お茶会 ③
かさり
シスツィーアの声が響くのと同時に、微かな衣擦れの音がして
(わたし・・・・なにを)
はっと我に返るけれど、リューミラは嬉しそうに破顔し
「わたくしたちとツィーアとの仲は良好だと、皆さま方に分かっていただきたいの」
「あ・・・・」
シスツィーアが困惑した顔をするけれど、リューミラは笑みを深め
「簡単なことでしょう?」
「・・・・・・」
「ねぇ、ツィーア?」
(そんなこと、できるはずがない)
それなのに、優しげなリューミラの声にこれまでの習慣から「はい」と、頷きそうになる。
(駄目よ、これじゃあ)
はっきり、言わないと
(そのために、みんな協力してくれたんですもの)
ぎゅっと、ふたたび両手をテーブルの下で握りしめる
(アルデス家のことを、怒っている訳じゃないわ)
アルデス家がしたことは、非情なこと
だけど、もともと好かれてはいないのだから
(最初から、わたしを『利用していいもの』としてしか見ていなかったんですもの)
アルデス家にとって『利用していいもの』から『害をもたらすもの』へと変わったから、切り捨てた
ただ、それだけだ
(そう。怒ることじゃないわ)
ただ
自分がそんな扱いを受けていたことが
そんな扱いをして良いものとして、存在していたことが
とても哀しくて
(虚しいって、こういうことかしら?)
悔しさよりも
情けなさよりも
気を抜けば、ぽっかりとした虚無感に支配されて
「リューミラさま」
「ええ」
いつの間にか俯いていた顔を、ゆっくりとあげる。
リューミラはシスツィーアが言うことを聞いてくれると、嬉しさを隠そうともせずに
(支配、されちゃ駄目よ)
『もう、どうなってもいいわ』と、ぽっかりとした気持ちのまま、リューミラたちの言いなりに行動するのは簡単
だけど、いまは
(立ち向かわないと)
これ以上、シスツィーアのせいでまわりに負担を掛けるわけにはいかない
「リューミラさまは、わたしのいまの立場をご存知ですか?」
「え?」
きょとんとしたリューミラに、くすっと笑いが溢れる。
(気にもしていないのね)
アルデス家のこういうところは、貴族らしからぬところ
シスツィーアはにこりと微笑み
「ご存知ではありませんか?」
「アランディール殿下の恩人で、陛下の庇護を受けているのでしょう?」
「それくらい知っているわ」と言わんばかりの、少しだけむっとしたリューミラの声が響く
けれど、シスツィーアは落ち着き払ったまま
「ええ。たしかにリューミラさまが仰る通り、陛下のご厚情でこちらにお世話になってます」
「そうでしょう!だから」
「わたしがいま家名を持たないことも、ご存知ですよね?」
「え、ええ。そうね?」
遮るようにしてシスツィーアが言うと、リューミラは不満げなまま「なにをいまさら?」と首をかしげる。
平民でも家名を持つものはいるけれど、家名を持たないのは平民
誰でも知っている、この国の常識だ。
シスツィーアもリューミラと同じように首をかしげて
「はい。貴族ではないのです。平民のわたしが、リューミラさまの仰る『良好な仲』を貴族の皆さま方に、どうやってご理解いただけば良いのでしょう?お会いする機会もないと思いますが」
リューミラが虚を突かれたように、しぱしぱと瞳を瞬かせる。
「え?でも・・・・あなた、王宮で」
「ですが、貴族の方々とお会いすることはありませんし・・・・あの、もしかして、陛下に「アルデス家との仲が良好なことを、社交界に示す場が欲しい」と、陛下にお願いすることをお望みなのですか?」
「え?」
予想外の言葉に、リューミラは焦った顔をする
シスツィーアも困った顔を作って、片方の手をそっと頬に添え
「そんなこと、望んではないわ!」
「では、どうやって?」
「それ・・・・は・・・・でも!わたくし聞いたのよ!?いろんな方から、お茶会に招かれているのでしょう!?そのときに話してくれたら!」
お茶会に招かれていることを知っているのに、お断りしていることは知らない
(調べたらすぐに分かるのに)
シスツィーアはなんだか疲れてきて
「えっと、それはレオリード殿下がお断りしてくださってます」
「え?」
「わたしがこちらでお世話になっているのは、療養のためです。療養を優先するようにとの、レオリード殿下のご好意で」
「でも!それなら、今日のお茶会は!?それに、先日のレオリード殿下が主催してくださった会でも、シールスと会っていたでしょう!?」
(やっぱり知っていたのね)
シールスが話したとは思えないけれど、途中でいなくなったことで、リューミラが勘づいたのだろう。
「はい。レオリード殿下がシールスに会わせてくださいました。今日のお茶会は、アランディール殿下が「もう会えなくなるかもしれないから」と、気遣ってくださって」
「なら、わたくしたちのことだって・・・・」
シスツィーアにかろうじて聞こえるくらの、ちいさな声
ちくりと、シスツィーアの胸がいたむけれど
「申し訳ありませんが、お力にはなれません」
もう、ここで引いて欲しい
そんな思いで伝える。
リューミラはなにも言わず、ただぼんやりとテーブルへ視線を向け
「・・・・うよ」
「え?」
「そうよ!また、我が家の養女になれば良いんだわ!」
言ったあとに、リューミラは「そうよ!そうすれば良いんだわ!」とポンッと手を叩く
「そうすれば、あなたはまた貴族に戻れるし、皆さま方にもわたくしたちとの蟠りがないことがすぐに理解していただけるわ!」
あまりの言葉に、シスツィーアは開いた口が塞がらない。
(なにを・・・・言っているの?)
シスツィーアとアルデス家が、再び縁を結ぶ
そんなこと
(笑えない冗談だわ)
さすがに唖然としてしまうけれど、シスツィーアは顔に出さないように気をつけて
「えっと・・・・なぜでしょうか?」
「え?」
「アルデス家と再び縁を結ぶなんて、わたしは考えておりません」
リューミラの瞳が大きく見開かれる
「ツィーア!?なにを言うの!?」
「なぜ、わたしがアルデス家と縁を結ぶ必要があるんですか?」
「それ・・・は・・・・まだ、未成年ですもの。そう!成人までは、親がいた方が」
「わたしと養子縁組をして、そして18歳になって解消する。そういうことですか?」
「っ!そんな・・・・言い方は・・・・」
さすがに勝手なことを言っている自覚がでたのか、リューミラが言い淀む。
「わたくしは・・・・そのほうが・・・・あなたにとっても良いと思って」
気まずげに視線を彷徨わせながら、リューミラがなお言いつのろうとするけれど
「アルデス家のことを恨んではいません。子爵が家を守ろうとなさって、わたしとの縁組みを解消されたことも、理解してます」
「それなら!」
「リューミラさま、わたしとアルデス家の縁はあの日切れました」
きっぱりと、シスツィーアは言い切る。
「わたしからご連絡することは、もうありません」
みるみるうちに、リューミラの瞳が見開かれ
「ツィ」
「できれば、アルデス家からも控えていただければと思います」
ひたっと、シスツィーアはリューミラと視線を合わせ
「陛下やレオリード殿下に、これ以上のご迷惑をおかけするわけにはいきませんから」
静かな、それでいて揺るぎない声でシスツィーアは告げた。
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