第八話 深まる
アンジェリカは、鍛錬したり、乗馬を楽しんだりしながら辺境伯領で本来の自分を取り戻していった。そして婚約解消で傷付いた心も、ゆっくりと癒えていくのをアンジェリカは感じていた。そのことについては、ラッセルの果たしている役割は大きい。
(最近のわたしは……リッキーのことを思い出すよりも、ラッセルのことを考えている時間のほうが長いわ)
逞しく育った黒髪の幼馴染は、粗野ではない。優しくて頼りがいのある男性になっていた。周りからの信頼も厚い。再会は偶然だったかもしれないが、その後の交流の多さは周りも意図的に仕向けているのだとアンジェリカは感じていた。
(ラッセルは騎士だし、爵位はない家の出身だけれどお父さまも騎士。それに爵位のない家とはいっても、貴族の家であることは変わりない。お父さま……いえ、お母さまのご実家が伯爵家だったかしら? 貴族のつながりは難しいわね)
だからアンジェリカは欲張ったりせず、バランスのとれた身分の婚約を受け入れていたのだ。リッキーの家は手堅く運営されていて、没落する可能性も少ないのをアンジェリカは知っている。
だからといって、爵位にこだわりすぎる必要はない。相応しい爵位がなければ、結婚する時に相応しい家の養子になればよいだけだ。その後のお付き合いもあるため、便宜上の養子といっても選定は大切になる。爵位が上だった、力のある家の場合には、それに見合った情報が入ってくる。だからよほどのことがない限りは選択ミスをする心配はない。そもそもラッセルの場合には、騎士であることで爵位はなくとも身分は保証されている。
(それにわたしが辺境伯家の養子だからといって、わたしの産んだ子どもが辺境伯家を継ぐとは限らないわ。わたしはわたしが幸せになれる結婚がしたい)
その相手としてラッセルは相応しいと、アンジェリカは思った。そして周りもそう思っている様子だ。
(婚約解消したばかりで早いような気がするけれど、わたしは幸せになりたい)
アンジェリカは幼馴染であるラッセルと親交を深めながら思った。
ある日の夜。夕食の席で祖父がアンジェリカに話しかけた。
「アンジェリカ。表情もだいぶ明るくなったようだが、最近はどうだ?」
「はい。楽しくやっております」
アンジェリカは内心(きた!)と思いながらも澄ました顔をして答えた。
「そうか。楽しいのならいいな。お前には期待している。若い女性の発想で辺境伯領を盛り立てて欲しい」
「はい。ここは国境を有する場所ではありますが、王都から近いですし。色々と発展のさせようがあると思っています」
「頼もしいな」
アンジェリカの言葉を受けて、祖父は嬉しそうに笑った。そして再び口を開いた祖父は、アンジェリカの思った通りの提案をした。
「そこで相談だが、少し早いけれど新しい婚約者としてラッセルあたりはどうだろうか?」
アンジェリカは二つ返事で了承した。こうしてアンジェリカは、頼りがいのある新しい婚約者を手に入れたのだった。
正式に婚約をしたふたりは、一緒にいる機会が増えた。アンジェリカに常に寄り添うラッセルは、まるで専任の護衛のように見える。
「アンジェリカさま。本当にオレなんかでよかったんですか?」
ラッセルが不安そうに聞くので、アンジェリカは笑って「あなたがいいの」と答えて彼のよく日に焼けた頬へキスをした。そして彼の肌が赤く染まっていく様を楽しんだ。




