面談
長期休暇中は、王都で手伝いをしていた。下心あってである。
「いらないんだけど」
「おじさんは助かってるって言ってくれてる」
俺は、ダクトの父親の店でちょっとした手伝いをしているのだが、それが気に食わないダクトは、何かと文句を言ってくる。
「お前のトコで手伝いしてればいいだろう!!」
「手伝いはいらないって、言われたんだ。そうなると、暇なんだよ」
「暇してればいいだろう!!」
「あ、ルキエル!!」
どこか出かけるついでに、ルキエルが店に来た。
「あっれー、また、いるんだ」
何故か、見習い魔法使いハガルも一緒だ。
ルキエルとハガルは、よく一緒に店に顔を出す。まあ、ハガル一人で来ることはないな。ハガルの友達は、ルキエルのみだ。俺やダクトは、ルキエルの友達であって、ハガルにとっては、知り合いなのだろう。
普段、店でルキエルが声をかけるのも、逆にルキエルに声をかけるのも、ダクトとダクトの父親くらいだ。店で働く者たちから、ルキエルに声をかけるようなことはしない。
そういう日常の中に、長期休暇の間だけだが、俺が入ったことに、見習い魔法使いハガルは面白がった。
「今、学校が長期休暇中なんだって」
「長期休暇って、貴族の子息なの?」
「言ってなかった?」
言ってないのだろう。驚くハガルに、俺は今更な感じがした。
王都で、ダクトがいる店で働いているが、俺の知り合いは、だいたい、俺の生まれ育ちを知っている。ダクトなんか、同じ、元貧民だし、保護者同士が商売で手を取り合っているので、俺のこと、よく知っているだろう。
だから、知っているものが当然と思い込んでしまっていた。
長期休暇がある学校は、貴族の学校のみである。平民の学校には、そういうものはない。ほら、平民の学校って、近くに暮らす平民が通うものだ。貴族の学校って、遠隔地からわざわざ通うこともあるのだ。
ほら、王都の貴族の学校のほうが社交で有利だし。わざわざ、王都の貴族の学校に通うために、家を買う貴族だっている。実際、金のある貴族は、王都に別邸を持っているものだ。
貴族といっても、色々とあるから、まだ子息令嬢であっても、稼業の手伝いをしたりすることだってあるのだ。子どもも労働力、と考える貴族もいれば、跡継ぎ教育、と宣う貴族だっている。
そういうわけで、貴族の学校には長期休暇が存在するのだ。
まさか、こんな事で、見習い魔法使いハガルに、俺の身の上が知られるとは。きっと、ハガルは、俺のこと、平民だと思い込んでいただろうな。
「俺のことは、皇族様には内緒にしてください」
面倒臭いことになりたくないので、見習い魔法使いに軽くお願いした。以前、同じようなことを伯爵マクルスの養子オクトがしていたのをたまたま見た。
「別に、皇族様といっても、いい人たちだぞ」
女遊びで繋がっている皇族様がいい人たちかどうかは謎だ。
「せっかく、俺たちで独占出来るんだから、これ以上、人を増やすな」
不満そうなハガルにルキエルが説得してくれる。邪魔者扱いが、ちょっと、傷つくけど。
「ルキエルがいうのなら、仕方ない。その代わり、口止めに、何かいい商品を見繕ってくれ」
「まあ、いいけど」
見習い魔法使いといえども、妖精憑きのハガルが頼むのに、俺は少し、不安を感じた。
基本、魔法使いの買い物は後払いである。魔法使いは妖精憑きだ。妖精憑きを騙して金を巻き上げると、その金は妖精金貨となって、触れた人々を呪うのだ。
なのに、見習い魔法使いハガルは、現金での支払いである。
初めて、ハガルが支払いするのを見て、俺は驚いたが、この店では、誰も、何も言わない。平然と金を受け取ったのだ。
ハガル、普段は平民の恰好をしているから、見習い魔法使いと知らないのか、と訝しんだが、そうではない。
「この店で、妖精憑きを騙すことなんてしませんから」
店主であるダクトの父親は、信用ある取引をする男である。自信を持って、妖精金貨を出さない、と言い切っているのだ。
俺も見習おう。そんな真っすぐなダクトの父親を見て、そう思ったものである。
これから女遊びの店に行くというので、女が喜びそうなものを見繕った。
「アクサって、物を見る目があるよな」
俺の隣りで、俺が選ぶのを眺めているルキエルに誉められた。
「ま、まあ、伯父さんの店の手伝い、ガキの頃からしてたからな」
「苦労したんだな」
「楽しいよ。俺は、貴族よりも、商人になりたいな」
「なれるよ!!」
「けど、母さんの夢を俺が代わりに叶えてやりたい」
母ナツキは、城の文官になりたい、という目標のために、努力していた。それを滅茶苦茶にしたのは、俺の父である子爵レクサーだ。
母の前では、俺は、文官を目指している、と話している。だけど、本当は、商人になりたい。
「長期休暇になると、キャラバンで移動するんだ。いろいろな街を見て、こうやって、旅をしながら、商売するのもいいな、なんて思った」
「旅って、危ないぞ」
「そういう時こそ、貴族の学校を卒業した、という肩書が使える。貴族の子息に手を出すのは、面倒事だと、だいたいの奴らは考える」
「そういう奴らばっかりじゃないぞ」
「ま、まあ、ただの妄想だけどな。そんな危ないことはしない」
ルキエルが心配して止めてくれる。図星なことを色々と言われて、少し、傷ついた。
「あ、ご、ごめん。アクサのことを思って、言い過ぎた。そうだ、旅商人? になるなら、俺に言えよ。いい護衛を紹介するから」
「ならないから、大丈夫だよ」
「俺もさ、旅に出たいとは思ったんだけど、初めての旅で、夜盗に襲われたんだよな」
「何か、されなかったか?」
見るからに華奢な男だ。ちょっと離れると、平凡に感じるが、近くで見ると、綺麗な男だ。
こんな綺麗な男に、夜盗が何もしないはずがない。
「護衛がどうにかしてくれた。ほら、危ないだろう」
「う、うん、そうだな」
護衛が助けた、と聞いて、ふと、過去を思い出す。
ルキエルの父親が、子爵家に強襲した時、随分な手勢を連れて来ていた。子爵家だって、私設の騎士団を抱えていたというのに、ルキエルの父親が連れてきた手勢によって、全て、殺されていたという。
きっと、ルキエルの父親がルキエルに護衛をつけたのだろう。子爵家所有の私設騎士団を全滅するほどの腕前なのだ。夜盗だって、全滅させただろう。
「心配してくれて、ありがとう。けど、俺は、文官になるから、大丈夫だ」
「そっかー。けど、旅商人になったら、色々と話を聞かせてくれよ」
「一緒に行くとは言わないんだな」
「………お前だけは、好き勝手に生きろ」
「ルキエル?」
何か引っかかる言い方だ。ルキエルは、俺が色々と聞き出そうとすると、するりと距離をとる。
今も、ルキエルは、さっさと離れて、ダクトと話している見習い魔法使いハガルの元へと行ってしまう。そうなると、俺から聞き出せない。
ルキエルが聞いて欲しくなさそうだから、俺は、忘れた振りをして、ハガルが気に入る商品をいくつか持って行った。
寄宿学校での、オクトとの距離は、まあまあ近くなった。
「今年も、ルキエルを呼ぶのか?」
昨年は、オクトが招待状をルキエルに送ったと世間話のついでに聞いた。
寄宿学校の文化祭に参加するためだけに、ルキエルはわざわざ制服を作ったのだ。きっと、オクトが在学中、ずっと参加するつもりなのだろう。
今年は、俺も堂々と、ルキエルに話しかけて、あわよくば、一緒に文化祭を回りたい、なんて考えていた。
ところが、オクトは、とても悩んでいた。
「昨年は、ハガルが来たからなー」
「別に、ハガルが来てもいいだろう」
「僕は、ハガルが苦手なんだよ!!」
寄宿学校の首席を取り続ける、文武両道で、何事もそつなくこなすオクトの苦手なものが、まさか、見習い魔法使いハガルとは。
「普通に話してたじゃないか」
「ちょっと話すくらいは、我慢出来るよ。けど、文化祭は三日間の自由行動だ」
「生徒会役員だから忙しい、と逃げちゃえばいいだろう」
「ハガル一人だったら出来るよ。とんでもない大物も同行されたら、生徒会役員の仕事でずっと一緒にいなきゃいけなくなるんだよ!!」
「………」
昨年は、大魔法使いアラリーラの案内役をオクトが引き受けたな。
今年も、間違いなく、オクトが案内役を引き受けることとなるだろう。ほら、見習い魔法使いハガルとは、もう、顔見知りだ。三日間も、大魔法使いアラリーラとのご機嫌取りもしたんだから、オクトも馴れただろう、なんて学校側も判断する。
「じゃあ、頑張れよ。俺は、ルキエルと抜けるから」
「お前だけ一人、楽にさせてやるものか。お前もハガルの知り合いだって、学校側に言ってやる!!」
「俺、このクラスでの成績は、中の中だぞ。次席に掠りもしない。生徒会役員の仕事なんだから、次席と一緒にやれ」
「その次席が逃げたんだよ!!」
オクト、必死だ。俺につかみかかってきた。
こんなことするから、俺とオクトは怪しい、なんて言われるんだよ。オクト、俺と親しくなる前までは、優しくて、物事を穏やかに進める、将来有望な男、と女子の間でも人気だったというのに、俺の前では、化けの皮が剥がれすぎだ。
「まあ、その時、逃げられなかったら、諦める」
俺も、ハガルとは随分と顔見知りになってしまったので、見かけられたら、そのまま道連れにされるだろう。ハガル、妖精のような男だ。長期休暇中、色々と振り回された。
そういうやり取りを日常的に行いつつ、俺は、上位クラスのど真ん中をどうにか維持していた。
保護者の面談の申し込みがある、と学校側から連絡があった。母ナツキが寄宿学校に来たのは、入学式のみである。親離れ、子離れをしっかりとするため、母は王都から出ない、と宣言した。
だが、何か火急の用かもしれない。身分の確認をしっかりする学校側の連絡なので、俺は特に疑問を持たず、面談室に入った。
「お嬢様?」
随分と育っているが、俺の母親違いの姉である。この人、義姉上、なんて呼んだら激怒するので、お嬢様、と呼んでいた。
いつも俺を睨んでいる義姉の斜め前に椅子をわざわざ移動させて座る。目の前に座ると、何か飛んでくるから。これもまた、俺が身に着けた処世術? である。
「保護者って、旦那様とは、縁を切ったはずですが」
「お父様は、亡くなりました」
「そうですか」
連絡来なかったな。縁は切ったし。
「あなたは、我が家に世話になったというのに、葬儀にも来ないとは、薄情な親子ね!!」
「報せが来てませんから。それで、旦那様がお亡くなりになったということは、爵位はお嬢様が引き継いだということでしょう。爵位の継承権も破棄していますし、もう、用はないでしょう」
年齢的にも、義姉はもう、成人している。問題なく、爵位は継承出来る。
「お嬢様、お坊ちゃまの視界にも入るな、と言われましたから、わざわざ、寄宿学校に通っています。その費用も、母方の生家が支払っています。旦那様にしてもらったことは、入学に必要な貴族のサインをしてもらっただけですよ」
それも、それなりの金を払ってしたのだ。その事は、黙っている。
「数年とはいえ、我が家で世話になったのだから、今から、恩を返しなさい」
「すでに、旦那様には、世話になった期間の費用は支払っています」
「そ、そんな」
そういうことを言われるだろう、と母ナツキが予想して、伯父が母の給料という名目で積み立てて、それをそのまま、子爵に支払ったのだ。
実際は、俺も母も下働きをさせられていたのだから、給料を要求してもいいのにな。無給で働かされていたよ。
都合の悪いことは、このお嬢さん、覚えてもいないだろうな。俺は、もう、面倒臭いので、そういうことは黙っている。一生、忘れないけどな。恨みを晴らしていないから、忘れられないよ。
ここに来るのも屈辱的だろう。ほら、寄宿学校って、わけありの貴族の子息令嬢が通う所だ。金を払えば、と影で言われる場所だ。恥だと思うのが、普通だ。
それでも、義姉がここに来て、金を払えと言ったということは。
「借金でもあるのですか?」
「知っていて、嫌味を言ってたのね!!」
「やっぱりかーーーーーー!!!」
カマかけたら、簡単に引っかかる義姉。この人は、商売するのは向いてないな。
若いというのもあるのだろう。爵位を受け継ぐには、まだまだ若すぎる。本当は、もっと子爵が生きて、跡継ぎ教育をして、と段階を踏むべきなのだ。
そういうことが出来なかったのだろう。子爵家は、俺たち親子が去ってから、色々と大変なことになったのだ。
父の正妻が無駄に訴えて、逆に犯罪者となって、正妻の実家ごと破滅した。その煽り子爵だって受けたのだ。
跡継ぎである義兄は運悪く亡くなり、母方の血筋にけちがつき、義姉も苦労したはずだ。それも、俺に負けたくない、という自尊心で義姉も頑張ったはずだ。
「旦那様、借金を残して亡くなるなんて。あの大金はどこに使い込んだのやら」
母の生家から支払われた金の行先が気になって、ついつい、口にしてしまう。
「返さないんだから!!」
「もう、契約書も交わしたんだから、伯父も、母も、そんなケチ臭いことは言わないよ。それで、借金、どれくらいあるの?」
「そう言って、わたくしを笑うのでしょう!!」
「笑ってあげるから、教えてよ」
「っ!!」
色々と考え、結局、開き直って、義姉は借金の額を小声で呟いた。
「そんなに!! 旦那様、何やってたんだよ!!!」
「あんたの母親のせいで、国に納める税金があがって、立ちいかなくなったのよ!!」
「それだって、たった二、三年だろう。質素に過ごしていれば、解決だ」
「………」
出来なかったんだなー。
帝国も、さじ加減がうまいよなー。税金を増額したといっても、きちんと質素倹約をしていれば、払えない額ではないのだ。
元々、脱税をしていたのだから、その分も罰金を加えて払ったのだ。無茶な増額はしない。それで借金を作ったということは、質素倹約が出来なかったのだ。
そういう、ダメな貴族を振り落とすのも、帝国の方針だろう。ダメな貴族に権威を与えていると、いつか、帝国は内部から食いつくされてしまう。
実際、亡くなった子爵の正妻の実家がそうだ。脱税した資金で武器を密売していたという。そりゃ、帝国も子爵家を様子見のために、二、三年、様子見するよね。
「お嬢様、爵位を返上しましょう。借金も踏み倒せます」
「そうしたら、あなた、貴族の子息でなくなるわよ」
「別に、貴族の学校は、金さえ払えば、平民でも、貧民でも通えますよ。寄宿学校って、金次第ですから」
貴族の子息でなくなっても、俺は問題ない。どっちにしても、金を払って、寄宿学校に通っているのだ。あと少しで卒業だから、伯父も母も、喜んで金を払い続けてくれるだろう。
怒りと屈辱で、顔を真っ赤にして震える義姉。
「それで、どうしてほしいんですか? 縁切りのために、すでに金も支払いました。数年世話になった、という時の養育費も、色をつけて払いました。逆に、こっちとしては、色々と支払ってほしいですよ。契約でそういう権利を破棄したんです。契約書は、伯父がしっかりと保管していますから、王都に戻った時、見せてもらってください」
「誰が、平民の屋敷なんかに」
「こんな所まで来ておいて、今更でしょう」
わざわざ、寄宿学校まで義姉が来たのは、ましなほうを選んだにすぎない。
王都の母の生家よりも、寄宿学校のほうがましだと判断するとは。そんな贅沢なこと、言っている場合じゃないだろう。
借金の額を聞けば、もうそろそろ、帝国から爵位返上の助言がくるだろう。先代も亡くなったことだし、爵位を引き継ぐ義姉では、この借金をどうにか出来る能力はない、と帝国が判断したら、終わりだ。帝国は弱肉強食である。弱者には容赦ない。
これで、義姉がまだ、成人していなかったら、時間稼ぎは出来たんだがなー。ぎり、成人しているから、帝国は喜んで、子爵家を見捨てるだろう。
しばらく、屈辱に震えていた義姉は、とうとう、嗚咽を漏らしながら、泣き出した。子どもみたいに、ボロボロと涙を零して、大声で泣き出すのだ。
「ちょ、ちょっと、俺、悪くないのにぃ!!」
まるで、俺が義姉を泣かせたみたいじゃないか!! 俺は、縁を切った母親違いの姉をどうすればいいのか、困った。




