結果的にはお家乗っ取り
葬儀は終わっているが、父親が亡くなったことは事実である。俺は、寄宿学校に長期の外出許可をとって、王都に戻ることとなった。
義姉は、王都からはるか離れた寄宿学校まで、なんと、キャラバンを使って来たという。女一人で、無茶苦茶なことしたな!!
「こんなのに乗るの!!」
「友人が貸してくれたんだ」
伯爵マクルスの養子オクトが、事情も話していないのに、立派な馬を貸してくれたのだ。
貴族令嬢である義姉には、この馬に乗る技術はない。
「ほら、乗って」
俺は容赦なく、馬上から義姉を引っ張り上げた。
「あ、足が」
「そんなひらひらした服、着てるからだよ。着替えも持ってないって」
「そんなこと、知らないわよ!!」
王都から一度も出たことがないのだろう。義姉は、着の身着のままみたいにやってきたのだ。本当に、よく、無事に到着したね!!
見るからにわけあり貴族の令嬢である。キャラバンの移動にも、野宿の上、馬車で就寝したという。最低限で過ごしたのだ。ちょっと悪い奴がいたら、義姉は、今頃、どこかの金持ちに売られていただろう。
「お、落ちる!!」
「しっかり捕まってれば、落ちないよ」
「落として、わたくしを殺すのね!!」
「あんた殺しても、俺にはこれっぽっちも得はないよ」
「あなたが爵位を受け継げるわ」
「借金まみれの爵位なんて、こっちからお断りだ」
「っ!!」
その借金だって、義姉では、どうしようも出来ないのに。むしろ、そんなケチが付いた爵位は、俺が帝国に返上するよ。もう、なくなったほうがいい。
馬車では数日かかるという道程も、休憩数回で、二日で王都に到着である。この馬、化け物だな。きちんと返そう。
絶対に高価だとわかる馬は、母の生家で預かってもらった。子爵の屋敷に連れて行って、借金のかたに連れて行かれたら、伯爵と揉めることとなる。
もう、気力だけで馬にしがみついていた義姉は、憎い母の生家の屋敷を見て、呆然となる。あー、知らなかったんだなー。
子爵の屋敷に比べれば、小さいが、それでも、貴族を名乗っていいほどの屋敷なのだ。平民め、と罵れなくなった。
「お坊ちゃま、お待ちください!!」
使用人が複数で、俺を止める。
「その、こちらは、どこのご令嬢ですか?」
妙な想像をしたんだな。一見しても、血の繋がりがあるようには見えない。
俺は、母親似である。義姉も、母親似だな。死んだ義兄は父に似たな。義弟はどうかな? いつも、義兄と義姉の後ろで、胸を張っているだけだった義弟の顔は、思い出せない。小物感が強すぎて、記憶する価値が見いだせなかったんだな。
俺は、改めて、使用人たちと対峙する。
「こちらは、そのぉ、母親違いの………姉、です」
途端、殺気立つ。使用人たちも含め、子爵家の所業は恨んでいた。
今でこそ、子爵家は小物扱いであったが、俺が母の腹にいた頃は、母の生家は子爵家に嫌がらせを受けていたのだ。こんな屋敷を維持することだって、大変だっただろう。使用人たちだって、解雇せず、借金で養っていた、と聞いた。
母の生家には、使用人たちも恩がある。借金してまで、従業員たちと使用人たちの生活を伯父は守ったのだ。
だからこそ、子爵家の者を憎悪するのは、当然だ。義姉は、大勢の憎悪を受けて、それでも、虚勢を張った。
「な、何よ、平民が生意気よ!!」
「借金まみれのくせに、偉そうに」
「爵位返上も、もうすぐだと噂を聞いている」
「ナツキ様に、あんなことをしたというのに、お坊ちゃまを理由に金を無心した子爵は、まるで、乞食のようでしたよ」
「っ!!」
知らない話が出てきたなー。そうか、子爵レクサーは、借金でなりふり構っていられなくなったんだなー。借金、怖い。
「まあまあ、落ち着いて。ちょっと、子爵の屋敷まで、義姉を送り届けるだけだから」
「今、ナツキ様を呼んでいます。こちらで、お待ちください」
「母さんを呼ばなくても!!」
「お坊ちゃまが一人で解決出来ることではありません」
「いやいや、送り届けるだけだから!!」
俺は、子爵家に助力とか、そういうことは考えていない。ただ、義姉をキャラバンで帰してしまって、万が一、王都に生きて戻らなかったら、俺にいらぬ疑いがかけられるのだ。
そういう、俺自身の潔白のために、義姉を王都まで送っただけだというのに、使用人たちは、別のことを想像したわけだ。
結局、押されて、俺と義姉は、客間に閉じ込められた。
「なんて、躾のなっていない使用人なの!!」
「使用人といっても、家族みたいなものだからな」
一応、俺は伯父の身内として敬われているが、使用人の子どもたちとは、普通に遊んでいたりしたものだ。家の手伝いだって、俺はしていた。
今では、使用人も代替わりしていて、俺と年頃が近い者だっている。俺の恥ずかしい過去が知られているから、頭が上がらないんだ。
だから、使用人の無礼な行為も、俺のためだから、俺は逆らえない。ただ、馬を預けに寄っただけだってのに、まさか、屋敷に足止めされちゃうなんて、予想外だよ。
俺は、客間に備え付けられた茶器で、俺と義姉の分の茶を淹れた。
「貴族の口にはあうわけではないけど、飲めればいい程度だ」
「まずい」
どうせ、平民向けのやっすい茶葉ですよ。俺は、これが気に入っているけど。
そういえば、ルキエルも、この茶葉を気に入っていたな。王都に戻って、茶を口にして、ふと、そんなどうでもいいことを思い出した。うーん、俺も重症だな。
会話なんてない。ただ、黙って、俺と義姉は客間で、解放されるのを待っていた。母を呼ぶ、という言葉に引っかかりを覚えた。こういう場合、屋敷の主である伯父を呼ぶものだろう。俺と母は、居候のようなものだ。
たぶん、子爵家の誰かが来ることを母ナツキは予想していたのだろう。いつか来るとわかっているから、こういう時はナツキを呼ぶように、使用人たちに頼んでいたと思われる。
頭のいい母の考えがわからない。俺は、残念ながら、頑張っても、人並よりもちょっと上の成績がとれる程度の頭だ。
俺は立って、義姉は当然のようにソファに座って、誰かが来るのを待っていた。
遠くのほうが騒がしくなった。複数の足音がどんどんと客間に近づいてくる。何事か会話をしているが、ここからは、何を言っているのか、わからない。
そういう、騒音とともに、客間にやってきたのは、母ナツキである。
ナツキは、驚いたように俺を見てから、当然のようにソファに座っている義姉に侮蔑の視線を送る。そして、許可もなく、ナツキは、その場で一番の上座にどっかりと座ったのだ。
明らかに、無礼な態度だ。それに、義姉は怒りに震え、立ち上がった。
「わたくしは、座る許可なんかしていないわ!!」
「もうすぐ、平民になるのですから、よい予行演習でしょう」
「わたくしは貴族よ!! 子爵よ!!!」
「借金まみれのくせに、偉そうに」
「っ!!」
「その借金の半分は、こちらが持っています。最低限の利子で、融資いたしましたのに」
「まさか、騙したの!!」
「我が家は何もしておりません。騙されたのは、旦那様でしょう」
「わかっていたのでしょう!!」
「たかが平民の女の言葉に耳を傾けるような人ではないでしょう」
黙っていたんだな。母ナツキ、こわっ!!
詐欺のような商売に、俺の父は手を出して、借金だけが残ったのだ。その借金の半分が、伯父からのものだというのだから、企んでいた、と責められても仕方がない。
が、帝国では、騙されたほうが悪いんだよな。
商談をするように、母ナツキは、机の上に、いくつかの書類を出した。
「では、借金の清算をしてもらいましょう。このまま、爵位返上をされてしまったら、残った借金は戻ってきませんからね。まずは、あの屋敷を差し押さえます」
「借金は返すわよ!!」
「どう見ても、返せないでしょう。こちらも、使用人たち、従業員たちの家族の生活がかかっています。強制的にでも、返してもらいます」
「もとはといえば、あんたたち親子のせいで」
「奥様にも言いましたよね。お家乗っ取りで訴えるのならば、脱税の証拠を帝国に提出する、と。わかっていて、奥様が訴えたんです。自業自得でしょう」
「我が家に世話になっていて、恩知らずが!!」
「下働きのようなことを無償でさせられていましたね。本来であれば、家の管理は奥様の仕事だというのに、そういうものも私に押し付けて、遊び歩いていました。間違えれば、食事を抜かれたりもしました。給金なんて、貰ってもいませんでしたよ」
「あんたたち親子の面倒をみたじゃない!!」
「ただ働きさせていただけでしょう。世話をしたじゃないか、と旦那様が必死に訴えるので、それなりの金額を差し上げましたよ。今後、そのことは持ち出さないように、と契約書をお願いしたら、旦那様ったら、私の未払いの給金の請求の破棄を付け加えました。貴族のくせに、ケチ臭い男だったわ」
「お父様を誑かしたくせに!!」
「生家を人質に、私に迫ってきたのは旦那様ですよ。あの頃、家同士の繋がりのための婚約だってありました。それも、旦那様の気分で壊されたんです。それを浮気だ、なんだ、と騒いだのは、あなた方でしょう。私だけでなく、生家も、使用人たちも、従業員たちも、みな、旦那様のために、酷い目にあいました。死んで、もう二度と、ここに来ないと知って、祝杯をあげましたよ」
並々ならない憎悪を口にする母ナツキ。
俺のことも憎悪しているのだろう。せめて、妊娠していなかったら、やり直し出来たはずだ。それをナツキは、責めなかった。
貧民街では義務のように俺を育て、子爵家では息を潜そめ、伯父の元に来てやっと笑顔を見せた母ナツキ。
だけど、ナツキの内心には、子爵家への憎悪が今も残っていた。言い負かされる義姉を嘲笑うナツキ。
「借金を減額にする方法、ありますよ」
「それを早く言いなさい!!」
「爵位を私の息子に譲るんです」
「やっぱり、お家乗っ取りを狙っていたのね!!」
えー、俺の意志を無視して、変な話になってるー。俺は、立ったまま、女の戦いを見ているしかない。迂闊に、ここに入ったら、義姉からも、母からも、とんでもない言葉の暴力を受けることとなる。時には、女の戦いは見守るものだ、と伯父とか、ルキエルとか、ハガルとか、オクトとか、ともかく、皆、言ってた。女は怒らせると怖い。
ナツキは、また、書類を出してきた。
「もともと、そちらにお貸ししたお金は、息子のために積み立てていたものです。息子は無給で仕事を手伝ってくれました。それを含むお金を無駄にしたのは、旦那様でしょう。だから、借用書には、万が一の時は、爵位を息子に譲る旨を加えました」
「詐欺よ!!」
「もう、旦那様に融資するような商人も貴族もいなかった。だから、爵位を担保に、我が家が融資したんです。そして、失敗したのは、旦那様です。貴族のくせに、失敗するなんて、情けない」
「っ!!」
「息子が爵位を受け継ぐのなら、他の借金も全て、我が家が返済してあげます」
「借金を返すわ!!」
「では、今すぐ、返してください」
「………」
「契約書はこの通り、存在します。旦那様が死んだからといって、これは無効になるわけではありません。借金は、次の子爵に引き継がれるのは、当然のことです。まさか、成人して、後見人もなく、爵位を引き継げるようなあなたが、そんなことも知らないわけがないでしょう」
「い、今は、無理よ」
「息子にまで金の無心をしに行くなんて。もう、こちらも待ちません」
「あーーー、待ってぇええええええ!!!」
また、義姉が子どものように泣きだされたら、たまったものじゃないから、俺が母ナツキを止めた。
「あの女に情でも湧いたの?」
「可哀想だし」
「そんなことを言っていたら、女に騙されるわよ」
「俺は、騙されるほうがいい」
「………」
「あの人は、まあ、それなりにやったけど、諸悪の根源は、死んだ旦那様と奥様でしょう。子どもにまで、それを向けるのは、可哀想だよ」
「こういうのは、生かしておくと、忘れた頃に、復讐するのよ。私は、子爵家の一族ごと、落ちぶれさせたいの」
「わかった、俺が子爵を引き継ぐから!!」
もう、解決方法は、これしかない。
「あなた、子爵になりたかったの?」
「………はい、なりたい、です」
「あなた、爵位いらないって、言ってたじゃないの!!」
「黙っててよ!!」
迂闊に喧嘩する女の間に入ったものだから、俺は、怖い女二人に一方的に責められることとなった。
こうして、俺は、寄宿学校に戻れなくなった。それどころか、伯父の屋敷から出ることとなった。ついでにいうなれば、王都の貴族の学校に転校である。
「行かないでぇー!!」
何故か、伯父に泣きつかれた。
「ナツキ一人だと、家を乗っ取られちゃうよぉー!!」
「………」
伯父さん、大変だなー。平民の学校を首席で卒業するような母だ。商家の乗っ取りなんて、簡単だろう。
「もう、そんなことするわけないでしょう。私はこれから、子爵の屋敷で、女主人の代理をするのですから」
「それが終わったら、戻ってくるんだろう!!」
「住み込みで、食堂で働きます」
「………」
俺と母ナツキが貧民街から救われるきっかけとなったのは、ルキエルの母が世話になったという食堂のことだろう。
今も、その食堂は残っている。相変わらず、人情厚い働き方をしている。伯父の店も、取引を続けているのだ。
「俺、ちょっと、外出してくるよ」
「もう、あなた、後見人つきとはいえ、子爵なのよ!!」
「わかってる!!」
だけど、止められない。こういう好き勝手って、子爵の屋敷で暮らすようになったら、出来なくなるからだ。俺、甘やかされてるなー。
まずは、ダクトがいる店に行く。学校から帰ってきたところで、店先で、ばったりと、ダクトにかち合った。
「おー、子爵様じゃないかー」
「煩い」
「貴族様が、こんな所に来て、大丈夫か?」
「まだ、成人前だから、いいんだよ。ルキエルはいるか?」
「いないいない」
「お邪魔しまーす」
勝手知ったる他人の店である。邪魔するダクトを押しのけて、俺は店の奥へと入っていく。
「いないって」
「奥の休憩室にいないなら、帰るよ」
「勝手に入るなよ!!」
「おじさんからは、好きに来ていいって、言われてる」
「社交辞令だよ!!」
「そう思ったけど、俺がここに来ると、おじさん、俺を奥へと引っ張って行くんだよなー」
「今日は親父、いないよ!!」
「あー、やっぱりいたー」
勝手に奥の休憩室に入れば、ダクトの父とルキエルが、茶を飲んでいた。
「あれ、アクサ、どうしてここに? 寄宿学校はまだ、長期休暇じゃないよな?」
「色々とあって、学校、変えることになったんだ」
ダクトの父親は、気を利かせて、俺に席を譲ってくれた。それを見て、不機嫌そうな顔をするダクト。
「ほら、店の手伝いをしなさい」
「ちょ、ちょっとぉ」
そして、ダクトは父親によって、退場させられた。邪魔者は消えた。
「それじゃあ、これから、もっとアクサに会えるんだ!!」
「あー、そういうわけにはいかないんだなー。俺、成人前なのに、子爵になるんだよー」
「えー、すごい!!」
「借金まみれだよ」
「えー、アクサ、騙されたのか!!」
「人助けだよ。そうだ、これから、時間ある?」
「うーん、ハガルに会えれば、どっか行こうかと」
「じゃあ、俺にちょっと付き合ってよ」
「どこに行くんだ?」
「いい所だよ」
「お前も、とうとう、女遊びを」
「違うから!!」
どういうものを想像したんだか。俺はついつい、叫んでしまった。




