【龍封じの山脈にて】(龍の少年side)
龍封じの山脈にある桜の木は、殆どが新緑の葉に変わっていた。
陽の光に照らされ、時折風に揺れるそれらを見上げながら、僕は一人山を歩いていると、前の方から聖園領域から来たであろう牛車がやってくる。
その牛を荷台から操っていた男は、僕を見るなり牛を停めて話しかけてきた。
「おい坊。こんな所に一人で何をしているんだ?」
「ああ、ちょっとお使いに」
「お使い? こんな所までご苦労なこった」
そう男は言うと、荷台から降りてくる。して、懐から包みを取り出すと、それを開いて僕に差し出してきた。
「ほれ。菓子だ。たまには休憩しろよ」
「……ありがとうございます」
にこりと礼を言って、男の手から柏に包まれた餅を受け取る。それを見た男もにかりと笑って、僕の頭を数回優しく撫でれば、「じゃあな」と言って、牛車に乗って行った。
僕はその牛車を見つめた後、改めて手元にある柏餅を見れば、フッと笑って呟く。
「柏餅……か」
懐かしいなと思いつつ、柏の葉を取り餅を口に含む。
蒸された餅がもちもちとしていて、尚且つ中から感じる甘い小豆餡の味につい口元を緩ませれば、食べ終わった後葉を手放す。
その葉が風に乗る様に浮かぶと、空中で解ける様に消えていった。
息を深く吐き、そっと右手を袖の上から摩った後歩き始めると、また正面から賑やかな声が聞こえてきた。
そちらに目を向ければ、視界に入ったのは茶の長い髪を高い位置で一纏めにかざぐるまで留めた青年と、狐の面を頭に掛けた猫の半獣人らしき長い銀髪の少女。
二人は楽しげに会話をし、青年に対して少女は相槌を打つ様に三角の耳と、長い尾をそれぞれ動かして笑んでいた。
その様子を遠目から見つめていれば、青年と目が合う。
「おっ、こんな所に子ども……」
呟き、こちらに駆けてくるが、僕まで後数歩の所で急に立ち止まる。後から追ってきた少女も、青年と同じく近くまでやって来た所で止まれば、青年はその夕焼けの様な橙色の瞳を大きくさせて呟いた。
「お前……人間じゃないな。しかもこの気配、それなりに格のある神と見受けられる」
「……なるほど。貴方は分かる人なんですね」
そう言って、今度はこっちから歩む。して鼻を動かすと、ここの山に近い匂いがした。
(それに、隣の少女が身に付けている狐の面……見覚えがある様な)
そもそも、少女自身もただの半獣人ではなさそうだ。姿を見せているが、とても儚く力が弱く感じる。
察した後も、互いに無言のまま視線を向けて探り合っていると、青年が口元を緩ませ呟いた。
「失礼を承知でお伺いするが。お前は、この山の主か?」
「そうですね。確かにこの地に僕の身体はありますが……主というよりは封じられている存在なので、正確に言うとちょっと違うかもしれません」
「封じられている?」
「ええ。遠い昔に」
貴方も聞いた事があるでしょう?龍封じの山脈の言い伝えを。
そう彼に言えば、青年は顎に手をやった後「ああ」と思い出したかの様に声を漏らし頷く。そこまで話せば多分理解されるだろう。
両手を後ろに回し目を細めれば、青年は風で髪を揺らしながら静かに言った。
「じゃあ、オレ達の事も知っているんだな。あとあの襲撃の事も」
「そうですね。あれは確か十年前でしたっけ。ミサキ村の襲撃事件は」
「……」
ミサキ村。それを口にした途端、青年の表情は暗くなる。
その村は、ここ龍封じの山脈の山頂付近に存在し、村人の大半が神具を作る職人だった。
彼らの中には、唯一対神器を作れる聖園守神の子孫もおり、上層にあると言われている対神器は全てここで作っていた。
そんな村が襲撃にあったのが十年前。丁度隣の魔鏡領域では、オアシスが領地を広げようと躍起になっていた頃である。
噂ではそのオアシスが領地拡大の為、境目にあるミサキ村を襲ったという話があったが。
「もしやお二人方は仇討に魔鏡へ? しかし、オアシスはもう滅んでいるでしょう」
「いいや。オレ達はオアシスには興味がない。それに、あの時襲ったやつは魔鏡の奴らじゃなくて、身内の者だ」
「……身内?」
オアシスではないのか?
知らなかった情報に目を丸くすれば、青年は多少呆れた様子で腕を組みつつ話した。
「ま、かなり世間から離れていたし……生き残った奴も数人しかいないからな。知らなくてもおかしくはないが」
「……」
とはいえ、この山脈に馴染みのある自分が何故知らないんだ。そう言わんばかりに眉を顰める青年の視線に僕は逸らす。
気配だけで神だと分かるだけでも厄介だが、彼はそれ以上に察しが良い気がした。僕としては危害を加える気はなくとも、気付かれると都合が悪い事も多々ある。
視線を戻し、笑みを作ると「いつもは外にいますから」と言った後話題を変えようとして訊ねた。
「それで……その犯人とやらの目星は付いているんですか」
「一応各地で目撃情報があるからな。だが、あいつはただの狐の半獣人じゃない。術師で長寿だ」
「狐の半獣人……そして術師で長寿ですか」
「何か知らないか?」
青年に言われ僕は記憶を遡る。が、残念ながらそれだけじゃピンと来なかった。首を傾げつつ、「他には?」と聞くと青年の代わりに少女が呟く。
「彼は……マンサクは赤黒い刃を飛ばす術を使っていました。故に災厄の術師とも」
災厄の術師。その言葉を聞いた瞬間、頭にある一族が浮かんだ。
橙月にいると言われる黒狐の一族。その一族の男児のみが代々受け継ぐと言われている災厄をもたらす力。特徴としてその術は目に見えた力全てが赤黒く見える。
二人の探す特徴からして、その人物はほぼ黒狐の一族の人物で間違いないだろう。ただどうしてミサキ村に居たのかは不思議な所だが。
「災厄の力を扱える一族は、橙月のモミジ山から出ないと言われていますが、何故彼はミサキ村に」
「マンサクは黒狐の一族から追い出されているんだ。だから、身寄りがないからミサキ村に居たんだが」
「恩を返すどころか、逆に仇で返され滅ぼされたと」
「ま、そういう事だ」
青年は目を伏せて淡々とした口調で返す。
折角受け入れた村を滅ぼす以上、追い出された理由も何となく分かる気がする。
ふうと息を吐きつつ眉を下げれば、青年は目を開き胸の前で腕を組んでいった。
「という訳で、今後ももし何か情報があれば教えてくれないか。お前とはこれからも会いそうな気がするし」
「そうですね。近いうちにまた会いそうな気がします。その時に何かあればお伝えしましょう」
では。と笑って会釈した後、聖園に向けて歩いていく。……その際、彼らに見られない様後ろに回していた手を前に出すが、背後から感じる気配は動く事なく。やがて間を置いてこちらに歩いてくるのを感じた。
(あーあ。気付かれましたね。これは)
自分もまだまだだなと思いつつ、僕は彼らから距離を離す様に駆け出すと、地面を強く蹴って空に跳ぶ。して龍の姿になると高く登った。




