舞台裏 ⑦ ~レオリードとミリアリザ~
「・・・・久しぶりね、レオリード。元気にしていたかしら?」
「はい・・・・・・・」
シスツィーアから『リューミラと一度会う』と言われた翌朝
レオリードはミリアリザの私室に呼ばれていた。
昨日、シスツィーアと別れたあと
(どう考えても、リジデリア嬢との茶会の日が良い)
シスツィーアは「リジーをこれ以上巻き込んで迷惑をかけたくない」と消極的だったが、レオリードとしては頼める相手が思い浮かばず、事情を知っているリジデリアを同席させる方が良いとしか思えなかった。
だが、それではリジデリアの『婚約を祝う茶会』にはならない
もちろんレオリードはリジデリアに会い、婚約の祝いを渡すつもりだが、それではシスツィーアの申し訳なさは消えないだろう。
それに、リジデリアに礼を尽くすのは当然だとしても、度が過ぎるのは良くない
(装飾品など贈られては迷惑だしな)
捨てるわけにも、まして家族や婚約者以外から贈られたものを身に付けるなどできず、困るだけだ
そう考えると、贈る品は花やお菓子などに限られてしまい、それでは『お礼』でしかなく『お祝い』になるはずもなく
どうすれば良いか考えあぐねていると、朝食のあとにミリアリザから呼ばれたのだ。
「ごめんなさいね、こんな姿で」
「いえ・・・・」
ミリアリザの私室に入るのも、カーディガンを着ているとはいえドレスではなく寝衣姿のミリアリザを見るのもはじめてで、ベッドの横に置かれた椅子に座って居心地の悪い思いのレオリード
ベッドの上で起き上がっているミリアリザは、顔色は悪くなさそうだが弱弱しい雰囲気で、そんなミリアリザを見るのもはじめてだ
さすがに寝衣姿を見るのは気まずく、レオリードは視線をミリアリザからそらしているが、それはミリアリザも同じ
「それに、呼び立ててごめんなさい。その、シスツィーアさんのご友人のことを聞いたの。婚約のお祝いのお茶会をすると」
「はい」
レオリードと視線を合わせることなく伏目がちなミリアリザに、レオリードもどう答えていいのかわからず頷く。
(アランから聞いただけではないだろうな)
公務から離れているとはいえ、ミリアリザが気になるだろうからとリネアラが定期的な報告をしている。
それに、メイド長からは王城や王宮内でのこと、キーサからもシスツィーアのことを聞いているだろうから、今回のリューミラのことも知っていて不思議ではない。
「それと、アルデス子爵令嬢のことも」
(やはり)
レオリードの予想は当たっていて、それでもどうして自分が呼ばれたのか分からずに曖昧にうなずく。
「それで、わたくしからも、ルグラーシュのご令嬢に祝いの品を贈りたくて」
「え?」
リューミラとリジデリアへの祝いの品とか結びつかずに、レオリードはミリアリザへ視線を向けて両目を瞬かせる。
するとミリアリザは「言葉足らずだったわ」と苦笑しながら顔を上げ
「アルデス子爵令嬢と会うとシスツィーアさんは決めたのでしょう?そして、シスツィーアさんは反対しているけれど、あなたはルグラーシュ嬢のいるときに一緒に会う方が良い。そう考えているのでしょう?」
「どうして、」
「そうお考えなのですか?」と、そう言い掛けて、レオリードはキーサやメイド長から聞いたのかと思いなおす。
「わたくしもレオリードの意見に賛成よ」
「ありがとうございます。ですが、それとルグラーシュ嬢への祝いは?」
どうしてそれが祝いの品を贈ることに繋がるのかレオリードが分からずにいると、ミリアリザはまた目を伏せて
「少しでも、力になれたらと思ったの」
ぽつりと溢された言葉には力がない
「ルグラーシュ嬢にお礼をしようにも、レオリードから品物を贈るのは彼女の婚約者からすれば複雑でしょう?けれど、シスツィーアさんはわたくしたちに遠慮して、ルグラーシュ嬢へお祝いの品を買いたいだなんて言い出せないわ。わたくしたちが買うように勧めても、彼女には負担になるだけだと思うの」
レオリードが考えていたことを当てられ、そしてシスツィーアの性格も考えてのミリアリザからの提案
「わたくしの持ち物にルグラーシュ嬢にふさわしいものがあるの。それを贈らせてちょうだい」
そう言われては断ることもできない
だが、レオリードはミリアリザに心配や迷惑をかけることに情けない思いと、さすがにミリアリザから祝いの品を贈るのは度が過ぎるのではないかとの思いが消えず
「『ルグラーシュ』は、わたくしの祖国の伯爵家でしょう?それにルグラン商店は、わたくしの輿入れとともにこの国に来た者が開いたし、ルグラン夫人はわたくしに仕えてくれていたこともあるの。ね、わたくしとは縁があるでしょう?婚約を祝っても不思議ではないわ」
「それは、そう、ですね」
レオリードの迷いを消すように、ミリアリザはだんだんと力強くなる声で言葉を重ねる。
たしかにミリアリザとリジデリアに縁はある。
それでも、レオリードとしては「王妃さま自ら下賜することはないのでは?」との思いが消えず
「その、王妃さまがお会いする必要は」
「大丈夫よ。最近は調子も良いし・・・・非公式にはなるけれど、かえってルグラーシュ嬢の負担にならないと思うし、どうかしら?」
どこか懇願するように見つめられ、レオリードはミリアリザとしばし見つめあい
(・・・・・・・・)
先に視線をそらしたのはレオリード
ふっと肩の力を抜き、穏やかな笑みを浮かべ
「分かりました。では、お茶会の前にお会いできるよう取り計らいます」
「ええ。せっかくだもの、ルグラーシュ嬢には昼食を召し上がっていただいたらどうかしら?そうすればシスツィーアさんとゆっくり話せるでしょう」
ミリアリザの言う通り、こちらの都合でリューミラを同席させるのだから、シスツィーアとふたりきりの時間も設けた方が良いだろう。
「ええ。ご配慮、ありがとうございます」
「ルグラーシュ嬢へお祝いを渡すこと、レオリードが許してくれて良かったわ」
レオリードが退室した後、控えていたメイド長にミリアリザは笑みを見せる。
「本当ならわたくしの顔も見たくないでしょうに、ちゃんと来てくれたし」
「そのようなことはご心配なさらなくとも」
「いいえ。わたくしがレオリードにしていたのは、それほどのことなのよ」
かつて、幼いアランが『魔力過多』で苦しんでいるとき
レオリードはその身にアランの多すぎる『魔力』を受け入れ、アランが健やかに育つために犠牲となることを望まれた
アランの身代わりとなり『魔力過多』となって苦しみ、そしてアランの成長とともに少しずつ魔力をアランへと『還す』ことを望まれたのだ。
それを望んだのも画策したのもミリアリザではないが、アランをフォーレスト王国の玉座につけたいミリアリザの祖国が手をまわしてのこと
そのことが発覚したのも、ほんの数か月前
エリック・マーシャルによってシスツィーアとアランの繋がりが切れ、アランがふたたび『魔力過多』となったときだ。
ミリアリザはその一連のことを知り、衝撃のあまり倒れた
「わたくしの・・・・・・せい・・・・・?」
シグルドに求婚されたから祖国はミリアリザに期待し、アランを産んだからこそ祖国はフォーレスト王国を意のままにできないかと欲を出した
そして、邪魔者を排除しようと暗躍した
そのことが明るみになったとき、ミリアリザは祖国の罪深さに慄き、打ちのめされ起き上がることができなくなり、まともに考えることすらできない日々が続いた。
落ち着いてからは、レオリードを喪っていたかもしれないと恐怖で震え
シスツィーアまで巻き込んでしまったことに、罪悪感で押しつぶされそうになり
けれど、このことは政治的な理由から表沙汰になることはなく、知っているのは王族と魔道術師団長をはじめとする数名のみで、メイド長はもちろんキーサも知らない。
そしてなによりレオリードが知っていることに心が耐えきれず、公務から離れることになったのだ。
「ですが、王妃さまの私物を下賜されるのですもの。シスツィーアさまもルグラーシュ嬢への面目が立ちますし、レオリード殿下もほっとなさったことでしょう」
「そうね。少しでも役に立てるなら、それで良いわ」
「わたくしどももルグラーシュ嬢が満足してくださるよう、しっかりお支えいたしますわ」
メイド長の励ましに、ミリアリザは淡く微笑んだ
(・・・・・・・普通にできただろうか?)
ミリアリザの私室を出たレオリードは、そのままシスツィーアの部屋に向かうのではなく中庭へと出ていた
レオリードがミリアリザと最後に会ったのは、もう半年以上前
シスツィーアを救うために城をでてから、一度も会っていなかったのだ。
こんなに長い間ミリアリザと会わなかったことなどなかったし、なにより、ミリアリザが倒れた原因がアランとシスツィーアの魔力が『繋がって』いたことを知ったからだと察してからは、どんな顔をして会えば分からなかった
(王妃さまを恨んではいない・・・・・・だが・・・・・)
今日ミリアリザに会って、嫌悪感などは感じなかった。
怒鳴り散らしたい思いも、レオリードを犠牲にしようとしたことへの恨みもなかった。
だが、それと同時にアランには感じなかった『もやっ』とするものを感じたのも事実だ。
(なぜだろうか・・・・・・?)
最近は「嫌なことは嫌と言いなさい」とリネアラから言われるようになり、レオリードも「嫌だ」と感じたことは伝えるようにしている。
けれど心から「嫌だ」と感じることは驚くほど少なく、リネアラからは「本当に自己主張がないわね」と呆れられ、シグルドからは「本当に我慢していないのだな?」と念を押される始末
そんななか、ミリアリザがリジデリアに祝いの品を贈ることは、なぜだか素直に受け入れられなくて
レオリードにとって、ミリアリザは『育ての親』
だから
(甘え・・・・・・なのだろうか?)
シグルドよりもリネアラよりも幼いころから身近にいる存在だから、シグルドたちには感じないことでもミリアリザには感じてしまい、それで『もやっ』としてしまったのだろうか?
(自分だけで解決できずに、王妃さまの手を借りなければならないことが嫌だったのか?)
成人したのにミリアリザの手を煩わせてしまったことが情けなかったとの思いは、たしかにある。
誰の手も借りずに生きていくことなどできないと、そんなこと分かっているはずなのに
自分一人で解決できると意気込み、できないと苛立つなんてまるで子どもだ
それに、シスツィーアへなにかしたいと、なにかしないと罪悪感で押しつぶされそうなのも身をもって知っているはずなのに
その気持ちが痛いほどわかるから、ミリアリザの「なにかしたい」気持ちを受け入れることに抵抗はないのに、実際に手を借りると落ち着かないなんて、我儘だ。
(俺もまだまだだな)
そんな自分勝手な思いに苦笑しながら、レオリードはミリアリザと決めたことを話すためにシスツィーアの部屋へと向かった。
最後までお読み下さり、ありがとうございます。
こちらの話を『異変』の前に投稿するつもりが、うっかりしておりました。
のちほど『異変』は削除し、再投稿いたします。お騒がせしてすみません。
次話もお楽しみいただければ幸いです。




