237. カラコーゾフ万歳! Ура Karakozov!
累計80Kページビュー突破ありがとう。
57Kページビューありがとうございます。
「私たち四人は……シュベスター、アイちゃん、私、かげろうくんは……ずっと一緒。」
「そうです。だから“ありがとう”なんていりません。こんなの“あたりまえ”です。
それにありがとうなんてあいには勿体ないです。」
「ううん。そんなことないよ、アイちゃん……ありがとう。此れは世界で貴方だけに相応しい“ありがとう”だよ。
だって人は自分が幸せな時だけ人に優しくするなんて当たり前にできるからね。だけど貴方は、自分が哀しみの奔流の只中にいる時に、私に優しくしてくれた。
だから――」
今度はいつもの仮面じゃない、きっとぶきっちょなだけど、私自身の笑顔で――。
「――ありがとう。」
アイちゃんもとびっきり可愛い笑顔をお返しにくれた。
「ええ、どういたしまして!」
◇◆◇
「……そう言えば、聖別の儀の後にもかげろーが似たようなことを言ってくれましたね。……やっぱりお二人は姉弟ですよ、自信を持ってください。」
「かげろうくんが?
どんな事を言ったの?」
「ええっと、今でも確かに思い出せます。
あの時のかげろーは――」
◆◆◆
「でも、人間を定義するのは、何も最悪の瞬間ってわけでもないでしょう?
ずっと人にやさしく生きてきた人間が、たった一度追い詰められた絶望の淵で悪態を吐いたら、その人はひどい人になるんでしょうか?その人の長い人生の中で、“最悪の人間だった瞬間”が、その人のすべてを決定づけるのでしょうか?
……みんながみんなが地獄の“聖書の中のヨブ”の様には生きられないのです。」
「あいだってそう思うよ!人間を定義するのは、“最悪の瞬間”じゃない。ましてや、“最高の瞬間”なんかでもない。自分が幸せな時にだけ人にやさしくするなんて、誰でもできるんだから!
でも人間の本性が表れるのは、“つらいとき”だと思う、“不幸せなとき”だと思うんだ。自分がつらいときに人にやさしくできるのが、ほんとうにやさしい人だってそう思うんだ。あいは自分が追い詰められた途端に、人を傷つけるような人間なんだよ……?」
「アイ様、俺はそうは思いません。その人がどんな人間かを定義するのは、普段の、“なにげない日常”だと思うんです。だって、人生のほとんどはなんでもない日々なんですから。
アイ様の言う通り、自分に余裕がある時だけ善人になる人も、自分に余裕がない時に人に当たり散らす人間もいると思うんです。
でも彼らだって普段は、普通の人間なんです。いらいらしてるときに、舌打ちをしてしまったからって、それで貴方が悪人になるわけじゃない。これまでの人生全てに黒い光が射すわけでもない。
……だって人生とはそんな一つの行動で変わるほど柔くはないのですから。
人生とは大樹です。大樹のような積み重ねなのです。年輪を一つまた一つと積み重ねていくのです。
その樹が生き生きとした葉を蓄えるかなんて、うつくしい花を咲かせるかなんて、我々のあずかり知るところではありません。それはきっと寿命が来たときにのみ分かるものでしょうから。
だから、いま貴方が人生に絶望しているからといって、これまでの幸せだった瞬間瞬間が意味を失うわけではありません。ありえません。
今貴方が希望に満ちた人生を歩んでいるからといって、かなしい思い出を殺す必要などないのです。そのどちらもが今の貴方を創り上げたものなのですから。
なんて……すこし説法臭かったですかね?アイ様に少しでも近づこうと日系地獄人の書物を読んでみたのです。」
「ううん。ありがとう。もう少し考えてみるよ。あいがこの命をどうゆうふうに使いたいのか、おかあさまのために使いたいのか、それとも……ってね。」
◆◆◆
「そう、言ってくれたんです。」
「ふ〜ん?アイちゃんにそんな事を言うなんて、かげろうくんも隅に置けないねぇ〜?」
「え!いや、かげろーはきっと“そういう意味”で言ったのではありませんよ!」
「ん?“そういう意味”ってどういう意味かな〜?」
「わ、わぁ〜!この話はおしまいっ!ですっ!」
「ふふっ分かったよ。しらぬいさん誰にも言わない。たとえ不知火家に情報をよこせって言われてもね。
……それと、アイちゃん。先刻のシュベスターの事なんだけどね、どうか許してあげて欲しいの。アイちゃんに手をあげるなんて、シュベスターもきっと望んでなかったし……。
それに、アイちゃんが生まれる前はシュベスターはエゴペー様にべったりだったんだ。それこそ今のシュベスターとアイちゃんみたいにね。
だから世界でだった一人の姉を亡って……ほんとうに動転していたんだと思う。」
「……許すも何もありません。
其れはわたくしの“罪”です。だからどんな“罰”を与えられようと甘んじて受け入れるべきです。」
「……そう……。」
「ところで……しらぬいさんに、一つ手伝って欲しいことがあるのですが。」
「何かな?アイちゃんのお願いなら何でも聞くよ?」
「――エゴおねえさまの死の真相を明らかにします。」
「――!!」
「あの事件にはまだ謎が多すぎます、其れに不可解な点も。
何故公王さまの心が暴走したのか、そもそも黒幕は公王さまなのか、違うのか……だとしたら犯人は辺境伯派なのか公王派なのか……それとも新生ロイヤル帝国なのか。
――わたくしは其れら全てを白日の下に晒し、エゴおねえさまの無念を晴らします。
……手伝って……くださいますか?」
私はアイちゃんを力いっぱい抱きしめた。
「もちろん!!」
「ありがとうございます。」
私はアイちゃんの白いおでこにおでこを突き合わせる。
「じゃあ何から始める?」
「それじゃあ先ずは――」
◇◆◇
「「「カラコーゾフ万歳!」」」
「「「カラコーゾフ万歳!!!」」」
「「「カラコーゾフ万歳!!!!」」」
辺境伯派のなかでは公王の暴走を阻止し、その悪行を暴き立てたと新聞で喧伝したことで、アヴドーチヤ・カラコーゾフ、並びにカラコーゾフ家への評価が非常に高くなっていた。
アヴドーチヤ・カラコーゾフは公王派から裏切り者としてその身を狙われるお尋ね者でありながら、辺境伯派の人間には歓迎されたのだ。
「……おうおう、此処迄民衆どもの完成が聞こえてきやがる。衆愚政治とはまさにこのことだなぁ?
――なぁ、オイディプスよ。」
ワイングラスを傾けながら、エレクトラが熱に浮かされた民衆を嘲笑する。
――その手はドストエフスキー著『カラマーゾフの兄弟』と書かれた地獄文学の本を弄んでいた。
「……あぁ……。」
「此処迄おれらの狙い通りに事が進むと笑えてくるなぁ……民衆の馬鹿さ加減にも、公王の愚かさ加減にも。
やっぱり地球人の知識ってのは力だぜぇ……。
“アイツ”がこのおれに計画を持ちかけてきた時はどうなるかと思ったが……結果を見ると大成功だぜぇ……。」
「なぁ……エレクトラ、お前の計画には……エゴペーが死ぬことは含まれて……いなかったよな……?」
夫の問いに妻が大袈裟に驚く。
「オイオイオイ!何度も言ったろ!ありゃあ不慮の事故だ。まさかアイを護る為にエゴペーが命を賭けて“誓い”を立てるなんておれがどう予想できる?
それに寿命を代償とする遺骨のの心で寿命を使い切るなんて考えもしなかった。」
「そう……だよな。」
「何度もそう伝えたろぉ?」
「なぁ……エレクトラ……お前は今、娘の……エゴペーの死を……悲しんでいるか……?」
夫が確かめるように問う。
「……当たり前だろ、アイならともかく……あいつはお前似だ。……愛してたさ。」
身体はあのクソ売女似だがなぁ……とエレクトラは心のなかで独りごちる。
娘の死に悲しみやつれてうらぶれたオイディプスの前に立ち、座り込んでいる夫にエレクトラは口吻を落として、抱きしめる。
「愛してるぜぇ……おれだけのオイディプスよ。」
エレクトラの表情は夫には見えなかった。




