招待状
「では、次の授業までに招待状を書き上げておいてくださいませ。書くときはお招きする方のことを思い浮かべて、ですよ。明日からはお茶にお菓子やお花、テーブルクロスなどの用意をしていきますわ。今回のお茶会はお祝いを伝える場ですので、できるだけ先方のお好みについて調べておいてくださいね」
「はい。ありがとうございました」
「失礼いたします」
礼儀作法の講師と互いに挨拶を交わし、講師が部屋を出ていくとシスツィーアも与えられた私室へと戻る。
シールスの姉であるリジーを招待するという話しは、シスツィーアが話すより前にアランからメイド長、キーサたちへとすぐに伝わっていて
「すぐにお茶会の準備をいたしましょう。お招きするルグラン嬢が出立されるまで、ゆっくり準備するには日がありませんもの。シスツィーアさまからもお聞きいたしますが、僭越ながら、わたくしも調べるよう手配いたしました」
招待する方のことを知らなくてはおもてなしができないと、キーサはシスツィーアから話を聞くよりも先にリジーのことを調べるように指示し、礼儀作法の授業が優先できるようにと手配まで済ませていた。
「他にもお招きしたい方がいらしたら教えてくださいませ。ルグラン嬢と一緒にご招待してもよろしいですし、それとは別にお茶会を開くこともできますから」
リジーとのお茶会はお勉強の一環で、他の方を招いてなんて、まったく考えていなかったシスツィーア
驚きと焦りであたふたとして
「えっ!?・・・・あの・・・・お茶会は、今回だけで」
「いいえ。ご友人との交流は大切ですわ。お会いしたい方がいれば、どうぞ遠慮なく仰ってくださいませ」
「え・・・・ええ」
キーサに微笑まれて、シスツィーアは「友だちがいない」なんて言えなくて、曖昧に頷くしかなくて
それに
「お茶会の雰囲気に合わせた、新しいドレスが必要ですわね」
「ええ。それに、靴や装飾品も必要ですわ。シスツィーアさまはどのようなお茶会にしたいとお考えですか?」
サラとルリも張り切っていて、シスツィーアは慌てて断ろうとしたけれど
「えっと、ドレスはこの間作ったばかりだから」
「あれは日常で着るものですわ」
「ええ。お茶会用ではありませんもの」
シスツィーアの反論も虚しく、先日作ったドレスは、あくまでも王宮内でお客さまに会わないことが前提のものだと言われて
「でも、えっと、レオリード殿下とは・・・・・・それに、シールスとも」
「陛下方からは「同じ王宮に住むのだから、気にしなくて良い」と、お言葉をいただいておりますわ」
「ええ。それにシールス・ルグランさまとお会いなさる際は、在学中の多くの方は学生服で参加されると伺っておりましたので、わたくしたちであまり華美にならないものをご用意させていただきました」
「・・・・・・・・・・」
言われてみれば、シスツィーアは当日用意されたドレスを着ただけ
(たしかに、あの日着たのはワンピースに近いものだったわ。もしかして、夏のドレスを仕立てるときには、打ち上げの日程は決まっていたのかしら?)
レオリードの予定なら数か月先まで決まっていて当然。まして、人を招くのだから会場の設営も警備も、シスツィーアが知らないだけでずいぶん前から準備は始まっていたはずだ。
ルリたちが事前に聞いていて、手配していたとしても不思議はない
そのことに思い至らなかったことが、なんだか情けなくて
「お茶会は、いわばお昼に行われる夜会。みなさま、お茶会の作法に則ったドレスをお召しになりますから」
キーサに諭すようにそう言われて、お茶会の雰囲気に合わせたドレスを作ることが決まり
(リジーは『リジデリア』と言う名前だったのね)
昼食をすませたあと、キーサから渡されたリジーに関する書類へ目を通すシスツィーア。
リジーはすでにルグラン家から籍を移しており戸籍上は他国の伯爵令嬢となるため、いまはセフィリスト王国から『滞在許可』を受けてルグラン家にいることなどが記されていて、そこではじめてリジーの名前を知ったのだ。
(シールスも愛称かしら?あ、でも学園の名簿には『シールス・ルグラン』と書いてあったわ)
香夜祭のときに幾度となく目を通した名簿には『シールス・ルグラン』と記してあった。
それなら、リジーが養女になったときに改名した可能性もある。
(招待状の宛名は『リジデリア・ルグラーシュ伯爵令嬢』にした方が良いわよね)
そんなことを考えながら招待状を認め、礼儀作法の講師に見せる前にキーサにおかしなところがないか確認してもらおうと、汚さないようにファイルに仕舞う。
そのあとは、シスツィーアの覚えているかぎりの、リジーの好きなものを書き出そうと新しい紙をひろげて
「思い浮かばないわ」
招待状を認めてから、かれこれ一時間は経とうとするけれど、シスツィーアはリジーの好きなものが思い出せずにいる。
(何度も一緒にお茶したのに)
シールスの家に遊びに行き、リジーとお茶の時間を過ごしたことは『数回』どころではない。
(えっと、たしかテーブルにはいつもお花が生けてあったわ)
季節の花がテーブルを華やかに彩っていたことは、すぐに思い出せたけれど
「でも、どのお花が一番好きか、聞いたことなかった」
ルグラン夫人が庭で育てている花が飾られているから、リジーも花の名前も花言葉も詳しかったことは覚えている。
だけど『どの花が一番好き?』とか、そんなことは聞いたことはなかった。
(お茶、は、たしかいつも同じ味だったような)
シスツィーアはお茶にこだわりがないし、祖父と暮らしていたときは祖父の好きな銘柄を、実家や養家では置いてあるものを飲んでいた。
それに、お邪魔しているお家で出されたお茶の銘柄を尋ねるなんて、相手に失礼になりそうで聞いたことが
「あ・・・・・あのとき」
『このお茶、銘柄を教えてもらえるかしら?』
一度だけ、養子先の一人娘であるリューミラとルグラン家でお茶をすることがあり、そのときのリューミラの言葉が思い出される。
(あのとき、リジーはたしか)
思いがけない質問だったからか、一瞬リジーの動きが凍って、だけどすぐに「リューミラさまのために、精一杯のものをご用意しました」と、リジーはにこりと笑いながらお茶の缶を見せてくれた。
リューミラは「あら?わたくしのために?」と、空気が凍ったことも気づかない様子で嬉しそうに微笑み、隣にいたシスツィーアは恥ずかしさと申し訳なさでいたたまれなくて、小さくなったのだ。
そんな、余計なことは思い出すのに
(名前・・・・覚えてない・・・・・・)
お茶の缶は覚えているのに、名前がでてこない
『商店街にあるお店に売ってある、少しお高めの銘柄』
シスツィーアが思い出せるのは、それくらいだ。
諦めて、ほかのテーブルクロスやお茶菓子のことを考えるけれど
「ダメだわ。全然思い出せない」
お茶もお花も、なんならリジーの趣味とかシスツィーアは思い出せなくて
(わたし、そんなにリジーに興味なかったのかしら)
リジーとお茶の時間を過ごして、楽しかったことは覚えているのに
それはリジーがシスツィーアに気をつかって、楽しませてくれていたからであることに、申し訳なさと罪悪感が押し寄せてきて
「・・・・・・後悔してもしかたないわ」
リジーにこのお茶会で楽しんでもらうことが、これまでのお詫びやお礼
(後悔役立たずなんて、嫌よ)
『あのとき、ああしておけば、こうしておけば良かった』なんて、もうそんな想いはしたくない
「よし!」
もうすぐお茶の時間になる
今日のお相手はサラだ
(サラならお茶会のことに詳しいし、なにか良い案があるかも)
相談してみて良いかもしれない
そんなことを考えて、シスツィーアは時計を見た。
最後までお読み下さり、ありがとうございます。
次話もお楽しみいただければ幸いです。




