余計なこと
俺は、ルキエルだけを連れて行くつもりだった。なのに、無理矢理、ダクトまでくっついてきたのだ。
「お前は店の手伝いしてればいいのに」
「俺だって、ルキエルと出かけたいんだよ。ほら、親父から、金貰ってきた」
「………」
時々、ダクトの父親とルキエルの関係、疑問になるんだよな。
ダクトは、ルキエルのことを友達扱いである。ところが、ダクトの父親は、ルキエルのことを格上扱いをしている。
それは、俺の母もだ。過去、ルキエルの母に救われたというのに、ルキエルのことを母もダクトの父親も、かなり格上に見ているのだ。
ダクトの父親は、ルキエルがダクトと出かけるというと、すぐに小遣いをダクトに渡すのだ。
俺の母は、ルキエルとは対面している様子はない。俺は、ルキエルのことは話しているが、母からルキエルに関わろうとはしない。
母も、ダクトの父親も、ルキエル様、と呼ぶ。
俺は、思い出の中でのルキエルが全てだ。過去のルキエルが、そのまま、今のルキエルへの想いに繋がっている。
隠したルキエルへの想いを壊したくなくて、俺は、あえて、聞き流していた。
実は、俺がルキエルのこと、あまり知らないことは、ダクトも、オクトも気づいている。ルキエルのためなのか、あえて、俺にはルキエルのことを話さないようにしていた。
俺のルキエルへの想いって、実は、薄っぺらいんだよなー。
ルキエルはというと、俺の軽い邪な想いなんて知らず、俺とダクトの間を当然のように歩いている。
「こっから先にあるのか?」
「昼は食堂、夜は飲み屋なんだ」
「へー、じゃあ、飲み屋に行くのか?」
時間帯からいって、そうなる。
「今の時間帯は、準備中だな」
「じゃあ、待つんだ」
「俺の知っている店だから、準備中でも、入れてくれるんだよ」
「そうなんだ。ダクトは行ったことがあるか?」
「どれかなー」
俺もダクトも、王都中の店に出入りしている。逆に、どこの店なのか、なんて、ダクトは考えるよな。
そして、到着したのは、どこにでもある食堂である。準備中の札がかかっている。
「こんにちはー」
勝手知ったる食堂に、俺は堂々と入っていく。ダクトは、あんまり気にせず、俺に続いていく。
こういうことは初めてなのだろう。ルキエルだけが、店の外で止まったままだ。
「ルキエル、ほら、入って入って」
「だって、俺、アクサのただの知り合いだし」
「し、知り合い………」
友達じゃないんだ。ま、まあ、ルキエルとの付き合い、実は短い。ダクトやオクトは、ルキエルと友達と名乗っていいだろうが、俺はそうじゃない。
「この店は、俺もよく知ってるよ。ほら、入ろう」
結局、ダクトがルキエルの背中を押してくれた。とても勝ち誇った顔が、腹が立つな。
準備中だから、皆、休憩していた。
「お邪魔します」
「おや、子爵様じゃないか」
「もう、こんなトコに来ちゃいけないというのに」
「まだ、許される」
もう、俺が子爵となること、随分と広められたな。
俺はダクト、ルキエルと一緒に、いつもの席に座る。休憩中だけど、俺のために、年老いた女将さんがゆっくりとやってきた。
「賄いでいいかい?」
「お願いします」
「そちらの………」
ルキエルを見て、年老いた女将さんが動きを止める。高齢だから、目も細くなったというのに、ルキエルをよく見ようと、大きく見開いた。
「あ、あんた、もしかして、ナツキさんの………」
「?」
「そうだよ、ナツキさんの息子さん」
首を傾げるルキエルに代わって、俺が答えた。
女将さんは、涙をボロボロと流して、ルキエルの両手を握った。
「ナツキさんに、こんな立派な息子さんが」
「息子が二人、娘が二人だって」
「あんな体に弱い人が、そんなに子どもを産んで!!」
「ルキエルが、俺たち親子を見つけてくれたんだ」
「なんて、奇跡………」
ここは、昔、ルキエルの母親が一か月だけ住み込みで働いてた食堂だ。ルキエルの母親は、ここで、ナツキと名乗っていた。
ルキエルの母親は、父親と夫婦となってからも、定期的に、この食堂と文通を続けていたのだ。その過程で、俺たち親子のことをルキエルの母親は知ったのだ。
食堂側は、ただ、頼んだだけだ。俺たち親子を救うことは出来るとは、思ってもいなかった。ただ、出来ることをしただけだ。
たった一通の手紙で、まさか、俺たち親子を見つけ出し、子爵に引き取らせるなんて、思ってもいなかったのだ。
ルキエルは、話の流れで、なんとなく、理解したようだ。
「お袋が勝手にやったことなんだから」
「ナツキさんには、たった一か月だけど、この店も、助けてもらったんだよ。アタシたちは、学がないからねぇ、仕入れ値を騙されてたんだよ。それを見破ったナツキさんが、すぐに、金を取り返してくれたんだ。それだけでなく、仕入れ先を新しく見つけてくれたんだよ。それが、あんたのトコさ」
俺を見ていう女将さん。この食堂と母の生家の繋がりが、まさか、ルキエルの母が関わっているとは、初めて聞いた。
「助けられたのは、アタシたちだよ!! ありがとう!!!」
「そうなんだ、知らなかった」
「聞いてないのかい?」
「お袋、俺がガキの頃に死んだから。お袋はいつも、婚約者に騙されて、家を追い出された、て言ってた。どこの誰なのか、教えてくれなかったなー」
「そうなんだね。そうだ、部屋、見ていく? ナツキさんが置いていった荷物も少しだけど、残っているよ」
「いや、やめとく。俺、帰る」
ルキエルは、ぎこちない笑顔で、食堂を飛び出した。
「お前、何やってくれたんだ」
「まずいこと、した?」
「行くぞ」
俺は、女将さんに簡単な挨拶をして、先に店を出て行ったダクトを追いかけた。
ダクトがルキエルの腕をつかんで止まっている所に追いついた。
「ルキエル、ごめん、勝手なことをして。喜ぶかと思って」
両者にとって、いい事になると思ったのだ。あの食堂だって、ルキエルの母親にもう一度、会いたいと言っていた。だったら、息子であるルキエルを連れて行けば、喜ぶだろう、なんて軽く考えていたのだ。
しかし、ルキエルはそうではなかった。無表情に、ダクトがつかむ手を払おうとしていた。華奢なルキエルには、どうしても出来ない。
「アクサは、悪くない。ただ、俺は、お袋のこと、知りたくなっただけだ」
「ごめん!!」
「アクサは、俺のこと、何も知らない。俺が………」
「貧民だと知ってる」
「………」
「別に、そんなこと、気にしない。ルキエルはルキエルだ。こんなふうに、偶然、会っていなかったら、母さんと一緒に、いつか、あの屋敷に行こう、とは話してた。俺の予定より、うんと早く、ルキエルに再会して、つい、はしゃいじゃった」
「俺に会えて、嬉しい?」
「嬉しい!!」
「お前とは、ほんの数日、一緒にいただけじゃん」
「それが、俺の始まりだ」
ルキエルに出会う前まで、ただ、息をしていただけだ。無意味に、母に食べ物を与えられ、飢えて、でも、そういうものも理解せず、母に抱きしめられて、生きていただけだ。
「俺が、本当の意味で、生き始めたのは、ルキエルに出会ってからだ」
たった数日、だとルキエルはいう。だけど、その数日は、俺にたくさんのことを与えてくれた。
「綺麗な絵本を読み聞かせてくれた」
初めて、絵本というものを見た。
「文字を教えてくれた」
本当に、何も知らなかった。
「名前を母さんよりも先に、呼んでくれた」
「そんなこと………」
「俺の名前、ルキエルに呼ばれるまで、俺、知らなかったんだ」
ルキエルは、母とルキエルの母親との会話とかを注意深く聞いていたのだろう。俺は、ルキエルに呼ばれるまで、俺が”アクサ”という名前だということも知らなかった。
それ以前に、誰も俺を名前で呼んでくれなかった。
母でさえ、俺を抱きしめて、ただ、息を潜めて生きているだけだった。言い方は悪いが、義務感だけで、俺を抱きかかえて、育てていたのだろう。そこに、愛情なんてなかった。
「ルキエル、俺を見つけてくれて、ありがとう」
「っ!!」
改めて、俺は礼をいって、ルキエルを抱きしめた。男同士で、気持ち悪いことをしているとわかっているが、どうしても、したかった。
俺がルキエルが暮らす屋敷で世話になっていた頃、ルキエルはよく、俺を抱きしめてくれた。母親とは違うぬくもりに、俺は、嬉しくって、必死で催促した。そのために、つたない単語を覚えたといっていい。
「お、俺、別に、大したこと、して、ないぃ」
ルキエルが泣き出した。俺がルキエルと再会したとは逆になった。
今度は、俺が、ルキエルの泣き顔を隠すように、抱きしめた。
ルキエルが落ち着いた所で、場所を変えた。まだ、俺は全てをルキエルに話していない。過去のことのお礼は、ついでだ。
「俺、王都を出ることとなったんだ」
「え、子爵になって、王都に戻って来るんじゃ」
「そう、聞いてるけど」
ルキエルだけでなく、ダクトも驚いていた。
「伯父さんが、俺が子爵になるなら、と借金を払ってくれるって言ってたんだけど、断った」
「払ってもらえばいいじゃないか!!」
俺は、子爵家が抱えている借金の額をいうと、ダクトは真っ青になって黙り込んだ。
「さすがに、借金の利息だけで、巨額になるから、そこをどうにかするために、伯父さんに借金を立て替えてもらって、利息なしの借金を俺が返済することにしたんだ」
「それ、どうにかなるのか?」
子爵家の借金、かなりの額だというのに、貧民であるルキエルは動じない。ルキエル、貧民だけど、やっぱり、それなりの立場なんだろうな、と感じる。
「今の借金の利息問題は、伯父さんに甘えることで解決出来る。だが、借金の総額は相当なものだから、それを減らすために、子爵家の財産を処分することとなったんだ」
「それで、王都を出るというのか? 王都にいたって、借金は変わらないだろう」
「子爵を引き継いで、資産目録を見せてもらったんだけど、子爵家の領地って、海の聖域付近なんだよね。よくある、領地のことは、代官にまかせて、子爵は税収だけを受け取って、王都で遊び暮らしてるってやつだ。だったら、王都の屋敷を売り払って、領地で暮らし、きちんと領地運営すればいい。王都の屋敷や、そこにある家具とかは、いい値段になるから、借金を減額出来る」
爵位を引き継いで、母ナツキと一緒に悩んで出た結論だ。
「王都の屋敷の使用人たちには悪いけど、暇を出すこととなる。その分、人件費も浮く」
「随分と思い切ったな」
王都に戻って短期間だ。まさか、ここまで話が進んでいるとは、ダクトも思ってもいなかったのだろう。
「母さんは、本当に優秀だよ。正直、俺だけでは、王都の屋敷を処分することは考えられなかった」
俺が考えたわけではない。母が考えて、俺に提案したのだ。俺は、母に言われるまで、資産の目録やら、これまでの経理やらを見て、唸っていただけである。
もう、母の言いなりだな。傀儡政治の始まりだ。母には嫌われないようにしよう。
「いや、そういうのを柔軟に受け入れられる、アクサが立派だよ。普通は、こういう話は、簡単には受け入れられない」
ルキエルは、真面目な顔で俺を誉めてくれる。
「えー、照れるなー」
「ちゃかすな。いいか、当主には、下の者たちの意見を聞き入れられる耳が必要だ。いい意見であれば、身分関係なく受け入れる、それは、大事なことなんだ。逆に、そういうことを聞き入れられず、自分勝手な命令は、破滅だ。アクサは、いい意見だと判断して、受け入れたんだ。その判断力と度量は、当主として重要だ」
「え、えーと、そんな、俺、オクトみたいに、首席をとるほどの頭はないしぃ」
「優秀な奴、雇えば、いい意見なんていっぱい出てくる。お前が優秀でなくても、そういう優秀な奴を雇えばいい。正しい意見って、必ずしも、通るわけじゃないんだ。そういう意見を通すよう、お前がその立ち位置になればいい」
「う、うん、頑張る」
正直、よくわかっていない。ルキエル、とてもいい事を言ってるんだ。難しいことは言っていない。
ただ、俺は爵位を受け継いだはいいが、覚悟とか、そういうものがないのだ。ほら、仕方なく、爵位を受け継いだだけである。
この後、失敗したら、責任は全て、俺がとるのだ。俺は、失敗しても、爵位返上すればいっか、なんて軽く考えている。俺は、貴族に執着なんてない。
俺の反応が軽いから、ルキエル、俺のこと心配そうに見返した。
「ちゃんとやれよ」
「俺、失敗したら、借金踏み倒して、爵位返上するつもりだから」
「身内巻き込んでやるってのに!!」
「そういう気持ちでやらないと、吐いちゃう」
重く考えるのは良くない、なんて自己防衛をしているのだ。
ダクトまで、疑うように俺を見てきた。
「お前、借金だけは踏み倒すなよ。身内が可哀想だろう」
「だってぇ、俺、貴族になりたいわけじゃないしぃ」
「甘えた声を出すな!! 気持ち悪い」
「はいはい、わかりました、努力します」
出来ることはする。それは変わらない。
「ちょっと失敗したら、ダクト、助けてくれ」
「お前に金は貸さない」
「無利子で頼む!!」
「踏み倒すとわかってて、貸すわけないだろう!!」
「しないしない」
「さっき、失敗したら爵位返上の上、借金を踏み倒すって、言ったじゃないか!!」
「そうならないためにも、色々と、協力してくれ。お前のとこで借金するのは、協力してもらうための保険だよ、保険」
「親父に、しっかり注意しておくからな」
「おじさん、優しいからなー。俺は、店の手伝いもしたし、息子の友達として、情が湧いちゃってるだろうなー」
「俺は、お前のことは、友達なんて思ってないよ!!」
「俺は、友達だって、思ってるからな!!」
急に割り込んでくるルキエル。まさか、友達宣言されるとは。
俺は、ルキエルのこと友達以上に思っている。それは、ルキエルと出会って、別れている間も、ずっとだ。
「俺も、ルキエルのことは、友達だと思ってるよ。ダクトのことは、友達だとは思ってないけど」
俺は、笑顔で言い切った。ルキエルが友達、というのだから、俺は、いい友達でいよう。
「俺も、ルキエルのことは友達だと思ってるから」
負けじというダクト。いいなー、こいつは、王都にいるから、ルキエルに会える。
俺は、王都を離れるから、ルキエルと会うのは、今日で最後だろう。
「海の聖域付近に来ることがあったら、領地に、遊びに来てくれよ。ルキエルのことは、いつでも大歓迎だから。ダクトは、無利子で金貸してくれるなら、歓迎するよ」
「しないよ!!」
「ルキエルの友達が困ってるのに?」
「お前は、ルキエルの友達だけど、俺の友達じゃない」
「お前ら、仲良いよな」
「………」
「………」
ルキエルに妙なことを言われ、俺とダクトは黙り込んだ。
「アクサ、きっと、神と妖精、聖域が導いてくれる」
ルキエルは、帝国でよく使われる別れの挨拶を口にした。




