239. 指差されたのは、そして犯人は―― The Old Cheshire Cheese
「結局何が言いたいのさ?
余りにも迂遠で、カラコーゾフ家の漸く上がった評判にケチをつけられてるようでイライラするんだけど?」
「じゃあ端的に換言します。
――この事件の黒幕は公王さまではなく、わたくしがエレクトラ様から命を受けてからあった人間たちの中に犯人はいます。」
「つまり犯人は――陽炎陽炎、春日春日、ナウチチェルカ、クレジェンテ・カタルシス……そしてアルターク・デイリーライフの中にいる……!?」
「――何を驚いたフリをしているのですか?
貴方があの時に言ったのですよ?」
◆◆◆
「……ではそちらが先に何か情報を提供しなさい。……それとアイちゃんの事を“サクラちゃん”と呼ぶのはやめなさい。」
エゴおねえさまが怒りをはらんだ声で応える。
「おぉ~こわいこわい。失礼致しました。ではお二人にこの私めが手に入れた情報を進呈して進ぜましょう。そのものズバリ……犯人は……。
――アイ様があの事件の日に王宮で会った人間……若しくは貴女方がエレクトラ辺境伯に命令されてから学校で出会った人たちの中にいます。」
……は?
「其れはつまり、公王様かわたくしのお友達の中に犯人がいると……?」
義憤に駆られ心を構えてカラコーゾフ先輩に向ける。
「おいおいこわいって、アイちゃん。
俺は事件から今日までに君が会った人たちの中に犯人がいると言っただけだよ?」
「そんな世迷い言――」
「――誓ってもいい。」
「「……!!」」
誓い……其れはこの文学界では最高の拘束力を持つ力。誓いを破ったり嘘を吐けば命を落とす。
「まさか……そんな……。」
「アイちゃん……落ち着いて。」
立ちぼうけのわたくしにエゴおねえさまが背中をさすってくれる。
◇◆◇
「貴方は誓ってもいいとまで言いました。」
「チッ……覚えてたか。サクラちゃんにしてはやるじゃん?」
「……あまりわたくしをナメないほうがよろしいですよ?」
「ははっ……言うようになったじゃん!」
「それで今ここで誓って貰えますか?」
「あぁ、いいよ。
《この俺、ドミートリー・ウラジーミロヴィチ・カラコーゾフは――》」
「――あぁ、そこまでで大丈夫です。
知りたいことは知れました。」
「……なんなんだよ。……で?
サクラちゃんはキミの友達たちのなかで、誰が黒幕だと思うわけ?」
「……。」
「俺の情報網で手に入れた情報を、最後の推理に役立ててもいいよ?」
ドミトリー・カラコーゾフは得意げに知識をひけらかす。
「先ず、クレジェンテ・カタルシス。
彼はどうやらキミの事が好きみたいだねぇ?
それに、カタルシス家はエレクトラ辺境伯のおぼえがいいとは言えない。つまりあまり優遇されてはいない。
だから、この件を起こして取り入ろうとしてもおかしくはない。それに彼は両親と妹をとても大事に思っているみたいだからね。
そして、アルターク・デイリーライフ女史……彼女にも動機は十分だ。平民落ちの元貴族だからね。なんとしても、何をしても……成り上がりたいはずだ。たとい、どんな手を使ってもねぇ?
それに彼女はキミとラアル・ファンタジア王女殿下の交友関係を内心よく思っていないとの密告もある。」
アイはただ沈思黙考している。
「それとも春日春日かな?
アイツの凶暴性と態度の悪さはどの教師からもお墨付きだし、何より親の春日春日の権力欲は凄まじい。数年前一気に泡沫貴族から出世したこともあって、その勢いを殺したくないんだろう。
それと一度金と権力を得た人間は満足できない。それらには中毒性があるからね。金は文学界人を地球人に変える魔力がある。
そして、キミの狂信者……陽炎陽炎。コイツも動機は十分だ。彼のキミへ陶酔っぷりはマンソンジュ軍士官学校でも有名だしね。
キミのためなら文字通りなんだってするだろう。それこそ人を殺したり、心を暴発させることなんてへとも思わないだろう。
……それにヤツは一回目の王宮での“心暴発事件”の際に俺とサクラちゃんと一緒にその場に居たしね。第一容疑者に数えられてもおかしくはない。それに家も陽炎家で生粋の辺境伯派ときたもんだ。」
アイはグラスを傾ける。
「最後は、エルフのDr.ナウチチェルカ。
コイツは動機も言わずもがな、ずっとこのクソみてぇな国で亜人種差別に遭ってきたし……俺たち竜人種と同じでね。
それに、コイツだけは動機に比して実力も伴っている。だって亜人種なのに博士なんだぜ?それも亜人種にガチガチに厳しい辺境伯派の博士だ。実力はそこらの博士より、寧ろPh.D.に近いと言ってもいいだろう。」
アイがグラスの縁をなでながら、つまらなそうに応える。
「だから、実力的にもあれだけの事件を起こせると?」
「あぁ、まさに今そう言ったんだけど?
サクラちゃんには難しかった?
それとも好きな人たちを疑われて頭にきてる?」
「……もう一度だけ言いますが、わたくしをあまりナメないほうが宜しいですよ。……此れは貴方を心配して言っているのです。」
「ご忠告ドーモ、で?
サクラちゃんの高尚な名推理によると、誰が犯人なの?」
アイが突然ドミトリーの頭を左手で掴んでバーカウンターに叩きつける――!!
「グギャ!?」
「あまりわたくしを舐めるなと言いましたよね?それも二度も。」
ドミトリーの髪を掴んだまま無理やり持ち上げる、すると割れたグラスの破片が顔に刺さって血まみれの顔が現れる。
「ざ……サクラちゃ――」
言い終える前に、また心に任せてカウンターに頭を叩きつける。爆音と共に。
「ゴボォ!!」
そして心を込めた腕で、今度は角を掴みカウンターの一番左側から右端まで、力任せに相手の顔をめり込ませたまま引きずる。引きずられるたびに、カウンターの上のグラスや瓶がが割れて、破片が顔に刺さっていく。バリバリグシャグシャと大きな音をたてながら。
そして右端まで来ると無造作に壁のほうへドミトリーを投げ捨てる。ドカァンと大きな音を立てて彼は息も絶え絶えに、壁にもたれかかり、座り込む。
顔中血まみれで――。
「ハァハァ……ザグラちゃん……何を……。」
「おっとすみません。カラコーゾフ先輩。
竜人は親しい人にしか角を触らせないんでしたね?うっかりしちゃいました。」
「何を言ってる!?
俺にこんなことをしてエレクトラ様が――」
《――黙れ。》
アイの塵をみるような眼光に気圧され、黙り込む。
「先刻から黙って聞いてれば、わたくしの愛する人たちを。随分とコケにしてくれましたねぇ?
お金がないから、弱小貴族だから、普段の素行が悪いから、あの場に居たから……そして、亜人種だから?」
「――全部事実だろっ!!」
「あれぇ?……おかしいですねぇ?」
アイは眼前で座り込む男を睨めつけた。
「――その条件全てに当てはまる人が、今わたくしの前に塵のように転がっているわけですが。」
ドミトリーはぎょっとして叫ぶ。
「ハァ!?俺が真犯人だって言いたいのか!?
オマエイカれてんのか!?
俺はエレクトラ様に命令されてオマエと馬鹿な姉貴の探偵ごっこに付き合ってやってた側だぞ!!」
「大切な人たちを一度だけ馬鹿にされたので、それだけですみましたが、二度目……それもわたくしの家族をコケにしたら――」
アイは座り込んだドミトリーの顔面の横顔を脚で蹴りつける。轟音がバーを支配した後に静寂が訪れる。脚をドミトリーの顔の横についたまま顔を寄せ、アイがとても小さく呟く。
「――テメェら竜人族の誇りに思ってるその角、おれが両方ともブチ折るぞ。」
「ひっ……!!」
アイは暗闇の中に純白の美しい笑みを浮かべる。
「なぁ……真犯人さんよぉ……?」




