友達の告解
ダクトに付いて行けば、どんどんと、王都の貧民街に近づいていった。おいおい、そっちは、非情に危ない場所だぞ。
ダクトが足を止めたのは、見覚えのある屋敷の前だ。そこは、封鎖された上、侵入禁止の紐で周囲をぐるりと囲まれていた。
「ここに、ルキエルが暮らしてたんだ」
「貧民街の中じゃないんだ」
ルキエルが貧民だとは知っていたから、てっきり、貧民街の中だと思い込んでいた。
だから、俺は、ルキエルが暮らす屋敷を探すのを断念したのだ。貧民街は、俺みたいな世間知らずは危ない。伯父にも、母にも、きつく言い聞かされていた。
貧民街に近いけど、外側だと知っていれば、俺はルキエルの屋敷を訪ねただろう。俺たち親子を助けてくれたお礼は言いたかった。
「ダクトは知ってたんだな」
「貧民から平民に戻っても、商売上、親父と貧民街は付き合いが続いてたんだ。俺がここに来たのは、それでも、それなりに身を守れるくらいには強くなってからだけどな」
「俺も、伯父さんか母さんに頼み込んで、連れて来てもらえば良かったなー」
きっと、伯父と母ナツキは、ルキエルが暮らしていた屋敷の場所を知っていた。ダクトの父親と伯父は繋がりがある。
何より、ルキエルの母親は、俺たち親子を助けてくれた大恩人だ。何かしら、繋がっていただろう。
「そう頼まれないように、寄宿学校に放り込んだんだろうな」
ダクトに言われて、今更、寄宿学校に放り込まれた理由がわかった。
だって、あんな金のかかる寄宿学校でなくても、帝国運営の貴族の学校はまだある。子爵の子どもたちと顔をあわせないようにするなら、他の貴族の学校に通わせればいいのだ。別に、王都在住だから、といって、王都の貴族の学校に通わなければいけないわけではない。
寄宿学校って、閉鎖されているから、外の情報に疎くなる。余計な知恵を植えつけられないから、ルキエルに会いたい、なんて考えに至ることもなかったのだろう。
ま、まあ、寄宿学校の上級クラスって、ちょっと、おかしかったからな。
色々と考えこんでしまった。それが何か悩んでいるように見えたのか、ダクトが心配した。
「王都に来て、ルキエルの話を聞いて、驚いただろう」
「う、うーん、驚いたけど、まあ、その前に、母さんから色々と聞いていたし、寄宿学校の授業もおかしかったから、免疫が出来ていたといえば、出来ていたな」
「お前も、領民を売っちゃうとか、よく、思いついたな」
色々と、伯父を通して、俺の悪い所業がダクトに流れてるな。
「そういうこと、寄宿学校では教えるけど、貴族の学校では教えないんだ」
ちょっと、過去のことを思い出したから、口が滑った。
「寄宿学校って言っても、同じ、貴族の学校だろう」
「俺も、そう思っていた。ところが、普通の貴族の学校に通ってみれば、内容がお上品で驚いた」
もう、びっくり通り越して、眠くなった。
「寄宿学校って、金さえ払えば、貴族の学校の卒業資格が得られる、という悪評が先に出てしまってるから、真の役割が隠れちゃってるんだよ。あそこ、中位、下位は、普通の授業なんだけど、上位は、当主になるための、特別授業なんだ。扱っている教科書は同じだけど、授業内容は違う」
だいたい、上位に居続けられるような貴族の子息令嬢は、教科書の内容、ほとんど習得済なのだ。貴族の学校って、社交の練習みたいなものなので、勉強は二の次である。
寄宿学校はそうではない。社交もそうだが、貴族の学校では学べない、とんでもない事を教えられるのだ。
帝国に提出した借金返済計画には書かなかったが、母と伯父と話し合って決めた、合法だけど、とんでもない計画の内容には、二人とも、ドン引きしていた。
まさか、寄宿学校で、合法的な人身売買を教えているなんて、誰も思わない。
さらに、こんなことを教えるような寄宿学校の卒業生が当主になるのだから、横の繋がりがしっかりしている。だって、こういうことを実行するためには、仲間が必要だ。それを繋ぐのも、寄宿学校なのだ。
俺は、卒業は出来なかったが、寄宿学校は卒業可能なまで学んでいた。寄宿学校の裏の顔を外部に知られないようにするためにも、寄宿学校が俺に協力してくれたのだ。
借金返済に、寄宿学校はとっても役に立ったが、俺の子どもは、平凡な貴族の学校に通わせよう。
再び、ダクトを見れば、こいつもドン引きしていた。
「お前、ルキエルのこと、悪く言えないな」
「犯罪じゃないんだから、堂々と生きていけるけどな」
「不作偽装したじゃないか」
「もうしない」
筆頭魔法使いハガルは知っていて見逃してくれたのだ。もう二度と、不正はしません。借金がなくなって良かったー。
「それで、ここに連れてきて、何を話してくれるんだ?」
「俺さ、ルキエルのこと、裏切ってた」
反射で、俺はダクトの腹を殴った。すぐ、ダクトは地面に膝をついて、悶絶する。
「て、てめぇ、同じトコを」
「ルキエルのこと、友達だと言ってただろう」
「妖精金貨の事件、あれ、仕掛けたのは、ルキエルだ。あの妖精金貨のせいで、俺の親父も呪われた」
まだあるのかよ!!
王都の妖精金貨の事件といえば、見習い魔法使いハガルによって発生させた妖精金貨のことだろう。王都の貧民街が封鎖され、とんでもない数の被害者を出したのだ。
ただ、被害者の全てが貧民だから、大した問題にならなかったけど。
この事件を収めるために、ハガルは、見習い魔法使いから筆頭魔法使いとして表立つこととなったのだ。
「あれ、ハガルがやったって」
「本当は、大魔法使いアラリーラが起こしたんだ。それを表立つと、戦争の英雄の名に傷がつくから、ハガルが被ったんだ」
「じゃあ、ルキエルが妖精金貨を出したわけじゃないんだ」
「唆したのは、ルキエルだ。ハガルの父親に、大魔法使いから金をだまし取るように言ったんだ」
「どうして?」
「当時、王都の貧民街の勢力が二分していた。ルキエルにとって目障りな勢力を消すために、妖精金貨を使ったんだ」
やばい、よくわからなくなってきた!! 俺、そんなに頭いいわけじゃないんだよなー。
いやいや、現実逃避していただけだよ。理解出来るよ。裏の話が、思ったよりも大きかったから、わからなーい、とか誤魔化したかった。
「それも、ルキエルの母親を殺された復讐? 皇帝を困らせたかった?」
「お前、ルキエルのこと、表面しか知らないんだな」
「そうだよ。俺の知ってるルキエルって、初めて会った頃のルキエルで印象が止まってるんだ」
成長して、ちょっと悪ガキになったな、とは思うけど、それは、お互い様だ。
「ルキエルのこと、俺からは話せないな」
「いや、教えてもらわなくていいから。俺は、俺の知っているルキエルでいい」
「羨ましい」
色々と知り尽くしているのだろう。ダクトは、俺のことを羨ましがった。そう言われちゃうと、知りたくないなー。
「それで、裏切って、どうだった?」
俺は、うやむやになった話を戻した。ダクトはルキエルを裏切ったのだから、その後が気になった。
「ルキエルのせいで、親父が呪われたのは確かだ。だけど、そうしてほしい、と言ったのは親父からだった。もともと、ルキエルは、俺たち家族を巻き込むつもりなんてなかったんだ」
「けど、巻き込んだじゃないか」
「俺さ、親父の本当の子どもじゃないんだ」
「知ってる」
ダクトの父親は、昔、父親の弟と、ダクトの母親に裏切られて、店を乗っ取られたのだ。その時、ダクトの母親は、ダクトは別の男の子だと吐き捨てたという。そして、ダクトとダクトの父親を追い出した後、ダクトの父親のことをバカにするように、ダクトのことを吹聴したのだ。
だから、ダクトと、ダクトの父親に血の繋がりがないことは知られている。
「俺さ、一度、ルキエルに泣き言を言ったんだ。俺と親父は血の繋がりがないから、親父に捨てられるんじゃないか、と。だから、ルキエルは、親父が、俺の父親に相応しいか、試したんだ」
「それで、妖精金貨を発生させるって」
あれ、帝国の歴史上、類を見ないほどの妖精金貨事件だったと聞いている。ともかく、発生させた妖精金貨の数がすごいのだ。あまりに多いため、発生して一日も経っていないというのに、被害が爆発するように増えていったという。
「店では、金貸しをやってた。親父は、絶対に、魔法使いに金貸しをするな、と毎日のように言っていたんだ。従業員だって知っていることだ。それなのに、大魔法使いアラリーラに金貨を出した。それをすれば、親父は呪われると知ってたのに、俺のために、金貨を出したんだ。親父、俺がルキエルの企みに巻き込まれる、とずっと思い込んでいた。だったら、親父が犠牲になる、とルキエルに頼み込んだんだ。ルキエルは、俺を巻き込むことなんて、考えてもいなかったのにな」
「仲良かったからな」
「ルキエルは、世間知らずなように、親父には見えたんだ。金貸しは、ここしかない、と親父は思い込んでいた。そんなわけないのにな。俺は、王都中、ルキエルを連れまわしたんだ。俺が知っていること全て、ルキエルに教えた。別の店を使うことをルキエルは計画していた」
「ちなみに、どこの店?」
聞いてみれば、これまた、悪徳なトコだ。ルキエルなりに、妖精金貨に呪われて当然な店を選んでいたわけだ。
「じゃあ、親父さんは、妖精に呪われて、今、どうしてる?」
「ハガルが厳重に隔離していたが、ルキエルが呪いを解いてくれたから、今は、家で、大人しく療養させてる」
「妖精の呪いを解くって、ルキエル、すごいな。もしかして、ハガルよりも、力が強い?」
帝国最強の妖精憑きである筆頭魔法使いハガルは妖精金貨に呪われたダクトの父親を隔離するしか出来なかったのだ。それほどの呪いをルキエルは解いたのだから、すごい妖精憑きなんだろう。
「種類が違う、とハガルは言っていた。そこには、力の強い弱いはない」
「そうなんだ」
誤魔化されたが、俺はそれで納得した。もう、これ以上、情報いらない。もう、帰って、身重の奥さんを労わりたい。
「この屋敷、取り壊すんだって」
「そうなるだろうな」
皇帝襲撃の犯罪者が使っていた屋敷だ。そりゃ、取り壊すよ。縁起が悪い。
何故か、ダクトが俺をじっと見る。
「オクトから聞いたんだけど、この屋敷、邸宅型魔法具なんだって」
「そうなんだ」
「お前さ、もうそろそろ、王都に屋敷持ったらどうだ? 貴族議員なんだから、そういう場所、必要だろう」
「奥さんの実家が、王都に持ってるんだよなー」
「代替わりすれば、縁が切れるだろう」
「俺の代では、まだ切れないよ!!」
「いい土地があるんだよなー」
「借金がやっとなくなったのにー」
「いざとなったら、売れば金になるし。子だくさんだったら、貴族になれない子どもにあげちゃえばいいだろう」
「………貴族議員なんか、いつか辞めてやる」
金の問題は解決しているし、いずれは、ということは言われていたんだ。ほら、貴族議員が、王都の別邸持ってないのは良くないのだ。それだけ、いい給料を持っているのだから。
だーけーどー、こんな時に、厄物件を知り合いに勧められるなんて。
「ほら、合法的に領民を売って、金はあるだろう」
「もう、やってないよ!!」
「まだ、逆らう領民はいるんじゃないか?」
「いやいや、もう逆らえないから」
俺の領地の領地民の皆さんは、もう、お行儀よくなっているから。大丈夫!!
「土地を見たいから、お前のトコで一泊させてくれ。あと、ハガルに相談だ」
もう、ハガルには会うことはない、と思っていたんだけど、そういうわけにはいかなくなった。
王都では、思ったよりも時間がかかった。まさか、一週間も領地を不在にすることになるとは。義父に浮気を疑われちゃうよ!!
一週間も領地を不在にしても、綺麗で、俺には過ぎた妻のお腹は大きいままだ。そう簡単には産まれないね。
「王都でゆっくり出来ましたか?」
「屋敷を買った」
「とうとう。では、管理人を雇わないといけませんね」
「いや、必要ない」
「ですが、家は人がいないと、悪くなりますよ」
「邸宅型魔法具だから、そういうことはない。常に綺麗だ。すごいな、魔法具って」
管理人の問題は、神がかった力で解決された。
「そんな屋敷、高かったでしょう。借金したのですか?」
「いわくありの屋敷だから、土地代のみだよ。いい買い物だった。子どもが産まれて、それなりに大きくなったら、一緒に行こう」
「はい」
屋敷の使用人の教育は、この出来た妻が行ってくれた。もう、皆、きびきびと、言われなくても動くよ。でも、我が家、しがない子爵だから、ここまで出来なくていいんだけどね。
高位貴族の使用人や家令、執事は、こういうものなんだろう。
食事を済ませて、身を整え、就寝である。妻は身重なので、そういうことはしない。同じ部屋で、並んで眠るのだ。
「君は、昔、俺と同じ貧民街にいたんだよね」
「まあ、珍しい。旦那様がわたくしの過去を気にするなんて」
「借金がなくなったから、余裕が出来たんだよ。どこの貧民街にいたんだ?」
「海の貧民街ですよ」
「海の神殿で、貴族の子としても申し出をしたわけか」
「そうです」
「ずっと、海の貧民街にいたのかな?」
「………」
「王都の貧民街に居たことはなかった?」
「王都の貧民街で、聞いたのですね」
「いや、俺は、貧民街には行ってない。ここでも、貧民街には近づいてないだろう。絶対に貧民街に近づくんじゃない、と母や伯父に厳しく躾けられて、今も、貧民街に行ったことがないんだ」
王都に行った、ということで、妻は勘違いしたのだ。
「俺には出来過ぎた妻だ。ルキエルに命じられたのか?」
「いえ、ルキエル様は、待機だと命じました。これは、わたくしの独断です」
「ルキエルは、好き勝手に動くことを許すんだ」
「だって、いつまでも、あの家に居座っているわけにはいかないでしょう。わたくしは女です。家を乗っ取るには、目立ちすぎます。そういう判断が出来るように、教育されています」
「一目惚れって言ったじゃないかー」
騙された!! 妻は、俺を監視するために、結婚をしたのだ。うまい話だと思ったけど、うま過ぎたー。
「うふふふふ、一目惚れは嘘ですが、お慕いしていることは、本当です」
「………本当に?」
「ルキエル様とは、定期的に連絡はとっていました。あなたと結婚することを伝えましたら、それから、連絡は切られました」
「………」
「わたくしについていた監視も全て、なくなりました。あなたは、ルキエル様にとって、特別なんですね。羨ましい」
妻は、ルキエルに心酔しているようだ。俺のことに嫉妬の目を向けてきた。
「わたくしは、高位貴族に行くこととなっていましたから、時間をかけて、教育されました。母も一緒です。貴族の子として引き取られる場合のほとんどは、母親と一緒です。親子で、別の教育を受けます。わたくしは、貴族の礼儀作法や知識を徹底的に教育されます。母は、それなりの礼儀作法と知識、わたくしの父を篭絡するための手練手管を教育されます。お陰で、今では、父は母に骨抜きです。愛する、なんて言っていますが、母に手をつけたのは、気まぐれですよ」
義父は、ルキエルの策略で、妻とその母親に篭絡されたのだ。相手は男だから、簡単だろう。
俺も、簡単に篭絡されちゃったしなー。仕方ない、綺麗で、出来た妻なんだから、篭絡されちゃうよ。
「たまたま、わたくしが、あなたの義弟と同い年だったことをルキエル様は気づいて、呟いたんです」
ルキエル、俺と再会する前から、俺のこと、知ってるな。そりゃそうだ、ルキエルとダクトの父親は繋がっていたんだ。ダクトの父親と俺の伯父を繋いだのはルキエルの母親だし。そりゃ、俺が貴族の子となってからのその後、ルキエルにダダ洩れだよ。
でも、ちょっと嬉しい。ルキエルは、たった数日、俺と過ごしただけだというのに、俺のこと、気にかけてくれてたんだ。
嬉しさが、顔に出たのだろう。妻が、俺の手をつねった。
「いててて」
「これほど尽くしているというのに、あなたは、わたくしにこれっぽっちも興味を持ちませんでしたね。今だって、王都で何か聞いたから、わたくしに質問しただけでしょう」
怒ってる顔が可愛いので、ついつい、軽く口づけする。
「愛してるよ」
「嘘ばっかり。今ので十分、わかります。あなたは、別の誰かにずっと夢中なんです」
「………」
女の勘って、怖っ!! 俺はしばらく、両手で顔を覆って、隠した。




