友達の話
義姉と義弟は、罪人だ。筆頭魔法使いハガルが命じれば、すぐ、どこかへと連れて行かれた。もう、二度と、あの二人に会うことはないだろう。
「ルキエルに、会いたいですか?」
こんな残酷な話を義姉と義弟とした後だというのに、ハガルは容赦なく、同じ質問を繰り返す。
さっきまで、会いたい、と俺は答えた。
だけど、もう、会いたいとは簡単には言えない。
俺の知らないルキエルを知るのが怖くなった。今、ルキエルに会ったら、義弟のことをどうして、と責めてしまう。
「もう、十分、話してもらいました。長く拘束してしまいましたね。大丈夫ですよ、あなたは無関係だと、知っています。せっかくの王都です、寄り道してから、帰ってください」
「やっぱり、ルキエルに」
「神と妖精、聖域の導きがあれば、きっと、また、会えますよ」
「………そうだな」
同じような別れの言葉をルキエルに言われたことを思い出した。ルキエルはきっと、あの頃のままの俺でいてほしいのだろうな。
帰りは、筆頭魔法使いハガルの案内で、城の外に出ることとなった。俺とハガルが歩くと、通り過ぎる人々は、道を譲り、深く頭を下げている。
もう、筆頭魔法使いハガルは、城でも、頭を上げて通り過ぎてはいけない、そんな存在となっていた。
そういうものをハガルの後ろで見ながら、俺はやっと、城から出た。
「な、オクト!!」
何故か、オクトが城門の前に停められた馬車の横に立っていた。
「お前、逃げやがって」
何故かオクトに責められる俺。俺、こいつに責められる理由、あったか?
「それではオクト、後は頼みますよ」
「はい、アクサのことは、お任せください」
オクトは、ハガルの前に膝をついて、深く頭を下げた。そうだ、これが正しいんだよな。
俺は無礼だってのに、立ち尽くしたままである。まあ、最初は、不意打ちだったら、礼儀どころじゃなかったからなー。
「アクサ、またね」
不吉な別れの言葉を投げつけて、ハガルは軽い足取りで、城の奥へと消えていった。
オクトは、服についた汚れとかを払って、あらためて、俺の腕をつかんだ。
「お前、何も言わずに、寄宿学校辞めるなんて」
「それは、悪いとは思ってるが、仕方ない。色々と大変だったんだよ」
「聞いてる。だったら、手紙の一つでもくれればいいのに」
「俺とオクトって、そこまで仲良くないだろう」
殴られた。本当のことなのにぃ。
そのまま、引きずるように馬車に乗せられた。
「領地に帰りたいんだけど」
ハガルに寄り道しろ、なんて言われたけど、俺は、帰って休みたかった。もう、いっぱいいっぱいだよ。
「一泊ぐらい、僕の屋敷でしていけ。王都に来てるというのに、顔見せもしてくれないなんて、薄情な奴だな」
「王都に来ると、妻の義父と義兄に見張られてるんだよ!!」
「なんで?」
「義父は、俺が浮気しないように、義兄は俺のあら捜しだ」
俺の妻の身内は、いい意味で、悪い意味で、面倒臭いのだ。
義父は俺の妻を溺愛しているから、俺の浮気を心配している。なんと、娼館すらも許さないという。
義兄は、俺が過去、お家乗っ取りをしたから、それを警戒しているのだ。少しでも、俺の弱味を握りたい、なんて考えている。そんなことしてるから、義父から、無能、とか言われるんだよ。もっと能力を高めろ!!
「結婚したんだな、おめでとう」
「もうすぐ、子の出産だ」
「お祝いを贈ろう」
同じようなやり取り、筆頭魔法使いハガルにもしたなー。随分と久しぶりだというのに、オクトとも軽く会話出来る。
だけど、お互い、成長した。成人して、貴族となった。オクトは、伯爵だなー、と思う。俺はしょぼい子爵だな、と感じていた。
こう、背負っているものが違う。オクトは、堂々と、常に、気を張っている。爵位が一つあがると、違うんだなー。
そう感心しているというのに、オクトは、俺と二人っきりだから、と不貞腐れた顔を見せる。
「文化祭での、貴人の面倒、手伝ってくれるって言ったのに、寄宿学校辞めちゃうなんて」
「え、もしかして、文化祭に来たの?」
「来たよ!! 結局、寄宿学校の文化祭の招待状、義父上に要求されたから、渡すしかなかったんだ。そうしたら、また、同じ面子だよ」
「悪かった悪かった」
寄宿学校の文化祭に二年連続で、大魔法使いご一行が来たのかー。それは寄宿学校も、生徒会役員だったオクトも災難だ。
「しかも、王都の貴族の学校に転校したはずなのに、いないし」
「誰から聞いたんだよ」
「生徒会役員だから、そういう情報はすぐ入ってくるんだよ。寄宿学校は、色々と、面倒だから」
寄宿学校は訳アリの貴族の子息令嬢が通う場所である。ちょっと人が減ると、色々と大変だから、そういう情報を生徒会と共有していたのだろう。
「王都の貴族の学校に通うつもりで手続きしたんだけど、借金が想像以上に多くて、王都の屋敷を処分するしかなかったんだ。仕方ない」
「知ってる!!」
「知ってるなら、怒るなよ」
「期待してたんだよ!! 王都の貴族の学校には、帝国中でも問題児と噂される皇族様がいたからね。君がいるから、心強いと思ってたのに、行ってみれば、いないから」
「ま、まあ、オクトは、皇族様とうまくやってると聞いてる。やっぱ、すごいな」
「僕は、ああいう美貌に免疫があるからね。もっとすごいものを見てるから、どうにかなった。けど、縁が続いちゃって、大変なんだよ!!」
「それで、ルキエルとはどういう関係なんだ?」
「………」
急に黙り込むオクト。
「誤魔化すなよ。わざわざ、城門まで馬車で迎えに来たんだから、ただの友達ではないだろう。ハガルからは、それなりのことは聞いてる」
「お前、カマかけても無駄だぞ。僕はなにも話さない」
「いや、聞いてるって。ルキエルが、俺の義弟を陥れたんだよな」
「………は?」
あ、これ、オクトも知らない話だ。
俺も、オクトとルキエルがどういう関係なのか、よく知らない。仲良くしているな、と見てはいたけど。
しばらく、呆然となるオクトは、頭が動いたのか、深いため息をついた。
「あいつ、何やってんだ」
「なんだ、知ってるのか」
「君の義姉の嫁ぎ先のことは知ってる。突然、音信不通になったんだ。屋敷に使いを出しても、誰も出て来ない。知り合いが、何かあったんじゃないか、と帝国に訴えた時と、皇帝襲撃が重なって、後回しにされていたが、結局、襲撃に関わっているということで、調査に入れば、屋敷にいた者たちは全て、惨殺されていたんだよ。知らなかった?」
「義姉とは縁を切ってたからな」
「あれをやったのは、まさか、君の義弟?」
「唆したのはルキエルだろう、と俺は予想している」
「えっとぉ、ルキエルのこと、どこまで知ってる?」
今更、オクトは確認のために、聞いてきた。話していい内容を精査したいんだな。
「ルキエルが、皇帝襲撃を目論んだ王都の貧民街の支配者の息子だということは知ってる。あと、ハガルから聞いたんだが、その襲撃の主犯はルキエルなんだな」
「………それだけ?」
「それだけでも、十分だろう!! ルキエル、滅茶苦茶なことしてるから、びっくりだよ。偶然にしても、俺の義弟に関わるなんて」
「偶然じゃない。わかっていて、ルキエルはやったんだ」
オクトは確信を持って言い切る。それを俺は両耳を塞いでどうにか聞き流したかったが、出来なかった。
「なんで、そんなこと。放っておけば、義弟は、勝手に野垂れ死んだ」
「そうかなー。金持っていたら、きっと、人を雇って、アクサを暗殺したんじゃないかな」
「………そうかも」
金は持っていた。手切れ金として、俺が持たせたのだ。あれ使えば、確かに、俺、暗殺されてたかも。でも、持ち逃げされたかもしれない。そこは、かもしかだ。
「何やってんだ。皇帝なんか襲撃して、王様になるつもりだったのか?」
「ルキエルの母親を殺したのは、皇帝なんだよ」
「………」
「ルキエルの母親、物凄く頭が良くて、皇帝の相談役やってたんだって。色々と知り過ぎているから、生きて出すわけにもいかず、殺すしかなかったんだ。それも含めて、ルキエルの母親に進言されてたんだって。最初から殺される、とわかって、皇帝の相談役をしてたんだ」
そう説明されても、俺は全くわからない。ルキエルの母親が死ぬのは仕方がない話ではない。
「だから、復讐のために、皇帝を殺そうとしたわけか」
「ルキエルが本気になれば、今頃、帝国は内戦に突入していた」
「おいおい、ルキエルに、そんな力も権力もない。ただの、王都の貧民街の支配者の息子だろう。本当の権力者は、父親のほうだ」
「アクサは、どうやって、貴族の子となったか、覚えているか?」
「神殿に行って、血統証明? みたいなのを手続きして、それで、子爵の子だと証明されたから、貴族の子になった」
「神殿にいる神官やシスターは、だいたいは、妖精憑きなんだ。だから、神殿で見てもらえば、親子かどうか、わかるんだ」
「変な話だよな」
「それを悪用して、ルキエルは、貴族の隠し子を教育して、貴族の子として潜入させ、家を乗っ取らせたんだ」
「………は? まさか、俺は、ルキエルにそう………わけがない!!」
俺が貴族の子となったのは、幼児だ。同じ幼児であるルキエルに、そんな企みが思いつくはずがない。
それ以前に、その時はまだ、ルキエルの母親は健在だ。
「今回の調査でわかったことだけど、なんと、公爵家の一つが、乗っ取られていたんだ。ただ、今回の皇帝襲撃事件には関わっていない」
「それじゃあ」
「ルキエルの手下だとわかっているんだ。すぐに、首のすげ替えだよ。そういう貴族家が帝国中に散らばっているが、全てを探し出せたわけではない。内乱の火種は、まだ、残っているんだ」
「そ、そんな」
「ルキエルが本気になれば、皇帝は城の中で襲撃を受けていたかもしれないんだ。貴族議員にも、数人、いたんだ」
「………」
想像していた以上に、大事だった。こんなこと、誰が思いつくものか。
隠し子とされる貴族の子を見つけ出して、教育して、家を乗っ取らせる。書いてみると簡単そうに思われるが、実際は時間のかかる、失敗してもおかしくない計画だ。
ふと、母から聞いた、ルキエルの母親から教えられたという復讐の話を思い出す。あれは、お家乗っ取りをする復讐だ。お家乗っ取り出来なくても、お家断絶をさせればいい。どちらにしても、復讐は成功だ。
俺は、母に教えてもらうまで、そんな話、知らなかった。聞こえていなかったし、幼児だから、理解出来ないだろう。
ルキエルはどうだろうか。ルキエルは、同じ幼児でありながら、本が読め、大人の会話もなんとなく理解していたように見えた。
もし、ルキエルが、ルキエルの母親が話したお家乗っ取りの復讐を利用していたら?
「結局、ルキエルは、何も指示しなかった。見つかった奴らは、皆、待機を命じられていた、と答えた」
「何を、考えてるんだ、あいつ」
「復讐だ。ルキエルは、母親似だよ。復讐のためなら、何でも利用する。帝国を滅茶苦茶にするつもりだったんだ」
「どうして」
「ルキエルは、物凄く力の強い妖精憑きだという話だ。そういうのは、怒らせると、とんでもないことをするんだ。力の強い妖精憑きが本気になれば、帝国を壊すことなんて簡単なんだ。そういうものを垣間見せて、だけど、ルキエルは何もやらなかった」
「………」
「あれで、気が済んだんだろうな」
「なんだ、それ」
俺の義姉と義弟は、ルキエルの甘言に乗って、帝国の敵となった。なんと、嫁ぎ先まで破滅させたのだ。
皇帝襲撃は失敗に終わったが、それに関わった多くの貴族が処刑された。そのため、帝国中が大混乱となっている。
表には出てないが、内乱を勃発させるために、ルキエルはいくつかの貴族家を乗っ取っていた。皇帝襲撃を成功させていたら、続いて、何かやるのならば、内乱だっただろう。
「オクト、詳しいよな」
ふと、そんな疑問を呟く。今回の皇帝襲撃の顛末、オクトは公表されていない内容まで知り過ぎだ。
「我が家は、複雑でね。いやー、皇帝襲撃のことは見逃してもらう代わりに、帝国の犬になったんだよー」
「お前!!」
「義父上が、勝手にやったんだ。我が家は、知っていたけど、皇帝襲撃には参加してない」
「知ってたじゃないか!!」
「どうせ、筆頭魔法使いは全て、お見通しだ。今回の事件、筆頭魔法使いハガルとルキエルの知恵比べなんだよ。復讐なんて、二の次なんだ」
「そんな、帝国を巻き込むようなことしなくても!!」
「力の強い妖精憑きだから、やることが派手なんだよ。帝国は、ハガルとルキエルの遊び場なんだ。仕方がない」
俺は、呆然となった。
俺は、妖精憑きというものをよく知らない。関わることがないからだ。魔法使いを見たり、神殿で神官やシスターを見て、妖精憑きだなー、と思う。
だけど、妖精憑きの力というものを目にしたことがないのだ。だから、力の強い妖精憑き、というもは想像出来なかった。
でも、ハガルがすごい、ということは知っている。
皇帝襲撃が行われた時、ハガルは、帝国中に妖精を顕現させ、綺麗な花を空から降らせたのだ。
それは、俺の領地でも起こった。
あの一生に一度あるかないかの奇跡を帝国中に起こしたハガルは、確かに、人の手に負えない存在だ。
伯爵となったオクトの屋敷で一泊して、次に連れて行かれたのは、予想通り、立派な商人となったダクトが営む店である。
「じゃあな」
「えー、俺一人は恥ずかしいー」
「行って」
ちょっと気持ち悪いことを言ってやれば、オクトは馬車を走らせ、去っていった。
数年ぶりだなー、ちょっと大きくなったかなー、なんて感じる。いや、ダクトが跡を継いだんだから、小さくなったよ!!
「久しぶりー、ダクトいるー?」
いつも、こんなふうに声をかけて、店に入ったな。
店員の顔ぶれも変わったような気がする。まあ、親世代から子世代に変わっていたりするよな。
俺の顔を知ってる奴もいるから、笑顔で近づいてくる。
「お久しぶりです、子爵様!!」
「お家乗っ取り、おめでとうございます!!」
「結婚、おめでとうございます!!」
「次は、奥方の生家のお家乗っ取りをしますか?」
「ぜひ、応援しています!!」
なんか、悪意をびしばしと感じるんだけど。
「はいはい、久しぶり。アクサでいいよ。子爵様って、世の中、いっぱいいるよ。ダクトは?」
「奥にいるよ」
すーぐ、口が悪くなる面々。そうだよね、一緒に働いたり、遊んだり、悪戯したりしたもんね。
勝手知ったる奥の休憩室に行けば、ダクトがタオルを顔に乗せて横になってた。
俺は容赦なく、無防備なダクトの腹を踏みつけた。
「げぇ!!」
すぐに目を覚まして、腹を抱えて悶絶するダクト。
「俺の前で油断するとはな」
「てめぇ、アクサ!!」
「お前、俺のこと、なんて噂してるんだよ!! 俺は仕方なく爵位受け継いだってのに、お家乗っ取りって言われるし」
「結果的に、義姉を押しのけて、爵位継いだじゃないか!!」
「きちんと、順序良く手続きしたんだよ!! 借金の返済計画を帝国に提出して、爵位を受け継ぐに足りる、と認められたの!!」
押しのけたんだけど、能力が足りない義姉が悪い。帝国は、弱肉強食、能力主義である。出来ない奴は、降格だ。
「それで、奥さんの生家はいつ、乗っ取るんだ?」
「しないよ!! どいつもこいつも、勝手なこというな!!!」
俺がのんびり、領地に引きこもっている間に、王都では、とんでもない噂が流されているな。恐ろしい。
「それで、何しに来た? お前、王都には来ても、ここに寄らないじゃないか」
ダクトは、俺が貴族議員となって、月に一度は王都に来ていることを知っていた。そりゃ、俺の伯父から、そういう話を聞いているよな。
「帝国から、強制召喚の命令書を貰ったから、昨日、来たんだ。そこで、筆頭魔法使いハガルと話した」
「ちょっと、出よう」
ここで話してほしくないのだろう。ダクトは、店番を聞き耳をたてている店員に押し付けて、店を出ていった。
俺は、仕方なく、ダクトに続いて、店を出た。




