情緒
晩秋の夜中、オオスは珍しく人里をぶらぶらしていた。
オオスは次回の紙芝居であることを考えていた。
もうすぐ冬である。観客は中々紙芝居には足を運べなくなる人も出てくるかもしれない。故に紙芝居を減らしてその分を執筆活動に専念したかった。
自らの本で読書の秋ならぬ読書の冬を過ごしてもらうことで無理な外出を控えて貰う事が目的だった。何より冬の夕暮れに紙芝居をして帰り道に不幸があったら目覚めが悪い。
考えが煮詰まったオオスは普段紙芝居をやっている空き地なら何か思いつくかもしれないと思い、そこへ向かった。
オオスは空き地の丸太の上で腰掛け延々と考えていた。
一人で酒を飲みつつ漠然としているとふと外の世界に思いを馳せた。
物心つく頃には生きることすら否定され、それでもなお抗い続けた幼き日々。
あてもない答えを求め彷徨い続け、救った人々にすら幾度となく裏切られ続けたが気にしない。否、気にしていてはとっくの昔に死んでいた。
だからこそ、たった一人であろうとも理不尽に抗い続けた。
そして、求めた答えは確かに死を覚悟した直前に手に入れられた。
外に帰りたい気持ちは今でも強い。だが、それはただの自己満足に過ぎない。
今、幻想郷の紙芝居屋としての生き方の方が充実しているのではないだろうか。
そう思ってしまうのは堕落ではないか。オオス・ナルガイという偽名で己を偽り欺いている今の方が幸せならば、帰る気がなければ偽名等最初から使わなければ良かった。
…オオスはそう考えてしまう自分が許せなかった。
「オオス。オオス!」
誰かに揺さぶられている。オオスは自分がどうやら寝ていたようだと悟る。
生まれてこの方こんな失態をしたことはなかった。
頭を切り替えて感謝の言葉を述べようと誰か確認しようとした。
「オオス、大丈夫か?」
慧音だった。心配そうな顔で自分を見つめている。
「ああ、申し訳ない。ありがとう。大丈夫だ。…悪酔いをしてしまったようだ」
オオスは慧音に謝罪と感謝を述べる。
「普段は私の愚痴ばかり聞いて貰っているからなお相子だ」
慧音はそう笑ってオオスの隣に座る。
「いや、全くだ」
オオスは笑う。これくらいの軽口は叩ける程度には仲良くなったつもりだ。
「そこは否定しろ!全く…」
慧音は呆れたようにオオスを見る。銀髪が月夜に輝いて見える。
オオスはそれが美しいと思った。だが、それを慧音には言えなかった。
「ああ、なるほど…どうやら自分にも情緒的な感情があったらしい」
オオスは仙人が行うという過去を追体験する修行を思い出した。
今まで無意識に本質と向き合うことを避けていたが、パチュリーとの会話や八雲紫との対話で枷が外れかけていた。それが酒で更に深化したのだろう。
「なんだそれは」
慧音はオオスの言うことの意味がわからないのか苦笑する。
「知的生命体にとって至上の命題だ。感情というモノは時として悪にも善にもなりうる。
それがわからないものが振り回すと大抵碌でもない結果を生む」
オオスは慧音が聞いていないだろうとお構いなしに自分自身に言語化して反芻する。
「何だ。また哲学か?」
慧音はオオスが偶に酔うと同じような説法をし出すのでまたも苦笑した。
「…すまない。つい」
オオスは慧音に謝罪する。介抱して貰った身で余計な事をしてしまった。
「悩みがあるなら相談に乗ると言っただろう?良かったら聞くぞ」
慧音が胸を張って言う。最初以外全部慧音の愚痴ばかり聞いていた気がするとオオスは思った。口には出さないが。
「いや、解決した。良く考えたら紙芝居は冬季はやりません。
その代わり本を執筆予定なので是非読んでください。それだけで良いんだ」
オオスは自分が考えた最善の答えを口に出した。
「ハハハ」
慧音がオオスを笑った。
「何かおかしなことを言ったかな?」
オオスは慧音に首を傾げて言った。
「いや、お前もそういうことで悩むのだなとな…。
そうだな…安心したんだ」
慧音はオオスに笑みを浮かべて言う。
「そうか…そういうものなのか」
オオスは初めて何かが理解できた気がした。
それはオオスには言語化できなかったが、強いて言えば“共感”というものだと思った。




