236. 観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 舎利子 色即是空 空即是色 gate gate pāragate pārasaṃgate bodhi svāhā
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「……だから、あいはエゴおねえさまが安心して眠る為に手を握らなかった。それができたのに、それをすべきだったのに。……最後の最後で……“最期”で間違えた。
いつもあいに愛を与えてくれたエゴおねえさまに……あいが与えたのは苦しみだけ。不安だけ。
安心させて死なせてあげることだってできたのに、それはあいにしかできないことだったのに。
不安なまま彼岸に渡らせてしまった……。彼岸に渡らいける彼女をただ何もせず此岸からみていたんです……。」
血のやうな紅葉が降る。
「――それが、あいの罪。」
◇◆◇
一頻り話し終えたアイちゃんは、嗚咽を漏らし始めた。この子の顔は見なかった。ただ同じ方向を向いていたかったからだ。
「……アイちゃん。しらぬいさんにも罪があるんだよ。聞いてくれる?」
「……え……?」
「……それもエゴペー様の死に関して。」
「どういう、ことですか?」
私は告解する。
「パンドラ公国での、辺境伯派での不知火陽炎連合の役割は知ってるよね。ミルヒシュトラーセ家を表で裏で支えること。
昔はカラマード家を入れて御三家って呼ばれてたんだ。カラマードっていうのはアイちゃんもよく知るザミール・カマラードの家のことね。
“ミルヒシュトラーセの剣”はカラマード家、
“ミルヒシュトラーセの盾”は陽炎家、
“ミルヒシュトラーセの手”は不知火家。
ザミールの母アデライーダ・カラマードが人間体に対する差別政策に異を唱えて反乱を起こしたのが、“カラマードの乱”。
結局それは“砂神アデライーダ”と“雷神エレクトラ”の一騎打ちとなって、アデライーダが散華して反差別主義者たちの敗走に終わったわ。
……なんでこんな話をするか不思議でしょう?
カラマード家が凋落してから、今度は裏切り者をださないように、残った二つの家、不知火家と陽炎家に相互監視させることになった。そうして不知火陽炎連合ができたの。
だからかげろうくんは血が繋がった私の弟なのに、“陽炎”陽炎だし、私はかげろうくんの姉なのに“不知火”不知火なの。名字が違うでしょ?そうして二家の間で跡取りを人質として差し出すことで、互いに裏切られないようにしようとエレクトラ様は考えた。
カラマードが没落してからも、それぞれの役割は残った。そして特に不知火家はミルヒシュトラーセ家のためならどんな汚いことでもする。どんな汚いことにでも手を汚す情報機関。
――だからミルヒシュトラーセの“手”は不知火家。」
「……それが、今回の話と……エゴおねえさまの死となんの繋がりが……?」
「そうだよね。そう思うよね。つまり、不知火家は辺境伯派で一番の情報機関なの。だから――」
「――エゴおねえさまやラアルさまに危険が迫っていることを知っていた……?」
「……ふぅ……えぇ、そう、そうね。
私は知っていたの。知っていて動かなかったの。そう不知火家に……エレクトラ辺境伯に命令されたから。」
アイちゃんには殴られても殺されても文句は言えない。
――あぁ……でもこの子には嫌われたくないなぁ……。
アイちゃん私の膝の上で振り返る。
私は衝撃を覚悟して目を閉じた。
……しかし、暴力は訪れなかった。
しかも、代わりに与えられたのは抱擁だった。
「……え……?」
「……。」
自体が理解できない。赤子のように頭をアイちゃんのちいさな胸に抱きしめられている。
「しらぬいさん……つらかったですね。」
「アイちゃんはしらぬいさんが……わたしが憎くないの?
貴方のお姉様を……見殺しにしたんだよ?」
「そんなに自分を悪しざまに言わないでください。死ぬなんて思ってなかったんでしょう?
エゴおねえさまが泣き虫だったしらぬいさんに“笑顔”を教えたお話を聞いて、しらぬいさんが自分の意思でエゴおねえさまを見殺しにしただなんてわたくしは思いませんよ。
……だってしらぬいさんも、エゴおねえさまが大好きだったでしょう?」
頬を小川が流れる。仮面で隠さずに人前で泣くなんて、やっちゃいけないのに。またこの子の愛に触れて泣いてしまった。
「あらあら、泣き虫なのは今も変わらないみたいですね?」
そう言ってやさしく頭を撫でてくれる。
聖母マリアのように。
「わたくしは決してしらぬいさんの涙をぬぐったりはしません。だって涙が流れることなんて当たり前なことなんですから。泣きたい時に泣いたらいいんです。」
「アイ……ちゃん。」
シュベスターの前で隠していた涙が溢れてくる。それをとめないといけないとも、もう思わない。
「アイちゃん……!」
「はい。」
「エゴペー様が……!!
死んじゃったよぉ……私のせいでぇ……!!」
鼓動の旋律で背中をやさしくたたかれる。赤子をあやすように。
「しらぬいさんのせいじゃありませんよ。
しらぬいさんは絶対に悪くありません。」
「エゴペー様がいなくなっちゃった……!!
まだ受けた恩の一欠片だって返せてないのに!!」
「きっとエゴおねえさまは、しらぬいさんがこころから笑ってくれていたら、其れをお返しとして受け取ってくれますよ。」
「エゴペー様が、いない……?
もういないの?この文学界に……?」
「……えぇ、いません。
でもあいは此処にいます。
でも愛は此処にあります。」
◇◆◇
一頻り泣いている間ずっとアイちゃんは側にいてくれた。私を悲しみから無理に引き上げようとはせずに、一緒に悲しんでくれた。無理やり希望を見せつけるんじゃなくて、一緒に絶望してくれた。倒れるわたしの隣で一緒に倒れてくれた。
……アイちゃんとみる絶望は今まで見たどんな希望より輝いていた。
「……アイちゃん、ありがとうね。」
「……しらぬいさん、四人でした約束を覚えていますか?」
◆◆◆
「すまない……そうだな。この4人は決してお互いを裏切ったりしない、どんなに初めて4人で集まったときから立場が変わりさらばえても、私たちの関係が変わったりはしない。
勿論私もしらぬいの発言をお母様に報告したりはしない。お前とは性別が決まる前からの、誰よりもお互いの心を知っている、無二の親友だからだ。」
「うわ~親友だって~。シュベてゃんは恥ずかしいことを臆面もなくいうな~さすがのしらぬいさんも恥ずかしいよ~ひゅーひゅー。」
「てゃん言うな!お前なぁ!先に親友って言いだしたのはお前だろうが!」
「……うん、一生親友だよ。わたしとシュベちゃんも……かげろうくんとアイちゃんも。それで私たち4人は、仲良し姉弟同士で~!仲良し親友同士で~!仲良く四人で楽しく、面白おかしく暮らすのさ~!」
「……!……あぁ、そうだな。私たち4人ははずっと一緒だ。なにが変わっても、何も変わらない。」
姉2人はまだ弟が生まれていない時分に、何も世間のことなど考えず、2人で無邪気に蓮華を編んだ時のように笑い合う。
◆◆◆
「私たち四人は……シュベスター、アイちゃん、私、かげろうくんは……ずっと一緒。」
「そうです。だから“ありがとう”なんていりません。こんなの“あたりまえ”です。
それにありがとうなんてあいには勿体ないです。」
「ううん。そんなことないよ、アイちゃん……ありがとう。此れは世界で貴方だけに相応しい“ありがとう”だよ。
だって人は自分が幸せな時だけ人に優しくするなんて当たり前にできるからね。だけど貴方は、自分が哀しみの奔流の只中にいる時に、私に優しくしてくれた。
だから――」
今度はいつもの仮面じゃない、きっとぶきっちょなだけど、私自身の笑顔で――。
「――ありがとう。」
アイちゃんもとびっきり可愛い笑顔をお返しにくれた。
「ええ、どういたしまして!」




