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千神の世  作者: チカガミ
2章 桜宮の魔術師
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【2-21】心機一転(ウォレスside)

 屋敷から出て少し離れた場所にある桜陰(おういん)邸。そこは周囲を塀や柵で何重にも囲まれ、門や邸の前には必ず兵士が見張っていた。

 俺が近づいていくと、兵士はこちらを見るなり姿勢を正し挨拶をすれば、俺は小さく会釈した後敷地内へと入っていく。

 敷地内に入るなり、聞こえてくるのは楽しげな声。どうやら流浪の旅団の人々が来ているらしい。


(一応は牢の様な場所なんだがな)


 とはいえ塀以外は民家と変わらないし、兵士の許可さえ降りれば外部から人が来ても構わないので、牢と呼べるか怪しい所なのだが。

 邸の前にいた兵士にも挨拶をした後引き戸を開けると、中庭を囲む縁側に腰掛けたプリーニオとフィル、そしてルッカにタルタの姿があった。

 タルタはこちらを見るなり「あ」と声を漏らすと、俺は小さく頭を下げた後、四人の元に向かう。


「体調は大丈夫かい?」

「昨晩よりはな。……それよりも、随分と楽しげに話していたが」


 そう話しつつタルタの横に腰掛けると、タルタは持って来たのか、四人の間にあった回転焼きを差し出してきた。

 だがあくまでも仕事で来た俺は、それを丁重に断った後、一通り話が済んだプリーニオと視線を合わせる。

 プリーニオは、俺が来た用を察した様で「ああ」と言葉を漏らすと、縁側から立ち上がる。


「あの男の事か?」

「……ああ」

「……じゃあ、ここじゃ場所が悪いな」


 奥の部屋で話そうぜ。と、彼は正面に見える突き出した部屋を指差す。

 俺はタルタ達を見た後「良いのか」と返せば、プリーニオは「世間話をしていただけだ」と言って、歩いて行く。

 その場を離れたプリーニオにタルタも立ち上がると、フィルとルッカに声を掛けた。


「さて。僕達もそろそろ行こうか」

「そうだね」

「じゃあまたな。プリーニオ」

「ああ。またな。後それ持って帰れよ」


 俺はそんなに食えないからと、プリーニオが回転焼きに向けて顎でしゃくって言えば、フィルは返事をしてそれを手にする。

 去って行く三人を眺めた後、プリーニオの後を付いて床の間のある部屋に入っていくと、用意された座椅子にそれぞれ腰掛けた。

 と、そこに赤い服を着た少女の人形が茶を持ってやってくると、プリーニオは湯呑みを手にしつつ俺に声を掛ける。


「ま、何だよ。気を張らずゆっくりしてくれ」

「まるで我が家の様な振舞いだな」

「しばらくはここから出られないしな」


 そう笑う彼に呆れつつ、背もたれに寄りかかる。

 人形が去った後、プリーニオは茶を口にした後口を開いた。


「事前に桜宮(おうみや)の魔術師から聞いていたが……話ってのは、マンサクの事か?」

「ああ。いつ知り合った?」

「知り合ったというか、会ったのはこの間が初めてだ。多分ヴェーチェルに依頼されてここに来たんだろうさ」

「……」


 ヴェーチェルに依頼されて……か。それは取り調べの際にもプリーニオは話していたらしいが。

 俺は眉間を寄せつつも、黙ってプリーニオの話に耳を傾けた。


「残念だが。俺もあいつの事はよく知らねえよ。仲間どころか、あの日まとめて攻撃されたしな。……お前も見ただろ? それ」

「……」

「しかしまあ。何だ。俺もヴェーチェルに利用された様なものだが。あいつも何か弱みを握られてるんじゃねえの? そうじゃないと普通従わないだろ。あんなバーサーカは」

「……あいつは」


 俺の全てを奪った。家族も。村の皆も。助けてやったのにそれを恩ではなく仇で返したのだ。そんな奴に弱みなんてあるのだろうか。

 拳を強く握り締め、胸の中に漂う恨みを吐き出す様に低い声で呟くと、プリーニオは赤い瞳を細める。してぼそりと呟いた。


「あるんじゃねえの? それが一体何なのかは知らないけどよ」

「であれば、弱みではなく上手い話があるのではないか?」

「それもあるけどな。……ま、どちらにせよ。俺はそいつに同情しないけどな」

 

 そうプリーニオは言って、湯呑みに入った茶を飲み干す。俺は彼から目を離し、前に置かれた湯呑みを見下ろしていると、今度はプリーニオが訊ねてきた。


「そういやお前……その狐の面は自前か?」

「?……ああ、これか。そうだが」


 これがどうかしたか。と返しつつ狐の面を外す。するとプリーニオは小さく「なるほどな」と呟き笑みを消した。


「もしやとは思ったが……お前、ミサキ村の奴か」

「! ……知っていたのか」

「そりゃあな。何せあそこは神具などを作っている村だ。俺はそこまで詳しくはないが、舞踊などの道具でよく聞く所だから知っている」

「ああ、そういう事か」


 忘れかけていたが彼も一応は劇団の一員である。であれば、狐の面を見るだけで出身が分かるのもおかしくない話だ。

 膝の上に置いた形見代わりの面を撫でた後、俺は俯いたまま口を開く。


「今でも村を知ってくれている者がいるのならば、こちらとしては嬉しい限りだ。襲撃が遭ってからだいぶ時が経つからな」

「……どの位前の話だ。それ」

「襲撃か? 襲撃は……十年前だ」

「十年前……」


 十年前というと、丁度魔鏡(まきょう)領域ではラグナログ戦争が終わった頃だった。そして同時にヴェルダが力を持ち始めた時期でもある。

 あの年、村がマンサクによって滅ぼされた後。俺は魔鏡方面へと逃げ、そのままヴェルダに志願した。

 と言ってもそれはあくまで剣術を学ぶ為であり、特に国に対して忠誠心などはなく。いずれは外に出ようと考えていた。


「今となってはヴェルダのやり方には賛同できないが。昔は、世の中を全く知らないガキだったからな。ただ強くなりたいという理由だけで安易とヴェルダに入ってしまった」


 そう自分の事ながら呆れ混じりに呟けば、プリーニオはフッと笑い「いいじゃねえか」と返す。


「結果的には桜宮に来たんだから。ちなみに何でここに来たんだ? あの魔術師か?」

「まあ、そうだな。ライオネルについて来たからってのもあるが……一番は、ここにいた方がマンサクに出会える可能性があるからな」

「ふーん?」


 口角を上げつつ、プリーニオは頬杖をついてこちらを見つめる。俺は狐の面を顔に付けると、「そういう訳で」と椅子から立ち上がった。


「もう行くのか?」

 

 去ろうとする俺にプリーニオは目を丸くして言う。

 それに対して、俺は「まだやる事があるからな」と言って部屋を出ようとすれば、背後から肩を掴まれる。

 足を止め振り返れば、プリーニオがやけに笑顔になって言った。


「……何だ」


 不審に思いぶっきらぼうに返せば、プリーニオは掴んだ肩に肘を置き直しつつ小声で話しかけてきた。


「俺も、此度の件でアイツらに思う所がある。……だからこれを機に桜宮に付いても良いかなと思っているんだが」

「は?」


 桜宮に付くだと?

 突然の提案に俺は益々怪しむと、プリーニオは前に出て行く手を阻む様に立ち塞がる。その顔は先程と違い真剣な表情だった。


「言っておくが俺は本気だぜ。まあ、ある種の罪滅ぼしみたいな物だけどよ」

「理由は分からなくもないが、それは俺一人じゃ決められない。……それにまだヴェーチェル達と繋がっている可能性があるからな。せめて監視期間を過ぎないとそれは認められないだろう」

「ああ。それでも良いぜ」

「それでも良いって……流浪の旅団はどうするんだ」


 あいつらはあいつらでプリーニオの帰りを待っているのではないのか。

 そう思っていれば、プリーニオは眉を下げながら言った。


「ルッカを傷つけた上に、流浪の旅団の皆を危険に晒したんだ。もう、あの場所に俺が戻れる場所はねえよ」

「だが……」

「いいって。もう、離団の届けも出してきたし」

「なっ⁉︎」


 いつの間にと驚いていれば、プリーニオはニヤリとして言い返す。


「この事知っているのは、今聞いたお前とタルタだけだからな。正式に出るまで黙っとけよ?」

「黙るも何も……」


 面倒だから言わないが。それにしたって突拍子過ぎる。

 つい頭を抱えて息を吐けば、プリーニオは「よろしくな」と馴れ馴れしく肩を組んでくる。


「よろしくじゃないだろ。まだ桜宮に入れるとは言っていない」

「良いじゃねえか。遅かれ早かれ桜宮に付くのは決まってるんだからよ」

「だから…………ハァ」


 完全に桜宮に付く気満々の男に、これ以上何を言っても無駄だろう。

 もしかしたら監視期間中に心変わりするかもしれないが、離団届けを出した以上、相応の覚悟は決まっている筈。……だったらもうこれはアユ様に伝えておいた方が良いかもしれない。

 良くなった筈の体調が悪くなるのを感じつつ、渋々「一応報告する」と呟けば、プリーニオは今日一番の笑顔で「よろしく頼むぜ」と返したのだった。

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