予想外のできごと
「ルリはもう戻ってきたかしら?」
礼儀作法の講義が終り、私室への帰り道
シスツィーアはサラと歩きながら、リジーに送った招待状のことを気にしていた。
昨日、招待状をキーサに確認したとき
「こちらの内容でしたら、ルグラーシュ嬢へお渡ししても問題ありません。先生もお許しになると思います」
「本当?」
「はい。シスツィーアさまがよろしければ、先生から許可がおり次第、すぐにリジデリア嬢にお届けできるよう、使者を手配しておきますが?」
そう言われて、今日の講義がはじまってすぐに招待状を確認してもらい、リジーに届けてもらったのだ。
「ええ。予定ではもう戻っているころですわ」
そわそわしているシスツィーアが微笑ましいのか、サラはにこにこと答える。
シスツィーアの招待をリジーが断ることはできない
だけど、頭ではわかっていてもシスツィーアはどきどきして
礼儀作法の授業の部屋からシスツィーアの私室に行くには、メイドたちの控え室の前を通るのだが、使用人たちの部屋に立ち入るのは淑女のすることではない。
だから、大人しく部屋で待つしかないのだけれど、シスツィーアたちが向かう先の方でメイドが部屋に入るのが見えて
「あの部屋は」
「たぶん、わたくしたちの控え室ですわ。きっと、ルリが戻ったのでしょう」
シスツィーアがどきどきするのを抑えながら、サラとふたりで控え室の前を通ると
「メイド長は、まだ?」
「はい。会議が長引いてるみたいで、まだお戻りではありませんでした」
「今日はキーサさまもお休みだし・・・・どうしたら」
(なにがあったのかしら?)
扉越しに聞こえてきた、緊迫したルリの声に不穏なものを感じて、シスツィーアは立ち止まりサラと顔を見合わせる。
扉の向こうからは、まだ話し声がして
「ひとまず、メイド長にご相談してからにしましょう。シスツィーアさまには少しお待ちいただくように、お願いしてみるわ」
「かしこまりました」
「えっと・・・・どうしたら」
扉の外で盗み聞き
いつもであれば、そんなことはしないけれど自分の名前がでてきて、シスツィーアは気になって仕方がない。
隣ではサラも困惑した表情をしているし、きっと予想外のできごとが起こったのだろう。
「えっと、なかに入っても大丈夫かしら?」
「・・・・そうですわね。話を聞いた方が良さそうですわ」
サラは一瞬だけ逡巡するような素振りを見せるけれど、すぐに頷くとノックもせずに控え室の扉を開く
「あの、ごめんなさい。勝手に話しを聞いてしまって。その、聞くつもりはなかったんだけど、聞こえてしまって」
「シスツィーアさま!」
そう言いながらシスツィーアが部屋のなかを覗くと、ルリと見知らぬメイドが固まっている。
「なにがあったの?」
ルリは困り果てた顔をしていたけれど、サラと視線を交わし、観念したように話しはじめる。
「シスツィーアさま、この者はわたくしとともにルグラーシュ嬢に手紙を届けたエルティですわ。本当でしたら、お目通りのできる身分ではないのですが」
「わたしは気にしないわ」
「ありがとうございます。ご挨拶を」
「お初にお目にかかります。エルティと申します」
ルリに促されて礼をとるエルティに「顔をあげて」とシスツィーアは言い
「シスツィーアです。えっと、いったいなにがあったの?リジー・・・・ルグラーシュ嬢になにか問題が?」
「ルグラーシュ嬢は問題ありませんわ」
シスツィーアの疑問をルリは間髪いれずに否定する。
「ルグラーシュ嬢より「ご招待、謹んでお受けいたします」と、お返事をいただいております。同席されたルグラン夫人も「お話を伺ったときより、招待状が届くのを心待ちにしておりました」と仰ってました」
「そう。良かった」
お茶会がリジーにとって迷惑でなかったと聞き、シスツィーアはほっとして肩の力を抜く。
でも、リジーが問題ないなら
「あの、それじゃあ?」
「実は・・・・エルティがルグラン家の前で控えているときに、シスツィーアさまの『姉』を名乗る方より声をかけられまして」
「それって・・・・」
「アルデス子爵家のご令嬢ですわ」
どくん
シスツィーアの心臓が、大きな音を立てて鳴る
『アルデス子爵家のご令嬢』
(リューミラ・・・・さま)
シスツィーアが、かつて『義姉』と呼んだ、アルデス子爵家の一人娘
(なぜ・・・・リューミラさまが)
シスツィーアの脳裏に、アルデス子爵家でのことが過る。
(あの日、たしかに)
シスツィーアが声を掛けたときに、リューミラに無視された。シスツィーアが除籍されることを知っていたのは明白だ。
ぎゅっと、心臓が締め付けられる
知らず知らずのうちに、手を握りしめる
気付かないうちに、呼吸が浅くなる
「シスツィーアさま、お顔の色が!」
「だい、じょうぶ」
「こちらにお座りください!」
真っ青な顔になったシスツィーアを、サラが慌てて椅子に座らせる。
「申し訳ありません。このようなご報告を」
「きに、しないで。わたしが、たずねたの、だから」
シスツィーアは微笑もうとするけれど、顔は強張り、瞳の焦点はあっていない。
サラもルリもシスツィーアの様子がおかしくなったことに青くなり
「それ、で・・・・・」
シスツィーアは喉がカラカラになるのを感じながら、声を絞り出す。
「なにが・・・・?」
「エルティ。お答えして」
カタカタと震えるエルティだけど、ルリに叱責されるように促されて
「その、シスツィーアさまにお会いしたいと、手紙を送っても返事をいただけないと」
「てが、み?」
リューミラからの手紙なんて、シスツィーアは知らない
そもそも、王宮に来てからアラン以外の誰とも手紙のやり取りなんてしてないのだ。
(どういう、こと?)
気を抜けば、意識が遠退きそうになる
「ほか、には?」
「「会って話せば誤解は解けるから」と、そのように言われました!」
いまにも泣きそうなエルティ。そのあとはルリがルグラン家からでてきて、リューミラが訴えるのを振り切るように戻ってきたと説明され
「そう・・・・・・」
手紙を届けてくれたルリたちもだけど、きっとリジーたちにもリューミラは・・・・
「ごめん、なさい。めいわく、かけて」
シスツィーアの視界が歪む
(どうして・・・・)
どうして、うまくいかないのだろう?
(迷惑、かけたくないのに)
ただ、旧友のお祝いをしたいだけなのに
泣きそうになるのを懸命にこらえて
「シスツィーアさま」
「え?」
呼ぶ声が聞こえて顔を少し動かすと、目の前にはメイド長がシスツィーアを見上げるように跪いている。
「メイド長」
「はい。ご気分はいかがでしょう?温かいお飲み物をご用意いたしますわ」
シスツィーアと視線が合うと、メイド長はシスツィーアの向こう側へ目配せをする。
「どう・・・・」
「ルリより事情を聞きました。さぞおつらいでしょう」
「っ・・・・・・」
痛わしそうなメイド長に、シスツィーアは言葉につまる。
「お心を煩わせるようなことになり、申し訳ありません」
「だい、じょうぶです」
そう言いながら顔をあげようとするけれど、シスツィーアの動きはぎこちない。
そっとカップが差し出され、シスツィーアに手渡されて
「・・・・あまい」
飲みたいとは思わなかったけれど、せっかくの好意を無碍にはできないから無理やり口に運ぶ。
ホットミルクと微かな蜂蜜の甘さが、口のなかにふわりとひろがり
もうひとくちゆっくり飲むと、身体の強張りが少しほぐれて
「あの、それより、リューミラさまは、何度もお手紙を?」
声は小さいもののさっきよりしっかり話せることに、シスツィーアだけでなくメイドたちもほっとして、メイド長はシスツィーアの様子をうかがいながら慎重に話しはじめる。
「・・・・わたくしも詳しくは存じませんが、おそらく」
「メイド長も、ご存知なかったの?」
「シスツィーアさま宛に、お手紙がきていることは存じておりました。ですが、どれほど届いているかまでは」
メイド長の話では、夏季休暇にはいるころからシスツィーア宛の手紙が届くようになったらしい。
「わたし、知らないわ」
「シスツィーアさまにお知らせしないようにと、レオリード殿下よりの指示です」
「え?」
しぱしぱと目を瞬かせる。
(レオンの指示・・・・?なぜ・・・・?)
やはり、なにかしら迷惑をかけてしまって、そんことになっているのだろうか?
シスツィーアの顔がまた泣きそうになるけれど
「シスツィーアさまが『療養』に専念できるよう、シスツィーアさまへの直接のご連絡は控えるようにと、丁重に送り返しておられました」
「・・・・」
メイド長からの説明に、シスツィーアは途方にくれる
「わたしの、ため」
こらえていたのに、涙が溢れて
(そんなこと)
「レオ・・・・レオリード殿下に、お会いしたい、です」
「かしこまりました。すぐ殿下にお伝えいたします」
ぐしゃぐしゃな心のまま言ったのに、メイド長は嗜めることなくうなずく。
そのことでも、シスツィーアはまた涙が溢れて
ただただ、胸が締め付けられて仕方なかった
最後までお読み下さり、ありがとうございます。
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