238. 最後のバーで全てが繋がる。 The Last Bar Connects Everything.
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「なぁ……エレクトラ、お前の計画には……エゴペーが死ぬことは含まれて……いなかったよな……?」
夫の問いに妻が大袈裟に驚く。
「オイオイオイ!何度も言ったろ!ありゃあ不慮の事故だ。まさかアイを護る為にエゴペーが命を賭けて“誓い”を立てるなんておれがどう予想できる?
それに寿命を代償とする遺骨のの心で寿命を使い切るなんて考えもしなかった。」
「そう……だよな。」
「何度もそう伝えたろぉ?」
「なぁ……エレクトラ……お前は今、娘の……エゴペーの死を……悲しんでいるか……?」
夫が確かめるように問う。
「……当たり前だろ、アイならともかく……あいつはお前似だ。……愛してたさ。」
身体はあのクソ売女似だがなぁ……とエレクトラは心のなかで独りごちる。
娘の死に悲しみやつれてうらぶれたオイディプスの前に立ち、座り込んでいる夫にエレクトラは口吻を落として、抱きしめる。
「愛してるぜぇ……おれだけのオイディプスよ。」
エレクトラの表情は夫には見えなかった。
◇◆◇
ある男が夜更けのバーに入る。
するとバーの客の大勢から声をかけられ握手を求められた。
かけられる声はそう、
『カラコーゾフ万歳!』だった。
その男が目をカウンターにやると薄暗いバーの中でその場所だけ発光しているかのように見えるほど、白く美しい肌が見えた。その者の愁いを帯びた横顔あまりの美しさに、バーの住人は誰もその一角には近づけなかった。
「よぉサクラちゃん、どうしたんだい?
こんな夜更けにバーに誘い出すなんてさ。」
「お待ちしておりました、カラコーゾフ先輩。」
「ひょっとして俺のことを誘ってるの?
そりゃあ世界で一番美しいといわれる君の誘いなら断れないけどさ。」
カウンターに腰掛けたアイの左にドミトリー・カラコーゾフは腰掛けた。
「最近だと、カラコーゾフ家はとても評判がいいとか?」
「ん?あぁ、馬鹿妹のアヴドーチヤがやったことが辺境伯派の連中には公王派に一撃を加えたように写ったらしくてさ。なかなか過ごしやすくなったよ。元々は公王派だったカラコーゾフ家は肩身が狭かったからね。」
「カラコーゾフ先輩、何か注文しては?
もう先輩はお酒が飲める年でしょう。」
「ん?あぁ、そうするか。じゃあ俺はピニャコラーダを一杯この子には――」
「――プレリュードフィズを、と言いたいところですがわたくしはまだ未成年です。」
「――じゃあこの子にはミルクでも一杯。」
カラコーゾフがニヤニヤといつものように意地の悪い笑みでアイを誂う。
「サクラちゃんはまだ身長も小さいお子ちゃまだからお酒は飲めないもんねぇ……?」
「ええ、そうですね。」
いつもはムキになって言い返してくるアイの、凛とした態度に少しむっとしながら疑問を口にする。
「それで?サクラちゃん。話って何?まさか本当にお誘いじゃあないよね?そりゃあこの国の男女誰もが君と寝たがるだろうけどさ。」
「……エゴおねえさまとわたくしとカラコーゾフ先輩は、エレクトラ様に命令を受けて、心暴発事件の調査にあたっていたでしょう?
……エゴおねえさま亡き今、二人で調査をするべきかと。」
「あぁ、ふーん。でもさ、もう辺境伯派の中じゃあ公王が乱心して暴発事件を起こして、その後に自分まで暴走してしまったってのが世論みたいだけど?」
「地球の政治哲学者、ウォルター・リップマンの名著、『世論』を読んだことは?」
「いきなりなんの話……?……ないけど。」
「彼によると、本来“世論”なんてものは存在しません。ただ為政者が愚かな大衆を操るために作り出した不安定で操られやすいものです。」
「つまり文学界の世論も……。
――今の世論もそうであると?」
「ええ。」
「根拠は?
話によると公王は君とエゴペー様に自分がわざとウチのアヴドーチヤを逃がしたことを白状したらしいけど?」
カラコーゾフがつまらなそうに親指で口をつけたグラスの縁をなぞる。
◆◆◆
「……ふぅ……はぁ……そうね……もう一つ不思議な点があるわ。事を起こしたアヴドーチヤが王宮から安々と逃げおおせたことよ。
私は異変に気づいてすぐに王宮全てに“心を配った”わ。しかし、アヴドーチヤはパッと消えてしまったの。こんな事があり得るかしら?」
「事件現場からどうやって逃走したか……確かに盲点でした……。いくら博士ナウチチェルカでも公王様の心に満ちた王宮からアヴドーチヤを逃がすなんて不可能……。」
私は嫌な予感がした。厭な気分だった。小さい頃親に怒られるのが本当に怖かった時のような、後頭部が思い鉛に包まれたような。
だって公王とナウチチェルカが疑わしくて、ナウチチェルカに犯行がほぼ不可能だとしたら――
「あら?どうしたの?エゴペーちゃん?」
私の弟の頭を撫でながら、公王は妖しく光る瞳で私を射抜く。口が渇く。今すぐアイちゃんを取り戻して、ここから逃げ出したかった。
「……でも困ったわねぇ……?私と博士ナウチチェルカが容疑者候補だとして……ナウチチェルカには犯行が不可能。そうなると貴女の結論としては。」
私は遺骨の心を練りながら耳に入ってくる雑音を聞いていた。
「……王宮中に心を配っていた私が――」
公王の周りで心が弾ける。
「――態とアヴドーチヤを逃がしたってことになるわよねぇ……!?」
◇◆◇
「確かに公王さまはそのようなことを仰っしゃりましたが、わたくしはあれを自白ととらえません。寧ろアレは――」
アイの瞳がギラリとカラコーゾフを睨む。
「――怒り。」
「怒りぃ?」
「えぇ、無実の者が……それも神聖なる公王の立場にあるものが無闇に疑いをかけられたら業腹でしょう。それも対立する辺境伯派の人間に言われたのなら尚更です。」
「つまり、サクラちゃんは何が言いたいのさ。」
「公王さまは世間で言われているように、今回の事件の黒幕ではないということですよ。」
「ハァ?そうなるとまた一から捜査して新しい犯人を拵えるってわけぇ?たった二人でぇ?
サクラちゃんがそうまでする理由は分かるよ。ツエールカフィー公王の娘、ラアル・ファンタジア王女殿下はキミの親友だ。それに公王自身もキミとは懇ろだった。
サクラちゃんが彼女を庇う理由は十分だ――」
「――違います。もしそうだとして、私が姉を殺した人間を庇うとお思いですか?
この手でできるだけ苦しめて殺してやりますよ。」
「……ふーん。じゃあそれ以外に根拠が?」
「えぇ、今回の事件には余りにも不可解な点が多すぎるんです。」
「……不可解な点……?」
「えぇ、先ず公王さまが主犯だとして、自分の評判とファンタジア王国に与えられた“権威”を地に落としてまでやることにしては、余りにも杜撰で幼稚すぎます。
それも辺境伯派と対立して新生ロイヤル帝国との戦時下においてですよ?独裁政権を築けているならともかく、“権力”をミルヒシュトラーセ家に分散している状況でですよ?
――こんな内憂外患の状態で本気でやると思ってますか?」
カラコーゾフがイライラしたように、カウンターを指で叩く。
「結局何が言いたいのさ?
余りにも迂遠で、カラコーゾフ家の漸く上がった評判にケチをつけられてるようでイライラするんだけど?」
「じゃあ端的に換言します。
――この事件の黒幕は公王さまではなく、わたくしがエレクトラ様から命を受けてからあった人間たちの中に犯人はいます。」
「つまり犯人は――陽炎陽炎、春日春日、ナウチチェルカ、クレジェンテ・カタルシス……そしてアルターク・デイリーライフの中にいる……!?」
「――何を驚いたフリをしているのですか?
貴方があの時に言ったのですよ?」




