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千神の世  作者: チカガミ
2章 桜宮の魔術師
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【2-17】花香る先で

 ライオネルと共に再び天幕に向かうと、天幕は妙に静まり返っていた。

 同時にあの人形から出ていた、梅の花の様な甘い香りがすると、二人揃って顔を顰めつつ、ライオネルが前に出る。


「まあ、さっきの人形に比べたら魔術発動なだけマシか……」

「これ、魔術なのか」


 道具だけでなく魔術まで同じ効果の罠を設置するとは。

 油断させて徹底的に嵌めてやろうという強い意思に、呆れを通り越して尊敬すらしてしまうが、一先ず術である以上対抗は出来る。

 握っていた短刀を天幕に向けて投げると、その放物線を中心に薄ら白く曇っていた視界が開けていく。

 同時に甘い香りも収まってくれば、ライオネルは「おお」と感心する様に声を漏らした。


「すごいねー、投げるだけで一気にクリアになるとは」

「術とはいえ、どうせ道具も使われているんだろ。元を壊さねえとまた曇るぞ」


 戦闘に集中すれば、香りに気付くのが遅くなる。出来れば戦闘自体避けたい所だが、どちらにせよその前に道具を壊して置いた方が良いだろう。

 ライオネルにそう伝え、天幕傍の木箱に刺さった短刀を引き抜き、そのまま天幕の中へ入っていけば、ライオネルは暗い天幕の中を見渡すなり、ある方向に向かって指を指す。

 そこにあったのは、先程森で遭遇した赤い人形。

 あの時はちゃんと見ていなかったが、よく見ると赤く長い髪に、魔鏡で見かけたドレスと呼ばれる赤い服を着ていた。


「壊しても良いよね」

「ああ。構わない」


 頷けば、ライオネルは右手に赤い光を浮かべる。してそれを人形に向けると、赤い光は弾の様に勢いをつけて人形に飛んでいく。


「……よし」


 バンと音を立てて、人形が分裂するのが見える。と、僅かに残っていた香りも完全に無くなった。

 改めて中を確認し、ライオネルを先頭に進んでいけば、天幕の中心で劇団の人々が重なって倒れているのが見えた。


「大丈夫?」


 走りより、ライオネルは屈強な団員の男を揺らすと、男は声を漏らした後瞼を開く。それから次々と団員が目を覚ました所で、俺達は彼らから話を聞いた。


「何があったんだ」

「プリーニオが……裏切った」

「裏切った?」


 どういう事とライオネルが俺の代わりに返せば、団員の男は顔を歪めて言った。


「あいつ、昔グラスティア侵攻で……想い人を亡くしていて。それでオアシスの奴らに復讐心があったというか」


 気まずそうに彼がライオネルを見れば、ライオネルもまた男と似た様な表情を浮かべる。

 だがその一方で話を聞いていた、一人の少年団員が声を上げた。


「でも、だからってあんな奴らと手を組むなんて……!」

「協力者がいるのか」

「ああ。……確か長い白髪の魔術師の男だったが」


 その人物の特徴に、俺とライオネルは顔を見合わせる。

 するとそこに、ウォレスが兵を引き連れやってくると、兵に指示を出した後こちらに歩いてきた。


「何が起きたんだ」

「どうやら先程茶屋で会った彼が裏切ったらしいよ」

「裏切った……?」


 怪訝な声を漏らすウォレスに、ライオネルは肩をすくめる。

 まあ茶屋でプリーニオと会ってから、そこまで時間が経っていない間の事で、その反応になるのも分からなくはないが、付け加える様にさっき聞いたばかりのプリーニオの過去を話すと、ウォレスは「ああ」と言って納得する。


「だからライオネルに対してあの反応だったのか……」

「まあ……恨まれてもおかしくない事はやっているからね」


 理由としては十分だとライオネルは呟く。

 ……とはいえ、復讐にしては随分とまあお騒がせな方法を取ったものである。


(ま、俺も似た様なものだが)


 喉まで出掛けていたその言葉を飲み込むと、胸の前で腕を組んだまま二人や団員達のやり取りを眺める。


「で、そのプリーニオは今どこに行ったんだ。例の魔術師と一緒なのか?」

「多分……フィルが追いかけていくのは見えたけど……」

「え゙、追いかけていっちゃったの⁉︎」


 団員の少年の言葉に、ライオネルは驚く。

 茶屋でのフィルの性格や二人の仲を見る限り、あり得なくはない行動だが、いくら何でも危険過ぎる。

 時間も事件が起きてからかなり経っており、ウォレスは救助中の部下に向かって声を掛けた。


「余っている者らはここら一帯を調査しろ。怪しい人物の影があればすぐ様報告する様に」

「はっ」

「了解」


 ウォレスに従う様に、桜宮(おうみや)の家紋の入った腕章を付けた男達が一斉に指示を出し合って動いていく。

 動きが早いなと彼らを目で追えば、ライオネルが「よし」と言って俺に声を掛けてくる。


「俺達も行こうか」

「そうだな」


 探す人手は多い方がいい。ウォレスも頷くと、俺たちは天幕を後にした。


※※※


 旅団の滞在する場所は桜宮方面に森がある他、反対側の龍封じの山脈に向かっては森を抜けた先に、ちょっとした草原の丘がある。

 天幕からここまで行くには多少距離があるが、事件が起きてからの経過時間を考えれば、辿り着いていてもおかしくないだろう。

 ライオネルと二人で辺りを捜索していると、突然背後から男の声が聞こえてくる。


「もしや私をお探しですか?」

「!」


 反射的に前に飛び出し振り向けば、そこにいたのは黒い外套や仮面で身を隠した銀髪の男。俺が飛び出したのに合わせ、前を歩いていたライオネルも振り向くと、男を見るなり目を開く。

 男は男で、ライオネルを見るなりフッと声を漏らして笑うと、「お久しぶりです」と挨拶をする。


「ここで会うのは三回目ですね」

「……やっぱりアンタか。そうじゃないかって思ったよ」


 ライオネルが低い声で返せば、男はまた笑って返す。して、今度は俺を見ると「初めまして」と言った。


「まさかこんな場所で朝霧(あさぎり)の次期当主様に会えるとは」

「朝霧の次期当主……?」


 ライオネルが疑問混じりに声を漏らした後、こちらを見る。俺は眉間を寄せると男に訊ねた。


「お前、俺の事まで調べているのか」

「ええ。縁あって、貴方の家の事はね。……ああでも。確か記憶が無いんでしたっけ」


 どこかの化け猫が襲ったせいで。


 男の言葉に、ライオネルは動揺する。そんな彼を俺は肘で小突いた後、舌打ちして短刀の刃先を男に向ける。

 俺の事を知っているのも気になるが、それ以上に知ったかぶりで(きさらぎ)村の事を言ってくるのが気に入らない。

 短刀を握りしめ男を睨みつけると、男はそっと仮面を外す。ただえさえ細い目をより細め、口角を上げると、男は胸に手を当てて言った。


「折角ですし、答え合わせをいたしましょうか。八年前の鬼村の襲撃事件。そこの魔術師を化け猫として向かわせたのはこの私ヴェーチェルです」

「ヴェーチェル……」


 ライオネルが名前を口にする。さっきよりは落ち着いているみたいだが、その表情はどことなく暗い。

 俺は横目で見た後、ヴェーチェルと名乗った男に視線を戻せば、短刀を握り直し口を開いた。


「何故、鬼村を狙った。ヴェルダ上層部の企みか?」

「ええ。それもありますし、ヴェルダにはかつてのオアシスの方々も多いですからね。オアシスを滅ぼしたのは他でもない鬼村の方々でしょう?」


 そう言われ、俺はヴェーチェルから視線を逸らす。

 と、ここまで黙っていたライオネルが怒り混じりに声を発した。


「オアシスがやろうとしていた事を考えれば、聖園守神(みそののまもりかみ)が彼らを動かすのも仕方がないよ。……それに」

「?」

「アンタは今回の件含めて、あの戦争を利用しているだけでしょ」


 ライオネルの言葉に、ヴェーチェルは楽しむ様に笑みを強める。そして手に持っていた仮面を地面に落とすと、それは白い霧となって消えていく。

 日が傾き、橙色に染まる草原に風が吹く中、俺達はヴェーチェルに対して更に警戒を強めると、ヴェーチェルは黒い外套を揺らしながら言った。


「他人の不幸は蜜の味……なんて言葉がありますが、私は他人の不幸を上から見下す様な下らない趣味は持ち合わせていません。それよりも絶望に満ちた彼らを救う事に旨味を感じるのです」


 だからこれはあくまで手助けです。


 そうヴェーチェルが言うと、ライオネルはより眉を寄せる。

 するとそこにもう一人人影が現れる。大剣を携えた黒髪の男。クリアスタルの龍狼の騎士・ブーリャだった。

 ブーリャもまた黒い外套を身に着けていたが、険しい表情を浮かべたままこちらにやって来ると、剣を鞘から抜く。


(次から次へと)


 ライオネルを見れば、ライオネルはブーリャを見た後再びヴェーチェルを見る。

 ライオネルがそちらを相手にするなら、俺はブーリャの方を相手にするべきか。

 短刀の刃先をヴェーチェルからブーリャに向けて構えれば、ブーリャは俺を見た後、深緑のマントを翻しヴェーチェルの方を向く。そして大剣を向ければ、ヴェーチェルと対峙していたライオネルが驚く。


「⁉︎」

「……おや」


 ヴェーチェルも笑みを消す中、ブーリャは俺達の前に立つ。意外な展開に俺達は唖然とする中、ブーリャの固く閉ざされた口が開くのが見えた。

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