234. 私は不知火と消えるエゴとアガペーである。 I am Ego and Agape, vanishing with the Shiranui.
ゴールデンウィーク(5/2-5/7)は“毎日投稿”します。
「ねぇ……アイちゃん。いつもの。覚えてる?」
“あなたに微笑んで”、伝える。
「……え?」
「貴方を愛してるわ。“私が居なくなった日の分の愛してる”を今言っておくわ。愛してる、愛してる、愛してる……。
――愛してる、だって愛してるから。」
「ねぇ、いつも一緒におひるねした時にいつもしてたでしょ?いつも言ってたでしょ?」
「……え、あ……。」
いつものあの言葉を言う、伝う。
《安らかに眠るために……手を握って……?》
「やめて!そんな死ぬみたいなこと言わないでよぉ……!」
「アイちゃん……分かってるでしょ?」
アイちゃんは手を胸の前で握り込んで、私の手をとってはくれない。
……あぁ、この子はほんとうにわたしに死んでほしくないんだなぁ……。愛してくれてるんだなぁ……。かわいいな、かわいいかわいい私の弟。
……あぁ、“あ”から始まる言葉を言いたいの。
“ありがとう”かしら?
だけどそれじゃ足りないの。
だから、やっぱり最期の言葉は……。
《……あいしてる……。》
◇◆◇
今日、エゴおねえさまが死んだ。
死んだ。死ぬってなんだ?死んだみたいだ。
死んだらしい。死んだ?会えない?喋れない?
……《安らかに眠る為に、手を握って。》
……アイはエゴおねえさまの最期の願いを叶えられなかった。叶えられたのに、しなかった。だって――
「――アイ!!」
背中に衝撃。
息がしづらい、生きづらい。
どうやら首を腕で押さえ込まれているらしい。
そうして壁と腕に挟まれて足がつかない。
息苦しい、生き苦しい。
「ガハッ……。」
おねえさまが憤怒のこもった瞳であいを睨みつけている。初めてだった。姉を亡ったのも、姉にそんな目で見られることも、おねえさまに暴力をふるわれたことも。
「何故エゴペーのっ……!
《安らかに眠る為に、手を握って。》という願いを……!!
最期の願いを叶えてやらなかった!?」
燃える瞳から一雫。
首が押さえつけられているので、息ができない。息ができないので、返事もできない。まぁ、息をしていても返事はできなかったと思うけど。
何となく全てが遠いことのように思える。
エゴおねえさまが死んだのだって現実じゃないんじゃないか?おとぎ話の世界できょうだい皆で仲良く暮らそうって言ったんだから。
――文学界はおとぎ話なんだから。
意識が遠のいてきた。このままあいも空しくなってしまえたらな。
「何とか言え!!アイ!!」
「やめろ!シュベスター!!
そのままではアイまで亡うぞ!!」
その言葉にハッとしたおねえさまが腕を離す。
重力に従って……自分の身体の重さに、自分の罪の重さに従って床に崩れ落ちる。
「はっはっはっはっ……はぁ……。」
身体は生理現象で激しく呼吸する。
まだ息をしていたいというように。
まだ生きていたいというように。
身体が醜く生にしがみついているのが許せない。こころは死にたがっているのに。先刻の言葉が頭から離れない。
きっとあいにしか聞こえない声で、あいにしか届かない愛で、《ありがとう》の後にエゴおねえさまが言った言葉。
《あいしてる……アイちゃんは……◯◯てね……。》
……なんであんなに“非道いこと”を言ったんだろう。なんであいに、あいだけに。
「やめろ!!シュベスター!!」
「だがゲアーター!!アイが手を握ってやればエゴペーだって安らかに!!安らかっ……にぃ!!
何とか言え!!アイ!!」
顔を上げると髪の隙間からおねえさまをおにいさまが羽交い締めにしているのが見えた。
「……あいは……あいは……。」
「黙れ!キサマ!!
さっさと何故手を握ってやらなかったのか言えぇ――!!」
「シュベスター!アイだって悲しんでんだ!動揺してんだよ!お前もアイも姉を亡ったことには変わりねぇだろ!!落ち着け!」
……あいがなんで手を握らなかった?
だって……そんなの――
「――キサマ!!もう私を二度と“おねえさま”などと――」
「――黙れ!!」
おにいさまがおねえさまを蹴り飛ばす。
おねえさまはクローゼットを突き破ってへたり込む。
「シュベスター!今お前何を言おうとした!?
エゴペーの最期の言葉をもう忘れたのか!?アイがエゴペーではなくお前を“おねえさま”と呼ぶ意味を考えろと!!
そう言っていただろうが!!二度と先刻みてぇなことを言おうとするんじゃねぇ!もし口に出してたらお前らは二度と元には戻れなかったんだぞ!?」
「はぁ……はぁ……すまない。ゲアーター、私はなんてことを……言おうとしたんだ……?
私は、私は……。」
おねえさまが自分の口を両の手でで押さえつけて嗚咽をもらす。
「エゴペー……エゴペー……!!」
いつも無表情なおねえさまが声を上げて泣いていた。……当たり前だ……おねえさまはあいにとっては“お姉様”だけど、エゴおねえさまにとっては“妹”だったんだから。
あいはそれを遠いことのように見ていた。
本気のきょうだい喧嘩なんてしたことなかった。いや、これは喧嘩ですらない。あいへの罰だ。愛ある罰だ。
暫くおにいさまもおねえさまも動けずにいると、しらぬいさんが場にそぐわない上ずった明るい声を出した。
「はい!ゲアーター様もシュベスターも、こころを整理する時間が必要だと思うから、アイちゃんはしらぬいさんがもらっていきますね。」
「……しらぬい……。」
「シュベスター、わかるでしょ?
人と人はずっと側にいればいいってもんでもないの。たまには離れることも必要よ。」
「あぁ……アイを、頼んだ。」
「しらぬいちゃん、任されました!」
しらぬいさんがあいを抱き上げて、不知火のように揺ら揺らと姿を晦ます。
◇◆◇
アイちゃんを抱っこしながら、ゆっくりと歩く。エゴペー様が死んだ。まだ私も受け入れられていない。けどきょうだいが死んでその事できょうだいが仲違いするなんてあってはならないことだ。
……なんだかかげろーくんに会いたい。
最近は生徒会が忙しくて会えてなかったけど、会いに行こう。だってお互いが生きてるうちしか、愛している人には会いにいけないんだから。
……エゴペー様。
臆病な私に生きるすべ……仮面と笑顔をくれた人。幼い私に笑顔の作り方を教えてくれた人。
あの方が……亡くなった?
まだなんにも返せてないのに?
与えるだけ与えて、返そうとした時には手遅れなんて……。死んだ親に恩を返せなかった人の話を聞いて、私はきっと愛する人々には返して生きていこうと思ったのに。
◆◆◆
あれはまだしらぬいさんが四歳で、性別も決まってない頃だった。
「ひぐっ……ぐすっ……。」
「おや〜?かわい子ちゃんが泣いてるね〜?」
「!?」
「キミみたいなかわい子ちゃんには涙は似合わないぜ!」
「……エゴペー・ミルヒシュトラーセ……さま……?」
「おおっ!私を知っているとは!流石不知火家の情報力だね〜?」
そう言うとエゴペー様は座って膝に顔を埋めていた私に、屈んで視点を合わせてくれたの。
「!……申し遅れました……!わたくしは、不知火家のしらぬい……不知火不知火でございます……。」
「おやおや、そんなに畏まらなくていいんだよ〜?キミも知ってる通り、私は継承権もないただのエゴペーだからね〜。」
「……。」
「……それより、なんで泣いてたのかな?うちの妹、シュベスターちゃんと喧嘩でもしちゃった?」
「いえ……その……。」
「まぁまぁ、初対面の人には話しづらいこともあるよねぇ〜。じゃあ一緒にお昼寝でもしようか〜?」
「ええ!?エゴペー・ミルヒシュトラーセ様と!?そんな、惧れ多いです。」
「エゴペーでいいよ〜フルネームは長くて面倒くさいでしょ?」
「……では、エゴペー様と……。」
「じゃあ寝ようぅ……うぅ〜ぅ……。」
「……本当に寝た……。」
そんなエゴペー様を見ていたら幼い私もなんだか泣きつかれて眠くなっちゃってね。起きたらもう夕暮れだったの。あの時の茜色はいまでも覚えてるよ。
◇◆◇
「……アイちゃん……教えてくれる……?
なんでエゴペー様の手を握ってあげられなかったのかな……?
しらぬいさんに教えてほしいな?」
……アイちゃんは言った。たった一言。
「――そうすれば……死なないと思ったんです。」




