男爵子息の事情Ⅰ
久々でーす。白髪少年の事情を半端に上げますw
まるで森の化身だと一目見て、思った。
苔蒸す黒岩が散りばめられた深林の清浄な岩清水のように清浄な気を濾過した存在のようだ、なんて夢見勝ちな母さんじゃあるまいし、物語の登場人物は所詮絵本や神話の中の幻像に過ぎない。目の前の彼女はただの狩人。お伽噺の人外ではなく只の人間で、耳の形から精霊種ですらない。この出会いは別段ありふれた物で、何も特別な事なんてないと言い聞かせるように脳内で状況を整理した。
亡き祖母は王国から国外追放された高位の神官だったと聞く。半世紀以上も前の話だけに当時の様子は口頭か文書にしか残っておらず即ち、腐敗した貴族社会の有り様は当時の生き残りしか分からないのだ。ただし、殆ど残らず賢王により粛正されただけに国外追放者ぐらいしか生き残りがいない。
旅の最中、強襲に合い、僕を庇ってケインツが矢傷を受けた。しっかり殺すつもりだったらしく毒矢だった。
隣国から来て土地勘もなく解毒草が必要な自身は、まだ若い狩人だろう彼女に森で出会った。時間を掛けず特殊な解毒草を入手する方法は彼女に助力を乞うしか解決案がほぼ見当たらない。
戦闘経験が浅く、余り乗り気ではない彼女を悪いと思いながらも洞窟に引き込んだ。
虫の群衆の中、弓を構え、前を見据えた女性の濡れた深海の瞳。漆黒のグリフィンの濡れ羽根のように艶めく黒髪。凛とした立ち姿が一枚の絵画の主役のようで、火矢を放つ横顔が記憶に焼き付いた。
ごめんケインツ…。君の命が掛かってる一大事なのに、まるで兄さんみたいに女の子に気を取られて…。
旅の始まりは次兄とラゴーの二人とだったが兄は唐突に抜けた。異性を追って消えたんだろう。街の店屋で働く娘や街道で出会った女性や屋敷に立ち入る幅広い女性に始終弛い顔をして冷たくあしらわれている、それもしょっちゅう…。そんな兄だけに諦めた。ああはなりたくないと腹が立つ反面、自分だけでも役割を全うしなければ、と気負った。背負わなければならない理由が我が家には確かにあった。
それぞれ異なる事情があるパーティーにスゥが加わった。
ラゴーは彼女を警戒していた。城に侵入して兵士に手配されている。本名かは分からないが名をアース。目尻を愛想程度に下げた様子に悪意は感じない3歳年上の変わった人だ。
言葉遣いは砕けているし気安い。火を着けたり、食材を捌いたり、日常生活は大雑把に問題無く、そこそこ博識で薬草を見分けたり地形から生息する魔物や特産品を言い当てたりするのも狩人としては違和感はない。家は出会った森ではなく王都にあるという。
最初に違和感を覚えたのはここだった。出会った時、複数の獲物を運び狩りをしている風体だったが、街人というには俗世から切り離されている。世間知らずのスゥは掴みところがなくて時々ぽやんとしていた。
金品に対しての関心が薄すぎでちょっと引いた。金遣いが荒いとかでなく、見付けた宝石を易々と僕にくれた件で…。一ヶ月は余裕で遊べる額の宝石をそれと知りながら自分には必要ないものだと。……。
物の価値は把握しているのにどうしてこうなった?
男爵家の家計は火の車なので助かるが、彼女がいつか騙されないか不安になったのはちょっと内緒だ。
旅を重ねていけば、出国が単純な理由からではないのだと何となく予想できた。行動には理由が伴う。深く、深くスゥの話を掘り下げていくと曖昧ながら恩人が罪人である理由を探っていると教えてくれた。
その罪人は未だ王城に?
答えず、切なげに視線を落とした狩人は「知りたいだけ」と諦めたように笑う。相手は既に他界したか、長く牢に拘留されているのだろう……と寂しそうな様子から深読みする。
だが、思考の一部は、もしかしたら彼女もーーーー世の流れに翻弄された家系の血筋なのかも知れない、とその可能性を追う。
近隣の内戦事情に無言を貫く王国民。他国の不穏を理解しているからこその平穏無事ーーー北西部の内戦は激化する一方だ。
禍の芽は王国で芽吹く。
ソラスタは覚えて間もない魔法で彼の肩のかすり傷を癒やす背後の狩人の指先を眺めた。彼女を己の目で見て考えてくれる人だと感じたからこそ、封じられた魔物の事を話した。
信頼できる、筈だ。
力を貸してくれる、筈だ。
まだ僕と共にいてくれる、筈、だ。
独善的で、独り善がりだと頭はストップを掛けた。理性を薄れさせてしまう程に距離は近すぎて、拒み難くて。甘えてしまいそうで恐い。……でも。
狩人を見る目に、熱が籠った。
理由は未だ分からない。
。




