【2-16】梅花の魔術師(プリーニオside)
桜宮に来る数日前。俺は領域の境にある森で、銀の長髪の男からある頼みを受けていた。
「桜宮にはかつて、グラスティアを滅ぼしたオアシスの残党がいます。貴方にはその方を消す手伝いをしていただきたいのです」
「オアシスの残党? 大半はヴェルダに移ったんじゃないのかよ」
そう返すと男は笑みを深くする。して、「一人だけ」と人差し指を立てつつ言った。
「オアシスの二柱と呼ばれた一人が居ます」
「二柱……?」
「ええ、あの二柱です。グラスティア侵攻の際に有名になったでしょう」
その人物を消していただきたい。男の頼みに、俺は怪訝に思いつつも「分かった」と返した。
何故怪しみながらもこの男の依頼を引き受けるのか。それは、彼がプラムの最期を唯一見ていた人物だったからである。
背中には剣による大きな切り傷。そして広範囲の火傷を負い、運ばれてきた際には既に息はなく。その手には俺が少し前まで書いていた脚本の続きがあったのである。
『貴方の脚本を守ろうとしたのでしょう。可哀想に。オアシスの兵士達にやられてしまうとは』
(……あいつらのせいで)
プラムは何もしていない。なのにあいつらは容赦なくプラムの命を奪った。――だから、俺は復讐を果たしたかった。
(あの日、俺の全てを奪ったんだ。この位許されるだろ)
たとえ周りから何を言われようが、この胸に抱いた激情を発揮出来ればいい。
「それで、何をすれば良い」
「そうですね……今回は貴方の他にもう一人依頼をしている方がいらっしゃるので、内側と外側でそれぞれ仕事していただきましょうか」
「内側……? ……まさか俺達の劇団を使って誘い込むのか?」
「ええ。そうです。けど、ご心配なく。貴方達の仲間に危害が及ぶ様なことは致しません」
男はそう言った後、顔を耳元に寄せる。
「ま、私はともかくもう一人はどうするか知りませんけどね」
「っ、お前……!」
前髪の合間から男を睨みつける。男は変わらず笑みを浮かべたままで、顔を離すなりこう言った。
「貴方は復讐さえ果たせれば良いのでしょう? いつまでも仲間を気にしていると、その復讐も果たせませんよ?」
「っ、それは、そうだが」
手を握りしめ俯く。そんな俺に男は更に呟いた。
「まあでも安心なさい。これまでに私の依頼で貴方の周囲が傷ついた事はないでしょう? それは今まで貴方が素晴らしい仕事をしてくれたからです」
「……」
「だから……此度も期待していますよ。梅花の魔術師さん?」
そう、肩を何度か軽く叩きつつ、男は言うとその場を離れていく。
一人残された俺は、いつの間にか手の中に握らされていた紙切れを見つめると、小さく舌打ちした。
※※※
決行当日。劇団内は明日の公演の為に、リハーサルが何度か続けられていた。
今回の公演は【白銀の王子と黒金の王子】。遥か昔からあると言われる有名な物語である。その話のあらすじは大体この様な物だ。
はるか昔、とある村に一人の白銀の髪をした青年がいた。彼は傭兵団の一人として活躍し、その強さと美しさから『白銀の王子』と呼ばれていた。
そんなある日、遠い国の依頼によりパーティの護衛を任される事になった白銀の王子は、そのパーティ会場で同じく王族暗殺を依頼された『黒金の王子』と呼ばれる黒髪の青年と出会う。
(黒金の王子……か)
王子と言われているが、実際の所魔術師だという説もある。姿は黒猫の様な黒髪に、宝石の様な美しい瞳。
歴代の配役を見る限り、ガタイのいい白銀の王子に対し、黒金の王子はある程度細身の青年が選ばれがちで、今回はルッカが選ばれていた。
(まあ、今回は白銀の王子も細身ではあるけどな)
ちらりとステージの端を見ると、半獣人の姿に化けたフィルの姿。ルッカより背丈はあるが、今までと比べると細身に感じる。
フィルはともかく、ルッカにとっては初めての大役で、気合いの入れ方も強い。故にこのまま何もなく計画を達成出来れば良いが。
ステージから目を離し、あの男から渡された指示が書かれている紙切れを覗き込むと、いつの間にか獣人姿に戻っていたフィルが話しかけてきた。
「あー……疲れたぁ。レプリカとはいえ、大剣持って戦うの大変だよー」
「それなりに重さはあるからな」
お疲れさんと、傍に置いていた水袋を渡しつつ、紙切れを隠す。フィルは水袋を受け取り喉を潤した後、背後から抱きついてくる。
「ねー、プリーニオー。これから休みだし、ちょっと城下町遊びに行かなーい? 甘いもの食べたいー」
「はぁ? 一人で行けよ」
「えー、一人だと寂しいじゃん」
お願いーと強請られ俺は息を吐く。
幸い目標時間まではまだ時間があった為、渋々フィルの我儘を受け入れると、周りを気にしつつも城下町へ向かった。
道中フィルに「ルッカは良いのか」と訊ねると、フィルは頷きつつ話した。
「夜の通しまでにもう少し練習したいんだって。初めての大きな役だし、張り切っているみたい」
「そうか。で、お前はいいのかよ。お前こそ大役だろ」
「俺は大丈夫だよ」
そう前に出るなり、にかりと笑顔を浮かべる。
流石我が旅団のスーパースターといった所だが、俺は鼻で笑うとフィルの頭を軽く叩く。
「いてっ」
「そう言って、また前みたいにミスするなよ」
通り過ぎつつ言えば、フィルが頭を摩りつつ「ミスしないもん」と声を上げる。
そんなちょっとした対話をしつつ、偶々目に留まった茶屋に入れば、角の席に案内され適度に様々な回転焼きを頼む。
「ちょ、プリーニオ。何頼んでいるの」
「何って、麻婆茄子味。気になるならやるけど」
「いやいい……あ、でもちょっとだけ気になる」
曲げた人差し指と親指で量を表しつつ、ソワソワとフィルは尻尾を揺らす。
少しして運ばれた回転焼きの中から、案内された麻婆茄子を手に取ると、それを半分に割った瞬間山椒の香りが鼻につく。
「うわ、辛そ」
「やめとくか?」
「えっ、う、うーん。どうしよ……」
唸るフィル。尾がかなり揺れていた。ま、そう言っていつも食うのだから決める前にフィルに半分を渡すと、フィルは恐る恐る口にした。
すると、別の席から辛さに悶絶する声が上がる。そして同タイミングでフィルも声を上げた。
「わーん! 口の中が燃えてる〜‼︎」
「大袈裟だなこの位。エメラルで食ったスパイシーチキンよりは辛くねえだろ」
「どっちも辛いよ‼︎」
舌を出しながら、フィルは泣き叫ぶ。そんなに辛いだろうか?
水水と騒ぐフィルに呆れつつ水を差し出す。その合間に手にしていたそれを食べ終えると、時計を見に行こうと思って長椅子から立ち上がった。
(お?)
立ち上がるなり、目に入ったのは昨日話を聞きに来ていた茶髪の青年と狐の面を着けた青年。その内の茶髪の青年と目が合うと、俺は瞬きした後「ああ」と言って歩み寄る。
「昨日来た兄ちゃん達じゃねえか」
「ああ。昨日は邪魔したな」
会釈しながら言う青年に、俺は笑って返す。
と、その会話が気になったのかフィルもやってくれば、青年が手にしていたあの麻婆茄子の回転焼きを見て、「うげ」と声を漏らした。
「お、お兄さんもそれ食べてたんだ。チャレンジャーだね?」
「選んだんじゃねえよ。貰ったんだよ」
「そんなに辛いか? それ?」
魔鏡の辛い料理に比べたらまだまだだと思うが。辛い辛いと呟く彼らに首を傾げていれば、茶髪の青年の傍にいた人物が口を開いた。
「辛いと思うけど」
(……あれ)
どこかで聞いた事のある声。その声の主に対してフィルが同情する様な表情を向ける中、俺は胸の中が騒めいていた。
飲んでいた湯呑みを下ろしつつ、苦々しい表情を浮かべる男。黒髪に赤と紫の色違いの双眸というその特徴的な姿は、一度出会った者であれば、強く記憶に残るだろう。
俺は目を細めると、男の前に立つなり静かに言った。
「お前……オアシスの魔術師か」
「……元ね」
俺の言葉に対し、魔術師もまた無表情で返す。
あの男の言う通り、オアシスの二柱の一人がいた。居たが、まさかここで会うとは思ってもいなかった。
(ちとやばいか?)
こちらの思惑に気付かれぬ様軽く返した後、ポケットに入れていた小袋を取り出し、フィルに渡せば半ば逃げる様に店の入り口に向かう。
「ぷ、プリーニオ⁉︎」
フィルが呼び止めようとするが、その前に店を出れば俺は走って劇団に向かった。
(くそ、何してんだよ俺)
動揺を隠そうと焦ったあまり下手な演技をしてしまった事で、かえって怪しまれたかもしれない。
何度も振り返りつつ、劇団までの森の道までやってくれば、道を塞ぐ様に現れたのはあの銀髪の男だった。
「計画前に何をしていたんですか、プリーニオさん」
「っ、あ……ちょっと、城下町に」
「城下町に。なるほど」
男は笑みを作りながら相槌を打つ。だが、その目は怒りに満ちていた。
冷や汗が止まらず足がふらつく中、俺は何とか返す言葉を探していれば、男の声が響いた。
「こちらとしては、あの魔術師さえ消せれば良い訳です。……なので、お気になさらず」
「っ……いや、俺は……!」
挽回する。するから、仲間を巻き込むのだけは……!
本心にも似た言葉が喉元まで上がってくる。だが、男は背を向けると姿を消した。
男が今からやろうとしているのは、自分にとって最善か。それとも先程から脳裏にチラついている、考えうる限り最悪な事か。
(……いや、んな事はどうでもいい)
とにかく今は劇団の皆がいる拠点に向かわねば。そう自分に言い聞かせて、俺は既に見えている天幕へ向かった。
※※※
足は攣り、喉や肺は裂けそうで、頭も酷く痛い。もしこの後悲劇が起こるとすれば、それは間違いなく自分の責任になる。
(そんなの、耐えきれない)
天幕に戻れば、仲間達が俺を見るなり「どうした」と声を掛けてくる。俺はそれらを無視し、外に向けて指を指した。
「お前ら逃げろ‼︎」
「ぷ、プリーニオ?」
「どうしたんだ急に」
「いいから早く逃げろぉ‼︎」
そう声を荒らげると、仲間達の顔が強張る。して遅れて天幕から離れると、俺は天幕の中に入る。
(何かするとしたらここか?)
客席に爆弾やら仕掛けたりしていないだろうか。 後は天幕を支える柱に細工などされていないだろうか。
客席や柱を見て周り、息を切らしながら周囲を見渡していれば、騒ぎを聞きつけたのか、ステージの裏からルッカが現れる。
「プリーニオ、何があったんだよ」
「っ、ルッカ⁉︎ お前こそ何をしてんだよ‼︎」
逃げろと言っただろうがと肩を掴んで言えば、ルッカは驚きつつも眉を寄せる。そして強く胸元を押され離れると、ルッカは口を開く。
「落ち着けよプリーニオ! 何か変だぞお前! ってかフィルはどうしたんだよ‼︎」
「あいつは店だ! それよりも劇団が危ないんだよ‼︎」
「……っ、だから何が」
そうルッカが声を上げれば、不意に俺はルッカの背後に目を向けた。
動揺で視界が振れぼんやりとする中、はっきりと形づいたあの銀髪の男。
過活動する脳がそれを「あの男だ」と認識した瞬間、俺は普段護身用に持ち歩いていたナイフを取り出し投擲する。
「っ⁉︎」
「はあ、はあ……」
辺りに自分の息だけが響く。滝の様に出た汗が、顎から滴となって落ちていく中、俺はゆっくりと顔を上げた。
「……」
視界が鮮明になり、ステージに向かって一歩二歩と足を踏み出す。と、どこからか微かな呻き声が聞こえた。
その声に意識が向けられ、続いて視界も声の主に寄る。銀髪の男が立っていたであろう場所には、その男の姿はなく。代わりに左肩口にナイフが刺さってうずくまるルッカの姿があった。
「っ、ぅ……」
顔を歪め苦痛の声を漏らすルッカに、俺は「は?」と声を出す。
どうして、ルッカが倒れている? ルッカは先程まで俺の目の前に居ただろう?
(まさか、見間違えた?)
そう理解すれば、引き攣った声が口から漏れ出しながら、俺は頭を抱えて膝をつく。
よりにもよって自分が仲間を傷つけてしまった現実に耐えられず俺は泣き叫んだ。




