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千神の世  作者: チカガミ
2章 桜宮の魔術師
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【2-18】黒狐の男

「偵察の指示はあれど、桜宮(おうみや)への攻撃まではまだ命令されていないはずだが」

「桜宮への攻撃……? 何を仰っているかよく分かりませんが、私はグラスティアの生き残りの中で怪しい気配がありましたので、それを牽制しにこちらへ来ただけですよ」


 さらりと嘘を吐くヴェーチェルに、ライオネルが「んな訳ないじゃん」と小さく愚痴を溢す。

 と、ブーリャはブーリャで苦言を呈した。


「グラスティアの生き残りに対する攻撃もまだ許可が下りていない。……此度の件は完全にお前の独断だろう? ヴェーチェル」

「……ええ。そうですね」


 渋々といった様子でヴェーチェルは息を吐く。して、認めた後、ヴェーチェルはこちらを見る。

 俺は眉を顰めれば、ヴェーチェルは小さく笑んで言った。


「ではまた会いましょう。朝霧(あさぎり)の次期当主さん。……ああ。そうそう。最後に置き土産として、お二人の居場所を教えてあげましょう。二人は天幕の裏ですよ」

「「!」」

「ヴェーチェル」


 ライオネルと二人驚く中、ブーリャは戒める様に僅かに言葉を強くさせる。して、険しい表情でこちらを見た後、剣を鞘に戻し、ヴェーチェル共々姿を消す。

 俺達はその場に立ち尽くしていたが、プリーニオ達の事を思い出すなり、急いで天幕へ戻った。


(しかし、朝霧の次期当主か……)


 あの男の口から出ると、どうしても信憑性に疑いが生じ得ないが、マコトの話も含めて前々から勘付いていたのもあり、今更言われた所で特に驚きはない。

 ただ、あの男は俺の正体だけに留まらず、続けて鬼村の事も言ってきた。それはライオネルを揺さぶる為だったのかもしれないが、それ以上にあいつの裏の顔とやらが気になってくる。


(それに、ブーリャとのやりとりを見ている限り、あいつはクリアスタルの中でも異質な存在ではあるんだろうな……)


 数日前のホムンクルスの襲撃はともかく、今回の流浪の旅団の事件に関してはヴェーチェルの独断の行動。


(以前まで他の国を転々としていた以上、クリアスタルとは別に考えた方が良いかもな)


 そう一人考えていると天幕に近づいた所で、風を着る音が聞こえる。

 その音に反応する前にライオネルによって地面に押し倒されると、周囲の木々が一斉に倒壊するのが見えた。

 ライオネルが俺の上に覆い被さる状態で辺りを見回すと、遠くから刀がぶつかる様な音が耳に入る。

 どこかで誰かと戦っている……?

 ライオネルが退き、俺はうつ伏せになった後身を起こすと、森の奥で響く音に耳を立てれば、再度奥から赤黒い刃が飛んでくる。

 それは先程よりも低くくそれぞれ左右に良ければ、またもや木の倒壊と共に砂煙や鳥が飛び立つのが見えた。


「このままじゃ、ここら一帯つるっぱげになるぞ」

「それは流石に困るね……」


 一応我が国の防衛システムだし。とライオネルは苦笑いを浮かべつつ言う。

 俺は土埃を払いつつ立ち上がれば、ライオネルを見て言った。


「お前、魔術で状況見えたりしないのか?」

「今してる。ちょっと待って」


 手で軽く制しながら、ライオネルはじっと奥を見る。

 魔術を使っているからか、両目がぼんやりと光を帯びる中、制してから間も無く呟いた。


「ウォレス……と、これは黒狐の……」

「黒狐? じゃああれが……」

「恐らく。黒狐の一族が扱える力だね」


 しかし、ウォレスと一緒にいるとなると急いだ方が良いのかもしれない。

 それはかつて、自分が復讐に駆られていた経験からきているのもあるが、仇相手に冷静になるのは中々難しい事だと思ったからだ。

 俺はライオネルに声を掛けると、「先に行け」と言って、顎でしゃくる。ライオネルは目を丸くした後「じゃあ」と言って、俺の左腕を掴む。


「?」

「多分、黒狐の力は魔術じゃ対象するのが難しい。だから、アンタの短刀の力が有利だと思う」


 だから。


 そう言った途端、景色ががらりと変わる。森の中で、一緒の浮遊感の後身体が落ちていけば、思わず「テメェ!」とライオネルに声を荒らげる。

 一方で下にいたプリーニオとフィルが唖然としてこちらを見上げると、落ちてくる俺から逃げる様にその場を離れた。


「っ」


 地面に落ちる直前、辛うじて木の枝に掴みしがみ付くと、ライオネルは道を挟んだ反対側の木の枝に華麗に着地する。


「もっと普通に移動しろよ……何で空中なんだよ……!」

「ごめーん! 座標間違えた!」


 肩で息をしつつ何とか枝によじ登ると、すぐそばで戦うウォレスと黒狐の半獣人の男の姿が見える。

 やはり苦戦している様で、ウォレスの方が遠目でも分かる位に負傷していたが、それ以上に気になったのが冷静を失って声を上げている様だった。


(やはりそうだとは思ったが、こりゃ早く間に入らねえと……)


 しかし、相手の攻撃が広範囲過ぎる。あの刃が次から次へと木ごと裂いていく中、どうやって近づく?

 隙を狙いつつ木の枝を飛び渡り近づいていけば、二人の姿を捉えた所で、ライオネルの声が響く。瞬間二人の動きが鈍った様に見えた。


(今か!)


 枝を思いっきり踏み出し、黒狐の男の背後に飛び降りる。気配を察知したのか、男が振り向けば、その前に短刀を振るった。


「ぐっ⁉︎」


 右腕を斬られ驚きと痛み混じりの声を上げると、男はその腕を押さえつつ、俺とウォレスから距離を取る。

 ウォレスは俺を見るなり「邪魔をするな」と叫ぶ。だが立つのもやっとで、足元にはおびただしい血痕があった。

 それでも男に近づこうとするウォレスに、溜息を吐きつつ歩み寄ると、短刀の峰を使って彼の鳩尾に一撃を食らわす。それによってウォレスは声を漏らすとその場に倒れる。


「ちょっとぉ⁉︎ いくら何でもやり過ぎでしょう‼︎」

「うるせえ。ここまでしねえとこっちが危ねえだろ」


 正気を失った奴にはこれぐらいが丁度良いんだよ。と、文句を言うライオネルに返す。それに対してライオネルは複雑な表情を浮かべつつ、倒れたウォレスに駆け寄った。

 ライオネルがウォレスの腕を肩に回した所で、俺はあの黒狐の男を見る。黒狐も流血をし続ける腕を抱えながら、こちらを睨むなり吠えた。


「っ、貴様……‼︎ 何故、その対神器を持っている⁉︎ ……いや、待て、その目は‼︎ な、何故……貴様がここにいる‼︎」

「……」


 狼狽える男に、俺は小さく首を傾げる。もしやこいつも俺が朝霧の当主だとか、そんな事を言うのだろうか。

 自分ですらよく分かっていないのに、敵側に色々と知られているのは、なんかこう……複雑な所があるが、それはさておき。相手が冷静さを欠いている以上、勝機はこちらにある。

 深く息を吐いた後、短刀を逆手に持ち構えると、身を低くして足を意識する。狙うは左手。命は取らないが、戦力は削っておきたい。

 ぐぐ、と足に力を込め、後退する男に向かって飛び出そうとする。と、ここまで困惑していた男の口角が上がるのが見え、上身を上げる。

 それはウォレスを連れて逃げようとしていたライオネルも気付いていて、ハッとするなり俺の名を呼べば、俺の視界から男の姿が消える。


「!」


 すぐ様気配を探るが、その時には既に男は背後にいた。


(しまっ……‼︎)


 振り向き様に後退する。その直後、男から放たれた赤黒い刃が顔の右側を掠っていった。

 髪と共に、瞼を切ったのか右側の視界が赤く染まる。すぐ様血を拭うが、そこで再び男の姿が消えていた。


(くっそ、あちこちいきやがって……!)


 右側が見えにくい以上、先程以上に反応が遅れてしまう。

 その度に受ける傷は軽いものだが次々と増えていく中、間近で風を切る音が聞こえ、身を翻す。すると、背中にいた男にぶつかり、首元に腕を回される。

 

「騙されたな」

「ッ……!」


 耳元で男が囁く。冷や汗が滴る中、男から離れようと短刀を握った腕を振るえば、男は笑って離れた。


「チッ、気色悪い……さっきまであんなに狼狽えていやがった癖に」

「思ったよりも弱かったからな」

「……弱い?」


 再度視界を奪う血を拭いつつ、男の言葉に対して険しい表情を浮かべる。男は俺の呟きに対し「そうだ」と返せば、自分の胸元を叩きつつ言った。


「先程から貴様は、狙いは鋭い割に最後で手を抜かして急所を外している。もしや、この世に及んで殺しを躊躇っているのではあるまいな?」

「そう望むのならば、そうしてやろうか」

「フッ、強がりはよせ。無理だって顔に書いてある」


 そう男は笑いつつ、滴る血を使って一振りの赤い太刀を生成する。それを握り大きく一振りすれば、その太刀の刃先をこちらに向けた。


「聖園守神の血を引きし、対神器を造る民ならば、ここで消すのも一興」

「っ」

「消されたくなければ、この心の臓を狙え。さもないと俺はお前が消え去るまで――」


 男の声が遮られる。同時に男の身が俺の背後から飛んできた魔弾によって撃ち抜かれると、男は目を見開いた後笑みを浮かべて倒れた。

 俺はぼんやりとしつつも、背後から現れたライオネルを見れば、ライオネルは静かに男に対して言った。


「今日はさっさと去りな。アンタの上司はとっくに帰ったよ」

「ククッ……少々やり足りないが、そうであれば仕方がない。だが、次会う時は貴様らの命はない」


 覚えておけ。男はそう言って黒い塵となって消えていく。

 夕焼けの光が差し込み、ざわざわと森の木々の葉が揺れる中、俺は短刀を鞘に収めた後、先程から物陰に隠れていたプリーニオとフィルの元へ歩んで行った。

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