ん、ああ。ラピスラでね。保護したんだ」


 それからずっと弟子として連れ回っている。そう説明すれば、シルヴィアは緊張しているのか、肩に力を入れたまま固まっていた。

 するとそれを見かねたマコトが、パンを皿に置いた後、シルヴィアと向き合うなり優しく声を掛けた。


「シルヴィア……だったな。私はマコトだ。よろしく」

「は、はい……よろしく、お願いします。マコト……さん」


 途切れつつも挨拶を返すシルヴィア。それにマコトは少し大きめに「ああ」と笑んで言えば、シルヴィアも安堵した様に表情を柔らげたのだった。

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