海の貧民街に飛び火
俺は、本当に短気なんだ。しかも、一度、怒ると、なかなか怒りが収まらない。だから、色々と大変なことになった。
妻の生家との領地戦は数時間で終了となった。被害は、屋敷の中に居た者たちだけとなった。領地民は、領地戦が起こっているなんて知らないし、私設騎士たちは、帝国の鎧を着た騎士たちに抵抗しなかったので、被害は軽微と言っていい。
だが、妻の生家の生き残りは、義父ただ一人。赤ん坊まで、全て、惨殺となった。
「やり過ぎよ!!」
「赤ん坊まで殺すなんて!!!」
もちろん、義父の正妻の実家側、義兄の妻の実家側から、抗議が帝国に上がった。
領地戦と称しているが、だまし討ちのようなものなんだ。帝国からの領地戦の許可の書類が入った手紙を確認していない義兄側はのんびり食事をとっていた。そこに、完全武装した俺が騎士団を引き連れて強襲したのである。生き残った私設騎士たちから証言をとったようで、その事実に、帝国を通した俺への訴えはすごかった。
「こんな、お家乗っ取りをするような男、許してはいけません!!」
「帝国の恥です!!」
「貴族議員職を罷免するべきだ!!」
いつもは一貴族議員だというのに、今日は、壇上に立たされ、言葉の暴力を受けている。事実だから、否定出来ないなー。
「皇帝陛下、ご意見を」
俺への罵倒が一段落したところで、筆頭魔法使いハガルが、皇帝アイオーンの意見を求める。
「その場には、ハガルもいただろう。どうなんだ?」
「筆頭魔法使い殿は、この卑怯な男の味方なんです!!」
「そうだそうだ!!」
筆頭魔法使いハガルがその場にいたことも、すでに、バレている。そりゃ、生き残った義父がいるんだから、バレるよね。
「帝国の騎士団を領地戦に使う許可を出すなど、不正だ!!」
「帝国は、貴族同士の、このような問題には、中立に立つものだ!!」
「筆頭魔法使い殿、どう責任をとるつもりだ!!!」
ちょっと口を開いただけだというのに、筆頭魔法使いハガルに飛び火する。いいけど、相手は、帝国で二番目の権力者だぞ。貴族の爵位を強制剥奪する強権を持っているぞ。
こういう時は、貝のように堅く口を閉ざし、成り行きを見守ったほうがいい。貴族じゃなくなったら、貧民になって、ルキエルの伝手で、どっか働く所、紹介してもらおう。
「そういえば、侯爵も、子爵アクサに、領地戦を挑んでいますね。今、申請書類を審議中なんですが、子爵の領地の所有の正当性を領地戦で決めようとしていますね」
お、ハガル、別の所へと飛び火させた。
「この領地戦の協力者には、子爵の妻方の義兄が、侯爵家に名乗り上げています。どうやら、身内間でも、この領地の正当性を争っていたようですね。それについては、皇帝陛下は、どうお考えですか?」
「この領地戦、肝心の、元領主であった軍神コクーンの孫娘がまだ、見つかっていないということで、子爵アクサから異議申し立てが出ているな。子爵としては、本来の持ち主であったコクーンの孫娘との話し合いを求めている。そうだな」
「はい」
俺は、借金返済のために、私設騎士団を解散させちゃったから、武力がないので、搦め手に出たのである。盤上にない駒を使ったのだ。
領地の正当性は、領主同士の話し合いが正しいのだ。侯爵は、次男を婿養子に出すのであって、領主は、婚約者であった軍神コクーンの孫娘ヘレンである。
「軍神コクーンの孫が、再び、貴族となり、領主となることを希望するのであれば、俺は、その申し出に従おうと考えている」
「そうなのですか!!」
「妻方の生家の跡継ぎが、俺のせいで不在となっていますので、離縁し、妻には生家に戻ってもらい、俺は、今回の責任をとって、爵位返上を考えています」
貴族やめよう。借金もないし、領地も誰かが引き継いでくれるなら、あとは、妻と子どもだが、ほら、生家は今、跡継ぎがいないから、離縁して、戻せばいい。
「それは、奥方も了承済みか?」
「………えーと、説得、して、ます」
「確か、奥方が君に一目惚れして、熱烈に求婚した、と聞いているが」
どこ情報だろうか? つい、俺は、筆頭魔法使いハガルを見てしまう。ハガル、いつもの笑顔を俺に向けてきた。読めないな。
「妻とその子どもの幸せのためには、お家乗っ取りと卑怯者の二つ名を持つ俺との離縁は必須です」
貴族やめたい。ここが、きっと、ふんばり所だ。
「今回、帝国の騎士団の出動命令を筆頭魔法使いの名のもとに下された。ハガル、弁明はあるか?」
「子爵アクサから、身内の告発がありました」
とうとう、出されたかー。
どうにか、ただの身内の醜い喧嘩で終わらせたかったが、周囲は納得してくれない。結局、俺が一生懸命、まとめた、告発文が表に出ることとなった。
「子爵の妻の腹違いの義兄が、内戦の準備をしていることが、ここに記されています。帝国に許可なく、武器の売買を行っています。他にも、帝国の所有物である妖精憑きの不正所持が、今回のことで発覚しました。借金を理由とした領地民の奴隷化も行っていました」
次から次へと、妻の死んだ義兄の罪が読み上げられる。
実際、やっていたんだけど。これ、義父の正妻から義兄へと引き継がれた裏の商売である。義父だって知っていただろうが、黙認である。義父だって、何かやってるから、お互い様だもんな。
「子爵は、領地戦を理由に、わが身の潔白を証明したい、と私に訴えました。私は、その帝国への忠誠心に感動し、帝国の騎士団の出動許可を下ろしました。これは、内戦です!!」
しーんと、静かになった。誰も、これに、何も言えない。
だって、明日はわが身かもしれないのだ。今回、証拠は義兄のものだけとは限らない。武器の売買、ということは、他にも、そういうことをしている者がいるのだ。それは、平民だけとは限らない。
顧客名簿なんか提出されていたら、もう、後はない。筆頭魔法使いハガルは、帝国第一の、恐ろしい男だ。帝国の敵には、容赦がない。
筆頭魔法使いハガル一人で、領地を攻め滅ぼすことだって、簡単なのだ。それほど、ハガルの魔法は化け物なのだ。
「今回、顧客情報や、契約書も手に入れたかったのですが、領地戦は激しく、燃やされてしまいました。残念です」
続いて言われた言葉に、胸を撫でおろした貴族議員は多いだろう。俺は、品行方正な貴族として、生きていこう。悪い事は、心臓に悪い。
「ハガル、わかりやすい説明、ありがとう。子爵アクサも、帝国のために、卑怯と後ろ指さされるとわかっていても、妻の生家を襲撃させてしまって、すまない」
「いえ、全ては、帝国の平和のため、泥水も飲みます!!」
「帝国の有事というのであれば、今回の帝国の騎士団の不正使用、罪に問わない。だが、これは、領地戦として許可を帝国は出した。騎士たちの恩賞は、子爵持ちとする。以上、この審議は終了する。次に!!」
こうして、俺は、貴族をやめられなかった。
「うううう、借金が増えたー」
あんなに質素倹約していたのに、帝国の騎士団への恩賞を我が家が持つことになったので、どーんと帝国への借金が増えた。
「無利子でいいですよ」
筆頭魔法使いハガルが、そう言ってくれたけど、減額はない。きっちりだって。
「領地戦では、お前の勝利だったんだから、我が家の資産を使えばいいだろう」
我が家で保護されて、休んで、随分と元気になった妻方の義父が呆れたように言ってくれる。
「そっちは切り離しておかないと、大変なことになっちゃうよ!! まだ、お義父さんの持ち物なんだから!!!!」
「だから、お前が引き継いで」
「ここで、俺が引き継ぐと、増税されちゃうの!! せっかく、帝国に納める税金を減額してもらっているのにぃ」
損だよ、損!!
領地戦、勝ったら勝ったで、もうかっただろう、と帝国が足元見てくるのだ。ひゃっほー、と喜んじゃいけない。
妻方の義父がいるので、海の貧民街にいるルキエルに会いに行けないから、色々と、溜まっていた。ルキエルに会いたいなー。はやく、義父、生家に戻ってくれないかなー。
「私ももう、年寄だってのに、跡継ぎがいなくてなー」
「………」
言いたいが、義父に先に、俺の痛い所を言われてしまう。俺が、あんたの跡継ぎみんな、殺しちゃったもんね!! ついでに、屋敷で働いていた奴らも全滅させた。領主としての面倒な仕事は、俺も手伝っている。
領地民は無事なんだから、いいじゃないか。今年も、それなりに収入あるよ!! いいな、借金なくって!!!
「旦那様、伯爵オクト様が来ました」
「こんな時に、荷物預かりかー」
伯爵オクト、海の貧民街に行く時は、荷物とかを我が家に預けて行くのだ。
俺の交友関係に興味を示す妻方の義父。
「お父様、お手伝いしてください。子どもは随分と重くなって、抱っこが大変なんです」
「わかったわかった」
妻が気を利かせて、義父を俺から引き離してくれた。
客間にいるオクトの元に行く。
「海の貧民街、大変なことになってるぞ」
「俺も、借金で大変なことになってる」
「コクーンの孫娘ヘレンを奪うため、侯爵が海の貧民街に内戦を仕掛けてる。帝国に、海の貧民街を攻めると宣言を出してる」
「………」
どうしても、侯爵は、この領地を手に入れたいのだ。そのために、海の貧民街を攻めるなんて、ルキエルが大変なことになったな。
「ヘレン嬢と話し合わなかったのか?」
これ、コクーンの孫娘ヘレンが侯爵家に保護されれば、起きない事だ。
「もう貧民だから、と断られたんだと」
「この領地の話、ヘレン嬢は知っているのか?」
「そこまでは、僕もわからない」
侯爵家は、ヘレンに話さないで、ただ、婚約者だから、とか言って、この領地のことは、横取りしようと考えたのだろう。
俺は、議会で、ヘレンが望めば、領地をヘレンに渡すと宣言した。侯爵家は、ヘレンを手に入れ、代理人を立てて、ヘレンの意志だから、と領地を手に入れるのだ。ヘレンさえ、いればいいんだ。
「ルキエルはどうしている?」
「これから、会いに行く」
「オクトが保護出来ないのなら、俺が行く」
「海の貧民街はどうする?」
「どうして、海の貧民街のことが出るんだ。あそこのことは、俺にはどうだっていい」
「軍神コクーンがいるのに?」
「世の男の子が皆、軍神コクーンに憧れるわけではない。俺にとっては、ただの騎士だ」
「それ、騎士の前で言ったら、決闘だぞ!!」
「知ってる。実際、決闘して、相手を負かせた」
臨時とはいえ、騎士団の団長を拝命されるのだ。平の騎士なんかには負けない。
「力づくかー。じゃあ、次は、侯爵と戦争だな」
「コクーンの孫娘が欲しいといったら、領地明け渡すんじゃないのか!!」
「それは、コクーンの孫娘を手に入れられれば、だろう。手に入らないなら、その話はなしだ」
「もう、帝国の騎士団は使えないぞ!!」
「義父の騎士団がいるから大丈夫だ。オクトも、手伝ってくれるだろう」
「そ、それは、まあ」
「その前に、ルキエルに会おう」
そして、伯爵オクトは海の貧民街でルキエルと密談したが、ルキエルを保護することは出来なかった。
「今日は買わない」
「えーーーーー!!」
ルキエルが思いっきり不満そうな顔をして、俺に抱きついた。うーん、むらむらするなー。
「妻の義父がいるんだよ。浮気は許さん、と常に監視してるんだ。今日は、薬を盛って、眠ってもらったが、勘がいいからなー。離れろ」
抱きしめたいが、頑張って、ルキエルを離した。
「オクトから聞いた。ここで、戦争が始まるって。俺のせいだ」
「どういうこと?」
俺が、侯爵家とのやり取りや、議会で話したことをルキエルに伝えた。
「ルキエルが頼むなら、一緒に戦う」
「俺は逃げるから」
「逃げるなら、もっと前に逃げてるだろう」
「お別れがまだ言えてない常連客がいるんだよ。アクサにも言えてよかった」
「また、俺だけ隠すのか」
「………」
ルキエルが実の父親に手籠めにされていた事だ。俺だけ、知らなかった。
「俺にだけ、隠したんだ。今回は、隠さないでほしい。本当のことを言ってくれ」
「………今、帝国中にある貧民街から、戦力を集めている」
とんでもない大きい話だ。驚いた。
ルキエルは、元は王都の貧民街にいたから、そちらから戦力を引き寄せているだろう、くらいは考えていた。だが、それでも、侯爵家の戦力には及ばないだろう。
だから、妻方の義父が所有する私設騎士団と、伯爵オクトの私設騎士団を参戦させよう、と俺は考えていた。
どうするかというと、また、卑怯なことだけど。今度こそ、爵位返上することになるなー。
ルキエルは、俺の想像の五倍もの戦力を集めようとしていた。
「出来るのか?」
「賭けだ。最果ての貧民街の支配者は、俺の妹に懸想している。今、妹に説得してもらっている」
「妹?」
俺の記憶では、ルキエルには、弟しかいなかった。
「アクサは知らないんだな。お前と別れた後、妹が産まれたんだ。お袋にそっくりな、美人だぞ」
「俺の妻も、美人だぞ」
「そっか」
「これが終わったら、会いに来いよ」
「………わかった」
ルキエルが教育した女が俺の妻だと、ルキエルは知ってるくせにな。とても気まずい顔をしている。これが終わったら、全部、暴露だ。隠し事は、俺には向いていない。
「ルキエル、万が一、戦力が足りない時は、俺を呼べ。準備して、待ってる」
「………実は、侯爵家は、奴隷の契約を悪用してるんだ。もしかすると、アクサの所で、裏切りが出るかもしれない」
「どういうこと?」
侯爵家は、昔から、特殊な方法で、絶対服従の奴隷契約を家臣たちに施しているという。それは、嫁ぎ先にまで広がっているとか。
つまり、私設騎士団の中にも、侯爵家に奴隷契約を施された者がいるかもしれないのだ。
「後ろは気をつけろ。さっきまで味方だった奴が、敵になる」
「うーん、そういうのは、俺には通じないんだな」
「友達だった奴かもしれないんだぞ!!」
「それ、魔法なんだよな。だったら、俺には通じない」
「まさか、妖精の魔法、お前には通じないのか?」
「そうじゃない。こう、説明が難しいな。並の魔法使いでは、俺には勝てないんだ。俺は、妖精殺しの騎士、と帝国の魔法使いに恐れられてる」
「まさか、ハガルにも勝てる?」
「あれは、化け物だからなー。一矢報いるくらいは出来るな」
「………」
「皇帝襲撃、俺がいれば、成功していたよ」
「お前っ!!」
ルキエルは、真っ青な顔で、俺を見返した。皇帝襲撃が誰の計画のなのか、それを俺が知っていること、ルキエルに伝わっただろう。
「俺のこと、巻き込むつもりなんか、これっぽっちも考えていなかったこと、知ってる。でも、ルキエルばっかり、悪くなる必要はない。義弟と義姉のこと、俺に言ってほしかった。もう、わかっているだろう。俺は、義弟と義姉を殺せる」
俺が妻の生家へ起こした領地戦の顛末、いつか、ルキエルの耳に入るだろう。
ちょうど、俺が起こした領地戦が終わって、すぐに、海の貧民街が戦場となることから、混乱して、情報がルキエルに入らないだけだ。
俺は、ルキエルの手に、金を押し付けた。
「俺のこと、買わないって」
「もう、ルキエルを買いに来る客なんていない。それ持って、さっさと帰れ」
「………」
「まかせておけ、ミリアムは、あいつの実家ごと、滅ぼしてやる」
「危ないことをするなよ!!」
「所詮、相手は素人だ。卑怯なことを平気でする俺には、綺麗事だけ叫んでる貴族は勝てないよ」
また、不意打ちすればいい。その機会は、もうすぐだ。




