王都での再会
ルキエルを目にしたのは、意外な場所だった。
寄宿学校といえども、文化祭は行われる。ただ、寄宿学校は、生徒を逃亡させないために、簡単に外部の者たちを受け入れないようにしている。そのため、招待状を持つ者のみが、文化祭の観覧が出来るのだ。
招待状を持つのは、身内だったり、将来は寄宿学校に通う貴族の子息令嬢だったり、と様々だ。招待状が、一種の身分証明となっている。万が一、生徒が脱走した場合は、その生徒が渡した招待状の持ち主が捜索されるという。
そういう、きちんとした身分でないと参加出来ない寄宿学校の文化祭に、ルキエルが、寄宿学校の制服を着て、伯爵マクルスと一緒に教室に入ってきたのだ。
幼い頃、わずが数日、過ごした間柄である。幼い頃は、女のような綺麗な子どもだ。幼児だと、声も高いから、女の子と勘違いされるだろうが、俺はそういうこともわからない、学ばない身の上だから、誰かが、ルキエルのことを男だと紹介したから、綺麗な男の子だな、という印象で覚えていた。
そんな綺麗な男の子が成長しても、普通なら、わからないものだ。
側にマクルスがいたから、その見た目がルキエルの母親にとても似ているから、あとは直感で、ルキエルだと気づいた。
つい、俺は、遠くから、ルキエルを見てしまう。伯爵マクルスの元に、養子オクトがやって来る。オクトは、ルキエルと笑顔で会話している。
それを見て、俺は、オクトに嫉妬と怒りを持った。
お前、俺がルキエルのことを話した時、ルキエルの存在すら知らなかったじゃないか!!
それなのに、オクトは、ルキエルと親し気に話しているのだ。会話の内容は聞こえないが、とても楽しそうだ。
俺の視線に気づいたルキエルが、俺を直視した。
反射で、俺は、ルキエルの視線から逃げた。今更、どう話しかければいいのか、わからなかったからだ。
教室から逃げるように出てからしばらくして、伯爵マクルスに礼をいう、貴重な機会だった、と気づき、慌てた。
慌てて、教室に戻っても、オクトたちはいなくなっていった。
「なあ、オクトは?」
「生徒会役員の招集だって。大変だよな」
クラスメイトにそう教えられ、俺は、生徒会室に向かった。
生徒会室の前で、ルキエルは、魔法使いの服を着た男に笑顔で話しかけられていた。それに続くように出てくる大人二人と教師たち。
生徒会室から出てきた大人二人は、かなり位の高い人だと感じた。教師たちの腰がいつもよりも低い。
しばらく、話に聞き耳をたてていれば、アラリーラ様、と魔法使いの男が口にする。
アラリーラといえば、戦争の英雄である大魔法使いアラリーラだ。
ルキエルはというと、とんでもない大物を目の前に、平然と話している感じだ。
ルキエルは、俺の記憶では貧民だ。それなのに、魔法使いの男と笑顔で会話し、伯爵マクルスは側で優しく見守り、伯爵の養子オクトはルキエルに一生懸命話しかけ、とルキエルを中心に動いている感じだった。
そんな場に、とても、俺は入り込むことは出来ない。場違いだ。
本来であれば、ルキエルも場違いなんだ。だけど、それを感じさせない空気をルキエルは身にまとっていた。
ただ、俺の中では、変わらないことがあった。俺はやっぱり、ルキエルのことが好きだ。
長期休暇で、母の生家に行くと、寄宿学校の文化祭でルキエルを見かけたことを母ナツキに話した。
「伯爵様とルキエル様、仲良くしているのね」
「伯爵様の養子とも、仲良くしてたよ」
「ルキエル様と一緒にいた魔法使いは、見習い魔法使いハガルでしょう」
「見習い魔法使いなんだ」
そういえば、魔法使いの衣装の色な二種類だ。
さらにいうなら、大魔法使いアラリーラの衣装の服の色は違っていたな。
つまり、俺は、魔法使いの衣装の色は二種類と勘違いしていたわけだ。俺が見た、魔法使いの衣装の色は、見習い魔法使いの衣装なんだろう。
「大魔法使いアラリーラ様の側仕えは見習い魔法使いハガルなのは、とても有名よ」
「えー、そうだった?」
「有名になったのは、ここしばらくね。見習い魔法使いハガルが女遊びの店に嵌っている、という話がねー」
「そういうことか」
見習い魔法使いハガルが有名となったのは、女遊びの店に行くようになったからだ。それから、見習い魔法使いハガルとは何者なんだ? と平民の間で話題となったのである。
見習い魔法使いハガルは、平民に育てられた妖精憑きである。
見習い魔法使いハガルは、大魔法使いアラリーラの側仕えである。
見習い魔法使いハガルの父親は、最低最悪である。
見習い魔法使いハガルは、父親のしりぬぐいをする、いい息子である。
見習い魔法使いハガルは、父親の真似をして、女遊びの店に嵌った。
いい話から悪い話まで、たくさんだ。それが、ほんのわずかな期間で、王都に広がったという。
そんな有名な話を俺が知らなかったのは、寄宿学校に閉じ込められていたからだ。長期休暇も、ただ、親や親族の顔を見て、ちょっと会話して、すぐ学校に戻っていたから、王都の話題とか、気にも留めなかった。
こうして、俺は世俗から、自ら隔絶していた。
「あなたがルキエル様のことを気にしていたなんて、知らなかったわ」
「気にしていたって、たまたま、見たから」
「本当に、ルキエル様だったの?」
「ルキエルと呼ばれてた」
「そんな、盗み聞きしないで、話しかければよかったでしょう。もしかしたら、ルキエル様も、あなたのことを覚えていたかもしれないわよ」
「………」
そうだといいな。だけど、そうじゃなかったら、物凄く落ち込む。
それに、俺だけが覚えているとわかったら、恥ずかしい。記憶力とかで誤魔化せばいいけど、なんとなく、恥ずかしい!!
俺の様子は、ルキエルを見かけてから、おかしい、と寄宿学校の同級生からも言われている。成績は上がっているのだが、挙動が怪しい。
それは、伯爵の養子オクトの前で、見るからにおかしくなる。だから、オクトのことは避けるようになった。
オクトのほうは、なんとなく察してくれて、俺を追及することはなかった。
長期休暇中に、少し落ち着こうと俺は考えていた。
「今回は、長期休暇が終わるまで、こっちで過ごすよ。何か手伝うことはある?」
長期休暇で王都に戻ると、いつも口にする常套句である。
だいたいは、ない、とすげなく言われて、俺は寄宿学校に戻るのだ。王都にいる理由がないのも、長期休暇期間中、寄宿学校で過ごすこととなる理由の一つだ。商売をしている生家で、何もしない、というのは、居心地悪いものだ。
「そういうのはないな。そうだ、お世話になってる商店に顔見せして、聞いてみたらどうだ。ほら、アクサと同じ年頃で、同じように、一度は貧民の経験した子がいる」
「ダクトかー」
同じ商家なので、伯父と行動をしていると、平民の学校に通っているダクトとは顔を合わせることが多い。
俺が元は貧民であったことは、好き好んで話すことはないが、ダクトはそうではない。ダクトの父親は、父親の妻と弟に騙されて、商売を乗っ取られてしまったことは、商売をしていると、一度は耳にする醜聞である。
そのまま、ダクトとその父親は、貧民として、そのまま落ちぶれたまま、死ぬかと思われた。ところが、たった一か月で、ダクトの父親は、貴族との縁を結び、再び、王都に返り咲くこととなった。
その時、関わった商家の一つが、伯父である。ダクトの父親は、信用のある人であった上、乗っ取られた商家はたった一か月で信用をなくしていた。昔の付き合いから、伯父はダクトの父親を手助けしたにすぎない。
昔は、伯父のほうが立場が上だったが、今では、ダクトの父親は王都でも指折りの商家となっている。お陰で、我が家は、ダクトの父親に助けてもらっているのだ。
それが、母の生家と俺の父親である子爵レクサーが絶縁関係であっても、無事な理由だ。
ダクトの父親は、王都内では、貴族をも一目おくほどの大物である。それだけの大物だから、金貸しが認められるのだ。
つまり、ダクトの父親に借金している平民、貴族はそれなりにいる。下手にダクトの父親に手を出したら、とんでもない事となるのだ。
そういう話を俺は伯父から聞いている。聞いてはいるが、ダクトを目の前にすると、なんとも気持ち悪い。
いわゆる、嫉妬だ。
一度は貧民となったというのに、ダクトは勝ち組だ。その過去をもダクトは平然と口にしている。
それに対して、俺は、貧民である過去を公には言えない。迷惑になるという理由もあるが、貴族の子としては、欠点となってしまう、と考えてしまうからだ。
ダクトが、平民の学校に通って、好き勝手しているのも、羨ましいと思う。俺だって、貴族の子でなければ、同じように平民の学校に通っていた。そうでないから、ダクトが羨ましいし、嫉妬してしまう。
どうしても、ダクトのことは避けたいが、伯父はもう、俺をダクトがいる店に連れて行くために、準備している。
俺は、諦めて、平民服を身に着けて、伯父に従った。
乗合の馬車を乗り継いで行けば、すぐ、王都の中心街にある、ダクトの父親が営む商店である。立地も良く、大きく、品数だって多く、幅広い品揃えに、無意味に嫉妬した。ここまでの物を扱う力は、伯父にはない。
「お邪魔します」
「お久しぶりです!!」
よりによって、店から出てきたのは、ダクトだ。
俺を見て、ダクトはぱっと笑顔になる。
「久しぶり、アクサ!! 元気にしてたか?」
「うん、ま、まあ、元気だよ。ダクトは、相変わらず、その、彼女は複数いるのか?」
「いないから!! 勝手に名乗られてるんだよ!!! 俺は、清廉潔白だってのにぃ」
見た目、とっても軽くて、遊び人っぽいのに、特定の彼女はいないと訴えている。
しかし、平民の学校では、ダクトの自称彼女がたくさんだ。ダクトは必死に否定しても、自称彼女同士で争っているという。
ダクトを悪く言うところといったら、その女関係のみである。
「そういうアクサは、どうなの。貴族の学校を卒業しても、爵位継ぐとこがないって話だろう。平民になっちゃうぞ」
そして、俺の身の上を返される。
「別に、爵位を継ぐことが全てじゃない。城の文官になってもいいんだし」
「えー、お家乗っ取りしようよー!! 手伝うよ!!!」
「それで、昔、母さんが牢に放り込まれたんだよ。しないよ」
「ご、ごめん」
さすがに悪ふざけしすぎた、とダクトはすぐに謝る。
俺も、軽く受け流せばいいのに、ダクト相手だと、それが出来ないのだ。
「それで、店主はどちらに?」
微妙に空気が悪くなったので、伯父が間に入ってくれた。
もう、伯父の屋敷で自堕落に過ごそう。ダクトに関わりたくない俺は、そんなダメなことを考えて、ダクトの後ろを伯父と一緒に付いていく。
普段は休憩か、客人を迎えるための部屋に行けば、すでに先客がいた。
「あー、ダクト!!」
「ルキエル!!」
そこでは、夢の中でしか見たことがない、ルキエルがダクトの父親とお茶を飲んでいた。
「あれ、アクサじゃないか」
「………なんで、オクトまで」
何故か、伯爵マクルスの養子オクトまで、その部屋にいた。
「まあまあ、若い者たちで、外で遊んできなさい」
「アクサも、たまには、外の空気を吸ってきなさい」
大人たちは、どういう気を利かせたのか、俺、ダクト、ルキエル、オクトを店の外へと裏口から追い出した。
俺とダクトは、それぞれ、おこずかいまで、無理矢理、握らされた。見れば、かなりの額だ。
が、互いの関係がわからないので、それぞれ、考え込んで、動けない。ほら、知り合い同士ではあるが、ある意味、仲良くないのが俺だ。
だって、伯爵マクルスの養子オクトとは同じ寄宿学校に通う同級生だが、仲が良いわけではない。授業とか、学校行事で多少、関わるが、交友関係で重なることはない。
ルキエルとは、俺だけが一方的に覚えている感じだ。ルキエルが俺のことを覚えているかどうか、怪しい。
「あの、さ、アクサは、俺のこと、覚えてる?」
「覚えてるよ!!」
反射で、ルキエルの両手を握って反応する俺。あまりの勢いに、間にダクトが入った。
「なんだ、お前もルキエルの知り合いか。そうか、元は貧民だもんな」
「お前みたいに、たった一か月とかいう、毛が生えたような元貧民じゃないよ」
「期間長いからって、偉そうにするな」
「へー、そう思ってたんだ」
「そうだよ」
実は、ダクトも、俺のことが気に食わなかったのだ。だから、俺に対して、ちょっと言い方に棘っぽいものがあったんだな。
俺も、ダクトへの愛想笑いをやめた。
「ルキエルの生家には、ちょっとの間だけど、世話になったんだ。いつか、ルキエルに礼を言いたくて」
「けど、寄宿学校の文化祭では、俺のこと、無視してたし」
「覚えてるなんて、思ってもいなかったから」
「覚えてるよ!! 貧民街から出てく奴ら、皆、覚えてるよ!!!」
「ものすごく、ガキの頃だったし」
ダクトよりも幼い頃の出会いである。ルキエルの見た目は、ルキエルの母親に似ているから、一目でわかる。だが、俺は成長したので、幼い頃とは別人だ。
鏡を見て、そういうものを俺は自覚していた。だから、自信がなかった。
だけど、その心配は杞憂だった。ルキエルは、寄宿学校の文化祭で、俺に気づいてくれていた。
「話しかければ良かった」
「ま、まあ、あの時は、そういうの、難しかったけどな」
「そ、そうだね」
ルキエルとオクトは、文化祭のことを思い出して、微妙な顔をする。
後で知ったのだが、オクトは、生徒会役員として、大魔法使いアラリーラの案内役を押し付けられたのだ。文化祭の三日間、寄宿学校内を案内したり、街を案内したり、と付きっ切りだったという。それに道連れとなったのが、オクトの招待を受けた伯爵マクルスとルキエルである。
確かに、話しかけられるような空気ではなかったな。まず、迂闊に近づいたら、不審人物として尋問である。そう、学校側からも、後で、説明されたな。
互いのことが、これでわかったので、俺は、内心、嬉しくなった。ルキエルが俺のことを気づいて、覚えていてくれた。
「アクサ、すっかりでかくなった」
この場では、一番、華奢なルキエルが、俺を羨ましそうに見る。華奢なこと、ルキエルは気にしているのがわかる。
そういう奴、寄宿学校でも見かける。体質だったり、病気がちだったり、様々な理由で、華奢な姿に、恥を持っていた。男だから、猶更だ。
ルキエルにも、何か理由があって、その体躯なんだろう。こういうのは、言葉を選ぶとかではない。
「昔は、言葉一つ、発せなかったけど、ルキエルのお陰で、人並になったんだよ。ルキエル、見つけてくれて、ありがとう」
もう、乗り越えたと思った。だけど、ルキエルを目の前にして、改めて口にして、俺は、ボロボロと泣き出した。
「え、その、大丈夫?」
「あーと、何か目に入ったんだよ」
「そうそう、風がつ、強いかなー」
気まずくって、ルキエル、ダクト、オクトが、どうにか誤魔化そうと頑張った。
別に、今は辛くない。母の生家で暮らすようになってから、気が楽になった。貴族家で世話になっていた頃は、息苦しくて、辛かった。
だが、生まれてから、母の生家で暮らすようになるまでの辛い日々のほうが、俺の生きている年数の大半以上を占めている。俺はただ、流されるように、時には母ナツキに守られて、今に至ったと言っていい。
俺は、何も乗り越えていない。ただ、流されていただけだ。
ルキエルに認識されて、やっと、その事を自覚した。過去に受けたことは夢に見ることだってある。
俺は、ルキエルに縋りつくように、ルキエルの腕を掴んで、ルキエルの胸で泣いた。
「気にするな。終わったことだ」
そんなことを俺に向かっていうルキエル。その声に、妙な力を感じて、俺は泣いた顔を上げた。
ルキエルは、嫣然と微笑んで、俺の鼻をつまんだ。
「もう、過去のことで泣くのは、ここで最後にしろよ」
「も、もう、泣くもんかぁ」
俺は溢れる涙を乱暴に拭ったが、次から次へと、涙は溢れてしまう。
俺の涙が止まるまで、ダクト、オクト、ルキエルは、無言で俺を囲んで、周囲から見えないようにしてくれた。




