235. 安らかに眠る為に手を握って To Rest in Peace, Hold My Hand
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「……アイちゃん……教えてくれる……?
なんでエゴペー様の手を握ってあげられなかったのかな……?
しらぬいさんに教えてほしいな?」
……アイちゃんは言った。たった一言。
「――そうすれば……死なないと思ったんです。」
◇◆◇
……?
……どういうことだ――?
「……どういうことかな?
しらぬいさんに教えてくれるかな?
シュベスターみたいに怒ってるんじゃないよ?
ただどうしてそう思ったのかな〜って。」
アイちゃんを膝の間に座らせて抱きしめる。安心させる。……いや、私が安心したいだけかもしれない。アイちゃんは黙ったままだ。
こういう時は無理に聞き出そうとしてはいけない。ただ黙って抱きしめて頭を撫でる。数分だったかもしれないし、数時間だったかもしれない。それぐらい経った後にアイちゃんが教えてくれた。
辺りには血のように紅い紅葉がふりしきっていた、それは雨に濡れた地面を隠していた。まるで私の……アイちゃんの涙が滲んだ顔を隠す仮面のようだ。
「“そう”すれば。“手を握らなければ”……エゴおねえさまは死なないと思ったんです。」
……当たり前だが、アイちゃんがエゴペー様の最期の“手を握ってほしい”という願いを聞き届けなかったのにはちゃんとした理由があるようだ。
……少し安心している自分がいる。
「……どういうことか、しらぬいさんに教えてくれるかな?ゆっくりでもいいよ?
……アイちゃんのことばで、アイちゃんのこころを聞きたいな。」
「……。……エゴおねえさまはずっと。ちいさいころからずっと。初めて逢った時からずっと。
アイに与えてくれたんです。
愛を与えてくれたんです。」
◆◆◆
また一番上の姉である、アイに与えてくれるエゴペーお姉さま。
「エゴおねえさま!お部屋にいらっしゃらないとは……体調はよろしいのですか?」
「あらあら、書庫に籠りきりのアイちゃんに言われたらおしまいねぇ。わたしだって何時でも床に臥せっているわけではないのよ?アイちゃんこそ、紙魚が涌いたから珍しく天日干しかしら~?」
◇◆◇
「……うん……。しらぬいさんにとっても、太陽みたいな人だったよ。」
「そんなエゴおねえさまにあいが唯一返せるものがあったんです。ひとつだけ。たったひとつだけ。でもひとつだけあったんです。」
「それは……なんなのかな……?」
「“手を握る”ことです。エゴおねえさまはいつもおっしゃってくれました。
『安らかなに眠る為に手を握って?』と……。」
「……!」
「エゴおねえさまは眠るのがこわいみたいで、でもあいが手を握っていると、いつも安心して、あんしんなきもちで眠りについてくださったのです。」
◆◆◆
エゴペーは、夢うつつの中で、ぽつりと呟いた。
「……アイちゃん……。」
アイが、すぐに応える。
「はい……エゴおねえさま。」
「……手、握ってて……くれる?
――アイちゃんに手を握っててもらえると安らかに眠れるの。」
その声は、どこか不安げだった。長く病床にあった日々、誰も手を握ってくれない孤独な夜を、まだどこかで恐れているかのように。
アイは、すぐに自分の小さな手を、エゴペーの大きな手に重ねた。指を絡め、ぎゅっと握る。
「はい……ずっと、握っています。安心して、眠ってください。」
エゴペーの唇に、穏やかな笑みが浮かんだ。
「……うん……ありがとう……アイちゃん……。」
その言葉を最後に、エゴペーの呼吸は完全に深く、規則正しくなった。栗色の髪がランプの光に輝き、長い睫毛が静かに影を落とす。膝の上にアイを抱いたまま、彼女は安らかな眠りに落ちた。
アイは、動かないように気をつけながら、エゴペーの寝顔を見上げた。
――優しい顔。穏やかな顔。病の影が、もうどこにもない。太陽のような、桜のような、咲き誇る笑顔が、眠りの中でも残っている。
シュベスターが、そっとアイの肩を抱き、ゲアーターがソファの背後に立ち、三人は静かにエゴペーを見守った。
アイは、エゴペーの手を握り続けながら、思う。
――エゴおねえさま、安心して眠ってください。
わたくしが、ここにいます。
おにいさまも、おねえさまも、みんなここにいます。
もう、孤独な夜はない。
これが、わたくしたちの普通の日々。
愛のきょうだいたちの、永遠に続く、幸せな日常。
――わたくしはいつでも、いつまでも手を握っています。
ランプの灯りが、ゆらゆらと揺れる。
エゴペーの寝息だけが、静かに部屋に満ちる。
――アイは、握った手を離さない。
ただ、穏やかな寝顔を、いつまでも眺めていた。
◇◆◇
「それ以外にも、何度もあったんです。
まるで世界に2人だけの桜の子たちの合図でした。」
◆◆◆
秋風と共に散りたかった。
落ち葉のほうがよっぽど綺麗だ。
背中が暖かくなる。
背中に柔らかい感触と暖かい体温。
安心する匂い、心臓の音像。
桜の香り……甘い匂い、手を握って眠った時の安心感。土と花の香り。
言葉など要らなかった。
震える手に手を重ねられる。
……いつもはわたくしに言われる言葉が、今度はわたくしの口から溢れた。
「安心して眠るために……手を握ってくださいますか……?……エゴおねえさま。」
「もちろんだよ、アイちゃん……。」
エゴおねえさまがアイを抱っこしてくれる。気持ちがいい。アイが手を握っている時、エゴおねえさまはこんな気持ちで寝ているのかな……。こんなに安心な気持ちで……。
――そうだったらいいな……。
◇◆◇
「それで……。」
「だから……だから!……あいが手を握らなかったら!エゴおねえさまは死なないと思ったんです!永遠の眠りに!!安心できなくて、眠れないと思ったの!!あいは!!
だけど……あいがしたのは……!!」
「アイちゃん!それは違――」
「――あいがしたのは!不安なまま眠りにつかせることだった!!手を握っても握らなくても死んじゃうなら!せめてあんしんな気持ちで眠りについてほしかったのに!!」
「アイちゃ――」
「――あいがしたのは結局ただの独り善がりのわがままだった!!ほんとは骨のの心を教えてもらうのだって嫌だった!!だってそんなの……そんなの……。
――まるでエゴおねえさまが死ぬための準備を手伝ってるみたいだったから!!
あの時言えばよかったの!?」
「……。」
「言えばよかっあのかな……!?
『エゴおねえさまが死ぬための手伝いなんてしたくない!!』って!
ほんとはもっとっとずっと上手く骨のの心を使うことだってできたんです!!だけどあいがずっと“できない弟”のままだったら!エゴおねえさまは不安で居なくなれないと思ったの!!だからずっとうまくできないフリをしてたの!あいが心配で死ねないと思ったの!
だけど!だけど!!もし最初から本気で骨のの心を練習してたら、あの時エゴおねえさまを助けられたかも知れない!エゴおねえさまを守れたかも知れない!!
……だからエゴおねえさまが死んだのは、全部全部全部――」
「――アイちゃん!!其れだけは言っちゃ駄目!!」
「――あいのせいなんだよぉ……!!」
……あぁ、アイちゃんは言ってしまった。
“こころ”の何処かで理解っていることでも“ことば”にしてしまえばもう戻れない。一度言葉にして外の世界に放ったものは取り消すことができない。
――きっとこの“ことば”は呪いとなってアイちゃんのこれからにこびりついて離れないのだろう。
私はただ真っ赤な紅葉の世界で彼を抱きしめた。ちいさな身体には大きすぎる罰を背負ってまった彼を。彼の泪のように降りしきり、地面を紅く染め上げる紅葉のなかで。
「……だから、あいはエゴおねえさまが安心して眠る為に手を握らなかった。それができたのに、それをすべきだったのに。……最後の最後で……“最期”で間違えた。
いつもあいに愛を与えてくれたエゴおねえさまに……あいが与えたのは苦しみだけ。不安だけ。
安心させて死なせてあげることだってできたのに、それはあいにしかできないことだったのに。
不安なまま彼岸に渡らせてしまった……。彼岸に渡らいける彼女をただ何もせず此岸からみていたんです……。」
血のやうな紅葉が降る。
「――それが、あいの罪。」




