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千神の世  作者: チカガミ
2章 桜宮の魔術師
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【2-13】天幕にて

 数日が経ち、桜宮(おうみや)の城下町の離れに大きな天幕が現れた。どうやら話に聞いていた流浪の旅団が来た様で、城下町は早くもお祭り騒ぎとなっていた。


「公演日は明後日だが、既に人が多いな」


 たまたま城下町を歩いている最中、見回りをしていたウォレスと合流すると、いつもより人気の多い通りを見るなり彼は話す。

 橙月よりは小さな国だが、宿屋はそれなりにある。時折会議の為他国から人が来るのもあるのだろうが、通りの店前に立て掛けられた旗を見る感じ、この時期特有の催し物もある様だ。


「桜祭り……か」

「“桜”宮だからな。例年桜の咲く時期になると人が多い」


 今はだいぶ散ってしまったがな。

 そうウォレスは言いつつ、通りの外に向かって歩いていく。俺もその後をついて行くと、段々と離れに建つ天幕が近づいてくる。

 フェンリルについて話を聞くならば、今が良いのではないか。そんなライオネルの提案もあり、ウォレスに案内されつつ傍までくれば、人の姿もちらほら見え始める。

 と、大きな荷物を運んでいた男達がこちらに気がつくと、会釈してやってきた。


「もしや、桜宮の?」

「ああ。ちょっと私用で聞きたい事があってな」


 ほら。とウォレスに背を押され前に出る。

 んな事しなくともちゃんと聞けるんだがと思いつつ、男達にフェンリルについて訊ねる。

 男達はキョトンとした後、顔を見合わせると、片方が「あー……」と声を漏らす。


「フェンリルさんならたまに会うよ」

「本当か⁉︎」


 思ったよりも早くフェンリルの情報が出てきた事に、俺だけでなくウォレスまで驚く。

 俺達の返しに男は頷けば、背後の天幕を指差しながら言った。


「ああ。詳しくはフィルやタルタさんが知ってる。奥で今稽古しているから行ってみるといい」

「分かった。助かる」


 礼を言って男達と別れれば、言われた通りに天幕へ向かう。その最中、男の会話に出てきたタルタについて、ウォレスが呟いた。


「そういやさっきタルタがいると話していたな。エルフの里から戻ってきていたのか」

「みたいだな」


 タルタとはオアシス以来だが、フェンリル以外にも色々話が聞きたい所ではある。

 無意識に急ぎ足になれば、天幕側の小屋に近付いてきた所でタルタの声が聞こえてくる。


「よし、今日はここまでにしようか。まだ移動の疲れが残っているだろうからね」

「だな。……けど、もう少し確かめたい所があるから、フィル後で付き合ってくれ」

「勿論!」


 明後日の公演に関しての練習だろうか。タルタ以外にも活気付いた声が聞こえてくる中、様子を伺いつつ天幕に入って行くと、舞台らしき高台の上でタルタ達が振り向く。


「キサラギさんにウォレスさん! 久しぶりだね!」

「ああ。エメラル振りだな」


 軽く手を挙げて言うと、タルタは舞台から降りてこちらにやってくる。と、その背後から狐の頭をした青年がやってくる。


「師匠お客さん?」

「ああ。……あ、彼はフィル・エリオット。狐の獣人でこの旅団のスター的存在さ」

「狐の獣人か。半獣人はよく見かけるが、獣人は初めてみた」

「今はあまり居ないからね」


 そう苦笑いしつつ、タルタは肩にしがみ付くフィルと呼ばれた青年を前に出す。

 半獣人は人間の姿に獣の耳と尾が生えた種族だが、獣人はそれよりも獣に近い姿をしている。

 全身に毛が生え、顔も獣のまま。二足歩行をしていたり、頭髪が長くなる所は唯一人間らしい所ではあるが。

 フィルはニコニコと笑むと、頭を深々と下げて「フィル・エリオットです」と挨拶をした。


「キサラギだ。そしてこいつはウォレスだ」

「よろしく頼む」

「よろしくお願いしますー‼︎」

「えと、それで今日は一体」

「ん、ああ……少しな」


 聞きたい事があると言ってから、改めて二人にフェンリルの事を訊ねる。すると二人は瞬きした後、「フェンリル⁉︎」と揃って声を上げる。

 その驚き様に、俺とウォレスは肩を跳ねると、タルタが両肩を掴んで聞いてくる。


「き、キサラギさんとフェンリルくんは知り合いなのかい⁉︎」

「い、いや、別に会ってねーけど……ライオネルの話でそいつの事が出てきてな」


 気になったから探していると返せば、タルタは「成る程」と言って納得する。と、ウォレスが胸の前で腕を組みつつ「珍しいな」と言った。


「他人に興味を持つとは……」

「人並みには持つが? 後まだ知り合ってそこまで時が経ってねえだろ」


 ライオネルといい、まるで長い間共にいる様な言い方をしているが。

 眉を寄せつつ返せば、タルタが苦笑しつつ言った。


「まあ、理由はともあれ。彼の話をご所望という事であれば教えるけど……その前に立ち話も何だし、場所変えようか」


 丁度良い紅茶もある事だし。とタルタは片目をパチンと閉じつつ言う。

 タルタに連れられ、天幕側のあの小屋に入っていけば、用意された木箱にそれぞれ座り、小さな高卓を挟みつつ話した。


「じゃあ改めて、どうぞ」

「ん……そうだな」


 一先ず居る場所さえ分かればいいんだがと伝えると、彼は「居る場所か」と言って顎に手をやる。


「彼は旅をしているからな……あ、でも梅雨に入れば神獣山(しんじゅうざん)には戻ってきているかも」

「神獣山? ラピスラの傍の?」

「ああ」


 俺の問いにタルタは頷く。その話に今度はウォレスがタルタに訊ねた。


「梅雨に入れば……って、毎年その時期に神獣山で何かしているのか?」

「うん、……ちょっとね。色々あったから」


 タルタは眉を下げつつ返す。色々あったと濁らせている辺り、話し辛い事情があるのだろう。

 そこには敢えて触れず、引き続き神獣山までの道を聞くと、タルタは少し離れた棚から地図を取り出して広げる。

 流石各地を旅しているだけあって、様々な道を知っている様だった。


「桜宮がここだとして、ラピスラは桜宮の対角線にある様なものだ。一応エメラルまで行って北上するか、桜宮の上にある猫屋敷(ねこやしき)寒凪(かんなぎ)を経由してからのグラスティアのある道を行く方法もあるけれど……」

「結構遠いな……」


 それこそ、エメラルに行った時の倍は時間掛かる気がする。それだけでもげんなりするが、ウォレスが付け加える様に、寒凪からグラスティアへ抜ける道を指差しながら話す。


「この道は通れなくはないが、正直推奨は出来ないな」

「道が悪いのか?」

「それもあるが……グラスティア近辺は魔物も多い上に、何より魔鏡守神の神殿がある。神殿にはヴェルダやクリアスタルの奴らも出入りしていると聞くからな」

「まあ、そうだね……」


 ウォレスの話にタルタも頷く。まあそうは言っても、エメラルまでの道にヴェルダがある訳で。

 そいつらに見つかるかどうかは、どの道を選んでも一緒な気はする。


(けど、安全性からしてやはりエメラル経由か?)


 エメラルまでなら船でいく方法もあるだろう。さてどうするか。一人迷っていれば、傍らで菓子を食いながら話を聞いていたフィルが口を開いた。


「師匠が飛んで運べば良いんじゃない?」

「……あ」


 その言葉に、タルタの翡翠色の瞳が見開かれる。ウォレスも「その手があったか」と呟けば、タルタを見た。


「まー、この公演が終わったら数日暇が出来るからね。時期的にもタイミングが良いし、それで良ければ運ぶよ」

「い、いいのか? というか、飛ぶって一体……」

「ドラゴンになって背に乗せて運ぶんだよ。一応僕竜人だからね」


 それだと一日足らずで着くよとタルタは話す。であればと、俺は頭を下げて頼むと、彼は笑顔で引き受けてくれた。

 こうして、フェンリルの話が一気に進んだ所で、俺達は一先ず天幕を後にした。

 日は暮れ始め、森の中が来た時よりも暗く感じる中、ウォレスと雑談を交わしていると、不意にウォレスがある方向を見て足を止める。


「……どうした?」


 声を掛ければ、ウォレスは返さず右手を腰に差した刀の柄に置く。その様子に俺も辺りに目を向けると、遠くの茂みの方で人影らしき何かが動いた気がした。

 それを追う様に見つめたが途中で見失うと、ウォレスが深く息を吐いて謝罪してくる。


「すまん。話を遮って」

「いや、別に良い。それよりも何だったんだ」

「知らん。だが、一応警戒はした方が良さそうだな」


 淡々と話し、ウォレスは刀から手を離す。何でもなさそうに見えるが、仮面の奥に見える彼の目は少なからず動揺している様に見えた。


(何を感じたんだ一体)


 時間帯的に妖の類が出てもおかしくないが、そういった恐怖は感じられない。寧ろ怒りに近いものだ。

 その感情を隠す為か、これ以降は一言も話さず、俺達は屋敷に戻った。

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