第六話 大歓迎
王都を出ると途端に道は険しくなる。王国はそれなりに広く、大きい。しかしインフラがそれなりに整っているのは王都だけだ。だから領地を持った貴族でも基本的には王都に住んでいる。辺境伯である祖父も平和な時代である今は、領地と王都を半々くらいの割合で生活していた。
「王都から近い辺境伯領とはいえ時間がかかるからな。途中で食事休憩でもとるか?」
「いえ、お爺さま。男爵家の料理人がお弁当を用意してくれましたし、食事は馬車のなかでも摂れますわ」
「はは。相変わらずアンジェリカは丈夫だな」
「そんなことはありませんわ。普通の令嬢並みです」
祖父が何を笑っているのか承知のうえで、アンジェリカはツンと澄まして見せた。
「子どもの頃から男児並みの鍛錬についてこられたからな」
「それはお爺さまが面白がってわたしを鍛えたから……」
アンジェリカは苦笑を浮かべて言葉を濁した。祖父はお気に入りの孫娘に、男児のような鍛錬をさせた。お転婆だったアンジェリカは楽しく体を動かしていたが、あとから聞いた話によると他の家族は冷や冷やしていたそうだ。
「はは。お前は怪我をするような間抜けではなかったからな」
「それはそうですけれど。令嬢はおしとやかにしているものですし、顔に傷でもつけたら大事になっていましたわ」
アンジェリカは祖父の言い分にコクリとなずきながらも、貴族女性のたしなみといった風に苦情を述べるような口調で言った。
「アンジェリカは剣の腕前もなかなかなものだし。男の子だったら、早々に養子として迎えておったわ」
「もう、お爺さまったら」
ウンウンとうなずきながら真面目な顔をして言う祖父をみて、アンジェリカは笑った。
馬車は止まることなく走り続け、屋敷の料理人が作ったお弁当をアンジェリカは祖父と共に馬車のなかで平らげた。馬車はそれなりに揺れるし、貴族女性として恥ずかしくない程度に美しく姿勢を保っていると、乗っているだけでも体力が必要だ。普通の貴族令嬢ならば熱が出てしまうほと消耗するであろう行程を、アンジェリカは辺境伯として名を馳せた祖父と同じように難なくこなしていく。
「もう少しで辺境伯領へ入るが、屋敷まではまだ一時間以上かかる。少し休憩しようか?」
「お気遣いありがとうございます、お爺さま。でもわたしは大丈夫です。刺しゅうでもしながらなら酔うかもしれませんが、わたしは窓の外を眺めているだけでもの。平気です」
アンジェリカは大人しく馬車に揺られていたが、小窓の外に見覚えのある景色が広がっているのに気づいて声をあげた。
「ああ、見えてきた。辺境伯領に来たのは久しぶり!」
「はは。アンジェリカが王立学園へ入学してからは、忙しくて遊びに来る暇もなかったからな。何年ぶりだ? 三年くらいか?」
「五年ぶりよ」
祖父が陽気に笑いながら聞いた質問に、振り返って笑顔で答えたアンジェリカは、再び馬車の小窓から外へと視線を向けた。祖父の治める辺境伯領は、王都から一番違い場所にある国境でもある。他国との交易のかなめとなる場所ではあるが、山脈側にあるのでさして栄えてはいない。とはいえ国防上は大切な場所であるため税制の優遇などを受けていて、不便はない田舎の風景が広がっている。
「ここは変わらないわね」
アンジェリカが溜息まじりにつぶやくと、祖父は笑った。
「はは。このあたりは王都と比べたら、のどかに見えるからな」
そこで言葉を切ると、祖父は真面目な顔をした。
「とはいえ変わらなさ過ぎては困る。領民には豊かになって欲しいし、寂れた国境は攻め込まれやすい。お前がこの領地を改革してくれていいのだぞ」
祖父が真剣に言うので、アンジェリカは逆に可笑しくなって笑った。
「もう、お爺さまったら気が早いですよ。わたしが養子に入る手続きも、まだ済ませていないのに」
「はは。それだけお前に期待しているということだ。馬鹿な子爵令息が婚約を解消してくれてよかった」
「お爺さまったら」
アンジェリカは大きく開いた口を右手のひらで隠しながら、祖父へ呆れたといった視線を向けた。祖父は上機嫌で笑っている。
(本当にわたしの婚約解消を喜んでいるみたい)
アンジェリカとしては複雑な気持ちではあったが、リッキーの気持ちを繋ぎ止められなかったと責められるよりはマシだ。
「はは。人生は長い。とはいえ、あんな愚か者に気持ちを乱されるような時間は無駄だし勿体ない。アンジェリカは、ここ辺境伯領で好きにやりなさい。金はないが、土地もあるし、信頼できる使用人たちもいる」
「はい。ありがとうございます、お爺さま」
祖父に励まされて、アンジェリカは前向きな気持ちになった。
(リッキーさまとの婚約は無しになったけれど、結婚だけが人生ではないもの。わたしはココでできることをしましょう)
アンジェリカの気分は上がった。それは屋敷への到着で更に拍車がかかった。祖父のエスコートで馬車から下りたアンジェリカを、屋敷の使用人たちが満面の笑みで迎えてくれたからだ。
「おかえりなさいませ、旦那さま。アンジェリカさま」
「わたくしたち使用人一同、お嬢さまの到着を心よりお待ち申し上げておりました」
「アンジェリカさまの元気なお姿を拝見できるのを楽しみにしていました。美味しい物を沢山用意してありますので、たっぷり食べてますます元気になってください」
「お肌や髪のお手入れは、わたくしたちにお任せください。香りのよいバスソルトも用意してありますよ」
執事にメイド長、料理長に侍女と一同が目を輝かせてアンジェリカを迎えてくれた。
「ふふっ。ありがとう。よろしくおねがいするわ」
アンジェリカは、空が赤く染まっていく気配を感じながら、未来へと心を躍らせた。




