舞台裏 ⑥ ~リジデリア・ルグラーシュ伯爵令嬢 ③~
「ただいま」
夕刻
リューミラと三人でのお茶会が終わり馬車で送ってもらって家に帰りつくと、どっと疲れが押し寄せて、ドレスを脱ぐことなく居間のソファーへ座り目を閉じる
そう間を置かずに扉が開いて、同じように誰かがソファーにどさっと座り
「おかえり。どうだった?」
「んー。疲れたわ」
声の主はシールス。
気のせいか疲れているように聞こえて目を開けると、隣では同じようにシールスが天井に顔を向けて座っている。
「・・・・・どうしたの?」
「姉さんが城に行った後、大変だったんだよ」
国章を掲げた馬車がルグラン商店の前に留まったことは瞬く間に街中に広まり、お昼からは多くの客が押し寄せて来たらしい
「・・・・・・・わたしがルグラーシュの養女になったって、盛大にバレた?」
「そりゃ、父さんと同郷の方もいらしたからね。黙ってるのはちょっと。まあ、口止めはしたから「盛大に」ではない、と思うけど」
「・・・・・そうよね。どなたがいらしたの?」
「高位貴族の方々には姉さんたちがご挨拶に行ってたから、今日来たお客は最近ご無沙汰だった方々」
「そう・・・・・・お得意さまには説明していて良かったわ」
ルグラン商店が王妃さまの輿入れに際してこの国に出店してきたことは、隠していないから周知の事実だし、お得意さまのほとんどは、父と同じように王妃さまに随行してきた同郷の方々。
王妃さまの生国と繋がりのある方々に支えられてルグラン商店は軌道に乗ったのだから、正式に『リジデリア・ルグラーシュ』となってから、両親と一緒に絶対に不義理はできない上客には挨拶に行っていた。
(ご挨拶まわり、していて良かった)
きっと、事前に話をしていなければ「なぜ黙っていたんだ!」と客は侮辱されたと怒り、店の評判は落ちていただろう。
そんなことにならなくて良かったと、心の底からほっとする。
「知らせなかった方々、怒ってた?」
「んー。「最近は来てなかったから仕方ない」って方がほとんど。一応「許可が下りてからまだ日も浅く、王城に呼ばれていたこともあって挨拶に伺えなかった」って誤魔化してるから、口裏合わせといて」
「わかった」
王城に行くのを優先したことを非難する人はいないだろうから、両親とお詫びに伺えば溜飲をおさめてくれるだろう
まだまだ慌ただしい日々が続くかと思うとがっくりするが、それは仕方ない
両親や跡継ぎのシールスがこの店を続ける以上、店の評判が悪くなることだけは絶対に避けたいのだから
「それで、王妃さまとの謁見は?」
「あー、うん。父さんたちは?まだ店?」
「うん。もうすぐ戻ってくるよ」
「じぁあ、父さんたちに話すときにね」
「ツィーアは?元気してた?」
「ええ。彼女、とても綺麗になっていたわ。驚いちゃった」
「だよね。すっかり『貴族』っぽくなってた」
シールスはなんだか寂しそうに言うと、わたしがなにかを言う前に話題を切り替える。
「じゃ、リューミラさまはどうだった?」
「・・・・・・・相変わらずだったわ」
「はぁ」とため息を零しながら言うと、それだけで伝わったようでシールスは「そっか」と肩をすくめる。
テーブルの上にはいただいたネックレスを納めた箱と黄色い花束
「これは?」
「お祝いにいただいたの。箱は王妃さまからで花束は第一王子殿下」
「王妃さまから!?なにいただいたの?」
「あとで父さんたちに話すときに一緒に話すわ。で、花は第一王子殿下自ら摘んできてくださったもの」
「レオリード殿下が!?」
驚きのあまり絶句するシールスの反応に、「そうよね、驚いて当たり前よね」と安心しすると、「ちょっとここにいて」とシールスに頼み、ドレスを着替えるために気合いを入れて立ち上がる。
着替えたあと、居間に水を入れた花瓶を持って行き花を生けはじめると、シールスが冷たいお茶を持ってきてくれて、邪魔にならないところに置くと、また天井を見上げる姿勢でソファーに座る。
「ん。こんな感じかしら?」
「良いと思うよ」
花を生け終えてシールスに確認させると、冷たいお茶に手を伸ばし一気に飲む
(お城で飲んだお茶も美味しかったけれど、我が家の慣れた味はほっとする)
あと何回飲めるのかと思うと切なくなり、こんな他愛ない日常が変わってしまったシスツィーアのことを思い出してしまう。
王宮やお城の厳かな雰囲気のなか、高位貴族の作法と気品を身に付けはじめていたシスツィーア
「ねぇ、ツィーアがあそこまで王族の方々に気に入られてる理由知ってる?」
「姉さんと同じくらいしか知らないと思うけど、お城でなんか聞いた?」
「うん・・・・・、ちょっとだけ」
第一王子が退室してから、メイドたちにすすめられてお化粧直しをしてもらっているときのこと
別室に案内されて、担当してくれた女性がシスツィーアからリューミラのことを相談する手紙を持ってきてくれた方だったので、思い切って尋ねてみた。
「あの、シスツィーアさまのことを伺ってもよろしいでしょうか?」
「主のことをみだりにお話しするわけにはまいりませんが、どのようなことでしょう?」
お化粧直しが終わるころあいで尋ねると、女性は手を止めて向き合ってくれる。
「差し支えなければ教えていただきたいのですが、シスツィーアさまはどのような功績をあげられたのでしょう?」
「『建国記念の夜会』でのことはご存じではありませんか?」
「申し訳ございません。わたくしは夜会に出席する資格がございませんので、知り合いの方より少し教えていただいただけで詳しくは存じなくて」
「ご不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。ルグラーシュ嬢の立ち居振る舞いが高位貴族そのものでしたので、わたくしが失念しておりました」
あの日と同じように深々と謝罪され、今日は思わず声が大きくなる。
「お顔をあげてください!それで・・・・・お伺いしても」
「はい。『建国記念の夜会』のことでしたらお話しても差し支えありません」
そういって話してくれた、『建国記念の夜会』での、第二王子が明らかにした『寝たきりだった理由』
寝たきりと噂で、誰も姿を見たことのなかった第二王子殿下
その裏にあった誰も予想だにしていなかった『禁呪』の存在
(それじゃあ、第二王子殿下は誰かにお命を狙われていて寝たきりになって、ツィーアがそれを救ったってこと?)
それなら、シスツィーアがそれを突き止めて第二王子を救ったのなら
(王妃さまがあれほどツィーアに感謝するのも当然だわ)
たった一人の、大切な息子を救ってくれた命の恩人を無碍にする人なんていない
それに、『禁呪』のことに気づき犯人を突き止めるなんて、シスツィーアがどれだけ危ない橋を渡っていたのかと思うと、ぞっとしてしまう
(だから、陛下は王宮で療養させてくださっているのね)
シスツィーアが無事でよかったと思うのと同時に断片的に知っていたことが繋がって、シスツィーアの厚遇に納得する。
それに、国内貴族の前で王族から感謝を捧げられた話しには、思わず声があがり
「まぁ!」
慌てて両手で口を覆うけれど、口元が弛むのがとめられない
(すごいわ!)
貴族の前で第一王子、第二王子から跪かれるなんて、それに陛下直々にお言葉を賜るなんて、まるで物語の一場面のよう
(ツィーアはいたたまれなかったでしょうけれど、その場に居たかったわ!)
どきどきする胸を抑えながら、小さく深く息を吸い興奮をおさめようとすると
「シスツィーアさまはわたくしどもに気を遣わせまいと気丈に振る舞っておいでですが、まだ傷もすべて癒えたわけでもありません。とくに、お心の傷は」
女性の言葉にはっとする。
気になってはいたけれど、さすがに聞けなかったシスツィーアの髪
きっと第二王子殿下を救うなかで失ってしまったのだろうと、そう考えたら、やっぱりシスツィーアは危険な目にあったのだ。
(なんであんな良い子が苦労ばっかりするのよ)
シスツィーアは誰にでも気を遣う、困った人をほっとけないお人好し
内緒にしてるみたいだったから知らないふりをしていたけど、神殿の慈善活動にも参加してるし、神官さまたちの信頼だって厚い
今日のわたしへの身に余るほどの厚遇はシスツィーアのおこぼれだろうに、少しも鼻に掛けないし、リューミラみたいに平民を蔑むことだってない
「シスツィーアさまは、昔からとてもお優しかったですわ。どなたにも気を遣ってらしたし、いつだって親切で」
少しでも、シスツィーアの良さが伝わるように、
「わたくしより、よほど大変な思いをされているのに、誰かのことを悪く言うこともなさらず・・・・わたくし、尊敬しておりました」
アルツィードやルドルさんと暮らしているときも、甘えているようでどこか一線を引いて、ふたりに気を使っているように思えた
だけどそれ以上に、アルデス家のひとたちには気を使って、尽くして、我慢して、自分を押し殺してるように見えた。
「今日、王妃さま方にお会いできたことも、お祝いをいだけたのも、シスツィーアさまのおかげです」
今日のお茶会だって、リューミラやアルデス家の気を収めるためのものになったと、シスツィーアは気に病んでいる
だから、少しでも軽くしたい一心で言葉を紡ぐ
「シスツィーアさまには感謝しかありません。このあとのお茶会で少しでもご恩をお返ししたいと思います」
まっすぐに女性を見て伝えると、女性はまじまじとわたしを見たあと「くすっ」と笑いを溢す。
「シスツィーアさまにルグラーシュ嬢のようにご理解くださる方がいて、わたくしはうれしく思います」
「シスツィーアさまにはお元気になって、幸せになっていただきたいのです。これまでの分も」
感情的に話すなんて、淑女らしくないことをしてしまった恥ずかしさで顔が赤くなる
だけど、女性はこれまでとは違った優しい笑みを浮かべて「さあ、そろそろお時間です」と、椅子を引いてくれて
「どうぞシスツィーアさまのご友人として、また遊びにいらしてください」
別れ際に掛けてくれた言葉は、社交辞令のようで、社交辞令には思えなかった
そんなこんなではじまったお茶会は、途中でいらいらしたものの、最後はすっきりした。
シスツィーアのきっぱりした態度は、「良く言ったわ!」と喝采をあげたくなるくらい
それに
(リューミラさま、勘違いしてるわね)
お茶会に使われたのは、王城にある下位貴族との面会に使用される部屋
だけど、なんとなく『王宮』に招かれたと勘違いしてるように感じて、「そんなわけないでしょ」と笑いたくなった
『貴族と縁のある店』だと敷居が高くなってお客さんが来にくくなるから、シスツィーアには養女のことも秘密にしてもらったけど、知ったらどんな顔をするのか想像するだけで愉しくて
(我ながら性格悪いなと思うけどね)
緊張して、泣きたくなって、感動して、いらいらして
今日はとても目まぐるしい一日だったけれど
それでも
(行って良かった)
と
(またシスツィーアに会いたい)
そう思えるくらい、楽しかった。
あとは帰ってきた両親とシールスに王妃さまのネックレスの話をして
驚きのあまり三人が絶句したのも
「失くしたら、いや、それより盗まれでもしたら大変だ!」
と、保管をどうするか四人で頭を抱えたのも
フォーレスト王国での忘れられない思い出となった。
最後までお読み下さり、ありがとうございます。
次話もお楽しみいただければ幸いです。




