第三話 アンジェリカは結婚ではなく養子に行くことを選ぶ
「お爺さまの養子になる?」
「ああ。お母さまのお父さまの娘になる、というのは不思議な感じがするだろうが、貴族の間では普通に行われていることだ」
春の午後。アンジェリカは父に話があるからと書斎に呼ばれた。そして応接用の椅子に腰かけたところで父から驚きの提案をされて、アンジェリカは戸惑った。
「アンジェリカ。お前はすぐに婚約や結婚を考えたくはないのだろう? お爺さまの養子になれば、余計なことは考えずに済む」
「でも……養子なんて……」
「ん。正確には跡取り娘だな」
「えっ?」
(わたしが辺境伯家の跡取りに?)
アンジェリカは驚いて父の顔を穴が開くほど見つめた。父は少し痛いところに触れたような苦し気な表情を浮かべて事情を説明する。
「我が家から養子を出すというのは、お前のお母さまと私が結婚する時に決めたことなのだ。……アンジェリカのお母さまは、辺境伯のひとり娘だからね。でも……私たちはどうしても一緒になりたくて。当時としては珍しく、私たちは恋愛結婚だったからね。王立学園で知り合って、どうしても離れたくなかった。もちろん、生まれた子どもたちとも離れたくなかったよ。でも子どもは成長して、親元を離れていくものだからね。養子へ出すにしても、王立学園を卒業した後、本人も承知のうえで、という話だったのだよ。お母さまの実家は辺境伯家で、貴族の子が継ぐには悪くない家柄だし。何人産んでも将来に困らないと、お前のお母さまは笑っていたよ。……あぁ、でも……あまりに早く、彼女は亡くなって……私は子どもたちを手放すことを躊躇った。それはお爺さまも理解してくれていて、お前たちのうち誰かの子どもを養子にしようという話にもなっていたのだが……」
「まぁ、そんなお話が? わたしは知りませんでしたわ」
少し遠い目をした父がポツリ、ポツリと話すのを聞いて、アンジェリカは眉をしかめた。
(お父さまもお母さまを亡くした悲しみで言い出しにくかったのかもしれないけれど。事前に話しておいてほしかったわ)
父は溜息をひとつ吐くと説明を続けた。
「ん……そうだろうな。上の子たちには話してあるが、お前はお母さまが亡くなったときには幼かったし。何しろ相手は辺境伯家だ。養子に出せば出世になる。親としてぜひにと望むこともあるだろう。だからと言って、そんな話で兄弟げんかして欲しくはない。それに出世のためだからといって、子どもをホイホイ養子へ出すような人間に育てたら、お前たちのお母さまに怒られてしまうから……まぁ、お前が知らなくて当然だ」
父はアンジェリカに話しながらも、提案内容そのものには、まだ迷いが残っているように見えた。
(お父さまったら。わたしが婚約解消されて傷物になっても、まだ養子に出すことには迷いがあるみたい)
アンジェリカは内緒にされていたことに対する裏切られたような思いと、父の愛の両方を感じて複雑な気分になりながら口を開いた。
「いずれにせよ、わたしは家を出なければならないのですもの。結婚して妻になるのも、お爺さまの養子になるのも同じだわ」
家を出ることに変わりはないとアンジェリカは思ったが、父にとっては違ったようだ。父は慌てた様子で言う。
「そんなことはないよ、アンジェリカ。嫁に出したとしても、辺境伯家の養子になっても、お前は私の大事な娘だ」
「お父さま……」
向かいの席から身を乗り出した父の手が、膝に置いた自分の手の上に重なるのを感じながら、アンジェリカは自分が愛されていることをじんわりと感じていた。




