領地戦
私は、とても短気なんだ。すぐ怒る、というより、我慢が出来ないんだ。
そう寄宿学校でいうと、皆、首を傾げる。
「いや、アクサ、短気じゃないだろう」
「全然、怒らないじゃないか」
「俺でも怒るようなことでも、笑って許すし」
「むしろ、心が広いよな」
そう、言われた。それは、私のガキの頃を知らないから、そういうんだ。
私はガキの頃は、ともかく、短気で、手が付けられなかったのだ。だから、母は肩身の狭い思いをしていたんだ。
私の短気は、直らなかったが、寄宿学校でされたことは、気にならなかっただけだ。怒る要素がない。なんで、そんなことで怒らないといけないのだろうか、それが不思議だ。
だから、私の知り合いは、私のことを心の広い人、と言った。
「いやー、久しぶりだね、メッサくん」
「いきなり、演習だって、王都を出発したんだけど」
「私の隣りに立たせてあげよう」
「えー、どうしよう」
遠慮する騎士メッサを無理矢理、私の隣りに立たせた。
ちょっと高い場所に立って、私は、帝国所有の騎士団が並ぶのを見下ろした。
「私は、騎士団臨時団長アクサである!!」
初めて聞く人も多い肩書である。臨時、とついているが、団長だ。だから、ここにいる平の騎士たちの中で、私は一番偉い。
「これから、内戦に備えた、特別演習を行う!! 大魔法使いアラリーラによって、敵国との戦争は永遠になくなった。しかし!! 帝国内部には、まだ、不穏分子は残っている!!! 我々、騎士は、帝国には必要な存在だ。だから、いつ、内戦が起きてもいいように、今日、演習を行う!!!」
騎士たちは、怒号をあげる。最近、出番がないから、貴族どもが騎士団の縮小を訴えてきた。そんなことはさせない。
「今回、演習地となるのは、領地戦が勃発する領地だ。領地戦の許可は、帝国からすでに降りている。領地戦には、帝国の騎士団は関わってはならないこととなっている。それは、魔法使いもだ」
内戦に備えた騎士団の演習だというのに、領地戦が実際に起こるとこでは、帝国の騎士団は傍観するしかないはずだ。
騎士となった者たちは、そういうことを見習い騎士の時に学ぶ。だから、この矛盾に気づいて、ざわざわと騒ぎだした。
「しかし!! この領地戦となる領地の領主の跡継ぎが、帝国の反旗を翻す存在であることが、今回、筆頭魔法使いハガルによって発覚した!! 領主の跡継ぎは、帝国の敵であるため、騎士団は、内戦を未然に防ぐため、内戦の演習と称して、今回、領地戦に参加することとなった!! これは、国防である!!!」
領地戦だけど、騎士団として、大義名分がある。表向きは領地戦だが、実際は内戦である。領地戦に参加して、敵の目をくらますのである。
だから、騎士団たちには、我が家の家紋の旗を持たせた。身に着けている物は帝国騎士団のものだが、旗は我が家の家紋である。
「気の毒なことに、領主は、跡継ぎが帝国を裏切っていることを知らない!! それは、領地民たちもだ!!! だから、領地民たちには一切、手を出してはならない。さらには、人質となるだろう領主の救出を優先する!!!!」
「この領地の私設騎士団はどうすればいいでしょうか!!!」
「いい質問だ!!! もちろん、制圧する!!!! この帝国騎士団の鎧を見て、抵抗する者たちは皆、敵だ!!!!」
「使用人たち、家令、執事はどうすればいいでしょうか!!!」
「すでに、領主は無力化されていると考えていい。屋敷にいる使用人たち、家令、執事は全て、敵だ。帝国騎士団の鎧を見て抵抗するならば、殺せ!!!」
『おおおおおおーーーーーーーー!!!!!』
とんでもない怒号が、辺りに響き渡った。まだ、空は暗い。このまま移動すれば、早朝に、妻の生家に到着する。
「あ、あの、これ、演習じゃ」
騎士メッサは、まだ、空気に飲まれてなくて、私の隣りで恐る恐ると聞いてきた。
「演習だ」
「けど、殺せって」
「当然だ。帝国の敵だ。まだ、内戦が勃発していないだけで、内戦の準備を進められている。我々は、内戦を未然に防ぐために、演習と称して、敵勢力を殲滅するんだ」
「………」
「私から、君を騎士団副団長の推薦状を書こう。今回の手柄は全て、君の物だ」
「いやいやいやいや!! 全て、あんたのだろう!!!」
「私は、表に出ない騎士団の団長だ。手柄は私の物にならない」
「どういうこと?」
「軍神コクーンのようなものだ」
軍神コクーンと呼ばれているが、あの男は、帝国の騎士団所属ではないのだ。騎士団を鍛えたりとか、そういうことをしているが、一貴族である。
だが、帝国としては、そういう戦力を帝国の元に取り入れたい。だから、臨時の階級を与えたのだ。
軍神と呼ばれるコクーン。本当に、階級は軍神なのだ。あれ、勝手に皆が呼んでるなー、なんて思われているが、帝国では、軍神として登録されている。貴族ではなくなったけど、コクーンは今も、帝国の騎士なのだ。ほら、騎士は、平民でも、貧民でもなれるから。
私は、寄宿学校に通っている頃に、やんちゃし過ぎて、帝国の騎士団に目をつけられてしまった。
「貴族の学校を卒業したって、爵位は姉が引き継ぐんだろう。ほら、騎士団に来い。卒業したら、即、騎士だ!!」
とか軍部の偉い人たちに熱烈に誘われた。
文官になれるほど、頭が良いわけではない。せっかく上の覚えも目出度いから、と騎士団を考えていたのだが、先代がとんでもない借金を残して死んだから、義姉では、爵位返上するしかないほど、大変なことになっていた。
結局、仕方なく、お家のっとりみたいに、爵位を受け継いだのだ。
「てめぇ!! 騎士になるって言ってただろう!!」
「さっさと爵位返上しちまえ!!!」
「勝ち逃げするな!!」
なんか、色々と言われたけど、帝国は、正式に私を子爵に任命してくれた。領地持ちだから、騎士なんかやってられない。借金もあるから忙しいんだよ。
「いやいや、お前みたいな奴、野放しにしちゃ、大変なことになるよ!! 臨時の団長職をあげよう。だから、名前だけ、帝国の騎士になれ」
面倒臭いけど、色々と条件をつけて、臨時だけど、帝国の騎士団長になったわけである。
そして今日、この臨時の騎士団長の権力を濫用して、妻の生家に領地戦を仕掛けたのだ。
軍馬を走らせて、王都から、妻の生家の領地へと休みなく進めば、明け方には到着である。働き者の領地民は、朝日とともに動き出していた。物々しい馬に乗った騎士団の移動に、見たことがないので、深く頭を下げたりして、目が合わないようにしていた。目が合うと無礼になる、なんて思ったのだろう。
そういう領地民の見送りを抜け、あっという間に、領主とその家族がいる屋敷に到着した。
とんでものない数の馬がやってきたのだ。すぐ、私設騎士団が、見張りの報告で動き出した。
だが、騎馬でやってくる騎士たちの鎧が帝国のものだと気づき、私設騎士たちは混乱する。
「と、止まれ!!」
「ぎゃあああーーーーー!!」
「避けろ!!!」
敵に止まれと言われて、止まるはずがない。容赦なく軍馬で踏みつぶし、屋敷に突入する。
屋敷の中では、馬は邪魔になるので、馬は、それを面倒みる騎士に渡して、私は食堂へと向かう。この時間帯なら、律儀に家族総勢で朝食だ。
屋敷の中は悲鳴と破壊音が響いているというのに、食堂からは誰かが出てきた様子がない。私がドアを蹴り開ければ、中では外の様子など気づかず、のんびりと食事をしていた。
「アクサ、早かったですね!!」
家族団らんの食事会に、当然のように参加している筆頭魔法使いハガル。笑顔で、席を立ち、私の元にやってきた。
「何故、あなたがここにいるのですか」
「特等席で見たいからです」
ハガルは、平凡な見た目なんだが、嫣然と微笑むと、妙な色香を感じる。それは、ルキエルを連想させる。
「貴様、何しに来た!! もう、貴様と我々は敵同士だ!!!!」
「帝国からの手紙は受け取ったか?」
「何の話だ?」
受け取ってなかったら、まずいなー。
「きちんと、私から、あの男に手渡しましたよ。すぐに見るように、と言ったのに、食事の後で見るといって、私を食事の席に招待したんです」
「受け取ったんだな」
「はい、確かに、渡しましたよ。中身を確認していませんけど」
「受け取ったのなら、それでいい」
筆頭魔法使いハガルは、帝国からの手紙を義兄に手渡した。その事実で十分だ。
私は、目の前の、まだ手がついていない料理が並ぶ机を蹴り倒した。
朝食の場が、あっという間に台無しだ。
「貴様ぁあああーーーーー!!!」
何も持たないでやってくる義兄。それに対して、私は軽装とはいえ、武装している。鎧は身に着けていないが、帯剣している。
私につかみかかろうと手を伸ばす義兄。私はその義兄の腕を抜き放った剣で一閃して、斬り落とした。
「きゃあああああああーーーーーーー!!!」
誰かが過剰に反応して、悲鳴をあげた。
ごとんと音をたてて落ちる義兄の腕、義兄は醜い声をあげて、倒れ、無茶苦茶に暴れた。そんな義兄の腹を私が踏みしめてやる。すると、床を転げまわれないが、虫が仰向けになったような、無様な動きを見せた。
「きさまきさまきさまきさまきさまーーーーーーー!!!」
「何をしているのよ!! はやく、騎士を呼びなさい!!!」
やっと、騎士が呼ばれるが、誰も来ない。使用人すらやってこない。
私が蹴り開けたドアの向こうからは、阿鼻叫喚と破壊音が響いてくるだけだ。
「義兄さん、言ったでしょう。あなたが領地戦許可の書類を受け取ったら、領地戦の開始だと」
「な、なんだとぉおおーーーーー!!!」
「帝国からの手紙、さっさと確認しないから。だから、帝国の敵になるんですよ」
「息子から離れなさい、無礼者!!」
義父の正妻が、きんきんと頭が痛くなるような声で叫んで、私に向かって、何かを投げつけた。
「そうだ!!」
「片親が平民の分際で!!!」
「お家乗っ取りするような卑怯者が!!!」
この食堂にいるのは義兄の味方のみだ。私は孤立無援である。
だから、容赦なく、義兄の足に持っていた剣を突き立てる。
「ぎゃああああーーーー!!!」
「なんてことするのよぉ!!!」
「煩いな。物を投げるな、痛いじゃないか」
「あんたのやってることのほうが、もっと酷いじゃない!!!」
「領地戦はもう始まってるんだ」
「そんな話、聞いてないわよ!!!」
「帝国の手紙を確認しない、お前の出来の悪い息子が悪い」
次は、義兄の腹を突き刺してやる。
「義兄さんの味方は、こんなにいるというのに、義兄さんを助けようと、私に向かってこないな。数では、上だろう」
そう挑発してやったのに、男どもは、互いの顔を見合って、気持ち悪い顔で笑う。
「領地戦といっても、兄上がやることだし」
「我々は、関係ない」
「跡継ぎでもないし」
「そういうことは、男の役目よ」
「やりなさいよ!!」
男は他人事、女はこういう時ばかり男の仕事と押し付ける。
人数は上なのだが、こういう経験がないから、出来ないのだ。
「お、お前たちぃいいいいーーーーー!!」
そして、一方的に私の剣に刺されて、傷を増やす義兄。死なないようにやるのは、なかなか難しい。
「さて、義兄さんは動けなくなったし、次だ」
「ど、どうして!!」
「領地戦だから」
「だ、だから、跡継ぎが」
「義兄さんが死んだら、跡継ぎはこの中の誰かだ。そうしたら、また、私の敵となるだろう。だったら、ここにいる奴ら全員、殺せば、一回で済む」
「ひいいいいいいーーーーー!!!」
「た、たしゅけぇええーーーーー!!」
すぐに、逃げ出す義兄の身内。そこには、義兄の妻もいる。まだ、年端もいかない子どももいるけど、親は子どもなんか見捨てて、食堂から飛び出していった。
義父はというと、覚悟を決めたように、椅子に座って、裁きを待っていた。義父は後回しだな。
逃げ遅れた子どもはさっさと殺し、として食堂を出れば、帝国騎士や、オクトから借りた私設騎士によって、義兄の身内たちは次々と殺されていった。
「ほぼ、制圧しました」
「死体を外の広場に並べておいてくれ。不穏分子が逃走しているかどうか、確認する」
「わかりました」
死体が騎士によって屋敷の外へと運び出されていった。それを見送り、再び、食堂に戻った。
義父は、どっしりと椅子に座ったままだ。義兄は、まだ、生きている。意識もしっかりとある。私が戻ってきたから、恐怖からか、それとも、貧血からか、真っ青だ。
「た、たすけっ」
「あなたの母親、姉、弟、妹、妻、子、全て、死にましたよ」
「た、たすけて、くれぇ」
「団長、赤ん坊がいました」
そこに、騎士に両脇をかためられた、赤ん坊を抱いた女が連れて来られた。
「お前は?」
「お坊ちゃまのう、乳母、です」
ガクガクと震えて答える、若い乳母。腕の中にいる赤ん坊は、義兄の子だ。
まだ、産まれて数か月といったところか。首は座って、こんな状況だけど、乳母の腕の中でぐっすりと眠っている。いっぱい、飲んでいるようで、体がぱつんぱつんに膨らんでいて可愛い。
「赤ん坊ですが、どうしますか?」
「帝国の敵の血筋は、例え赤ん坊でも残してはならない。それが、帝国の鉄則だ」
「やめろ!!」
義父が席を立って、止めようと動くが、遅い。私は容赦なく、乳母ごと、赤ん坊を刺した。
「な、き、きさま、あかん、ぼうを」
義兄、散々、刺されて、酷いことになっているというのに、赤ん坊が目の前で殺されて、私を責めるように見上げた。
「何を善人ぶってるんだ。お前は、私の妻と子どもを見捨てると言った。そのお前に、私を責める資格はない」
「そ、そんなぁあー」
「私は、それなりに努力した。だが、お前は気に入らないという理由で、敵になった。私は、短気なんだよ」
義兄の腹の傷をぐりぐりと踏みしめると、義兄は苦痛で声をあげるが、それには、力がない。
「私は、何を言われても、気にしない。それを人は、心が広い、というらしい。だが、心が広い奴は、我慢するものだ。私は、とっても短気で我慢出来ないから、一度、怒ると、破壊尽くさないと気が済まないんだ。私は、心も広くない」
留めとばかりに、義兄の胸を深く刺して、抜くと、どんどんと血が流れ、それは、止まらなかった。
いつか死ぬとわかっている義兄を踏み越え、椅子に座ったまま呆然とする義父の前に立つ。
「お義父さん、助けに来ました」
「助け?」
「義兄は、帝国で内戦を起こそうとしていたんです。このままでは、妻の実家は、帝国の敵となって、一族郎党、妖精の呪いの刑で、私の妻と子どもまで死ぬこととなります。だから、領地戦と称して、わが身の潔白を証明するため、義兄を討ちました」
「………」
「お義父さんは、義兄によって、幽閉されるところでしたよ。危なかったですね」
「そう、だな」
力なく笑う義父。突然、身内のほとんどを失ったのだ。混乱したのだろう。
「ご当主様を保護しろ。もしかしたら、薬を盛られているかもしれない。妖精の万能薬の使用を許可する」
「はい!!」
「任せてください!!」
どこにいたのか、騎士メッサと筆頭魔法使いハガルが名乗り上げ、義父の手をとって、立たせた。
一気に老けたな。義父の後ろ姿を見て、そう思った。




