転落
妖精金貨なんて軽い軽い、と言われるほど、王都の貧民街が大変なこととなった。
なんと、貧民街の支配者が、帝国民の前に姿を見せた皇帝を襲撃したのである。
大勢の帝国民の目の前での襲撃だ。しかし、それを筆頭魔法使いハガルが見事、防いだ。
それから、帝国は、王都の貧民街を封鎖し、証言をとり、いくつかの貴族が一族ごと処罰されることとなった。
少し、ルキエルのことが心配になった。ルキエルは王都の貧民だ。だから、すぐに、王都に行きたかった。
もう、王都は厳戒態勢となっていたので、簡単に王都に入れる状態ではなかったのだ。なんと、手紙一つ、検閲を受ける、なんてことになっていた。
そういう状況で、海の領地で過ごす俺は、王都には行けないはずだった。
逆に、王都に召喚命令が下されたのである。
帝国からの書状を受け取ったはいいが、具体的な内容までは書かれていなかった。身に覚えないが、これ幸いと、王都に行ったわけである。
数年ぶりの王都は、かつての賑やかさは息を潜めていた。伯父やダクトの所に顔を出したかったが、帝国の召喚命令をどうにかしたくて、城に急いだ。
月に一度は、帝国には来ているのだ。縁談を受け、円満に結婚したら、本当に貴族議員の席をぽんと渡されたのだ。
ただ、あの親父、貴族議員の席、三つも持っていたのだ。一つ空いている、と言ったことは正しい。 だから、毎月、議会参加のために王都に行けば、義父と義兄が待ち構えているので、寄り道なんて出来なかった。義兄の警戒心がすごいよ。俺がお家乗っ取りする、と思い込んでいる。いらないから!!
今回は、その鬱陶しい義父と義兄はいないので、軽い気持ちで城に行ったわけである。
案内は、平民出身の騎士だった。
「君、もしかして、メッサ?」
「ど、ど、ど、どうして、知ってるんすか!!!」
「ルキエルとハガルから聞いた」
「ハガル様を呼び捨て!!」
「やべ、気をつけよう」
もう、ハガルは筆頭魔法使い様だ。殿上人だと。
毎月、遠くから見てるけど。ハガルは、あの平凡な容姿でありながら、嫣然と微笑み、常に皇帝の後ろに立っていた。
とても、悪ガキのような見習い魔法使いハガルとは、同一人物とは思えなかった。
「メッサくんは、騎士になったんだね。おめでとう」
「ありがとうっす!! まさか、普通にお祝いの言葉をいただくなんて」
いい奴だな、メッサ。きっと、いいように使われてると思う。いい人過ぎて、貧乏くじばっかり引き寄せているのが、にじみ出てるよ。可哀そ………俺だけは、気をつけよう。
さて、ルキエルの名前が通じたので、騎士メッサは、ルキエルが今、どうしているのか、知っていそうだ。
「ねえ、ルキエルは元気かな?」
「………」
何故か、両手で口を塞ぐメッサ。
「ねえ、ルキエル、今、どうしてる?」
「………」
「ルキエルに会える?」
「………」
「それなりのお金渡すから、こっそり案内してよ」
「………」
うーん、意外と、ここぞという所は、しっかりとしているな。
これで、ルキエルが重要人物だということはわかった。メッサくん、まだまだだね。
城内には入ったのだが、一度、外に出て、城の隣りにある、豪邸に案内された。
「ここからは、お客様のみです」
「えー、メッサくんも一緒に行こうよ」
「ごめんなさいいいいいーーーーー!!!」
半泣きして、騎士メッサくんは走り去っていった。面白いな。ちょっといじりたくなるな。また会えるといいな。
豪邸の中では、使用人が俺を客間に案内してくれた。
「うーん、ここで会えるとはー」
とんでもないドッキリだよ。
何故か、部屋の隅で、他所に嫁いだ義姉と、領地を追放した義弟がみすぼらしい恰好で正座していた。
豪邸の主人は先に、座り心地のよいソファに座っていた。俺が入ると、笑顔で、抱きついてきた。
「お久しぶりです、アクサ!!」
「う、うーん、俺たち、知り合いだったと思うんだけど」
こういう抱擁を受けるような仲じゃないよ!!
豪邸の主人は、筆頭魔法使いハガルだった。ハガルは、子どものように笑って、俺を向かいのソファに座らせる。
俺は、部屋の隅で正座させられている義姉と義弟がとっても気になった。あいつら、何やったんだか。
「月に一度は、あなたのことを遠くから見ていますよ」
「えー、見られてたんだー、びっくりだよー」
どうせ、人事だってハガルは目を通して、俺がいること、知ってたんだろうな。気にかけていること自体、驚きだけど。
「それで、いつ、妻の生家のお家乗っ取りをするのですか?」
「しないよ!! そういうこと、あっちこっちで言わないでえええーーーーー!!!」
どこ情報だよ!! ハガル、そういう噂をどっかで聞いたんだな。俺、王都の屋敷を売り払って、地道な領地運営で、帝国にもきっちり税金を納めつつ、借金も減らしているってのにぃ。
「あんた、やっぱりっ」
「黙れ」
義姉が口を開くと、ハガルが冷たく言い放つ。一気に、空気が冷たくなり、義姉は震えながら、黙り込んだ。
やっぱ、ハガル、怖い人なんだなー。あの気が強くて、嫁ぎ先でも威張り散らしていた義姉も、筆頭魔法使いハガルの前では、怯えるしかないのだ。
ハガルはすぐ、笑顔になって、俺みたいな奴に給仕する。
「アクサは、こういう味が好みでしたよね」
「どうかなー」
ハガルと食事とかしたことはあるけど、そんなんで好みがバレるとは思えなかった。
ところが、菓子も茶も、俺好み。なんだこれ、逆に怖いよ。えー、どうやって調べた? いやいや、俺の食の好みなんて、誰も気にしないよ!!
ドン引きだけど、俺は有難く、頂いた。相手は本来、殿上人である。昔は知り合い同士、ちょっとふざけあったけど、今は毒だって飲み干さないといけない。
「さて、一息つきましたので、どうして召喚命令を出したか、説明しましょう」
「俺は、一帝国民として、真面目に過ごしていますが」
「知ってます」
「先代の借金も目出度く、完済しました」
「頑張りましたね」
「もうすぐ、子が生まれます」
「おめでとうございます!! お祝い、贈りますね」
「ちょ、ちょっと、悪いことはしたけど、見逃してくださいぃ」
「不作だと偽装したことですよね。知ってますが、借金返済のためですから、見逃しました」
知ってたーーーーー!!! もう、帝国に対しては悪いことはしないようにしよう。ハガルに見破られる。
優しいハガルは、ただの知り合いの俺を見逃してくれるという。
けど、義姉と義弟の存在は、そうではないのだろう。俺を強制召喚するほど、何かあるのだろう。
「私の皇帝が襲撃されたのは、ご存知ですよね」
「ご存知です!!」
「この襲撃事件の関係者の中に、あなたの義姉と義弟がいました」
「俺は関係ありませんーーーーー!!!!」
何、やってくれてんだ、このクソども!!! 俺は、すぐ、ソファから降りて、土下座である。これ、俺も危ない。
現在、帝国では、筆頭魔法使いハガルによる処罰が話題となっている。力の強い妖精憑きでなければ出来ないという妖精の呪いの刑である。
罪状を決めて、罪人に妖精の呪いの刑をするのだ。もし、無罪であれば、何も起こらないが、有罪であれば、その罪人に連なる一族郎党、呪われるのだ。
この呪いの恐ろしい所は、無罪でも、善人でも、悪人でも、連なる一族、というだけで、呪われるのだ。呪いが発動すると、手にするものは、水も含めて腐る。さらに、呪われた者たちが居続けると、その土地も呪われるのだ。だから、呪いが発動すると、その一族は領地から追い出され、さ迷い歩くこととなる。
こんな恐ろしい刑罰、審判を下すのは、なんと、神だという。どれほど、罪人が無罪を主張しても、神が有罪と判断すれば、有罪なのだ。
もし、義姉と義弟に妖精の呪いの刑なんかされたら、俺も呪われちゃうよ!! 俺だけならいいけど、これから誕生する子どもが道連れにされたら、たまったもんじゃない!!!
もう、がくぶると震えるしかない。色々と捨てて、拾ってして、ハガルに頼み込むんだ。
「そ、その、知り合いのぉ」
とちょっと顔をあげて盗み見れば、ハガル、冷たく見下ろしていた。ハガルの知り合いの情に縋るのは諦めよう。
「もう、そんなに怖がらないでください。こんな小物に、妖精の呪いの刑はしませんよ。するなら、うんと大物です」
「あ、ありがとうございます!!」
「一族としても、大していませんから、地味ですしね」
「………」
良かった、父の正妻側の一族は先に処刑されていて。あれが残っていたら、派手だから、と妖精の呪いの刑、やられていたよ。
「今回、名目を使って、ここに呼び出したのことは、ルキエルのことを訊きたかったからです。あなたは、ルキエルのこと、どこまでご存知ですか?」
「王都の貧民街の支配者の息子だとは知っています」
そういう事、俺は母から聞いていた。
王都を離れて、領地に引きこもってから、色々とうんざりすることがあると、母に、ルキエルのことを質問したのだ。
だけど、母が知るルキエルは、今、ハガルに答えた内容で全てだ。
「あ、いや、妖精憑きなんじゃないかなー、とは母が言ってました。ほら、どこにいるかわからない俺たち親子のことをルキエルが見つけたから」
俺たち親子が王都の貧民街の片隅で息を潜めて生きていたというのに、幼児といっていい幼いルキエルが見つけたのだ。
いくら、ルキエルの母親が探している、と言っても、大人だって見つけられないだろう。それなのに、ルキエルは散歩のついでのように見つけたのだ。
妖精憑きならば、ありえる。
そう、母は話してくれた。俺は、幼い頃だったので、偶然だろう、なんて思い込んでいたが、大人である母は、そうではない、と断言したのだ。
「私は、ルキエル様のこと、神の使いに見えたわ」
だから、母は、ルキエルのことを、ルキエル様、と呼び続けたという。
ハガルは、首を傾げて、さらに話すように促すが、何も思いつかない。
「えっと、俺、ルキエルが初恋なんです」
「っ!!」
目を大きく見開いて驚くハガル。
「いえいえ、そういうことを話してほしいわけではありませんから。でも、後で、詳しく教えてください」
「もう話さない!!」
違った!! 無茶苦茶恥ずかしいし、親にだって隠してたこと、こんなトコで告白しちゃうなんて、俺、バカだろう。
ハガルは、笑って、俺を再び、ソファに座らせた。
「本当に、それだけなんですね」
「俺の母が、ルキエルの母親のことを色々と話してくれました。ルキエルの母親が、昔、偽名でナツキと名乗っていた過去を話したら、ルキエルの母親が、色々と話してくれたんです」
「あなたの母親の本名も、ナツキですね」
「同じ名前だから、ルキエルの母親が食堂で住み込みで働いていたナツキだと、すぐわかったそうです。母も、数度、見たことがあったと言ってました。それが、まさか、死んだといわれる伯爵令嬢サツキだとは、驚いた、と」
俺たち親子がルキエルが暮らす屋敷で保護されている間に、母はルキエルの母親の本名がサツキだと知った。ルキエルの母親は、昔のことで、偽名を名乗っていたことを覚えていなかったようで、気にしていなかった。
逆に、俺の母親のほうが気になって、鎌をかけるように、伯爵令嬢サツキなんでしょう、なんて言ったのだ。
「簡単に、否定された、と言ってました」
「えー、普通は、白状するものでしょう」
「ルキエルの母親は、本物の天才なんでしょうね。相手の機微も全て、見て、読み取っていたのだろう、という話です」
「それじゃあ、そのまま、誤魔化されたのですか」
「伯爵令嬢サツキの所業は、それなりに有名です。彼女に関わった身内、一族、領地民、貴族は皆、破滅しています。呪いかと噂されていましたが、もし、生きて、復讐していれば、合点いく話です。母は、子爵家にどうしても復讐したかった。だから、ルキエルの母サツキに、相談したんです」
俺が、ルキエルに面倒をみてもらっている数日、母は、サツキに、復讐の方法を教授されていたのだ。
遠くから見ても、和やかに話しているなー、なんて俺とルキエルは話していたが、その内容を俺は知らない。
まさか、笑顔で、そんな悍ましいことを話しているとは。
それを母ナツキから聞いた時は、悪夢を見たものだ。ルキエルと俺の思い出が汚されたような気分だ。
「というわけで、ルキエルの母親は、最後まで、伯爵令嬢サツキだと白状してくれませんでした」
「そこまで話したら、白状したようなものですけどね。だから、あなたは、ルキエルのことは深く知らないのですね」
「友達というよりも、知り合いに毛が生えたようなものなんで」
「それでいいんですよ。それをルキエルがあなたに望んだんです。下手に、ルキエルのことを調べていなくて良かった。そのままでいてください」
「それで、ルキエルは、今、どうしていますか?」
「皇帝襲撃の首謀者として、地下牢で刑を待っています」
むっちゃくちゃ和やかな空気なのに、内容はえぐい。あいつ、何やってるの!!
「襲撃は失敗しましたし、皇帝襲撃の罪は、ルキエルの父親が、王都の貧民街の支配者として、全て被ってくれました。ついでに、帝国に逆らう貴族どもも一族ごと一網打尽に出来たので、ルキエルは生涯、地下牢で過ごしてもらいましょう」
「その、会え、る?」
「うーん、どうしようかなー。アクサは、ルキエルのことを初恋と言ってますし、会わせてあげたいですねー」
「じゃあ」
「でも、ルキエルは、あなたに会いたくないと思いますよ」
「っ!!」
「あなたの前では、ただのルキエルでいたかったんです。だから、色々と黙っていた。あなたも、ルキエルには、何も聞かなかったのでしょう」
「聞いちゃいけない感じだったから」
「だったら、ここで会わないほうがいい」
「で、でも、あ、会いたい」
会えるなら、会いたい。
ずっと、会いたかった。王都に行けば会えるはずなのに、面倒臭い柵で不自由で、会いに行けなかった。
「ルキエルがどうしても会いたい人は、あなたではありません。あなたのこと、頭の片隅にもありませんよ」
「じゃ、じゃあ、その人を連れて来る」
「もう、死にました」
「………」
俺は、知り合いとしても、ルキエルの中には残っていないようだった。それでも、俺は悪あがきして、考える。
「やっぱり、お前のせいでぇえええーーーーーー!!!」
俺とハガルの会話で、とうとう、怒りを爆発させた義姉が、俺に飛びかかってきた。
だが、瞬きをする間に、義姉は、部屋の壁に叩きつけられていた。
「待てが出来ないなんて、躾が出来ていない」
「だ、騙されたのよぉ!! あの、男にぃ!!!」
とても、気になることを痛みで苦しみながら叫ぶ義姉。
義姉はもう、まともに話せる状態じゃないから、俺は、義弟の前にしゃがんだ。
「どうして、こんなことをしたんだ。お前には、はした額とはいえ、平民でも一年は遊んで暮らせるほどの金は渡しただろう」
俺は、義弟を無情に放逐したわけではない。貴族の学校を卒業してから、成人するまで、それなりに世の中を学ばせるために、仕事を与えたのだ。
買い物から、下働きから、時には領民に混ざって農作物を作ったり、とさせたのだ。そうして、義弟には、領地を出ても生きていける、最低限のことを身に着けさせた。
なのに、義弟は、領地を追放されて、帝国に逆らうようなことをするなんて。
「王都の貧民街で、綺麗な男が、話しかけてきたんだ。いい話があるって」
綺麗な男、と聞いて、すぐ、俺はルキエルを思い浮かべた。
「男は、持ってる金を渡せば、手伝ってくれる、と言ったんだ。だから、金を渡した。そうしたら、お前が売り払った家宝を持ってきてくれた」
「………バカか」
俺は、怒りで頭に血が昇って、義弟を殴った。
「お前は、たかが、石ころと、生きていくための金を交換したのか」
「お前には、貴族としての誇りがないから、家宝の価値がわからないんだよな!!」
「石ころなんかあっても、腹は満たせない」
「けど、それからは、世話をしてくれた。復讐するなら、と剣術と体術を教えてくれた。いう通りにすれば、手下だって持てた」
「それで、義姉さんを巻き込んだのか」
「あの屋敷で、姉上は、惨めに生きていたんだ。皆、姉上のことをバカにして、許せなかった。だから、あの屋敷を乗っ取ったんだ!!」
何をやったのか、なんとなく、想像出来た。
気弱で、一人では、何も出来なかった義弟は、甘い言葉に乗って、取返しのつかないことをしてしまった後だった。




